貴公子の憂鬱-2
時は数日前に遡る。
俺に見せていた顔とは全く違う醜悪な一面を持っていた令嬢。
キューリー・ヤゴラがリフィルに対して難癖をつけていた事件が起こった。
その事件自体は当然と言うか、喧嘩を売ってはいけない人間に喧嘩を売ったのだから結末はそうなるだろうという話だがリフィルがキューリーを返り討ちにして終りを迎えた。
だが、そうなる原因を作ってしまったのは俺の態度にも問題があると指摘される事となる。
ティピカ嬢が提示した問題。
『エクサス先輩が好みのタイプとか言わないのが悪い』
という話だ。
この事についてはリフィルもティピカ嬢と同様の意見のようで深く頷いていた。
つまり、俺は彼女達に“好みのタイプをはっきりするように”という宿題を出されてしまったのだ。
流石に彼女達から渡された宿題の相談をリフィルにするのはダメだろうという事くらいは俺もわかる。
そういう訳で俺はここ数日頭を悩ませていたわけであり、その悩みをタイミングよく帰国してきた親友たちへとこれ幸いにと話したのだった。
真剣に悩みを打ち明けた俺の顔を唖然とした表情で見る目の前の二人。
「あ~……そのだな……もう一度言ってくれるか?耳の調子悪ぃのかもしれねぇ」
「うん、そうだね。ごめん、ちょっと聞き逃した……のかもしれないかな。帰国直後だから少し体調が悪いのかも……」
俺が真剣な顔をして打ち明けた心の悩み。
それを聞いた二人の反応は鳩が豆鉄砲を食ったような物だった。
開いた口が塞がらない。
何を言っているのか理解できないという表情だ。
そんなにも俺が女性について悩むというのが予想外だったのだろうか。
「大丈夫だ。お前たちの耳はおかしくなっていない」
「えぇ……ほんとにぃ……」
「もう一度言おう。俺は自分の好みの女性はどういうタイプかという事がわからずに悩んでいるんだ」
それはとても簡単な事。
人によってはすぐに解答が出る他愛もない悩み。
『好きな女性のタイプ』
それが俺を苦しめていた。
本当に真剣に悩んでいたのだ。
だが、それを聞いた二人は俺がなぜそんな事で悩んでいるかがわからないようだ。
「はぁ?好きな女のタイプだぁ?お前マジでどうしたんだ?熱気で頭やられたか?」
「その……本当にどうしたの?」
「そんなに意外か?」
俺だって男だ。
異性関係で悩むことがあってもおかしくないだろうに二人は信じられないという顔で俺を見る。
「だって、お前婚約者居るだろ。ラインズのとこのお嬢さん」
「そうだね。婚約者が居るからって女の子を徹底的に遠ざけてるのが君だろう?」
「あぁ……なるほど。そうだな。半年ぶりだから仕方がないな。先に経緯を話さなければならんか。少し長い話になるからとりあえず座ってくれ」
思い返してみれば激動だった。
半年前と今ではあらゆる状況が変わっている。
半年前の俺しか知らない二人からするとあまりにも予想外の悩み。
彼等はここ最近に起きた出来事を知らないのだから。
◇
久しぶりに再会した友人二人に近くの席に座るように勧める。
この座席の主人はもう既に帰ってしまっているので勝手に使っても問題ないだろう。
そうして俺は彼等が居ない間に俺に起きた一番大きな変化について話したのだった。
「はぁ!?婚約解消したぁ!?マジかよ!」
「ケリク!声が大きいよ!」
衝撃の事実に思わず声が大きくなったエリクをコータが諫める。
だが、そのコータの顔からも驚愕の表情を浮かべているのがわかる。
普通に考えれば婚約解消などと言うのはかなり大きなゴシップだ。
特に俺は大貴族という立場がある。
はっきり言って醜聞と言っても良いだろう。
それはこのような場で出すような話題でもないし大声でというのはあまり良い行いではない。
だが、俺は特に気にしなかった。
「俺が婚約を解消した事は周知の事実だ。勿論、中には知らない者も居るだろうが気にするな」
「そりゃお前は学園の有名人だからな……婚約解消なんてしたら話題になるか」
「そういう事だ」
俺は自身がどういう風に見られているかはある程度はわかっているつもりだ。
自分でなりたくてなった立場ではないが、事実として俺が注目される事が多いのは認識している。
一挙手一投足を見られているというのは言い過ぎだが、それでも普通の人よりは衆目を集めているのだろうと。
だから、婚約解消をしたら話題になるなんて事は百も承知であったし、事実大きな話題になった。
予想通りだっただけだ。
「しっかし婚約解消か……まぁ言われてみりゃ納得する所もあるな」
「そうか?」
「あぁ。相手のラインズのとこの娘はなぁ……噂を知ってるくらいだけどちょっとお前には合わないかなとは思ったからな。あんまり良い話は聞かないしよ」
「……」
「なんつ~か、見た目は悪くねぇけど暗いし?愛想悪いしな。カリニオンとラインズの蜜月は有名だからな。家同士の事情があるから仕方なかったんだろうけどよ」
「エクサスならもっと良い人が居るかもしれないっていうのは、そうかもね。選び放題って言うとちょっと言葉が良くないけど、慕ってる娘は多いだろうし」
二人の口から出てくるのは俺の元婚約者であるリフィル・ラインズの悪口……まではいかないが、あまり良い言葉ではなかった。
確かに彼女は色々と解りづらい。
愛想も良くは無いだろう。
俺とは真反対というのも頷ける。
そう思ったから婚約解消を持ちかけた俺が言うのは違う気もするが……あまり気分が良くない。
「二人共、彼女の事を悪く言わないでくれ」
「……っ!」
俺の口から出た言葉は意識せずに重いものとなっていた。
これを言っていたのが二人でなければもっと険のある声になっていただろう。
親しい友人からリフィルの悪口など聞きたくなかった。
その気持ちが俺の言葉に乗ってしまったのだろう。
「彼女とは円満に婚約を解消したのだ。婚約者では無くなったが新たな友人となったのだ」
「婚約解消した相手と友人?そんな事あるの?」
「あぁ。今では色々な相談に乗ってもらっている。本当に頼りになる人だ。俺が持ち込む話に嫌な顔をせずに対応してくれる優しい人だ」
「マジかよ……」
「それに、彼女は愛想も別に悪くはない。俺と真反対だからこそ気付かされる事が多いのだからそれも悪いことではないだろう。容姿も……美し……俺は悪くないと思う」
俺の言葉に声を失うケリクとコータの二人。
改めて考えてみれば確かに二人が驚いた顔をするのも仕方が無いのかもしれない。
普通は婚約をわざわざ解消するのだから、それは険悪になったと思うだろう。
なぜ、婚約者で無くなった後から親交を深めるのかと。
それについては俺もこうなるとは全く思っていなかったのだから、二人が理解できなくても仕方がないだろう。
「とにかく!彼女は決して悪く言われるような女ではない!むしろ、こちらから婚約解消を切り出したのだから責められる事があるとすれば俺のほうだ」
その言葉に二人が顔を見合わせる。
婚約解消を自分から切り出して置いて、その相手と友人となった。
言われてみれば何というか……うん、珍しいケースのような気はする。
今まであまり考えていなかったが。
「まぁ、お前の事情はわかった。とにかく。婚約者が居なくなったから別の女を探そうとしてるっていう事で良いのか?」
「俗な言い方をすればそうだが……何か言い方が気に入らんな……それに俺が悩んでいる事には理由がある」
俺はつい先日あった出来事を二人に話した。
婚約者が居なくなった俺に対してアプローチしてくる女性が多数いること。
その娘達に対して不誠実な対応しかできていないという現状。
そして、それによって巻き起こされてしまった騒動とその決着。
「でだな、その時に後輩の女の子に言われたのだ」
「なんて?」
「好みのタイプとか言わないとダメだと」
その言葉に二人は揃って頷く。
ティピカ嬢が俺にしてくれた助言をそのまま伝えたところ、彼等としても納得の内容だったようだ。
「まーそうだね。確かに婚約者が居る状態でも人気高かったんだから、フリーになったらそれはトラブルも起きてもおかしくないね」
「その後輩ちゃんが言うように好みのタイプを言っちまったほうが良いのは間違いねぇかもな。でもよ、それで何で悩むんだよ?どんな女が良いか言えば良いだけだろ?」
何を悩むことがあるというようにケリクが俺に言う。
わかっていない。
こいつは何もわかっていない。
「それができれば苦労はしないというものだ……」
「何が問題なんだよ?」
「……わからないんだ」
「わからない?」
「だから!わからないんだ!俺はどんな女性が好きなのか!わからないんだ!」
なぜこんな事を言わされなければならないのか。
婚約解消をしたことを言われるよりも恥ずかしい。
顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
恥辱だ。
だが、二人に協力を仰ぐのだから誤魔化す事はできない。
「ずっと俺には婚約者がいたから考えた事が無かったんだ。俺はずっとリフィルと結婚するんだと考えていた。好みのタイプなんて考えても仕方が無いと無意識に思っていたんだ。だから今になって言われても……よくわからんのだ」
俺は努めて真剣な声を出す。
他人から見れば馬鹿な悩みだとは思うが俺にとってはすぐにでも解消したい悩み。
実害が出ているのだから解決するのは早ければ早いほうが良いのだから。
「というわけで……こんな事を相談できるのはお前達くらいだ!良いタイミングで戻ってきてくれた!相談に乗ってくれ!頼む!」
「仕方ねぇなぁ。まぁエクサスに恩を売れる機会は中々ねぇし、相談に乗ってやるか」
「そうだね。エクサスが困っているところなんて今まであまり見たこと無かったから新鮮だしね」
そう言って俺の親友たちが救いの手を差し伸べてくれたのだった。




