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降りかかる火の粉は噂とともに-1

 ある日の放課後、私は溜息を付きながら廊下を歩いていた。

 普段であれば自分のテリトリーである図書室に籠もって本を開いているというのに何故私がそうしていないかには理由がある。

 その理由とはエクサスさんへ伝えなければいけない事があったからだ。

 私自身は彼に用は無い。

 用があるのは私の父親だった。


「娘を伝令役に使うとは全く持って……私の親らしいですね」


 立ってるものは親でも使え。

 手が開いてるなら娘でも使え。

 簡単に言えば使いっぱしりをさせられているのだ。

 エクサスさんの実家は紛うことなき大貴族。

 親しくしているラインズ家としても何のアポイントも無しに気軽に会えるかと言うとそうでは無い。

 勿論、重要な用事であれば私に伝令を託す事などしない。

 他愛も無い用事なのだ。

 それこそ伝えなくても問題が起きるわけでも無い事。

 それを急ぎだから必ず伝えるようになどと言うのだから、何かしらの意図を感じてしまう。


 授業が終わり、各々が思い思いの予定に従って動き始める時間。

 周囲には自由になった喜びから笑顔の人ばかりだ。

 自由と言えば大げさだが、やはり授業が終わると一定の開放感はあるものだ。

 そんな中で私は静かに廊下を歩いていた。


「さて、エクサスさんは恐らくは訓練場か校庭かだとは思いますが……とりあえず教室の方へ行くとしましょう」


 私は目的の人物の行動予想をする。

 彼はすぐに動き出しているだろう。

 椅子にじっと座っているのがあれほど似合わない人は居ない。

 何度か図書室で本を読む事に挑戦しようとした姿を見た事があるのだが、あれは似合っていなかった。

 ドカっと椅子に座り、難しい顔をして腕を組んで本を睨みつける。

 ページを数度捲ったりしていたのだが、傍から見ても内容など頭に入っていっていないのがわかった。

 そして、数刻もしない内に本を元の場所に戻しに行ったのだった。


 そんな彼だから弾丸のように訓練場へと駆け出して、己の武技を磨いていてもおかしくない。

 とは言え私が居る場所から場所的に近いのは彼が所属している教室だ。

 なので、まずは教室を確認して、それから訓練場へと顔を出す。

 頭の中で動線を引きながら私は目当ての教室を目指した。

 そうして、少しだけあるけば教室の前に彼の頭が見えたのだった。


(まだ移動していませんでしたね。わかりやすくて大変結構)


 我ながら良い選択であった。

 教室の前に彼が居るのがわかった。

 エクサスさんは背が高く体格がガッチリしているので遠目にもわかりやすい。

 特に囲んでいるのが女性ばかりとなると彼の頭は一つ飛び抜けている。


 ある程度近づくと数人の女生徒に囲まれてあたふたしているエクサスさんが居るのであった。

 彼ははっきり言って人気者だ。

 性別を問わず彼を慕っている人は多い。

 そして、当然だがその数は女生徒の方が圧倒的に多い。

 今、目の前で彼を困惑させている女生徒達も彼の事を慕っているのだろう。


 会話の内容まではわからないが、きっと色々なお誘いをしているのだろう。

 そこまで直接的では無かったとしても学園一の貴公子とも言える彼との接点を何とかして作ろうとしているわけだ。

 一人の男に幾人もの女が群がる光景。

 見る人が見れば血涙を流して羨むだろうが私にはそうは見えない。

 彼には悪いが飢えた狼の群れに囲まれた子犬のように思ってしまう。

 勿論、子犬は女性に強く出ることができずに困惑しているエクサスさんだ。

 

(ふぅ……人気者も大変ですね)

 

 このような場面に私が遭遇するのは初めてではない。

 今までも何度か彼に家からの連絡事項を伝える事はあった。

 その時に幾度かこのような場面には出くわしていた。

 だから、今更怖気づくようなことはなく私は彼に声をかける。


「申し訳ありませんが、通していただけますか?」

「なによ!」


 取り囲む女生徒の背中から声をかける。

 周囲の人々は急に現れた私に対して決して好意的では無い反応を見せる。

 憩いの一時を邪魔して申し訳ない……とは別に思わない。

 いつもの事だ。

 そんなに睨まれても用事があるのだから仕方ないのだ。

 私は意に介さずにエクサスさんへと声をかける。

 

「エクサスさん」

「おぉ!リフィル!」


 声をかけられて初めて私の存在に気づいたのか彼がこちらへと視線を向ける。

 そこには「助かった」という感情が多分に含まれているのがわかる。

 だが、私は別に彼を助けに来たわけではない。

 単純に家の連絡事項を伝えに来ただけだ。


「父さんからハードル卿へ伝言です」

「ルーク殿から?」


 ハードル・カリニオン。

 彼の父親。

 (いにしえ)より続くカリニオン家の中でも先見の明があると名高い偉人。

 彼が舵を取り始めてカリニオン家の発展は加速していた行ったと言われている。

 多くの若者が彼の指揮下で物事を学びたいと思っているだろう。

 

 そしてルーク・ラインズ。

 私の父親。

 ラインズ家は元々小さくない商家だったが、ここまで大きくなったのは間違いなく父の手腕。

 ルークの眼に狂い無し。

 彼が目を付けた物や者はかならず価値が上がると言われる大商人。


 私達の実家を束ねる両巨頭。

 外から見れば大貴族と大商会のトップだ。

 彼等が動けば皆が後ろへと続き。

 彼等が止まれば国が止まると言われるような立場の私達の父親。

 そんな私の父からの伝言。

 正式な場を使わずにわざわざ親族を利用して伝えるその内容。


「今度の休日を合わせて釣りにでも行きませんか?そちらの予定を教えてくれれば合わせます。だそうです」


 それは何てことは無い休日の予定のお誘いであった。


 ラインズ家とカリニオン家は仲が良い。

 そもそも仲が良くなければ子供に婚約関係を結ばせようなどと思わなかっただろう。

 それは私とエクサスさんが婚約を解消しても変わっていない。

 お互いが多忙な身ではあるが、その中で予定を合わせて遊びに行こうとするくらいには親密なのだ。


「おぉそうか!なるほどなるほど!」


 私が伝えた言葉を聞きながら彼が周囲の女生徒を優しく掻き分けて私へと歩を進める。

 何やらウンウンと頷いているが、本当に聞いているのだろうか?


「すまんなみんな!少しリフィルと家同士の話があるのだ!」

「?いえ……私の用事はもう……」

「はっはっは!さぁ行くぞリフィル!」


 そう言いながら私の手を取り群衆の輪から離れていくエクサスさん。

 その姿を見て周囲の女生徒からの視線が鋭くなるのがわかる。

 それはそうだろう。

 彼女たちからすれば楽しく想い人と話していた所を私に邪魔をされてしまったのだから。

 しかし、私としては伝言を伝えて去るだけの予定だったのだ。

 今までも何度か彼に家の連絡事項を伝えることはあったが、そうしていたのだから。 


 当時の私は彼の婚約者という立場であり、彼等の輪の中に割って入って連絡事項を伝えて去る。

 それが通常の流れ。

 だが、今回は今までのようには行かなかった。

 彼が私を口実にして飢えた女生徒から逃げ出そうとしているのだ。

 それは小さな声で私に懇願する彼の言葉からも明らかだ。


「頼むっ!何も言わずに合わせてくれ!」


 そうして私は彼に手を引かれてこの場を離れるのだった。

 背中に刺さる幾つもの視線を感じながら。



「すまん!助かったぞリフィル!」


 人垣からある程度離れて角を曲がって視線を切った彼は掴んでいた手を離して恐縮しきりだ。

 

「全く……迷惑ならばはっきりと言ってあげれば良いのではないですか?」


 彼が女生徒からのアプローチの対処に苦慮していたのは誰が見ても明らかだった。

 慕われるのは良いことだろうけど、ああなってしまえば害のほうが大きく見える。


「彼女達も悪意があるわけでは無いからな……予定があれば当然切り上げるんだが何も無いのに無下にするのもな……」


 訓練でも何でも良いので予定があれば話を打ち切る。

 だが、珍しく何一つ予定が無いのであれば、話を切って場を離れるという事に良心が咎めてしまったのだろう。

 そうして彼は会話の糸に絡め取られてしまった。

 絶え間なく巻き付くその糸が私が行くまで彼を逃すことなくあの場に縫い付けたのだろう。

 女生徒達は狼ではなく蜘蛛であったようだ。

 

「私を口実に逃げ出すのであれば同じことでしょうに」

「それを言われると何も言えん……」


 エクサスさんが彼女達の事を考えて無理に話を打ちきれなかったのはわかる。

 しかし、結果として無理矢理に口実を作って打ち切ったのだから、あまり違いはないだろう。


「慕ってくれているのはわかるので何ともな……。俺もお前のようにズバッと言えれば良いのだが……」

「……私はそこまでズバッと言ってますか?」


 彼の言葉に疑問が浮かぶ。

 私としてはそこまでズバズバと物事を言っている気は無いからだ。

 むしろ、色々な事柄に気を使っていると言えるだろう。

 直感で生きている彼よりは言葉を選んでいるという自負がある。


「言っているぞ。お前は迂遠なやり取りは嫌いだろう?」

「あまり好きでは無いのは確かですね」

「さっきのような立場にお前がなったらどうする?」


 そう言われて思い浮かべたのは私が多くの男性に言い寄られている場面だ。

 授業が終わり、図書室へと行こうとした矢先に多数の男性が私に言い寄ってくる。

 私は曖昧な笑顔でその場を乗り切ろうとするが、彼等は私の意向など無視して話しかけてくるのだ。


(ありえなさすぎる場面で想像するのも難しいですね……)


 彼と違って私は人気が無いわけで、男の人に言い寄られた経験も無い。

 だけど、もしも今考えたような事柄が起こってしまった後の私であれば容易に想像が付く。


「……まぁあれですね……うん……私なら根気よく話を聞いてあげることでしょう」

「嘘をつくな嘘を!」


 私が一筋の汗を掻きながら出した結論を伝えたがエクサスさん的には納得が行かない答えのようだった。


「お前は絶対切り捨てるだろうが!“何が言いたいのです?結論は?”とか言ってる姿が目に浮かぶぞ!」

「なんですかそれは……全く失礼な話です」


 私が出した結論と寸分違わない台詞を言ってくるエクサスさんに不満を示しておく。

 例えそれが正しい予想であり、私自身もそう思いはするがそれを彼から言われるのは心外だ。

 いや、そうでもないかな?

 私のことを正しく理解してくれていると思えば喜ぶべきなのかもしれない。


「とにかく、父からの言葉は伝えましたからね」

「あぁわかった。父上に返事も聞いておこう。後日、図書室に伝えに行く」


 私は何もなければ図書室に居る。

 そのせいで魔女よばわりされる場合の枕詞に使われたりもしているわけで、彼と違って行動範囲が狭いのだ。

 会いたい時に色々な所を探し回る必要など無い。

 図書室に来れば、十中八九は私は居るのだから。


「しかし、何故このような用事をわざわざリフィルを通じて伝えるのだ?」

「……色々あるのでしょう。全く……余計な事を……」


 私からすれば理由は透けて見える。

 婚約を解消はしたが以前よりも良好な関係を作った私達。

 親としてはもしかしたら元の鞘に収まるかもしれないとか思っているのだろう。

 少しでも接点を多くすればその可能性も高まるかもしれない。

 私としてはそういう意識は今のところは無いわけで、大きなお世話である。

 まぁ、仲が深まるに越したことは無いわけだから私達が頻繁に話をする事に損は無いのだから気にはしないけど。

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