モテ男は辛いよ-1
「ふぅ……今日も暑いですね……」
図書室で静かに読書に勤しむ私の口から自然と言葉が溢れる。
季節は夏真っ盛り。
暑くなって当然であり、暑くならなければそれはそれで大きな問題なのだが生活するという観点から見ればこの気温には文句の一つも出てきてしまう。
窓から見える景色の中では灼熱地獄の中で身体をイジメている生徒たちの姿が見える。
私は武官を目指しているわけではないのでああまで体を鍛える必要は無い。
専攻する物で必要な要素、しなければならない苦労は違う。
私のように文官コースを選んだ人にも当然だが別種の苦しみはある。
しかし、この真夏に外で身体を鍛える事ができるという一点だけで彼等を尊敬する事ができそうだ。
黙って本を読んでいるだけだというのに額から汗が滲み出てくる。
こんな状況では本に集中できるわけもない。
そう少しでも思ってしまうと途端にページを捲る手も止まってしまう。
「あぢぃ……あぢぃですねぇリフィル先輩……」
隣でダレているのは私の後輩であるグレースさん。
彼女はこの図書室の常連である。
私のように毎日ここに入り浸っているわけではないがそれなりな頻度でここで過ごしている。
「暑いと言えばですねぇ聞いてくださいよ先輩。最近アズが酷いんですよ、酷いっていうか熱いんですよ」
ぐでぇっと机に突っ伏しながら死んだ目でこちらを見る姿は物語の中に出てくるゾンビのようだ。
「アズさんと言うと以前にグレースさんが連れて来た元気な娘ですか?」
私の所に恋愛相談に来たアズ・クロッカスさんを思い出す。
彼女は幼馴染と恋仲になるかどうかで深く悩んでいた。
私も親身になって相談に乗りはしたが決め手にかけていたところ、唐突に現れたエクサスさんのコイントスによって解決した。
あの時の彼は噂に聞く通りの貴公子のようで普段とは違った印象を私に与えたのでよく覚えていた。
「そうなんですよぉ~アズがぁ……アズがぁ……」
「アズさんが?」
「惚気けまくって来るんですよぉ……」
机に突っ伏したグレースさんから女学生から発せられたとは思えない声が響いてくる。
「やれ今日のお弁当は彼が作ってくれただとか、やれ家族ぐるみで応援されてるから逆に恥ずかしくてやり辛いだとか、もうねもうね」
「幼馴染の彼と上手く行っているんですね。良いことではないですか」
「上手く行って幸せそうなのは良いんですけど羨ましすぎるんですよぉ……口調とは裏腹に完全に顔が蕩けきってるんですよぉ」
机から緩慢な動作で顔を上げるグレース。
濁った目に生気が感じられないのは暑さのせいだと信じたい。
「私も彼氏ほしぃ~!理解のある格好良い彼氏ほしぃです!毎日恥ずかしそうにしながら一緒に帰ったりしたい!くっそ幸せそうにちょっとした出来事を話して惚気けたいよぉ!」
魂の叫びだ。
これこそがそうなのだと確信してしまう雄叫びでした。
うら若き乙女の隠しもしない本音。
彼女の目から血涙が流れていても違和感は無い。
「うぅ……何故……何故私には彼氏がいないんですか……一度も彼氏が出来たことがないんですか……」
「まぁまぁ、そう嘆かないで下さい。恋人が居ないというのであれば私も同じですよ」
そう言ってグレースさんを慰める。
私には長年婚約者が居たが今は居ない。
そもそも元婚約者である彼とも禄に男女交際的な事などしたことがなかった。
そういう意味では間違いなくグレースさんと同等の経験値のはずだ。
「う~……リフィル先輩は作ろうとしてないだけじゃないですかぁ……私は作ろうとして出来ないんですよぉ……」
「作ろうとしてないと言われるとそうなのですが……でも、作ろうとしてできるかも怪しいですよ」
「そうですかぁ?婚約解消した時は何人か男の人が訪ねてきてたじゃないですか」
それは私とエクサスさんが婚約を解消したばかりの頃。
元々女性に大人気だったエクサスさんの周りには多数の女性が群がった。
それは今でも続いてはいるが、当時は今の比では無いくらいに彼への女生徒からのアプローチは凄かった。
フリーになったという事実がエクサスさんへの注目度を高め、虎視眈々と狙っていたハンター達の心に火を付けたのだ。
そして、注目度が高まるという観点で言えば私もエクサスさんと同様だった。
私の人気がエクサスさんのように高いのであれば私にもそれはそれは男性陣が声をかけてくるはず……ではあるが、そんな事などあるはずが無い。
何故なら私は元々人気が無かったからだ。
とはいえ、何人かは私に声をかけてくる男性も居たことは居たのだ。
エクサスさんと違うのは彼等が見ていたのはリフィル・ラインズという個人では無かったという事だろう。
「あれは私を訪ねてきたわけじゃなく“学園の貴公子が捨てた女”を見に来ただけですよ」
今では謎の方向に知名度が上がってしまった私だが、あの時は特に人気も無い影が薄い女だった。
私の特徴があるとすればエクサスさんの婚約者であったという一点。
その一点から考えるに、わざわざ婚約解消をした私に声をかけるという理由もすぐに思いつく。
「あの時に近づいてきた人なんて弱ってる女性なら簡単に引っかかると思ったか、それともエクサスさんへの当て付けにでも使おうとしたか。まぁ碌でもない理由ですよ」
「うへぇ……厳しいお言葉です」
「それ以外に理由が思いつきませんからね。自分で言うのはあれですが私は可愛げがありませんから」
元々私と以前から親交があるとかそういうのであれば好意的に解釈する事もあっただろうけど、今まで面識が無かった男性から急に声をかけられるなんていうのは下心以外の何も感じる事はない。
遠くから私を思っていたかもしれない男性が居るかもしれない?
そんなのを信じられるほど私は純粋では無いという事だろう。
「じゃぁあれですか、先輩は一目惚れとか信じない方ですか?」
「一目惚れですか……そうですね……」
グレースさんの問いに少しだけ考え込む
一目惚れ。
遠くから一目見ただけで恋に落ちるという奴だ。
そういう馴れ初めも聞きはするし、恋愛小説などではよく出てくる鉄板の設定と言っても良いだろう。
だが、それはあくまで物語の中の話だ。
「信じないという訳ではありませんが理解はできない。それが正直なところでしょうか」
「ん~?どういう事ですか?」
「外見に好みがあるというのはわかります。私も男性を見て格好良いと思うことはありますから。ですが、一目惚れというのは“格好良いな”という感想を越えて好きになってしまう事でしょう。私としてはそれは無いかなと」
人の中身を一切知らずに外見だけで恋に落ちる。
それははっきり言うと私からすれば理解ができなかった。
どれだけ格好良くても性悪であれば好きになどならないと思うのだ。
「でもでも、外見が好みだから好きになるって結構普通じゃないですか?」
「そういう人がいるのはわかりますよ。ただ私には理解できないというだけの話です」
「そうですかぁ……」
自分の感覚が全て正しいなんて思ってはいない。
あくまでこれは私の感覚だ。
だから、一目惚れをする人を否定する気持ちは特に無い。
だけど、私はあれこれと変に考えてしまう。
「例えばですが一目惚れした人が事故などで怪我をして顔に傷跡が残ってしまったとしたら、その人は相手を捨てるのでしょうか?それは好きと言えるのでしょうか?」
「あ~顔だけで選んだならって話ですか?一目惚れだから」
「そうです。好きになった大きな要因がなくなってしまうわけですから」
あの人の顔が好きだ。
あの人の身体が好きだ。
そう考えるのは全く悪いことでは無い。
だけど、それで恋をするというのは少し違うと思うのだ。
「外見が好みだから興味を持った。そして、親交を深めて行って恋に落ちる。これが私としては正しいのかなと。何事もですが経過を飛ばして結論に行くのは良くないと思うのです」
「あぁ~切掛にはなっても決め手にはならないって感じですか?」
「ん~そうですね。そういう事かもしれません」
グレースさんがまとめた感じが私の恋愛観なのかもしれないなと思う。
今まであまり真面目に考えたことは無かったが、そういう事なのだろう。
そんな話をとりとめもなくグレースさんと話す。
周囲に居る仲間達も普段ならば本を読むことに集中しているだろうに今日はそんな気が起きないのか皆の手の動きが緩慢だ。
例年のことなのだから慣れれば良い話ではあるのかもしれないけど、まぁ馴れはしないのだから仕方ない。
家に帰る道のりが億劫なので少しでも涼しくなってから道を歩きたい。
そう思って図書室で時間を潰すだけの暇人が今日の私達なのであった。
そして、そんな暇人に話しかけてくる人物が居た。
「リフィル・ラインズさん……すまないが、相談に乗ってはくれないかな?」
私を訪ねてくる男の子。
珍しい客人は特に私に一目惚れをしたわけではなく、いつもどおりに相談事を運んできただけなのであった。




