降りかかる火の粉は噂とともに-5
図書室の奥まったスペース。
元々利用者が多くはない図書室ではあるがこんな奥まで行けば更に人目につかなくなる。
同じ図書室ではあるので窓から校庭で訓練をしている生徒達が見えるのは入り口近くと変わらない。
今も背の高い男子生徒が恐らくは下級生を指導しているだろう姿が見て取れた。
それなりの距離があるので生徒達の顔までは見えなくても先輩にシゴカれて必死の形相で訓練をしている事は想像に難くない。
運動嫌いの私には真似できそうにはないが、健康な体には健全な精神が宿るという言葉もある。
(健康的に体を動かせばこの人も少しはまともな思考になるのかしら?でも、運動不足なのは私も同じか……)
少しは運動をしないといけないのかなぁと自嘲気味に考える。
健全では無い精神の悪い見本が目の前に居れば尚更だ。
これから始まる話し合いは普通の運動よりも大変なのだから少しでも私に健全な精神が宿って、ついでに要らない贅肉が燃焼してくれはしないだろうか?
そんな妄想を抱くくらいには気が重い。
だけど、やる事をやらなければいけないのは変わりがない。
「さて、どうぞお座り下さい……っと、申し訳ございません。皆さんの椅子もご用意致します。少々お待ち下さい」
この話し合いに参加するのは私を含めて五人。
奥の方から椅子を持ってこなければ全員が座ることもできないし、配置も卓囲むようにではなく私とキューリー達が対峙するように椅子を置かなければならない。
そう言った準備を目の前の令嬢たちが行うわけもなく、私自らが椅子を運びセッティングを行う。
「いい心がけね」
「そんな事しても許しませんけど」
「私達を立たせたままというのは良くないという知識はありましたのね」
「早くしなさい」
私が取り巻きたちの椅子も用意するという事に気分を良くしたのかふんぞり返るキューリー達。
彼女達にとっては平民である私が諸々の用意をするのはとても自然な事なのだろう。
全く持って時代錯誤な人達だ。
だが、その意識を変える事は私にできそうにない。
私は努めてゆっくりと椅子を用意する。
椅子の一つ一つは重たいわけではないが五個にもなれば多少の時間はかかってしまう。
私は非力な文学少女ですから多少の時間がかかっても仕方ないだろう。
そう思いはするのだが当然彼女達はそれに対して文句を言う。
文句を言うだけで手伝ったりはしてくれない。
「何をぐずぐずしているの?」
「椅子の用意にも手間取るなんて……ほんと使えない娘ね」
「こんなのがエクサス様の元婚約者だというのですから」
口々に私を罵る彼女達。
まぁ、少しゆっくりと動いているがそれでも不自然ではない程度だというのに。
彼女達の中の平民はもっと素早く機敏に動いているのだろうか?
だとすれば私はあまり動きが早くないので言われても仕方ないのかもしれない。
そうこうする内に椅子を私は運び終える。
窓を背にして配置した椅子にドスッっと四人が座る。
これで場は整った……わけでは無い。
私はまだ座ることはできないのだ。
「さて……それではお話……の前に、お菓子も用意致しましょう。長い話になりそうですからね」
「ふんっ、あなたのような人が用意するお菓子などろくな物ではなさそうですわね」
「そう仰っしゃらないで下さい。サイヒル産の秘蔵の茶菓子ですわ。本当ならお飲み物もご用意したい所でしたけど、私では上手にお茶を居れられませんので……」
サイヒル産の茶菓子と言えばこの国でも屈指の超高級品であり私でもあまり口にすることはない正しく秘蔵の品だ。
本当は図書室で飲食など言語道断だが、ここは私のテリトリー。
教諭達もちょっとしたお茶目なら目を瞑ってくれるわけで、奥の司書室にこっそりと置いてある秘密兵器。
本来ならこんな時に使うのではなく、それこそティピカやレイラーニさんと一緒に楽しもうと思っていたが仕方がない。
中途半端な物を使えば眼の前のご令嬢達が文句を言うのは目に見えているからだ。
今少しの間だけは機嫌を良くして居て欲しいのだ。
「平民にしては中々良い趣味をしているわね」
「どうせお金に物を言わせて手に入れたのでしょうけど」
「ほんと卑しいわ」
だったら食べなくても良いのでは?と言いたい所ではあるが私は冷静に茶菓子をお盆の上へ並べて机の上に置く。
肝心のお茶が無いのは片手落ちだけど、とりあえずは茶菓子も用意して一見すれば令嬢たちのお茶会の出来上がり。
だが、その内実は醜い醜い戦いの場だ。
深呼吸をして私は椅子に座って窓から見える景色を見る。
校庭には先程まで多く居た生徒達に変わって遠目でも可愛らしい少女が一人飛び跳ねている姿が見える。
元気で大変よろしい。
私もこんな陰鬱な事をするくらいならば外で飛び跳ねていたいものです。
◇
「さて……では、色々と聞きたい事がありますので、こちらから質問をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
席についた私は神妙な顔をして事情の聞き取りを始めることとした。
彼女達がすんなりと話してくれるかが問題ではあるが事前に少しは持て成しておいた訳で、その分くらいは素直になって欲しいものである。
「えぇどうぞ、全部あなたがやっておきながら白々しいとは思いますが、下手な演技に付き合ってあげますわ」
いやらしく笑いながらキューリーがこちらを見る。
その目には私が泣きながら謝る幻視でも映っているのだろう。
先程まで私が下手に出て場を用意した辺りから、多少は機嫌が良くなっているのがわかったからだ。
切り札の茶葉を使った甲斐があったという物だ。
かなり手痛い出費ではあった。
私は良いところの令嬢である自覚はあるが無駄遣いは嫌いなのだ。
「まず聞きたいのは噂の詳しい内容です。ええっと……先程の話ですと“キューリー・ヤコブはリフィル・ラインズに嫉妬して嫌がらせをしている”でしたか?そのもう少し詳しい内容を聞きたいのです」
悪い噂が流れたというが、これだけならば私としてはそこまで酷いものでは無いように思える。
例えばやっても居ないような悪事をしたであるとか。
人間性を疑うような言動をしていたとか。
看過できないような内容の噂が流されているのであれば彼女達が憤慨するのも理解ができるかもしれない。
そう思った私はいつも通りにメモ帳とペンを取り出し彼女達の証言を箇条書きにしていく。
「私が聞いたのは“エクサス様に近づかないようにと詰め寄った”、“何度もしつこく追い回した”だったかしら?」
「あとは“一方的に罵った”とも言われておりましたわ」
「キューリー様に負けたくなかったのでしょうけど酷い話ですわ」
「一番酷いのはやはり“魔女に嫉妬している、身も心も醜い女”ですわね」
取り巻き達が証言する間、キューリーはウンウンと頷いている。
しかし、私としては眉間に皺が寄っていくことばかり。
その理由は書き殴った文字を見れば一目瞭然。
何故なら最後のだけは本当かどうか私にはわからないが最後以外は全部事実だからだ。
「あの……聞く限りでは最後以外は本当のことではありませんか?」
「なんですって!」
最後のも事実の可能性は大いにあるけどそれは黙っておく事とする。
私の指摘に声を荒らげるキューリーだが、何故そうじゃないと思えるのか。
ここ最近の私とのやり取りを思い出して欲しいものだ。
「まず、エクサスさんに近づくなと詰め寄りましたよね」
「詰め寄ってはいませんわ。身分を弁えていない考えなしのあなたを優しく諭して上げただけですわ」
「ニ回もわざわざ追ってきて?」
「偶然ですわ、何故わざわざあなたを探して追い回さなければならないの?自意識過剰も程々にしないと滑稽ですわよ」
「恥知らずとか色々と罵られた記憶がありますけど」
「事実を言っただけですわ。あなたは恥知らずの平民ですもの。何も間違った事は言っていませんわ」
私が確認を取る度に彼女の口からは言い訳が飛び出してくる。
いや、彼女にとっては言い訳ではないのだろう。
本当に心の底からそう思っているのだ。
これは話が通じないわけだ。
「……わかりました」
「やっと理解したのかしら?自分の立場、身分というものを」
「それでは次の質問です」
私はもうこれ以上、この人と話したくないなと思いつつも次へと進む。
「何故、私が犯人だと思ったのですか?先程も一度聞きましたけど再度詳しく聞かせて下さい」
その言葉に待ってましたとばかりにキューリーは話し始めた。
「まず、私を貶めて得をするのがあなただと言う事。特にあなたが犯人だと特定できたのは最後の噂ですわ」
「というと……私があなたに嫉妬している、という物でしょうか?」
「そうよ。考えてもみなさい。私は名門ヤゴラ家の長女。自分で言うのは何ですが多数の女生徒から羨望の眼差しを受けていましてよ」
果たしてそうだっただろうか?
ティピカから聞いた時はあまり良い評判は聞かなかったような気がしたけど。
そもそもヤゴラ家も以前ほどの勢いはなくなってるはずだ。
いくら名家であっても成長曲線が下降線を描いている家に憧れを持つ者なんているのだろうか?
憧れるならそれこそもっと他に多数の魅力的な女性達が居ると思う。
そんな事を私が考えている間もキューリーの口が止まる事は無い。
「対してあなたは卑しく汚らわしい平民。金勘定だけが得意の下賤な家の生まれ。エクサス様との婚約も破棄され魔女と蔑まれるような女よ。そんな女にこのキューリー・ヤゴラが嫉妬?荒唐無稽も甚だしいですわ!普通ならば考えもつかないそんな発想になる原因は一つ!」
得意げに語るキューリー。
とりあえず楽しそうにしているようだから聞いてあげるとしよう。
「真実は噂と全くの逆!あなたが私に嫉妬しているのでしょう!このキューリー・ヤゴラに!」
「……ふむ」
「わかりますわ。私が生まれ持つ品位はあなた方が得意のお金では買えませんもの。だから、あのような噂を流した。それが事実ですわ!」
私がこの眼の前の高慢な女に嫉妬したから噂を流したと。
彼女の中では全てが理路整然としており明確になっているのだろう。
あくまで、彼女の中ではだが。
「何故、私があなたに嫉妬すると思うのですか?平民だからですか?」
私は彼女の本音を引き出すべく質問をする。
今までの言葉からわかりきっている事ではあるが、ここまで来たらもう少し聞いてもいいだろう。
「当然よ。平民なんていうのは私達貴族のおこぼれで生きているような者。国とは貴族であり、貴族とは国。最近はこれを理解できていない者が増えてきていて本当に嘆かわしい話ですわ」
彼女の言葉に取り巻き達が頷く。
口々に同意の言葉を囀る姿は何とも醜い姿だ。
私の周囲には居なかっただけで、まだまだこういう意識の人間は居るのだろう。
中々接する事ができない希少種だと思えばこの経験も貴重なのかもしれない。
「もしも、あなたのような下賤な血がカリニオン家に入り込んだらと思うとゾッとしますわ。かの名家に相応しいのは私のような高貴な血筋。その血が汚れてしまっていたかと思うと……あぁ恐ろしい!」
まるで劇の演者のように大げさに語るキューリー。
私が何も反論をする事が無いのに気を良くしたのだろうか。
私が何も言わないのは何も言う必要が無いからな訳ですけど。
勝ちが確信している勝負というのは作業と同じ。
キューリーの言葉を聞きながら私はその意味を実感していた。
「さて、もうそろそろ良いかしら?さっさと罪を認めてくださらないかしら?折角のお菓子の味も落ちてしまいますわ。まぁ……性悪な魔女が用意した物などいくら高級品でも何が入ってるかわからないですけど」
少しだけ時間を稼ぐ必要があったわけだけど今更ながらに勿体無かったかなと思う。
何を使っても文句を言われるんだからサイヒル産なんて最高級品ではなく、もっと安いお菓子を使えば良かった。
そして、そろそろ良いかしら?というのは私も言いたかった台詞だ。
この苦痛だった時間を終わらせる事としよう。
「そうですね。そろそろ良いでしょう。あなたの話は聞くのはもう限界です。私も……彼も」
その言葉を合図に私の正面。
彼女達からすれば後方にある窓がガラッと音を立てて開かれる。
そこには無表情でありながら激しい怒りを湛えている事がありありとわかるエクサスさんが居たのであった。




