降りかかる火の粉は噂とともに-3
包囲網から脱した私達は場所を学園の外へと移していた。
場所は以前にレイラーニさんから教えてもらった喫茶店だ。
本当は図書室に向かいたいところであったが彼女達が図書室に詰め寄ってくる事も考えられた。
そうなれば静かに本を呼んでいる仲間達に迷惑をかけてしまうからだ。
ああいう輩のせいで自分のスケジュールを変更しなければいけないのは業腹だけどティピカへ先程の礼をするという事も考えれば悪くない選択肢だった。
「先程はありがとうございました。何でも好きな物を頼んで下さい。おすすめはこのフルーツを贅沢に使ったタルトだそうですよ」
「へぇ~なんか予想外ですぅ。先輩ってこういうお店、使わなそうなのに~」
「先日、レイラーニさんから教えてもらったお店なのですよ。レイラーニさんは覚えていますか?以前にあなたも一度あったことがあると思いますが」
ティピカとレイラーニさんの接点は少ない。
歳も違えば趣味も違うし生活圏内も違う。
彼女達を結ぶのは私の友人という一点のみ。
私としては彼女達の相性は結構良いかなと思う。
レイラーニさんは貴族ではあるけどあまり礼儀とかに煩くないし、ティピカは基本的に可愛い人や綺麗な人は好きだと前に言っていたからだ。
「あ~あの栗色の髪の可愛い人ですよね。覚えてますぅ~確か婚約者と揉めたのをリフィル先輩が助けたとかどうとか」
「そうです、その可愛い人です」
「リフィル先輩とは違った方向の美人さんでしたねぇ~包容力があるっていうかぁ~。こんど服のモデルとかやって貰えるか頼んじゃおうっかなぁ」
「以前に買い物に付き合って貰った時にですね……」
そうして私は以前に出掛けた時の事をティピカに話した。
普通に考えれば他愛の無い事柄だが、それを行ったのが出不精の私であれば一大イベントへと変貌するのだ。
「ずるいずるいですぅ!リフィル先輩とエクサス先輩とお出掛けとか私もしたいですぅ!」
「機会があればですね」
「むぅ……無理矢理作らないと絶対無いじゃないですかそんな機会っ!」
むくれながらもしっかりと私が勧めたフルーツタルトを店員さんに注文するティピカ。
あの時もエクサスさんが贈ってくれるという御礼の品を選ぶという明確な目的があったからこそ実現した外出であった。
自分で言うのも何だが普通に外出する事があっても良いのでは?と思ってしまう。
「まぁ……とりあえず今は良いです。色々と聞きたいことがあるのでリフィル先輩の詫び外出の相談はまたの機会にしましょう」
「詫び外出とは一体……」
少しだけ真面目な顔をしてティピカが話を仕切り直した。
彼女の本質は理知的な女性だ。
表面上に見える軽い雰囲気は彼女が意識的に作り出してる仮面だと言って良い。
真面目になろうと思えばいくらでもなれるのだ。
そして、今のティピカは以前に見せた完全真面目モードではなく、ちょっとだけ真面目モード。
まさしく変幻自在だ。
「さっきのは何だったのです?面倒くさそうなのに絡まれていたようですけど」
「えぇ。面倒で話が通じないのに絡まれて困ってしまったのですよ」
そう前置きをして私は事情をティピカへと話した。
彼女達はエクサスさんの周囲に居る私の事が気に入らないという事。
彼女達の言葉に従う必要が無いという事を伝えた事。
しかし、話が通じなかったので会話を打ち切って立ち去ろうとしていた事。
「なるほど。まぁあれは典型的なお嬢様ですから、自分の意見が受け入れられないなんて事は認めないでしょうね」
「知っているのですか?」
「ん~……噂程度ですけど。そこそこ有名ですよ。エクサス先輩に熱を上げてる女の子は多数居ますけど、その中の質が悪い奴って感じですね」
エクサスさんは間違いなくこの学園の女生徒からの人気が高い。
そして、この学園の女性の中には将来有望な男性と懇意になる事を目的にしている人も居る。
この学園に通っているというだけである程度の基準をクリアした優秀な若者である証明だからだ。
そんな事を考えている女性から見ればエクサスさんはそれはそれは美味しい獲物に見える事だろう。
彼に見初められればバラ色の人生間違いなしと考えてアプローチをする人間は数しれない。
それは私が婚約者であった頃からそうなのだから、フリーの身になればその人気が加熱するのも当然の摂理。
あの女生徒もそうした人間の一人という事だろう。
「キューリー・ヤゴラ。ヤゴラ家の長女。それなりに歴史もあり位が高い名家ではありますね。勿論、カリニオンの家には及びませんけど」
「ヤゴラ家は聞いた事がありますね。確か武門の名家でしたか?」
「そうですね。元々は騎士団関係者を多く輩出した由緒正しい家柄だった……かな。でも、カリニオン家とは違いお金の力、というか平民を軽視した家という感じですかねー昔より全然勢いは無い感じみたいですよ」
平民の力を軽視した。
これは私やティピカのような平民であり、商家に携わる人間としては眉を顰める要素だ。
商家にとってお金というのは力。
それを軽視しているという事は私達の家の生き方を軽視しているという事だからだ。
そういう点でもカリニオン家は古くから先見の明があったのだろう。
かの家はお金の力、経済の力を重視してラインズ家と密接になった。
上から押さえつけて吸収するというような物ではなく、まさしく同士となり持ちつ持たれつの立場になった。
そこには金銭という力を効率良く使えるようにするためという側面があったはずだ。
以前に私は名門中の名門と言ってよいカリニオン家と大きいとは言えあくまで平民であるラインズ家が何故こんなにも親しいのかと聞いた事がある。
その時に父が語っていた言葉を思い出す。
金銭に関して武門の出であるカリニオン家が門外漢である事を彼等は百も承知している。
だから、信頼ができて得意な者に金の部分を任せたいと考えた。
そして、信頼をするならば相手とは対等である事が好ましいとも。
押さえつけ屈服させるのでは無い。
手を取り、お互いに認め合う。
服従はいずれ反発を生むが信頼が生むのは仲間意識なのだから。
「先輩達が婚約を解消したばかりの時はそれはもう色々な女の子がエクサス先輩にアプローチをしました。でも、エクサス先輩はやんわりと断るばかりだったんですよね~」
「まぁ、あの人の恋愛観はちょっとその……特殊な感じですから」
幼い頃から婚約という物に縛られた結果、エクサスさんが求める女性というのはかなり難易度が高くなっているように思うことがある。
彼の中の理想が際限なく高くなってしまっているのだ。
それこそ物語に出てくるような聖女や天使を期待しているのではないか?と。
ある意味歪んでしまった彼の感覚は時間をかけて現実に擦り寄って行くんだろけど、それはまだまだ先の話。
そんなエクサスさんからすれば自分にアプローチをしてくる女性達はどうにも俗っぽいと感じてしまった事だろう。
家の事情などで近づいてくる女性など彼からすれば受け入れられるようなものではなかったはずだ。
「そんな中でエクサス先輩に近づく娘に色々と嫌がらせというか圧力というか、周囲を牽制するような事をしだしたのがキューリー・ヤゴラです」
「牽制ですか?」
「邪魔者へ睨みを効かせたと言ったところでしょうか。名門貴族のお嬢様が平民相手に“近づくな”と言えば、相当に肝が座ってなければ近づけませんから。平民だけじゃありませんね、ヤゴラ家よりも下位にあたる貴族あたりもでしょうかねー」
“エクサス様に近づくな”
それは私も言われたキューリーの言葉だ。
私からすれば全く従う意味も価値も無い言葉であったが、それは私がラインズの人間だからだ。
同じ言葉を言われた中には泣く泣く従った者も居たという事だろう。
「それでエクサス先輩のハートを射止めれば良かったんでしょうけど、あの先輩がそんな浅はかな訳も無く空回りする一方。最近は形振り構わなくなってきてるとか小耳に挟んではいましたけど……まさかリフィル先輩にイチャモンつけてるとは」
「私も平民ですから。目障りだったのでしょう」
平民を認めていないならばいくら大商会の娘であっても同様なのだろう。
ラインズの家は影響力という観点で見れば貴族と同等以上。
だけど、そんな事は彼女には関係ないのだ。
実際に振るえる力の大小で判断しているわけではない。
生まれ持った血で判断しているのだ。
貴族でないのであれば認めない。
そんな家だったからこそ勢いが無くなって来ているだろうに。
「そもそもカリニオンの家に入るという事はラインズ家とも繋がりを持つという事と同義でしょうにね……」
もしも、彼女がエクサスさんと交際し、結婚するとなったとしたら彼女はカリニオン家に嫁ぐこととなる。
そうなれば当然だがラインズ家とも交流をしていく事になるのは必然だ。
そうなった時の事は考えていないのだろうか?
それともエクサスさんの伴侶となった際にはラインズ家との関係を断絶するよう提言でもする気だったのだろうか。
「ま~そういう常識的な考えができるならリフィル先輩に絡んだりはしないんじゃないですか~。ああいう貴族にとって平民と豚は同列ですからね~。それこそラインズの家もカリニオンの付属物くらいに考えて居るんじゃないでしょうかねー」
つまらなそうにティピカが呟く。
彼女の家も紆余曲折、浮き沈みをしている家なので偏見に凝り固まった貴族の相手をした経験は多いのだろう。
貴族というだけで平民を軽んじるような人に悪印象を持つのは仕方がない。
「特権意識を持ってる貴族は大分少なくなって来てはいますけど、まだまだ居るんですね」
気分の良くない話だがそういう貴族が居る事は確かである。
貴族であらずば人にあらず。
一体いつの時代の考えなのかと思ってしまうが、そういうのが居るのは事実。
幸い、私の周囲の人間は貴族も平民もそういう意識を持っている人間は居なかった。
そんな話を運ばれてきたフルーツタルトを摘みながら私達はしたのであった。




