私情と事情と純情と-3
「な、なんだと!リフィルが縁談を受けただと!?」
「シィー!声が大きいよエクサス。驚くのは無理ないけど」
同級生であり親友のコータとケリクと昼食を取っていた時に現れた後輩であるイルド。
彼の言葉に思わず動揺を隠せなかったのは他でもないエクサスだった。
「どどどこ情報だ。それは本当なのか!?」
「落ち着け落ち着け。あーイルド、とりあえず座って詳しい話良いか?」
あからさまに動揺している姿からはいつも余裕を持って大きく構えている姿は微塵も想像できない。
普通に考えれば婚約解消した相手が別の相手と縁談を組むというのは至って普通のことであり、ここまで動揺する理由は無い。
無いのだが、なんとなくだが彼の想いを察している周囲の人間からすれば当然の反応ではあった。
こうなれば普段はリーダーシップを発揮して皆を率いてくれる貴公子は頼りにならない。
魔女が絡むと途端にポンコツになってしまうのは最近の彼を知る者は皆が理解していた。
そのためケリクが後輩であるイルドを座らせて詳しい話を聞くこととなったのだった。
「あ~……その、レイラーニから聞いたんですけど、マジっぽいっす。リフィル先輩は嫌々だけど断れなくて頭抱えてたって」
失礼しますと一言断りを入れて席に突いたイルドは情報元を明かした。
それが彼の言葉に信憑性を持たせる。
彼の婚約者であるレイラーニはリフィルの友人だからだ。
「リフィルちゃんがお見合いかぁ。まぁそりゃ無い話じゃないわな」
ケリクが顎を軽くなでながら言う言葉は正しかった。
リフィルくらいの年齢、そして家柄であればそういう話があっても全くもって不自然ではない。
「リフィルさんは嫌がっているのに話が進むなんて、相手は誰なんだい?」
コータが至極冷静に情報を集めようとするのをアワアワしているエクサスが冷静を装って見つめている。
しかし、内心ではバケツをひっくり返したような騒ぎが起こっていた。
何故、エクサスがこれほど驚いているのか。
それはリフィルの家格がこの国で考えてもかなり上位だからだ。
そもそもラインズから縁談を持ちかける事は何だかんだでリフィルを大切にしているご両親の事を考えれば無いはず。
そうなれば話が相手側から持ち込まれなければいけない。
そして滅多な家ではラインズの家に縁談を申し込むことはできないはずなのだ。
だが、家格というハードルを超えて縁談を申し込める家柄は当然だが存在する。
「それが……クランベリーのご子息だそうです。サボニス・クランベリーだったかな」
イルドが告げた名前にエクサスは聞き覚えがあった。
当然だ。
内政のカリニオン、外交のクランベリー。
この国における大貴族を挙げれと言われれば必ず出てくる名家だ。
エクサスも何度か夜会で顔を合わせた事もあった。
「げぇ……クランベリーの道化師かよ。リフィルちゃんもそりゃ厄介な奴に捕まったな」
「ケリクは知ってるの?」
「あぁ、それなりに有名だぜ。すげぇ派手に遊びまくってた問題児だってな」
ケリクの言葉はエクサスが知っている情報と同様であった。
「問題児って言っても悪人ってわけじゃねぇ。すげぇ顔が広くて色んな人と仲が良い。身分とかも気にせずに交友関係を作ってる辺りは流石は外交上手な家ってとこだろうな」
「だけど、問題児って言われてるんだろ?」
「そりゃ女遊びが激しかったからだ。貴族も平民もお構いなしに手を出してたみてぇだからな」
女性関係の素行。
それが一番の問題だった。
彼の人は能力的には誰もが羨望するくらいに卓越したものを持っていた。
それこそ交渉術や話術など、直接的な武力に寄らない事柄であれば今のエクサスでは太刀打ちできないのは間違いがない。
しかし、ただ一点がエクサスからの尊敬を打ち消していた。
「これがすげぇ巧みでな。色んな女と遊びまくってたってのに恨まれる事は少なかったんだってよ。他人の物には手を出さないようにしてたのかもしれねぇな。自分のお付きのメイドには手を出したって話は聞いたけどな、ハハハッ!」
「へぇ、ケリクはよく知ってるね。ちょっと上の世代の人なんだろ?」
「クランベリーの道化師っていやぁその筋じゃ結構な有名人だからな。お前らは社交界から距離取ってっから知らねぇだろうけど俺らより少し歳上の人らなら絶対聞いたことあるぜ」
その言葉にエクサスは苦笑いを浮かべる事しかできない。
何故ならその遊び人がリフィルの縁談の相手だと言うのだから。
「しかし、クランベリー家となるといくらラインズ家と言えど無下にはできないだろうね。リフィルさんが嫌がったとしてもね」
「そうだなぁ、カリニオンが手を引いたんだからなぁ、仕方ないよなぁ」
「うっ!」
ニヤニヤと突いてくるケリクにエクサスは言葉を返すことはできない。
そもそもエクサスが婚約解消などしていなければこうはなっていなかったのだから。
「でも、レイラーニの話じゃリフィル先輩は相当嫌がってたみたいですよ」
「うーん、それが逆に問題だね」
「どういう事ですか?」
コータが難しい顔をしながら机をコツコツと叩きながら語る。
「この縁談はラインズ主導の物じゃないって事。十中八九クランベリーから持ち込まれた物だと思う。それはつまり、相手側は乗り気だって事さ」
「リフィルちゃんを無視してラインズの家が話を持っていったって事もあるんじゃねぇのか?」
「いや、その可能性は低いだろうね」
ケリクの疑問を即答で切り捨てたコータ。
それには当然だけど理由があった。
「いくらラインズ家と言えども流石に関係性が薄いクランベリーの家に縁談を持ち込むのはハードルが高い。それに言っては悪いけどリフィルさんは悪評があるしね」
「悪評だと?」
「君との婚約解消だよ。普通の女性に取っては悪評以外の何物でもないだろ。そこまで大きな影響はないと思うけど、それでもゼロじゃないよ」
「うっ……そうか、俺のせいか」
クランベリー家はカリニオン家と肩を並べる事ができるほどの大貴族だ。
そこに自分から縁談を持ち込むなんていうのは相当な壁がある。
特に貴族ではなく平民であればいくら大商会と言えども簡単に行える事じゃない。
だというのに縁談の話が進んでいる。
そうすれば考えられる結論は一つだ。
「そうなるとクランベリー側が話を持ち込まないとそもそも成立しないのかぁ」
「そういう事」
コータが言う事はもっともだった。
相手にその気がなければこんな話が出るはずがない。
それがエクサスを不安にさせる。
「そして、もしもクランベリーが持ち込んだ話であって、それをラインズが了承して進めたとなると途中で断る事は難しいかもしれない」
「そそそそんな事あるか?リフィルはその……嫌がってたんだろう?」
「本人が嫌がっていたとしてもラインズ家としてはかなり大きい伝を得れるだろう?別にクランベリーと接近したとしてもカリニオンとの仲が阻害されるわけでもないしね」
「立場を考えればリフィルちゃんが受け入れる事もあるかもしれないって事か。確かにあの人は納得できる理屈があれば自分の事は置いておいて頷きそうだからなぁ」
家同士の事を考えればクランベリーとの繋がりが強くなるのはメリットはあってもデメリットは無い。
それを考えればラインズ家が強く推し進めてリフィルの心情を無視されてしまうという事もあるかもしれない。
何よりもメリットがあればリフィルは結婚を良しとしてしまうかもしれない。
彼女はトータルの収支がプラスであれば多少のマイナス要素には目を瞑る人。
それはリフィルを多少なりとも知る人間であれば誰もが持っている共通認識だった。
もしも、自分の心を押し殺してもラインズ家に多大なメリットがあると判断してしまったら縁談が成立してしまう。
しかし、それはエクサスにはどうしようもできない事だ。
「うぅぅぅ……しかし、リフィルは不本意な事柄を唯々諾々と受け入れるような人では無い……無いはずだ……」
イルドが聞いた話ではリフィルは嫌がっていたというのだから話が流れる可能性は高い。
いつものようにズバッと話を断る姿は容易に想像ができる。
しかし、縁談が結ばれてしまう事もあるかもしれない。
そう思うとエクサスの胸はざわついたまま収まる事はなかったのだった。




