貴公子の憂鬱-1
季節は移ろい行く。
過ごしやすかった時期は過ぎて夏が始まりかけていた。
諸外国に比べて過ごしやすい環境であるこの国にも夏は等しく来る。
暑い暑い夏が。
外で訓練をすれば汗が滝のように流れ出し、熱気があらゆるやる気を奪って行く。
皆が口々に弱音を吐きたくなる気温。
体を動かすことが好きな人間だって過度に暑い季節というのは諸手を挙げて歓迎する事はない。
かくいう俺ももう少し涼しい方が好きである。
しかし、その暑さが良い作用をする事もあるのだという事を俺はここ数日で実感していた。
茹だるような暑さ。
それの何が良いのかというと余計な事を考えなくて良くなるのだ。
体をイジメている瞬間だけは俺の悩みが頭の中から出ていってくれるのだからこの暑さも悪くない。
いくら考えてもわからない問いならば、考えられないほどに熱で思考が停止してくれたほうが良い。
そう思ってしまうほどに俺。
エクサス・カリニオンは思い悩んでいた。
「うぅ……わからん……暑い……わからん……はぁ……」
訓練をしている間は何も考えなくて良いが、永遠に訓練をし続けるわけには行かない。
そして、訓練に逃げ続けるわけには行かない事も俺はわかっていた。
教室に戻り席に座れば一時的に追い出していた悩みが俺の頭に舞い戻り悩ませてくる事となる。
そうして座っていれば授業もいつの間にか終わるというもの。
授業の内容?
そんなものは頭に入っていくはずもなかった。
「くそ……どうすれば……はぁ……」
俺は自分で言うのも何だが、あまり悩むことは少ない。
即決即断を旨としているわけではないが、そこまで悩んでも良い事にはならないと考えているからだ。
一晩考えてわからないのであれば、それはもう俺にはわからない事。
ならばわかる人間を頼るのが良いという物だ。
それに最近では判断が難しい事はとても頼りになる人物に相談をするようにしていた。
彼女に相談をすれば答えを導いてくれるという信頼がある。
常ならば俺の足は意気揚々と図書室へと向かっていた事だろう。
しかし、今回はその手は使えない。
自分で答えを出すべきだという事くらいはわかっていた。
だから、一応は考えはするのだ。
答えが出ないとわかっては居ても。
それはもう考えるフリをしているに近いのかもしれない。
「う~む……わからん……わからない……わかる気がしない……」
席に座り、腕組みをして俺は自身の悩みと向かい合う。
考えても考えてもわからないわけで、急に天啓が降りてくるとも思ってはいない。
だからと言って考えないわけにもいかない。
そう思い俺は難しい顔をして考え続けていた。
授業が終わった教室にはまだまだ人が大勢いるというのに俺を助けてくれる人間は居なかった。
普段であれば誰かかしらが俺に話しかけて来てくれる事が多いがここ数日は誰も来ないのだ。
唸りながら思い悩んでいる俺に話しかけづらい雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
正直、誰かに助けてほしいと思うのだが、こういう時に限って誰も救いの手を差し伸べてくれはしない。
世の中とは上手く行かないものだ。
そんな事を考え始めていた俺に声がかけられた。
「どうしたどうした?久しぶりに顔を見に来れば珍しく景気の悪い顔をしているな。カリニオン家の人間がそんな顔をしてちゃダメなんじゃねーの?」
少しだけ高いその声には聞き覚えがあり、そしてその声を聞くのは久しぶりであった。
「ケリク!ケリク・キューブ!帰ってきてたのか!」
「僕もいるよ~」
「おぉ!コータもか!」
そこに立っていたのは俺の親友であり悪友の二人だった。
背が高くガッチリした体格、だが俺とは違い表情が多彩で親しみやすい性格であり誰とでもすぐに仲良くなるのがケリク・キューブ。
その後からひょこっと顔を出した小柄なのがコータ・クォンサム。
一見すると子供に勘違いされそうな体躯と童顔。
しかし、小柄ながらに高性能が売りだ。
「そうか、帰って来るのは今日だったのか!失念していたぞ!」
「まぁな。本当に帰ってきた直後だぜ」
「とりあえず学園に報告のために顔出しただけなんだよね」
この二人はどちらも今年の初めから短期の留学で隣国へと旅立っていた。
いわゆる交換留学という奴だ。
隣国とは友好な関係であり色々な人材の行き来も多い。
その中で俺が通っているこの学園も成績が優秀な者が選ばれて短期の留学で経験を積むプログラムが行われている。
この二人は我が学園の代表として隣国へ渡るという大役を担っていた。
そんな彼等が俺の目の前に戻っているということは留学期間が終わったという事だろう。
「しかし、本当に久しぶりだな!」
「そうだね。半年ぶりかな?向こうも悪くなかったけどやっぱり僕にはこっちの方が性に合ってて安心するね」
「向こうは向こうで悪くなかったけどな」
俺は席から立ち上がりケリク達の肩をバンバンと叩く。
俺達は遠征訓練などでも一緒のパーティーを組んだりと気の置けない関係の友人だ。
その二人が揃って留学するとなったときは俺も少しだけ寂しく思っていた。
「しっかし、俺らの帰国予定とかなんざお前なら把握してそうなもんだけどな」
「そうですね。エクサスらしくないと言えばらしくないです」
久しく会ってなかった友人からの言葉に俺は難しい顔をする。
たしかに、そろそろ二人が帰ってくるという話は俺も知っていた。
だが、それは今の俺の頭の中には残らなかったのだろう。
ここ数日頭を支配する悩みのせいでだ。
「で、なんかあったのか?」
そして、なんらかのトラブルに俺が見舞われている事は付き合いが長い二人からすれば一目瞭然だったようだ。
「……わかるか」
「まぁ、そんな顔してりゃなぁ。いつもの即断即決はどうしたんだよ」
「そうだね。本当に珍しい顔だよ。君がそんなに真剣に悩んでいる顔なんて」
「ほんとは帰国祝に飯でも奢ってもらおうと思ってたんだがなぁ」
俺に心配そうに声をかける二人。
本来であれば帰国を盛大に祝ってもらおうという名目で俺に奢らせようとしていたらしい。
しかし、俺の表情を見てそんな気分ではなくなったのだと言う。
それほどに俺は深刻な顔をしていたのだ。
「実はな……悩んでいるんだ。ここ最近、ずっと悩んでいる……」
「お前が悩むなんてなぁ、こりゃ槍が降るのか?ひでぇタイミングで帰ってきちまったぜ」
「うるさいぞ……らしくない自覚はある」
「まぁまぁ。エクサスだって悩み事くらいあるでしょ」
軽口を叩きながらも俺は二人の登場に感謝をしていた。
俺にとって二人の登場はまさしく救いの神になり得るからだ。
はっきり言って俺の悩みは他人には中々に相談がしづらい物だった。
だから俺は一人で答えを出すしか無いと思い悩み続けていた。
しかし、この二人になら俺は腹を割って話す事ができる。
多少、躊躇するところはあるにせよ他の人間には話せないような深い話をする事ができる。
そういう関係の友人だと俺は思っている。
「帰ってきて早々で悪いんだが……相談に乗ってくれるか?俺一人では……もうどうにもならんのだ……」
「おぉ……こりゃマジで帰国した甲斐があったってもんだな」
「エクサスがそこまで悩むなんて……僕達で力になれれば良いんだけど……」
考えても考えても出せない答えへの手がかりを掴むためには、俺に忖度無く意見を言ってくれる、俺の事をよく知っている人間が相応しい。
この二人ならばきっと俺を助けてくれる。
そう確信していた。
「で?何に悩んでんだよ?」
だから、少し恥ずかしいが俺は彼等に悩みを打ち明ける事とする。
俺を苦しめる難問。
ここ最近、頼り切りであった図書室の魔女に頼ってはいけないであろうその内容。
「俺の好みの女性は……どういう女性なのだろうか?」
それは先日、リフィルとティピカ嬢から出された宿題であった。




