何かを選ぶという事は-8
「リフィル……やはりここに居たか」
エクサスさんとリバイス卿の来訪から数日後
ここは学園の図書室だ。
いつものように定位置で本を開いていた私の元へと神妙な顔をして近づいてきたのはエクサスさんだ。
常ならばこの図書室に来る時は朗らかに笑いながら来る事が多いだけに少しだけ珍しい。
「ごきげんようエクサスさん」
いつもとあまり変わらない姿ではあるがそこに一点だけ違いがあった。
手に白い何かを持っている事だ。
「リバイス卿達から手紙が届いた……あの件の顛末が書かれている」
「……そうですか」
「あぁ、どうなっていたか気になっていただろう。俺宛のは読んでしまったがお前宛のも預かっていてな」
エクサスさんが私の前の席に陣取り手紙をこちらへと渡す。
「どうやら私宛のはアリシアさんからのようですね」
白い封筒にはではなくアリシアさんの署名がしてあった。
深呼吸をして私は封筒から手紙を取り出す。
「確かに気になっていました……少し……出過ぎた真似をしたというか何というか……あれで良かったのかと考えていましたから」
「なぁに、何も問題はなかったぞ。心配するな!」
「どの口が言うのですか……全く誰のせいだと思っているのです」
「ハハハっ!まぁいいではないか。早く手紙を読むが良い」
元々、エクサスさんがアリシアさんへと無責任に「相談に乗るのが上手い」などと言ったのが始まりだ。
彼はアリシアさんの悩みを解決してあげたいという好意と私ならどうにかしてくれるという信頼から言った言葉だっただろうが、それがこんな事になるとは思っていなかったのだ。
私は慎重に取り出した手紙の中身に目を通していく。
時候の挨拶も程々に話はアリシアさんとリバイス卿の問題へと話が進んでいく。
「…………」
私は静かにその手紙へと目を落とし読んでいく。
問題が噴出してしまった経緯、私がアリシアさんにかけた言葉、リバイス卿へと突き付けた問い。
それらについての感謝が綴られており、最後に結論が書かれていた。
『リバイスは夢ではなく私を見てくれました。私が探していた物は見つかりました』
手紙の最後はそう締め括られていた。
「リバイス卿は冒険者を引退しアリシアさんと結婚する事になりましたか」
「うむ。今後は新人の冒険者をサポートする事業を立ち上げて行くそうだ。そういった作業であれば二人で仕事ができるだろう」
「そうですね。ただ待つだけではなく、すぐ横でリバイス卿をサポートできるのであればアリシアさんも本望でしょう」
リバイス卿の冒険者としての実力は疑いようのないものだ。
それは当然、個人としての能力の高さもあるが何よりも事前準備のためのノウハウや心構え、駆け出しの頃にこそ躓くであろうポイントなど後進へと伝える事ができる物が数多ある。
そして、リバイス・テクスジェアという優秀な冒険者が居なくなったとしても冒険者の需要が減る事はない。
国は未知の領域の開拓を求め、新しい資源を求め、そして日々を退屈している貴族は冒険譚を求めているのだから。
それらを満たすための新人の育成。
それを新たな事業として定着させる。
彼の冒険は誰もが行うであろう日常という新たなフェーズへと移行していったのだ。
「リバイス卿の引退は少し勿体ない気もするがな」
「確かに優秀な冒険者だったようですからね。しかし、アリシアさんと一緒になるというのであれば、これは唯一つの答えだったと私は思います」
その言葉に少しだけ不満げにエクサスさんが鼻を鳴らす。
「彼ならばそれこそ冒険とアリシアさんの二つを取る事も可能だったのではと思ってしまうぞ。お前はあまり知らないかもしれないが、それくらい凄い冒険者だったのだ」
冒険者を続けながらアリシアさんと結婚する。
エクサスさんからすればそれこそが完全無欠なハッピーエンドと思えるのでしょう。
しかし、私からすればそのエンディングに辿り着く事は無いとわかっていました。
「……エクサスさん。恐らくですがその結末は存在しないのです。もしかしたらリバイス卿も最後まで気づいていなかったかもしれません」
「どういう事だ?」
「“どれだけ冒険がしたいの?”。この問いをエクサスさんはどう捉えましたか?」
それはこの問題の結末を決めるためにアリシアさんが提示した問題。
これをどう解釈するかに全てが詰まっている。
「それはリバイス卿も言っていただろう。冒険とアリシアさんのどちらを選ぶのかという問いだと」
「私も最初はそう思いました。そして、その間違いにすぐに気づく事ができなかった」
あの日、私の屋敷でアリシアさんの胸中を聞いた時にリバイス卿はそう判断した。
これにどう答えるかこそがリバイス卿とアリシアさんの今後を決める物であり、彼はアリシアさんを選んだ。
結果だけを見れば私が想像した中でも悪くはない結末だ。
特にアリシアさんにとっては最高だと言って良いだろう。
だけど、きっとこの結末に辿り着かなければリバイス卿とアリシアさんは別れる事となっていただろう。
他の道は全てが二人の離別に繋がっていたはずだ。
「これは私の憶測が入りますが、恐らく彼女の問いの意味は私達が最初に考えた物とは違うのです」
「なんだと?それ以外にどういう意味があるのだ?」
「少しだけ引っかかる物があったのです。ですから、あの後に私も考えたのですよ。そして出た結論は私達は間違っていたという事……だから心配していたのです……気になっていたのです」
どちらかを選ぶ。
この言葉が私に少しだけ違和感を与えた。
アリシアさんは選ばれたいと思っていたのだろうか?
リバイス卿がアリシアさんを選べばそれで良かったのか?
「確かにアリシアさんが選ばれたいと思っていたのであれば、エクサスさんが言うように両方を取るという選択も正解になったのかもしれません」
「アリシアさんを納得させるのは難しい事ではあるが不可能という事でもないだろう?」
「あの問いの真意が“どちらかを選びなさい”であればそうです」
しかし、そうではないのだ。
アリシアさんは選んでほしかったのでは無いのだ。
「恐らくアリシアさんの問いは“冒険か私のどちらかを捨てなさい”なのです」
彼女は捨てて欲しかったのだ。
未知の冒険をするという彼の夢を。
二度と手を伸ばさないようにと彼自身の手で捨てて欲しかったのだ。
「言葉遊びでは無いか?それならば“どちらも捨てない”と言うだけだ。そうすれば同じ事だろう」
「いえ、違うのです。二つとも取るというのが成立するのは両者の価値がプラスである場合のみです」
リバイス卿もエクサスさんも根本的なところで思い違いがある。
それはアリシアさんにとって“冒険”という物に価値があるかという話だ。
「“冒険”と“アリシアさん”はリバイス卿にとってどちらも大切なものです。ですから二つを手に入れるという発想になります。そして、二つを手に入れればアリシアさんも喜ぶはずと思っていた」
エクサスさんがさっき言った最高のハッピーエンド。
リバイス卿が冒険者として成功し続け、アリシアさんと結婚するという両取り。
これはあくまでリバイス卿のハッピーエンドなのだ。
アリシアさんの望む結末ではない。
何故なら、アリシアさんにとって“冒険”にはプラスの価値が無いのだから。
「アリシアさんにとって冒険は……言葉は悪いですが邪魔なのです。不要物と言って良い。無い方が喜ばしい。マイナス要素なのです」
「……それは……そんな事は……」
「どちらも取る。もしくはどちらも捨てないという選択はアリシアさんとっては邪魔物を手元に残すと言っているのです」
邪魔物を後生大事に取っておく。
そんな選択をしたパートナーをアリシアさんは恐らく受け入れる事はできないだろう。
安全性に気をつけるとか、彼の冒険に納得するかどうか何ていう段階は過ぎ去ってしまっていたのだ。
彼女にとってこの問題はゼロかイチ。
リバイス卿が冒険を捨てて二人で穏やかな生活を送るか、それとも一人となるか。
そのどちらか。
妥協点なんて物は恐らくは無かった話なのだ。
「一つ誤解しないで欲しいのですが私の憶測が当たっていてたしても彼女は別に悪女という訳ではありません。言ってしまえば普通の人だというだけです」
「そうだな。彼女に悪意は無い。それに強欲というわけでも無い。ただ好きな人に隣に居て欲しいと願っただけだ」
少ししか話をしていないが彼女が深く悩んでいた事はわかる。
そして、リバイス卿の事を愛していた事もわかる。
一流の冒険者であるリバイス・テクスジェアではなく、学生時代から共に過ごしてきたリバイス・テクスジェアを愛している事が。
そうでなければ彼の命の心配をして精神をすり減らしはしないし、冒険者を引退して欲しいなどと思わないだろう。
「きっと最初はアリシアさんもそんな事を思っていなかったのだと思います。冒険者として成功した彼が迎えてくれる。最高のエンディングを望んでいたはずなのです」
だからこそ、彼の事を支援して彼の夢を応援していた。
「彼女の誤算は想像以上にリバイス卿に冒険者としての才能があった事。成功し続けそれにより危険度が増して行った事。そして、辞める事を促すタイミングを失っていった事なのでしょう」
アリシアさん的にはそこそこの成功で十分だったのだ。
準男爵家であり、それなりに大きな商会であるアリシアさんの実家に恥じないとリバイス卿が胸を張って思えるくらいで良かった。
しかし、リバイス卿はそんなのが目じゃないくらいに成功した。
いつの間にか国内屈指の貴族達を呼び集めるような人物になってしまった。
辞めて欲しいなんて事は言いだす事はしづらくなり、その思いは鬱積していく。
そして限界が来てしまった。
「リバイス卿が満足するまで冒険をし続ければ引退が一体何時になるかわかりません。そして、冒険が続く限り彼女の心労は募っていきます。これは結婚しているかどうかは関係がありません。それに耐えられる女性は限られていて、彼女はそうではなかった」
そうして彼女は待つ事を止め、行動に移した。
唐突な行動は彼を何とか受け止める事ができた。
「話し合いをする事も無くいきなりあんな選択を突き付けられたリバイス卿には同情してしまいます。そして、その中でアリシアさんが待ち望んでいた選択をしたというのは喜ばしいのかも知れません」
アリシアさんはもっと早くリバイス卿へと胸の内を晒すべきだった。
お互いに何を求めているかを話し合うべきだった。
それをしなかったのは信頼というよりも甘えと言ったほうが良いだろう。
話し合いもせずにリバイス卿に選択を押し付けたのは良くない行いで、こうなる前に手を打ってとけば色々な可能性も見えたからもしれない。
今となっては後の祭りにしかならないけど。
「アリシアさんにとっては最善と言って良いのでしょう。ですが……そうですね……この結論が果たしてリバイス卿にとって最善だったのかは私にはわかりません。彼は夢を捨てたという事ですから」
それだけの度量の大きさと彼女に対する愛があったのがわかる。
それ自体は素晴らしい事。
だけど、それにより偉大な冒険者が一人消えていく事も事実なのだから。
「そうだな……本当に凄い冒険者だったんだ。今でさえ歴史に名を残すような冒険譚を幾つも持っているような人だからな」
リバイス卿はまだまだ若い。
全盛期と言っても良い状態で冒険者を引退する事になってしまった。
それも彼自身が怪我や病気になったわけでもなくだ。
これを惜しむ声は大きい事が容易に想像できる。
この選択が果たして正解だったかどうかは遠い未来にしかわからないだろう。
「ともあれ、リバイス卿は両取りではなくアリシアさんだけを選び取りました。私の心配は無用だったという事でこの話はおしまいという事です」
手紙の最後の文を思い出す。
アリシアさんは探し物が見つかったと書いていた。
彼女が探していたのは英雄ではなく。
おとぎ話の幸せではなく。
好きな人が隣に居るという一般的な幸せだった。
これはそういう話。
「……誰もが自分を幸せにしてくれる、そんな何かを探しているのでしょうね」
「幸せにしてくれる何かか……それは一体何なのだ?」
「さぁ?私にはわかりませんよ」
例えそんな都合の良いものがないとしても。
それを求める事は当たり前な事で、別に悪い事じゃない。
「それでも……そんな何かを探している。きっと誰もが探しているんです」
きっと私も。
エクサスさんも。
それが何かもわからずとも。
探しているのです。
Something just like thisを聞きながら書いた話。
名曲です、是非聴いてみてください。
評価してくれた人、ブックマークをしてくれた人、いいね押してくれた人、そして読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。
次もなるべく早く更新したいとは思います……が中々そう上手くはいかなそうですので不定期更新です。
もしも気に入って頂けたなら気長にお待ちしていただけると幸いです。




