降りかかる火の粉は噂とともに-4
キューリー・ヤゴラという厄介な令嬢に絡まれたからと言って私の日常が大きく変わる事はなかった。
私があの人の言葉に従う気がサラサラ無いのでそれは当然なのかもしれない。
そういう訳で普段どおりに授業を受けて図書室へ行き本を読む。
時折、やってくる貴公子から相談を受けたり、定着してしまった噂を頼りにしてくる人の相談を受けたりする何の変哲もない生活。
(……何故か相談に乗る事が日常になっている気がします)
図書室の入り口に魔女在中と看板を出さなければいけなくなりそうだ。
私の自己認識としては他人にはあまり興味が無い情の薄い女と思っていた。
しかし、こういう生活になってみてわかったのだが案外、私は人の悩みを聞いたりする事が嫌いじゃないようだ。
相談を受けた中には非常に感謝をされてこちらが恐縮する事もある。
勿論、本当に話を聞いてあげる事しかできない場合もあるが、それはそれで悪くない。
少し不謹慎かもしれないが人の話を聞くというのは本を読む行為に似ていると今では思っていた。
自分が体験できないような行為を聞き、そしてもしも自分だったらどうするか、どうすればこの問題を解決できるかを考える。
それは推理小説や恋愛小説の登場人物の心情を考えるのと同じ。
私にとって彼らからの相談とは一つの物語を読み解くようなものなのかもしれない。
今日もそんな平穏な日々と言って良い一日だ。
いつもと少しだけ違う所としては私のもとには先日と同様に可愛い後輩が息抜きに訪れていた。
「せんぱーい。なんか面白い話ありませんかー?」
「だらけていますね」
そこには図書室の机に突っ伏して顎を乗せているティピカが居た。
少し前に起こった騒動の事後処理も終わり、自身が受け持っている仕事にも一段落がついたという事で最近はかなり時間があると以前に言っていたティピカ。
そんな彼女が図書室に現れる頻度は上がっていたのだった。
「だらけてますよーだらだらですぅ」
「はいはい。存分にだらけてください。オススメの本なら幾らでも紹介しますけど、どうします?」
「本か~たしかに最近はゆっくり読書もできなかったしぃ~リフィル先輩のオススメなら間違いないかなぁ~」
そんな後輩を微笑ましく皆が見守る。
この図書室は私のテリトリーなわけだが、ティピカのテリトリーでもある。
彼女が気を抜いて過ごせる貴重な空間というわけだ。
そんな私達の領域である図書室の静寂が無法者に破られる事になろうとは全く考えていなかったのである。
「リフィル・ラインズ!」
その声は大きく甲高かった。
静寂を破り、私を含めた全員が入り口へと視線を向ける。
そこには鼻息も荒く怒りの表情を隠しもしない面倒くさいご令嬢。
キューリー・ヤゴラとその取り巻き達が居た。
「居ましたわねこの魔女が……っ!」
大股でこちらに詰め寄ってくるキューリー。
その姿に私は最近の行動を思い返してみるが彼女が何に怒っているのかがわからない。
まぁ、私は彼女の言葉には全く従わず今もエクサスさんと親しくしているわけで、それに対して怒っているのかもしれない。
だけど、どうにもそれだけでは無いような勢いだ。
明らかに先日とは違う。
私に対する明確な敵意を感じることができた。
「ちょっと!急に何なんですか!?」
そんな鬼女のような令嬢と私の間にティピカが立ち塞がり前に立つ。
彼女は体は小さくとも恐らく心はこの場にいる誰よりも強靭だ。
ティピカとしては無作法に図書室へと乗り込んできたキューリーを即決で敵に認定したのだろう。
「あなた……前に私の邪魔をした小娘……っ!」
「いきなり小娘呼ばわりとか常識も何も無いんですかぁ?」
「あんたもグルってわけね!平民同士で結託してるわけね!汚らわしい!」
「平民ですけどぉ!何か悪いんですかぁ?大体、汚いのはその顔のほうじゃないんですかぁ?常識も無いし、もしかして……そっちも平民だったりしてぇ?」
矢面に立ったティピカに対してもキューリーは敵意を向ける。
歯をむき出しにし声荒げて全力で威嚇して来ていた。
勿論、海千山千の曲者を相手に自分の地位を築き上げたティピカがそんな圧力で怯むわけもない。
小さな体で私を守ろうとしてくれるのは少しだけ可愛らしいが、彼女の顔を見れば受ける印象は全く違う。
何故ならティピカの顔に浮かぶのは好戦的で目の前の女を嘲る笑みだったからだ。
彼女はキューリーを相手に戦う気満々なのだ。
このまま行けば始まるのは激しい言葉の応酬だ。
本人にやる気があっても理由もわからずそんな事に後輩を巻き込むのは私としては避けたい。
流石にこんな勢いで詰め寄ってくる事に理由はあるのだろうから。
仕方がないと心の中でため息をつく。
この場を収めるためには彼女の話を聞くしかないだろう。
「申し訳ありませんが図書室では静かにしていただけませんか?」
「私を前にしてよくも!」
「事情は知りませんが図書室で静かにするのは私が決めた事ではなく学園が決めた事です。教諭を呼んでも良いのですよ」
「……っ!」
ティピカを片手で制しながら目の前の彼女へと言葉を投げかける。
私の言葉に少しだけ冷静さを取り戻したのか息を呑むのがわかった。
名門貴族の令嬢としては学園側に問題を起こす生徒だとは思われたくないだろう。
この場合は図書室で騒ぎ立てている彼女が悪者となるのは間違いがないのだから。
「くっ……!口だけは相変わらず良く回るっ」
怒りの表情はそのままに声量を落とした彼女。
しかし、引く様子は見られない。
唐突に起こった険悪な空気に周囲は困惑するばかりだ。
かくいう私も戸惑ってはいる。
先日の接触から今日まで私の行動は特に変化をしていない。
それなのに目の前の彼女の怒りは以前の比ではないからだ。
それが不思議でならない。
「私にはあなたをそこまで怒らせた覚えはないのですが……」
「白を切っても無駄よ、私にはわかってるのですから」
キューリーの言葉に周囲の取り巻きたちも頷く。
だけど、何を言われているのか全くわからない。
「ご説明をしていただけますか?」
流石に理由も無しにここまでの敵意を向けてきているのではないとは思うのだ。
そこには何か原因がある。
私が無意識に彼女の中の一線を越えてしまった可能性もゼロでは無いわけで、言葉が通じるのだからまずは話してみよう。
話をよく聞く系女子が再出店である。
そう思ったが、次いで彼女の口から発せられた言葉は予想外であった。
「あなたが私の悪い噂を流したのでしょう!」
私の耳に飛び込んできたのは全く見に覚えのない濡れ衣であった。
「悪い噂……ですか?」
「そうよ!私とエクサス様が親密になるのがそんなに気に入らなかったのかしら?」
胸を張ってそういうキューリー。
だが、私にはそんな覚えは全く無い。
「申し訳ありませんが、私にはそのような事をした覚えはありません。人違いでは?」
「そうですよーだっ!何がどうなってリフィル先輩があんたの噂なんて流す事になるんだっての!少しは物を考えろってーの」
私の言葉に後ろからティピカが援護射撃をしてくれる。
援護射撃というよりは煽っている感じではあるが。
キッと一瞬だけティピカを睨んだキューリーだがすぐに私に視線を戻す。
「ふんっ!何も根拠もなく私も犯人と決めつけたわけではありませんわ!」
「何か理由があるという事ですか?」
「ありますわ!単純で、そして何よりも明確な理由!」
そんな物はあるはずがなく、もしもあったとしたら捏造ではある。
だが、捏造をした者がいるのであれば、それはそれで私の敵が居るという事でもある。
何故、私が悪い噂を流した犯人だとなったのかは気になるところではあった。
「それは噂の内容が“キューリー・ヤゴラはリフィル・ラインズに嫉妬をして嫌がらせをしている”というものだからよ!」
彼女の言葉を頭の中で反芻する。
ふぅむ。
「…………それだけですか?」
「それだけぇ?ほんっとに何もわかってないのかしら?良いかしら。この噂は私とあなたに関する事なのよ」
「はぁ……そうですね」
「だったら私が犯人じゃなければあなたが犯人になるでしょうが!」
一体、どういう理屈だ。
悪意のある第三者が噂を流したという事も考えられるだろう。
「いえ、他の人が噂を流した可能性もあるのでは?」
私としてはそちらのほうが高い可能性のようにも思える。
というか、ほぼ間違いなく犯人は他に居るだろう。
何故なら、こんな噂を流したとしても私と彼女はどちらも得をしないからだ。
「往生際が悪いわね。こんな噂を流したとしてあなたの他に誰が得をすると言うのかしら?」
「いえ……私も得をしていないのですけど……」
「嘘をおっしゃい!あなたは私が邪魔だったのでしょう!エクサス様と親交を深めて行く私が!だからこんな噂を流して私を攻撃したのよ!まったく……私に嫉妬しましたと正直に言えばまだ可愛げがあるでしょうに!」
「あなたに嫉妬?」
私が言葉を発する度に彼女の目はつり上がっていく。
どうやら彼女の中では私はこの令嬢に嫉妬しているという設定なようだ。
私としては何一つ羨む所が無いのだが。
「えぇそうです!私を羨む気持ちは理解できます。私は名門であるヤゴラ家の生まれであり、もっともエクサス様に親しい女性。対してあなたは平民でありエクサス様に婚約を破棄されるような人間。ですが!だからと言ってありもしない噂を流して良いことにはなりませんわ!」
「高貴な生まれであるキューリー様に嫉妬してしまうのは仕方がない事ではありますけど」
「あなたは体つきも貧相ですものねぇ。顔も崩れていらっしゃいますし……あぁ可哀想可哀想」
「魔女とか呼ばれるくらいですもの。そもそも性根が腐ってるんでしょう」
取り巻き達も総掛かりで私に食って掛かってくる。
彼女達の言い分は筋が通っていた。
件の噂の登場人物はキューリー・ヤゴラとリフィル・ラインズ。
貶められているのがキューリーなのだから、必然、その対極にいる人間が犯人であるはず。
事実、リフィル・ラインズは貴公子から三行半を突きつけられた女であり、魔女と蔑まれるような低俗な人間である。
発育も悪く顔も悪いし根性も悪い。
そんな惨めな立場である私が高貴な令嬢であるキューリーへの嫉妬に狂った。
そういう諸々の要素を繋ぎ合わせた結果、導き出された犯人はリフィル・ラインズである。
なんという名推理。
これには私も脱帽。
なんてことはあるわけもない。
大体、そこまで私の体は貧相では無いはずだ。
目の前のご令嬢よりかは少し控え目かもしれないけど……そんな事はどうでもいい。
胸を張って自慢の推察を披露したキューリー達へと周囲の人達から何とも言えない視線が刺さっているが彼女達はそれに気づいていないのだろう。
「……………………本当にそれだけですか?」
「ふんっ!あなたを裁くのには十分よ!」
「いえ、流石にそれだけで犯人扱いは……」
この噂が何故流れたのか、誰が流したのかはわからない。
見た感じではキューリーの自作自演というわけでもないだろう。
そういう迂遠な事をするくらいなら以前のように直接私へと文句を言いに来そうだ。
犯人は恐らくは他に居る。
だが、それをこの人に納得させる事ができるだろうか?
私がそう考えている間も彼女の口が止まる事はなかった。
「言い当てられてぐうの音も出ないのかしら?全くこれだから下賤な生まれな者はダメね。自分でやっておいて悪事がバレたらだんまり。親の躾がなってないわ」
「……」
「あなたのような者が栄えあるカリニオン家の次期当主の周りに居るなんていうのが間違いだとわかったかしら?卑しい鼠は大人しく金勘定だけしていれば良いというのに何が元婚約者よ」
「…………」
「二度とエクサス様に近づかない事、そしてこのような噂を流して申し訳ありませんでしたと地に這いつくばって謝罪をする事。そうすれば許してあげないでもないわよ。卑しい身分の者も許せる広い心を持つ私に感謝する事ね」
なるほど。
よくわかった。
確かに彼女は噂を流した犯人では無いだろう。
どこの誰かは知らないがもしかしたら真犯人に焚き付けられているのかもしれない。
それでもこの眼の前の女が私の敵だという事がはっきりした。
ならば、それ相応のやり方をさせてもらう事にしよう。
「キューリー・ヤゴラさん。私にはあなたの言う事に一切身に覚えがありません」
「まだ惚ける気かしら?」
「本当に無いのです。ですから、少し奥で詳しい話を聞かせてもらっていいですか?」
「詳しい話ですって?」
「えぇそうです。噂の詳細な内容や誰からそれを聞いたのか。申し訳ありませんが私は全く知らないので一から教えていただきたいのです。そして、込み入った話をするなら入り口に近いここは適していないでしょう。それに話が長くなってしまいそうですけど奥のスペースでなら少しですけどお菓子などの用意もできますし」
私は図書室の奥まった席を指さして誘導する。
そこは入り口から一番離れた場所である。
ここで丁々発止のやり取りをするのは私にも彼女にも良くないだろう。
「ふんっ、まぁ良いでしょう。惨めに頭を下げる姿を多くの人に見られたくないという気持ちも少しは理解できますしね」
「ありがとうございます。では、奥へ……あぁティピカ」
奥へと移動する私達に当然のように付いてこようとするティピカ。
彼女としてはこの傍若無人な令嬢を相手にする私に加勢してくれる気なのだろう。
だけど、ここは私だけで十分だ。
「折角息抜きに来ていたでしょうに、こんな事になって申し訳ありません」
「リフィル先輩……」
心配そうな彼女に目線で大丈夫だと伝える。
そして私はいつも持ち歩いているメモ帳へとペンを走らせる。
「これは先程言っていたオススメの図書のタイトルです。時間ができたら是非読んで見て下さい」
そう言ってメモを一枚ティピカに渡す。
この後のやり取りは私一人で戦う。
その方が良いのだ。
それをティピカは理解してくれた。
「……はいっ!是非読ませてもらいます!」
「はい、面白いですよ」
そうして私は奥まった場所へと戦場を移し、キューリー・ヤゴラとの第ニラウンドが始まるのだった。




