私情と事情と純情と-2
「えぇ!?リフィル先輩お見合いするんですか!?」
それは母から唐突に強制執行を告げられた日の翌日。
私は図書室のいつもの席でテーブルに突っ伏していた。
いつもであればだらしがないその姿勢を皆が珍しがっているのがわかるが、身体を起こす気力も沸かない。
そんな重く黒いオーラを纏っているであろう私を気にかけ話しかけてきたのは後輩であり友人でもあるレイラーニさんだった。
「えぇ……母の命令では逃げられません……はぁ……」
「うっわ……ここまで憂鬱そうな先輩とか、初めて見たかもしれません」
あまり自身の感情を表に出して周りに気を使わせる事は私は好きではない。
誰だって色々な物を抱えているのは当然であり、それを殊更に表に出すなんていうのは感情の制御ができない子供のやる事だと思うからだ。
しかし、そうは言っても自分の内で処理できないような事もある。
まさしく今の状況だ。
私は窓の外へと視線を向ける。
いつもならば校庭で自己鍛錬に向かっている人達を見るのも嫌いではないというのに今はその姿すら恨めしい。
私も頭を空っぽにしてしまいたい。
まぁ、もしも空っぽにできたとしても見合いはしなければならないのですけど。
「本当に面倒です」
「でも、確かにリフィル先輩のお母様としてはお相手がいないと安心できないという気持ちはわかりますね」
「はぁ……良いですねーレイラーニさんは素敵な素敵な婚約者が居て」
そう言うレイラーニさんを半目で睨む。
この娘には頭はあまり良くないが相思相愛の婚約者が居る。
相思相愛。
なんと良い言葉だろうか。
そんな相手が居れば私も何一つ苦労をしていないだろう。
私を現在進行系で追い詰めているような煩わしい事を考えなくて良いというだけでも羨ましいものだ。
そう思うと私らしくもない嫌味な言葉が口から出てしまった。
「素敵だなんてっ!まぁあれでイルドは頼りになるところもあるし、馬鹿なところも可愛いですし、最近は今まで以上に優しいですし、この前なんて私がちょっとだけ興味があるな~なんて一言だけ漏らした喫茶店のケーキ買ってきてくれたりして~素敵っていえば素敵かもしれないですけど~」
「藪蛇でした……」
ささくれだった気持ちのままにちょっとした毒を込めて言ったつもりが帰ってきたのは甘ったるいカウンターパンチだった。
両手で頬を抑えながら隙あらば惚気話をするレイラーニさんは微笑ましいと思うべきなのだろうが今の私からすれば恨めしい。
なんということだろう。
愛の前には私のような捻くれ者は打ちのめされるしか無いというのだろうか。
恋する乙女は美しいと言うがレイラーニさんが恥じらう姿はまさしく伝承に伝わる湖の乙女のようだ。
世の中は独り身には厳しい。
それを見せ付けられてしまった気分です。
「面倒を避けるためにエクサスさんを連れ歩いたというのに、まさか面倒が大きくなって返ってくるとは思いませんでした……」
「エクサス先輩が隣に居れば半端な男の子は話しかけられないですからね」
「まぁそうですね……私の元婚約者がカリニオンの家というだけでも他の家からすればちょっとしたプレッシャーになっているらしく、そういう話は来ていなかったのですけど……」
そもそも私が婚約を解消したというのは社交界ではそれなりの噂になってはいた。
蜜月であるはずのカリニオンとラインズが仲違いをしたと言われる事もあったりはしたが、一番はラインズの令嬢にどれほどの欠陥があるかという話だった。
何故、私だけが槍玉に上がるかと言うとエクサスさんは表にある程度露出をしていて何も問題ないどころか将来有望な理想の男性という評判を手にしていたからだ。
それに対して私はどうかと言うと、婚約者が居るという立場を利用して煩わしい夜会を出来得る限り避けていた。
出席したとしても基本的には壁の花であり、私にちょっかいをかけてくるような者は居なかったわけだ。
気難しいラインズ家のご令嬢。
それだけが私が世間に提示していたパーソナリティ。
その二人が破局したとなるとどちらに非があると世間は思うだろうか。
方や数多の女性だけでなく多くの男性からさえ羨望の眼差しを集める貴公子。
方や何の情報も出て来ない無愛想な家柄だけは良い女。
どう考えても後者に何かしらの欠陥があると考えるだろう。
ある者は私の性格があまりに気難しくカリニオンの貴公子ですら扱えないほどの癇癪持ちだと噂した。
ある者はカリニオン家に相応しくないと三行半を突きつけられたどうしようもない放蕩娘だと噂した。
なんにせよ、悪いのは私になっていたわけだ。
そんな女に縁談を申し込む者など居るはずもない。
勿論、そんな状態がいつまでも続けば私も困ってしまうのはわかっていた。
しかし、そこまで私は深刻に考えては居なかった。
色々な噂を立てられて破局したはずのエクサスさんと問題なく親交を深めている姿を見せていれば根も葉もない噂なんていうものは払拭できるのは間違いがなかったからだ。
時間がかかりはするがその内に消え去るであろう悪評。
だから、こんなにも早く縁談が舞い込んでくるとは思っていなかったわけです。
「こんな事になるならエクサスさんの防壁を使うんじゃありませんでした……」
面倒な夜会にエクサスさんを連れて行くというのは効果覿面であった。
ビシッと正装した彼の姿は確かに他とは一線を画すくらいに様になっていて、それだけで周囲の男性への牽制になる。
さらに言えば彼も私の思惑を理解してくれていた。
私に悪評があることはわかってはいても、その噂を確かめるためであったり、悪食なのか私へと接触をしようとしてくる男性は少なからず居た。
そういった輩から私を彼はガードしてくれるのだ。
それによって私は心にも無い社交辞令や興味も中身も無い男性の話、噂好きな野次馬達の話を聞く必要がなくなりとても助かっていた。
あと、ナイト役をやってくれる彼を横目にするのはちょっと気分が良かったのは間違いが無い。
しかし、それが大きな仇となるなんて思っていなかった。
「そんなに乗り気じゃないなら断れば良いんじゃないですか?」
「それが簡単にできれば頭を抱えたりはしませんよ……なぜこんな大貴族が私に縁談を持ちかけてきたのか……」
例え縁談が持ち込まれたとしても気に入らなければ断れば良いだけの話。
私はこれでもこの国有数の大商会の娘。
ごめんなさいと言えば良いだけの話ではある。
だけど、それは相手側が普通の貴族であればの話。
「その……ちなみになんですけど、お見合いを申し込んできたのはどんな人なんですか?」
レイラーニさんも私の立場はわかっている。
しかし、わかっているからこそ簡単に断れない相手からの縁談という事実に頬が引き攣りつつ聞いてくるのだった。
ラインズ家をして滅多な粗相ができない相手。
私がどれだけ嫌だと言っても実家が無下にはしないだろうという相手。
「サボニス・クランベリー。外交関係で一大勢力を築いている名家。カリニオン家に肩を並べる紛うことなき大貴族のご子息です」
目下、私を憂鬱にしてくれている名前を口にするのだった。




