降りかかる火の粉は噂とともに-2
廊下で雑談を軽くした私達は手を振って別れた。
エクサスさんはそのまま訓練場へと向かって汗を流す事にするというので私はいつもの予定の通りに図書室へと向かう事にする。
家に帰っても良いが、いつもの流れを崩す理由も無い。
そう思って図書室へと足を向けた私を呼び止める声があった。
「ちょっとお待ちなさい」
それは聞き覚えの無い声であった。
確かに周囲に人影はなく、この場で声をかけられるとしたら私だけだろう。
しかし、元々あまり社交的ではない私は面識の無い人から話しかけられる事はあまり無い。
そのため最初は私にかけられた声だとは認識できなかった。
「お待ちなさいと言っているでしょう!」
「……?私ですか?」
「あなたの他に誰が居るというのです!」
足を止めて振り返ればそこに居たのは先程エクサスさんを囲んでいた女生徒達であった。
中心に居るのは気の強そうな女生徒であり、きっとこの集団のリーダーなのだろう。
長く伸ばされウェーブがかかった金髪の髪、吊り目がちの眼が私を射抜いていた。
腰に腕を当てて仁王立ちして私を威圧する様子は気の弱い女の子ならば一瞬で怯ませる威圧感があった。
そして彼女の周りには同級生なのか友達なのか取り巻きなのかわからないが三人の女生徒が付き従っている。
典型的なお嬢様とその取り巻き。
学園ではよく見かけるとは言わないが、それなりに見かける構成だ。
(何やらこれは面倒臭い事になりそうです……)
そう内心で思いはするが、話しかけられては居るようなので彼女達の要件を聞く事にする。
何故なら私はズバッと他人を切り捨てるような事はしないからだ。
しっかり話を聞いてあげる優しい女性。
この方向性で行こう。
「何か御用ですか?」
「御用ですか?ですって!私達とエクサス様の憩いの時間を邪魔しておいてよくもまぁそんな事が言えるわね!」
「はぁ」
集団のリーダーと思わしき女性が投げかけてくる言葉に周囲の者も「そうよそうよ」と同意を示している。
彼女達の瞳には怒りの火が灯っており、それが向けられているのは私だ。
口々に私へと罵声が混じったような言葉を投げつけるが要約すれば私がエクサスさんと彼女達の会話へ割り込んだ事に憤慨しているようだ。
そんな事を言われても私は家の連絡事項を伝えただけであり、あの場から逃げ出そうとしたのは他ならぬエクサスさんなのだがその事実は彼女達にとってはどうでも良い事のようだ。
「あなた、まだあの方の婚約者の気分なのかしら?あなたはもうエクサス様にとって特別な女性では無いのよ!そもそも平民が声をかけるというだけでも分不相応だと自覚しなさい!」
「恥知らずなのもいい加減にしなさいな!」
「エクサス様が優しいから何か勘違いしてしまっているのかしら?」
「婚約破棄した後にも近づいてくるその面の皮の厚さ……ほんと平民って嫌ね」
彼女達は口々に私を非難してくる。
今まで私がエクサスさんの周りをうろついていたが許せたのは彼の婚約者だったからであり、その立場を失ったのであれば近づくなとそういう事だ。
言わんとする事はわかる。
婚約者という最大の邪魔物が居なくなり、狙っていた獲物のガードが緩んだ絶好の機会。
だというのに元婚約者がウロウロするのが気分が良くないのはわかる。
それにしても中々聞くことがないような言葉ばかりだが。
「とにかく!もうエクサス様の周りをチョロチョロとしないで下さいませ!」
「はぁ」
言いたいことを全部言ったのか私が返事をする間も無く彼女達は踵を返して去っていった。
私の返答など聞く気はなかったのだろう。
突然、現れた嵐は去る時も唐突であったのだ。
残されたのは廊下でポカーンとしている私が一人。
あんなのに纏わり付かれるエクサスさんは大変だなと思うばかりであった。
◇
「エクサスさん、確かに伝えましたよ」
「おう!確かに承った!あぁ~それとだなリフィル少し良いか?皆すまんな、私はリフィルと少し込み入った家同士の話があるのだ」
後日、私はまた別件でエクサスさんを訪ねていた。
その時も彼は女生徒に囲まれており、そして私を口実にして逃げ出す。
数日前に同じような事があった。
デジャヴという奴ではなく、確実にこの前もやった。
彼が周囲を囲まれている女生徒から解放され訓練場へと向かう所も一緒。
そして、その後に私が女生徒達の一団に絡まれるところまで一緒だ。
もっと言えば囲んでいる面々も同じだ。
「ちょっとあなた!」
「?」
「あなたよ!リフィル・ラインズ!」
不躾に私を呼びつけたのは以前も私に難癖をつけてきた女生徒だった。
今回に関しては最初から私を呼んでいるとわかったが無視すれば何とかならないものかと試みたがダメだったようだ。
その私の態度が関係しているとは思いたくないが彼女は前よりも憤っており、その勢いも三割増しといった所か。
「何か御用ですか?」
「あなたという人は……よくもまぁぬけぬけと……」
拳を握り怒りを表現する彼女の姿を見て思わず溜息が出そうになる。
ここで溜息をつこうものなら面倒臭さが倍増するのは目に見えていたので何とかして堪えたが。
「この前に言ったでしょう。エクサス様の周りをウロチョロするなと!」
「はぁ……」
「だというのに今日もまた私達の邪魔をして……どういうつもりなのか聞かせてもらおうかしら!」
周囲の取り巻き達が頷く姿も以前に見た覚えがあるような光景だ。
あの時に感じた面倒臭い事になりそうだという予感は正解だった。
とても面倒臭い。
大体、私の返答も聞かずに立ち去ったのはこの人の方なのだが、そんな事はきっと考えもしないのだろう。
「どういうつもりも何も無いのですけど……家の用事を済ませただけですし」
「ふんっ!そんな見え透いた嘘をついて!どうせ用事など無いのにでっち上げてるのはわかっているのよ!魔女とか呼ばれてるらしいけど本当に陰険な女ね!」
「はぁ、そう思うならそれでも良いですが。そもそも、私が貴方達の要求を飲む必要がないのですが?」
「なんですって!?」
私の言葉に眼の前の女性は甲高い声を上げる。
普通にしていればそれなりに整った顔であるだろうに怒りに染まった形相は獣のようだ。
長い髪を振り乱している様は鬣を立てて威嚇する様のように思える。
だが、相手は獣ではなく人間。
自分が言っている事がおかしいと冷静になればわかるはずなのだ。
そう信じて私は言葉を尽くすこととする。
何故なら私は話をしっかり聞いてあげる系女子だからだ。
「エクサスさんに近づくなという貴方達の要求はわかります。少しでも彼と親しい女性を排除したいのでしょう?ですが、その貴方達の要求に私が従う必要はないでしょう?」
「あなた……彼に婚約破棄された女の分際で!」
「正確には婚約解消です。付け加えるなら双方同意の円満解消ですね。ですから私と彼は特に険悪な訳ではないのです」
「だから何なのよ!」
「ですから……ふぅ……友人と話す事を何故貴方達に制限されなければならないのかと言っているのです」
我慢していた溜息が出てしまった。
普通に考えればわかるだろうに。
何を持って、私とエクサスさんの交友を制限するというのか。
「あなたがエクサスさんのお付き合いしている女性であればわかります。特定の女性、しかも元婚約者が近くに来て親しげにしているなどとなったら平静では居られない。私に対して近づかないようにと話して来る。とても納得できます」
恋人が他の女性と親密だなんて言うのは普通の女性であれば我慢がならない。
中にはそういう誤解をしてしまった為に頭が怒りでいっぱいになって喧嘩をしてしまった事例もあった。
彼等は自他ともに認める恋人同士だったからこそ他の女性と親しくする男性を許せなかったりしたわけだ。
だけど、この話は全く違う。
「ですが、あなたはエクサスさんの恋人ではありませんよね?」
「だから何よ!」
「はぁ……だからですね。あなたとエクサスさんは特別な関係ではないわけです。そして、私とエクサスさんは友人同士です。そうなるとあなたの言葉に私が従う理由は無いですよね」
「私はそんな事は聞いてないの!平民風情がエクサス様に近づくなって言ってるのよ!」
私が理由を説明しても彼女の怒りは収まらない。
何を言おうとも関係無いのだろう。
私の話を聞く気もない。
彼女の中で答えは一つで、それ以外の言葉を聞く気は無いんだろう。
そうなれば私もこれ以上言葉を重ねる必要は無い。
何を言っても意味が無いからだ。
話を聞いてあげる系女子は開店直後に閉店してしまう運命だったというわけか。
悲しい事である。
そうして私が対話は不可能だと感じて話を無理矢理に打ち切ろうとした時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「リフィルせんぱーい!何してるんですかぁ?みんな待ってますよぉ~」
「ティピカ?」
それは私の後輩であるティピカ・アンセルであった。
私が懇意にしている下級生であり超有名デザイナーでもある。
彼女とは特に何か約束をしていたわけではないが、彼女は私を待っていたという。
つまりはそういう事だ。
「あぁ、そうでしたね。お待たせしました」
「そうですよ~でも、許してあげますぅ。早く行きましょう」
リフィルの手を引いて移動しようとするティピカに付いて行く。
全くもって無駄な時間を過ごしてしまった。
この目の前に居る女生徒達とはどれだけ言葉を交わしても意味が無い事だけは理解できた。
それだけが収穫だっただろう。
「ちょっと!話はまだ終わってないわよ!待ちなさい!」
「まちませーん!ごめんなさーい先輩方!でもでもぉ~リフィル先輩の先約は私なんでぇ~貰っていっちゃいまーす!」
可愛く片目を瞑ってウインクをしてから彼女は何の悪気も無い態度に目の前の彼女達は呆気に取られて動くことができない。
何やら身分が高い事をひけらかされていたからティピカのような態度の人間とは接したことが無いのだろう。
私も最初は面を食らったものだと笑みが溢れる。
そうして私はティピカの助けを借りて話の通じない女包囲網から脱出する事ができたのであった。




