モテ男は辛いよ-3
図書室の中はまだまだ暑い。
窓を全開にして風通しを良くしても焼け石に水だ。
入ってくる風も生暖く、涼を取る事など全くできていない。
そんな中、ニーゼさんの相談に乗ることとなった私はとりあえず彼に着座してもらった。
彼は図書室など今まで使ったことは無いのだろう。
居心地悪そうにキョロキョロとあたりを見ていた。
「いつもここで相談を受けているの?」
「そうですね。内容によっては奥の席へ移動する事もありますが……あなたの相談はそういったデリケートな内容なのですか?」
「いや、そこまでする事ではない……かな。ここで良いよ」
私は相談を受ける時にいつも使っているメモ帳とペンを取り出す。
どういう内容になるかはわからないが、受けるからには私は真面目に話を聞く。
手を抜くつもりは無い。
グレースさんは私の隣で好奇心に目を輝かせている。
完全に楽しもうとしてるだけの観客だ。
流石に私が真面目にやらないと彼が不憫でならなくなってしまう。
「では、早速ですが聞かせてもらえますか」
私が促すと小さくうなずいた彼が口を開く。
「実はこう見えても俺はそれなりにモテるみたいで、同時に三人の女の子に想いを寄せられてしまっているんだ」
「へぇ~凄いですね~モテモテだ!」
グレースさんが感嘆の声をあげる。
同時に三人もの女性に想われるとは確かに凄い事だ。
モテモテだと言うのは間違いじゃないだろう。
そう考えれば三人どころか十人以上に狙われていそうなあの人はどれだけモテモテなんだと頭の片隅で思ってしまった。
彼は顔は普通と言って良いかもしれないが体は武官志望という事もあり鍛えられている。
私の知る限りでは性格に難があるという感じは無かった。
家柄などについては詳しく知らないが、問題のある家系であればこの学園に入ることなどできないはずだ。
そう考えれば人気があってもおかしくはないのかもしれない。
「ははは……ありがとう。いやね、俺自身もそう思うんだ。自分でもなんでこんなにモテてるのかわからないってね」
苦笑しながら答える彼は自分の事ながら不思議だと語る。
しかし、そう言いながらもある種の自信がそこには垣間見えたような気がした。
不思議ではある。
だが、そういう事もあるだろうという自負。
男性が話しかけてきたのを即断で邪な目的だろうと判断してしまうような私にはない自己肯定力と言っていいだろう。
「それがあなたの困っている事ですか?」
「単純な話になるんだがそういう事だね」
三人の女性に想いを寄せられて困っている。
なんとも贅沢な悩みである。
どうすれば良いも何も誰かの思いに応えて、その他はお断りする。
それしか無いように思える。
「はぁ……そんな事をあまり親しくない私に相談するのですか?」
「それについては親しくないからこそというべきかもしれない……」
「どういう事ですか?」
「友人に相談すると……その……嫌味だろう?自分が複数の女の子に想いを寄せられてどうすれば良いかわからないなんてのは」
「あぁ……確かにそうですねー」
「言われてみればそうなってしまいますか」
彼が言うようにこれはある種の自慢話だ。
人によっては悩んでいるように見せかけているだけに思われてもおかしくない。
「だから、あまり俺と親しくない、そして色々な相談事を解決しているというリフィルさんに相談に乗ってもらおうと思ったんだ……それに」
「それに?」
「何て言ったら良いかな……俺に想いを寄せてくれている彼女達は皆が奥手なのか、その……直接的に告白されたりしてはいないんだ」
告白をされていない。
少しだけ表情を引き締めた彼が語る。
「接していると相手の感情が察せる事があるだろう?傍から見たら丸わかりの状態というか、口には出していないけどあからさまな態度とか」
「あぁありますね~そういうの。いやいや、もうハッキリしろよ!とか言う状態」
「そう!そうなんだ!」
グレースさんの言葉に我が意を得たりとばかりにニーゼさんが声を上げる。
「彼女達の想いは伝わってはいるんだ。でもはっきりと言葉にしてくれないから俺としてもどう動いて良いものか……迷ってしまうんだよ」
「三人ともですか?」
「あぁ。奥ゆかしい女性は俺は良いと思うんだけどね」
ニーゼさんが困ったように笑う。
思わせぶりな態度をされるもハッキリと明言はされない。
そのために困ってしまっている。
それが三人同時にとなると悩みも倍増というわけだ。
「今までも何度かあったんだ。この娘は俺に気があるんだろうなって思う事。でも、俺を好きになってくれる女の子は皆奥手なのか告白はしてくれなくてね。きっと俺から告白してくるのを待っているんだと思うんだ」
「それはありそうです~やっぱり女の子からしたら男性から告白して欲しいなって思いますし」
「そういうものですか?」
敢えて思わせぶりな態度を取って相手が動くをの待つ。
私からすると少し迂遠に思えるが、案外そうではなさそうである。
「そりゃそうですよ。あ~私にも誰か素敵な男の子が告白してきてくれないかな~」
「急に降って湧いたりはしないでしょう」
「もしかしたら影から私のことを見守ってくれてる男の子がいるかもしれないじゃないですか!」
それは変質者では?という疑問は口に出さないでおこう。
「今までこういう事は何度かあったんだ。でも、その度に俺は自分から相手に告白する勇気が持てなくてね……そうこうする内に女の子も冷めてしまうのか離れていってしまうんだ」
「それはなんというか……お互いに良くない事ですね」
「いやぁ、でもその気持ちわかるなぁ~気持ちを伝えるのってすっごい大変な事ですよ」
待つだけ待って相手が動かなければ離れてしまう。
勿体ないことだ。
女性側が勇気を出して告白すればニーゼさんは受け入れただろうに。
「ニーゼさんとしても恋人は作りたいのですか?」
「それは当然!というと恥ずかしいけどね。彼女達はみんな魅力的だから。今までの事もあったからさ、今回は自分からも行動しようと思うんだよ」
複数の女性から想いを寄せられているニーゼさん。
彼には恋人を作りたいという気持ちはある。
告白をしてくれれば受け入れるが女の子の側も。
「つまり、最終的な着地点としてはニーゼさんが誰に告白をするかの相談に乗れば良いという事になるのでしょうか?」
「そうだね……うん、流石に三人同時に付き合うわけにはいかないからね」
「何を当たり前の事を言っているのです。これだから男の子は……」
「サイテーですね」
「いやいや!違うよ!俺は別に全員と付き合いたいなんて思ってないから!ほんとに!」
私の冷たい視線を受けてだけたじろぎ、何やら言い訳を述べているニーゼさん。
そういう思考があるから中々行動に移せないんじゃないだろうか。
一夫多妻というのは王族や大貴族には無い訳ではないが、それは色々な事情があるし、あれはあれで大変な事を私は知っている。
単純に複数人から好意を寄せられたからという理由で恋人を複数作るべきでは無い。
はっきり言ってそれは不誠実な行いだ。
「まぁ良いです。それではその女の子達の事を教えて貰っても良いですか?流石に何もわからない状態で意見を述べることはできませんから」
「勿論だ。だけど、名前は伏せさせてほしいんだ。リフィルさんやグレースさんを信用しないという訳ではないけど、やっぱりデリケートな話だから」
「えぇ、それは構いませんよ。大きな貴族の家柄でもないかぎりは名前に意味はありませんから」
そうして彼の相談は次のステップへと移っていったのだった。
◇
「まず一人目の女の子なんだけど、これはよく装備を整える商店の店員の娘さんなんだ」
彼はその情景を思い浮かべながら語る。
「とても明るい娘でね。学園に通ったりはしてないけど恐らくは俺よりは少し歳下なんじゃないかと思う」
「店員さんですか」
「俺が遠征の装備を整える時に色々と相談に乗ってもらって世話になったりしているんだ。装備のこととなるとやっぱり専門なのか俺の知らない事を教えてくれたりしてね。店に顔を出せば楽しくお喋りさせて貰ってるんだ」
「でもでも、お店に顔を出す時だけってなるとあんまり会う機会は多くないですよね?」
「そうだね。彼女とは店以外では会うことは……今まで無かった気がするな」
私はその情報を手元の紙に書き込んでいく。
よく使う店の従業員。
出会いは装備を整えに足を運んだ時なのだろう。
学園に通っていないということはあまり接点は持つことはできないだろう。
それなのに好意を寄せられるというのだ。
一体、彼等にどういうエピソードがあるのか。
それに期待して目を輝かせるグレースさん。
しかし、彼は平然とこう言った。
「そして二人目なんだけど」
「いやいや!そうはならないでしょ!一人目!一人目の事をもっと詳しく話しましょうよ!」
ニーゼさんの言葉に思わずグレースさんが激しくツッコミを入れた。
私も持っていたペンを思わず取り落としてしまうところだった。
これから馴れ初めというか好意を感じる事になった切掛などを聞かせてもらえるかと思ったら、その話は終わって次の人へと進んでしまったのだ。
私も真面目に相談を受けると言いはしたが色恋話に全く興味が無いわけではない。
恋愛小説なども読むし、他人の恋路を面白がりはしないとは言えないくらいには女の子だ。
その私が肩透かしなのだからグレースさんからすれば看過できるような透かし方ではないはずだ。
「まだ出会いと普段は店で会話してますってだけですよ!それだけじゃ何もわからないでしょうが!」
「んぅ……そうは言われてもな……」
「そうは言われてもも何も無いですよ!リフィル先輩もそう思いますよね!」
期待していた甘酸っぱい体験談が無いなんて事は認められない。
その気持が私にはヒシヒシと伝わってくる。
まぁどのような体験談かはともかくとしてエピソードが無さすぎるのは間違いがない。
「そうですね。確かにこれだけでは……そもそもあなたは何故その店員さんが好意を寄せてくれていると思ったのですか?」
グレースさんの憤りを横に置いてもそこは不思議なポイントだった。
店に顔を出した時にしか接点は無い。
店以外では会ったことは無い。
話だけを聞けば好意を寄せられていると判断することはできないように思える。
確かに店員の娘がニーゼさんに一目惚れをしたという可能性はある。
しかし、そうであっても今の話だけでは好意を寄せられていると判断する要素が無さ過ぎるだろう。
私達の不審げな視線を浴びた彼の答えは私達の予想を遥かに超えたものだった。
「商品を買った時にお釣りがでるだろう?それを渡す時にな手をこう……優しく握るというか添えてくれたんだ」
いや、言い直そう。
予想を遥かに下回るものだったのだ。
隣のグレースさんは開いた口が塞がらないようで半開きだ。
私も眉間に皺が寄っていってしまう。
これはもしかして真面目に相談を受けてはいけない類のやつだったかもしれない。
「な、なんなんだ!その微妙な表情は!」
「微妙というか……その……はぁ……」
「普通はそんな事しないだろう!お釣りなんててきとうにトレイに乗せて終わりとか、そういう感じのはずだ!それなのに彼女はこう優しく微笑みながらだね」
店員さんの笑顔について熱く語るニーゼさん。
しかし、それはどう考えても私からすれば営業スマイルという奴ではないだろうか?
商品の相談に乗るのも店員として普通の事であり、所謂営業だ。
好意を寄せられているなどと判断できる要素がそこにあるとは到底思えない。
「……わかりました。では、二人目のお話をきかせていただいても良いですか?」
私は二人目と三人目の話を聞き出す。
その場の情景を浮かべながら彼が話し始める。
それを聞く私達の表情は徐々に曇っていった。
なんというか話の中身が薄い。
無いとは言わないが薄いのだ。
普通に生活していれば起こるであろう当然の事ばかり。
そうして話を聞き終えた。
私は手元のメモに目を落とす。
二人目は同じクラスの女生徒。
普段はあまり話をしないが兵糧管理の担当に選ばれた時はとても褒めてくれた。
面倒な仕事だが彼女が向けてくれる笑顔から好意を感じた。
三人目は通学時によく目にする女性。
毎日、いつも同じ時間に見かけるのだが目が良く会う。
彼女は学園の関係者では無いというのに毎日見かけるのもおかしいし、目が合うと照れくさそうに笑っているような気がする。
そこに書かれていたものは一人目と大差のないエピソードしか無いという事実が並んでいた。
そんな事で好意を感じていたら周りには自分を好きな人間ばかりになってしまう。
そういう他愛の無い事ばかりだ。
「リフィル先輩……これは……これはもしかして……」
「えぇそうですね。私達は思い違いをしていたかもしれません」
私は当初、恋愛相談に乗ったと思っていた。
複数の女性から想いを寄せられてしまったニーゼさんが誰を選ぶべきかという話。
しかし、蓋を開ければこれはそういう問題では無い。
私達が思っていたような話ではなく、つまりは。
「この人は……とんでもない自意識過剰なだけのようです」
その言葉に机にバタッと倒れ伏すグレースさんであった。




