貴公子の憂鬱-5
ここ最近はよく通るようになった廊下を歩く。
図書室へと向かう足が自然と早くなってしまうのがわかる。
何故俺はこうも急いでいるというのか、自分でもよくわからない。
その勢いのまま俺は扉を開く。
「リフィル!聞いてくれ!」
当然のように彼女は図書室の定位置に居た。
別に彼女は図書室の責任者などでは無いというのに誰よりも自然にいる。
ここを根城にしている魔女だと言われても誰もが納得してしまうだろう。
いつもの座り、俺には縁が無さそうな厚みの本を手繰っていた。
手元には俺が贈った栞。
大切に扱ってくれているのがわかるし、いつも常用してくれているのが何よりも嬉しい。
贈った甲斐があったという物だ。
「こんにちはエクサスさん。いつも言っていますが図書室では少しだけ声量を下げてくださいね」
リフィルがその栞を読んでいた本に挟んで俺へと視線を向けてくれる。
大きな声を出してしまった俺を諫める姿もいつも通りだ。
「すまんすまん。今日はお前に伝えなければならない事があってな」
「私にですか?」
「あぁそうだ。ここ数日ずっと悩んでいたからな。その悩みが解消したのもあって少しだけ興奮していたのかもしれん」
俺は軽く彼女とその周囲の人たちに頭を下げる。
図書室は元々利用者が少なく、いつも居る人間は代わり映えしない。
俺自身も本を読んだりはしない人間な訳であり、ここにはリフィルに会いに来る事しかしていないので本来ならば邪魔者だろう。
だからこそ、周りの人には気を使っていた。
しっかりと挨拶をして悪いと思った時には謝罪をする。
そんな当然の事だけでも印象というのは違うものだ。
そうして俺がリフィルに相談事を何度も持ってくる内に彼等とも自然と顔見知りになっていた。
最初は目くじらを立てていた人も居たが、この場所の主とも言えるリフィルが許してくれているのだから仕方ないという雰囲気が徐々に作られていったのだった。
「あなたにも悩みがあるんですね」
「お前までそういう事を言うのか……俺は一体どれだけ能天気に見られているのだ」
「ふふふっ。すみません。どうにもエクサスさんには猪突猛進なイメージがありますから」
憮然とした表情でリフィルの軽口を受け止める。
彼女も口元を軽く押さえて笑っている。
こんな軽いやり取りも今では慣れたものだった。
「どういったものかはわかりませんが、悩みが解消したのは良い事ですね」
「そうだろう、そうだろう。お前から出された問いをお前に相談するのは流石に憚られたからな。何とか解決できて胸を撫で下ろしている所だ」
「私が出した問い……ですか?そんなものありましたかね……?それで。その悩みの答えが先程言っていた私に伝えなければならない事なのですか?」
リフィルの言葉に俺は得意げな顔になってしまう。
まさしくその通り。
待ってましたと言わんばかりに俺はその答えをリフィルに伝えるのだった。
「そうだ!よく聞くのだリフィル!」
「はい」
「俺の好みの女性は“背は少し低めでロングヘアー。綺麗系よりは可愛い系の顔立ち。明るい性格でお淑やかな守ってあげたくなる系女の子”だ!」
高らかに俺は宣言をした。
皆の視線が俺に集中した。
この時、図書室の時間は正しく止まっていたように思う。
少し離れた位置で静かに本を読む生徒も奥の書棚で本を探している生徒も一体何が起きたのか微動だに動かない。
それは当然、俺の目の前にいる彼女もそうだった。
目をパチクリとさせるリフィル。
なんと言ったら良いのかわからないという表情。
中々にレアな顔だ。
彼女はいつも仏頂面とは言わないが表情豊かとは決して呼べない。
そんな彼女の今まで見れなかったような表情を見れる事は少しだけ嬉しいが何故そのような顔をするのか。
俺は彼女から出された問いの答えを伝えただけだと言うのに。
「あの……その……それを私に伝えてどうするのです?」
「…………ふむ……?」
冷静に言われて俺は考える。
俺を彼女にこれを伝えてどうしようと言うのか?
彼女やティピカ嬢は「好きなタイプを答えれるようにしておくべき」とは言ったが、それを聞かせなさいとは言っていなかった。
いきなり俺の好みのタイプを告げられてもどうしようも無いのだ。
今更ながらに思い違いをしていた事に気づく。
答えを得た時はすぐにでも伝えなければと思ったのだが。
「……何故だろうな?」
「いえ……それを私に言われても困るのですが……」
困った様な表情を浮かべるリフィル。
小首を傾げる姿はいつも凛としている彼女の姿からは考えらないほど可愛らしい。
「女性のタイプという事はティピカに言われた事を気にしていたのですね。その答えを私に伝える必要は無かったようにも思いますけど」
「っ!そうだ!お前とティピカ嬢に出されていた宿題を解けたのだ!だから俺はお前に伝えようと思ったのだ!」
「あぁなるほど。私もあの問いを出した一人と認識されていたのですね。確かにティピカは神出鬼没で捕まりませんからね。私なら基本的に図書室に来れば居ますから私に解答を伝えに来たと」
「そういう事だな!」
俺は豪快に笑う。
笑い声が大きいとまたリフィルに窘められてしまった。
そのやり取りも心地よい。
俺が出した答えを受け止めて困ったように笑う彼女の姿が夏の熱気などよりも殊更俺の体温を上げている。
「ふ~む……そういう事であれば悪くはない答えだと思います」
「おぉぅ……そうだな。悪くない……か?」
「“お淑やかな守ってたげたくなる”という所は良いですね。無理なアプローチをするような人はお淑やかでも無いし、守ってあげたくなる事もないでしょう。そう考えれば効果的な牽制になるかもしれません」
「そうか。確かにグイグイ来る娘は俺のタイプから外れる事になるのか……そう言われてみればそうだな……」
そういう意図など全くなく導き出した俺の好きな女性像を真面目に吟味するリフィル。
彼女からするとキューリーのような娘に対しての牽制としての働きが見込めるという点が評価ポイントのようだ。
「しかしですね。このような場で大きな声で言うような内容ではありませんよ。紳士にあるまじき行為ですよ」
「うっ……どうにも声が抑えられなかったのだ。すまん……」
「ふぅ……それだけ真剣に考えたという事は伝わってきましたけどね。生真面目なあなたらしいと言えばらしいですけど」
俺に指を突きつけて真剣な顔で叱ったと思えば次の瞬間には淡く微笑んでいる。
飴と鞭。
彼女が振るった鞭は俺にはくすぐったく、渡された飴は蕩けるような甘みをしていたのだった。
◇
図書室の入り口には少し離れた位置からエクサスとリフィルを見つめる二つの視線があった。
言うまでもなくエクサスの友人であるケリクとコータだ。
彼等は今、目の前で行われている光景が信じられないというように見ていた。
「あのエクサスが……女の子に叱られてるぜ……しかも、その後に褒められてメチャクチャ喜んでる……マジかよ……信じられねぇ……」
「う~ん……あの娘ってラインズのお嬢さんでしょう?婚約解消したけど仲が良くなったって本当だったんだ……」
エクサスは紛うことなき貴公子だ。
誰もが彼に憧れる。
彼が見せる姿はいつだって眩い姿だ。
強く優しく気高い男。
親友の二人の前でこそ多少の隙を晒してくれるが、女性相手にあのような姿を見せる事など二人としても初めてだった。
「これは……本人に自覚は無いみたいだけど。あんな姿……傍から見てたらどう見ても……ね」
「あ~……まぁな。やっぱそう見えるけど、そうなのかねぇ」
二人は目の前の光景を見つめる。
あの貴公子が一人の女性の言動に一喜一憂している姿。
それはどこにでも居る普通の男と同じものだった。
「そうだな。ありゃ~本気かもしれねぇな。くくく……見ろよエクサスのあの顔」
「あんまりエクサスのタイプって感じはしないけどね。それこそお姫様じゃなくて魔女みたいだし」
「本人に自覚がねぇんだろう。それにな」
「それに?」
「タイプ“だから好き”は打算。“それでも好き”が本気なんだぜ。自分の好みといくら違ったって気に入らない所がいくらあったって、それでも好きになっちまったら関係ねぇからな」
二人の愛すべき親友。
彼の恐らくは初めての感情。
まだ本人が気づいてい無さそうなそれをどう見守ろうか、どう楽しもうか。
そして、どう応援してやろうか。
とりあえずはまずは彼の親友としてあの魔女に挨拶をしなければ。
そう思いつつ二人は図書室へと足を進めるのであった。
好きなタイプなんて当てにならないという話。
あと、エクサスに焦点を当ててなかったなと思ったので彼の視点で書こうと思いました。
誤字脱字の報告、とても助かります。
感謝一杯です。
明らかな間違いでも自分で読んでも全く気がつかないのって不思議ですね。
拙い作品ですが更新を待ってくれていた方、ブクマや評価、いいねをしてくれた方、そして読んでくれた全ての皆さんが励みになっています。
本当にありがとうございます。
不定期更新で申し訳ありませんが、楽しかったと思って頂けたのであれば気長にお待ちいただければ幸いです。




