私情と事情と純情と-4
嫌だ嫌だと思ってはいてもその日はすぐに来てしまった。
そもそも相手側からわざわざ私宛に縁談の話が来たらしい。
母からすれば行き遅れ街道まっしぐらになり、本当の行き遅れになりそうな私にクランベリーという大貴族からのアプローチがあったとなれば乗り気になってしまう気持ちはわかる。
そういうわけで日程の調整もすごい早さで決まっていった。
しかし、これは私にとっても悪くない事ではあった。
どうあっても断るという結論は私の中で出ていたわけで。
あとはどう断るかという方法を悩んでいるだけ。
そうは言ってもどれだけ悩んでもハッキリと相手に告げるしか方法は無いと認めるしかない。
実家に迷惑がかかるかもしれないが、酷い事にはならないだろう。
私とエクサスさんが婚約を解消したとはいえカリニオンとラインズの同盟は依然として強固な物だ。
今回の件のせいでクランベリーがどれだけラインズの家を目の敵にしようとも、直接的になにかができるわけではない。
ちょっと……父の胃が痛くなったり、母の怒りが収まらなかったりはするだろうけど、こればかりは仕方がない。
ごめんなさい。
不肖の娘で本当に申し訳なく思います。
というわけでこの縁談が成立する事は絶対にない。
とは言え、互いの家同士が縁談を進めると決めたのであれば一度は会わなければいけないわけで。
顔も合わせずに会話もせずに断るという事は流石にできなかったわけで。
私は貴族御用達のレストランでサボニス・クランベリー氏と食事を取る事となった。
私の中で断る事は決定しているとは言え正式な縁談である。
普段は着ることもないような華美な装飾の服を身にまとい指定された席へと向かえば、そこには既に相手の男性が座っていた。
(いくら考えても断る事は変わりありませんが、どう伝えるかが問題ですね……)
少し赤みがかった短髪。
細身の身体を包む品の良い服をあえて着崩す姿は様になっていた。
野性味というか少しだけ危険な香りがするというか、こういう男性を好む女性はいるだろうなと思わせる。
品行方正であり正道を堂々と歩んでいるようなエクサスさんとは違う、それこそ邪道だからこその魅力。
そう言った物を全身から彼は放っていた。
サボニス・クランベリー。
クランベリー家の次期当主。
私はこの縁談に望むにあたってこの男性の情報を出来得る限り集めた。
順当に行けばクランベリーの当主に遠からずなる男。
交友関係がとにかく広く、なんの関わりもないような身分の者とも気安く関わりを持つ変わり者。
話が面白く場を盛り上げてくれるので夜会に呼べば間違いが無い。
真っ当に人当たりが良いわけではないが、気づけば他人の懐にいつの間にか入り込んでいる不思議な人。
誰が言ったか“クランベリーの道化師”
以前に彼と一悶着があったという貴族の話というのを聞いた時にもこの言葉が出ていた。
明らかに最初は敵対関係だったというのにいつの間にか酒を飲んで盛り上がっていたのだと言う。
とにかく不思議な魅力を持っているのだと言う。
しかし、この交友関係の広さが彼の問題点でもあり、とにかく女性関係の浮ついた噂が多かった。
特定の恋人を作るというわけではなく広く浅く多数の女性に手を出しているという話を本当によく聞いた。
一番新しい噂ではお付きのメイドに手を出しているなんていう物もあった。
(はっきり言って女性関係にダラシがない人というだけで信用ができませんね)
指定の座席についた私を彼が一瞥する。
興味深く観察するような視線が私を値踏みしている事がわかる。
今回の縁談は何でもこのサボニス・クランベリー本人からのたっての希望であったという。
「お初にお目にかかります。ラインズ家が長女、リフィル・ラインズと申します」
「俺はサボニス。サボニス・クランベリーだ。今回はわざわざ足を運んでもらって悪かったな」
お互いに軽く頭を下げて名前を告げる。
だが彼の態度からはこれから縁談をするとは思えない物であり、その言葉や態度にも違和感がある。
(何か裏はありそうですけど……はてさて、どうするべきでしょうか)
母はとりあえず話すだけ話せという感じで私を送り出したわけだが、私はずっとこの縁談に違和感しかなかった。
私は直近でカリニオン家との婚約を解消したなんて言うスキャンダルを持つ女。
ラインズ家と繋がりが持てるという旨味はあったとしてもクランベリーほどの大きな家からすればそこまで重要な要素では無いはず。
彼から見れば私は決して優良物件では無いはずなのだ。
だが、この人は私に縁談を申し込んできた。
面識も何も無いのにだ。
これはおかしいと思わないほど私は楽天家では無い。
(色々と考えてしまう事はありますが断るのは決まっています。さて……後から言うよりは最初に告げるのが良いでしょうか……)
私の中で結論は出ているのですから後はどのタイミングで言うかだけ。
最初に言うか、最後に言うか。
ならば、最初に言うのが得策だと私は考えました。
何か切掛があればその時に言うのが一番良いのでしょうけど、切掛が必ずできるとは限りません。
来るかどうかもわからないそれを待ちながら彼と会話をするというのはどうにもリスクが高いように思えたのです。
クランベリー家は外交の雄。
あらゆる利害を調整し、自身の望む結論へと誘導する事を得意とするクランベリーの次期当主。
手練手管を使ってくる魑魅魍魎が蠢く外交政策の舵取りをするような家の子息です。
私のような小娘が策を弄するなんていうのは悪手になりかねない。
それならばあえて包み隠さず私の考えを伝える。
それこそが最善の一手となる。
そう思い、視線に力を込めて彼の眼を真っ直ぐと見つめて言葉を発しようとした。
しかし、その言葉は彼の怖いほど真剣な顔と声音に機先を制されたのだった。
「申し訳ないが今回の縁談。俺は成立させる気は無い」
私と向きあった眼の前の男性の口から出てきた言葉は予想外の言葉であった。
思わず疑問を呈する言葉が口からでかけてしまいそうだった。
出そうになった言葉が音を発せずにパクパクとだけ口を動かすことになってしまった。
しかし、これは私からすれば願ってもない言葉。
下手な事は言わずに受け入れるのが最善。
「…………はい、わかりました」
そちらから縁談を申し込んでおいてなんとも失礼な話である。
普通では考えられない。
元々こちらから断る気だったという事実は棚に上げてそう思う感情はある。
だけど、その内容自体に不満は無い。
私も成立させる気はなかったのだ。
まさか、相手側から言われるとは全くもって想定外の展開。
だったら最初からこんな縁談をしかけてくるなという話ではあるが、私はこの流れに乗る事にした。
「良いのかそれで?それともあまりにも突然の事で飲み込めないか?」
「いえ、大丈夫です。まさか私が言おうとしていた言葉を先にそちらから言われるとは思っていなかったもので驚いてしまいました。手間が省けてしまいました」
私はふぅと一息を入れて緊張を解く。
私の今日の目的は二つ。
どうにかしてこの縁談を破談させる事。
そして、破談にしつつも出来得る限りクランベリーへ悪印象を残さない事。
このどう考えても両立するのが難しいであろう二つを出来得る限り達成させるにはどうするべきか。
これに私は頭を悩ませていた。
普通に考えれば縁談を断ったら悪印象が残るのだから不可能だと思っていた。
それが突然叶ってしまったのだ。
相手側から断ってくるというまさかの展開によって。
これには気が抜けてしまうというものだ。
「先に言おうとしていた?ハハハッ!そうかそうか、そっちも受ける気の無い話だったわけか!これは参ったぜ!一応、俺は大貴族なんだけどな!」
「自分が色々な意味で扱いづらい女だという自覚はあります。それなのにその大貴族から縁談の話が舞い込むなんて何か事情があると言ってるも同義。素直に受け取るような可愛げが無くて申し訳ありません」
「確かに可愛げは無いかもしれねぇな。見た目だけなら悪かねぇのに」
「見た目だけなら、という評価が全てを物語っていますね。それとも、見た目だけでも褒めてくれたと礼を言うべきでしょうか?」
先程までの引き締まった真剣な顔を一転させて膝を叩いて大声で笑うサボニスさん。
そこには悪戯好きな悪童がいた。
自分から仕掛けた縁談を自分の意向でダメにする。
これほど相手に失礼な話はないだろうという行為。
人が人なら憤慨して席を外してしまい、実家に抗議が行くのは間違いないほどの行いだ。
それをされて手間が省けたと言い切る私を見て彼の眼には涙が浮かんでいた。
笑いすぎで。
「いやいや、話に聞いていた通りだな。やべぇ!面白ぇ!ハハハッ!これはここから先の話もしやすくなるってもんだ!」
「ここから先?どういう事ですか?」
「あぁ。あんたに話を持ちかければ大丈夫と友人に言われてね。半信半疑ではあったがんだが、あー腹痛ぇ」
ひとしきり笑い終えた彼が最初の真剣な顔に戻る。
咳払いを一つ。
多くの女子を虜にするだろうその視線が私を射抜く。
そうして彼は私に深々と頭を下げた。
「リフィル・ラインズ。どうか俺の話を聞いてくれないだろうか」
憂鬱な縁談。
どうしても避けられないつまらない一日。
そうなるはずだったその日が別の顔を覗かせたのだった。




