何かを選ぶという事は-6
話を聞き終えた私はリバイス卿を見る。
彼の顔は青ざめ、服装も所々ではあるが乱れていた。
それだけ必死だったという事であり、アリシアさんの事が大切という事であり、何よりも彼女が求めている事が何なのかを理解していないという事であった。
「次の日からアリシアは俺と会おうとしてくれなくて……何が原因かわからなくて。家の者に心当たりが無いか聞いたんだ。そうしたらパーティー中にエクサス君とその婚約者の方と深刻な顔で何やら話をしていたって聞いて……」
「それで俺に連絡が来たのだ。まさかそのような事になっているとは思わなかったので俺もどうするべきか迷ったのだが、まずはお前のとこに行くのが良いだろうと思ってな」
「そして、私の家に来たという事ですか……」
私はアリシアさんとの会話を思い返す。
彼女が色々と限界に近づいていたのは間違いがなかった。
だから、話し合いをするべきだと思ったし、思いは口にしなければ伝わらないと言った。
これは焚き付けたという形になるのかもしれない。
だけど、まさか話し合いをするようにと言ったのに一方的に会話を拒否してリバイス卿へと選択を突きつけるとは思わなかった。
なぜこうも極端なのだと額を押さえて呻いてしまう。
「ふぅ~……そうですね。確かにアリシア様がこのような行動を取った原因の一端は私達にあるのでしょう」
「!」
「ですが、アリシア様からの問いに関しても私達は答えを知っているわけではありません」
「……そんな……では……どうすれば……」
彼の顔が俯き力が抜けていく。
ここに答えがあると思ってしまった矢先に私に否定された事で脱力してしまったようだ。
しかし、この問いの答えはわかりきっている。
私からすれば彼女が欲しい答えは明確だ。
だけど、それには彼自身でたどり着かなければいけない。
(答えはわかってはいるけれど……どうしたものか……)
きっとアリシアさんは私が思う以上に感情的になってしまったのだろう。
話し合おうとしていた矢先に喜々として語られた冒険の成果。
それはリバイス卿にとっては誇らしく胸を張って恋人に告げれる事ではあったが、今の彼女からすれば心労の原因だ。
冷静になどなれなくなってしまい、口から感情的な問いだけが飛び出してしまった。
それでもヒステリックに取り乱したりはしていない所からして我慢強い女性なのだろうと思う。
「私達はあなたを手伝う事しかできません。答えを出すのはリバイス卿、あなたです。あなたが答えを導かなければ意味がない。これはそういう問いなのだと思います」
私の言葉にリバイス卿が俯いていた顔を上げる。
そう。
これはあくまで手伝い。
いつも図書室で受けている相談と変わりがない。
事実を整理し伝える。
何より彼は知らないアリシアさんの胸中を私達は知っている。
それを伝えるだけでも彼が答えを出す切欠にはなるだろう。
問題は出した答えがアリシアさんにとっての正解かどうかという話になるだろう。
「リバイス卿。あなたはアリシアさんの事を愛していますか?」
「当然です!愛しているから……突然このような事を言われて……わけがわからなくなっているんです」
彼の言葉に偽りはないように思えた。
何より、彼女のためにと駆けずり回って答えを探している。
知己の仲とはいえ大貴族であるカリニオンの子息へ押しかけるなど、本気でなければできる事ではない。
一歩間違えれば大問題に発展してもおかしくない行為なのだ。
あらゆるリスクを無視して彼女を繋ぎ止めるためにできる事をした。
その想いは純粋な愛だと思える。
しかし、そうすると一つの疑問が出てきてしまう。
「ならば何故、彼女と結婚をしないのですか?」
「それは……俺は冒険者だから。もしも俺が死んでしまったら彼女は未亡人となってしまう。それは彼女の経歴に傷を付ける事になってしまうでしょう」
「では、何時になったら彼女を迎え入れるのです?」
危険が付き物の仕事である。
いつ命を失うかわからない。
だから、彼女と結婚をしてしまえば万が一が起きた時にアリシアさんの経歴に傷が付く。
そんな事を言っていたら何時までも結婚をする事はできない。
これは言い訳だ。
「成功したら結婚しよう。それを信じて待ち続けて、疲れてしまった。これはアリシア様が胸中にずっと隠し続けていた思いです。はっきり言って私からこれを伝えるのはフェアではありません。この想いを話し合いでリバイス卿が聞き出して欲しかった」
リバイス卿の顔がはっきりとわかるくらいに曇る。
きっとアリシア様からはそのような話は一切出ていなかったのだろう。
外から見れば彼女は危険に赴く恋人の帰りを健気に待ち続ける淑女だ。
遠くから見る分には美しく、聞こえも良い。
だけど、何も不満に思わないわけがないし、その不満を言葉にしないのであれば気づく事は難しい。
彼女の悪い所は態度だけで察してもらおうとした事だ。
しかし、それだけではリバイス卿は彼女の真意に気づく事はできなかった。
それは彼が悪いわけではない。
態度だけで全てを察する事など無理なのだから、むしろ当然の事だ。
だけど、アリシアさんはそれを求め続けた。
そうして積もりに積もった感情は臨界に達しようとしていた。
その手前で吐き出し、建設的な話し合いをすれば良いと私は思ったわけだ。
あの日に感情を吐き出し、ついに彼女は行動に移したが悪癖が顔を覗かせたようだ。
(はっきり言わないと伝わらないと言ったのですけどね)
奥ゆかしい事この上ない。
私ならば問題点を箇条書きにして順にお互いの妥協点を探していく。
しかし、それは彼女にはできなかった。
話を聞く限り最後の話し合いでできた事は何も無い。
彼女は結局はリバイス卿に察して欲しいと口を閉ざし。
彼はアリシア様の問いに答える事はできなかった。
こうなるのであれば冷静な第三者を混ぜるようにと伝えれば良かったと思う。
「アリシアさんの問い。“どれだけ冒険がしたいの?”この言葉の意味はわかりましたよね?」
ここまで言えば彼はアリシアさんの想いを理解しているはずだ。
もごもごと口籠る姿からそれを察する事ができる。
わかっていないなら、わからないと言えば良いだけ。
そう言わないという事は理解したという事。
ただ、それを言葉にしたくないだけ。
わかってはいても口には出したくない。
リバイス卿とアリシアさんはそういう意味では似た者同士なのかもしれない。
「……要は冒険かアリシアか。どちらかを選べという事なのでしょう」
「……そう……ですね。そういう事です。リバイス卿。あなたは選ばなければなりません」
悩んだ上でアリシアさんは自分を選んで欲しいと願っている。
リバイス卿の夢でもあるだろう新たな冒険ではなく、自分との穏やかな生活を選択して欲しいのだ。
だが、それはリバイス卿にとって簡単に選べる選択ではない。
「……アリシアの気持ちもわかる。だけど俺は冒険者だ。命の危険は確かにあるけどそれをできる限り最小限に抑えようと準備をしている。そのために支援者を募って資金を集めたりしている。その事は彼女にも説明をしたんだ」
「それはアリシアさんもわかっていると思います」
「そうです……万全の体制は整えているから安心して待っていて欲しい。確かに結婚を先延ばしにしていたのは不誠実でした。俺は逃げていたのかもしれない。だから、アリシアと結婚をして冒険を続ける。どちらかを選ぶのではなく、どちらも取るという選択もあるでしょう?」
「それでアリシアさんが納得すれば……しかし、その選択は私は難しいと思いますが……」
万全だから問題ない。
危険は無いから大丈夫。
そういう話ではない。
そうだとしても彼女は心配するだろう、当たり前だ。
近所に買い物に行くのとは訳が違うのだから。
出来得る限りの準備をするなんていうのは最低限の前提条件。
それをさも誇らしげに語られても彼女が安心する事はない。
彼女が求めているのは心の休まる日々なのだから。
結婚をする事で安心感が増す可能性はあるが、そのために彼女の首を縦に振らせるのは中々に骨が折れそうである。
「では……ではどうすれば良いのですか……」
「それをあなた達二人で話し合うべきだと思ったのです」
元々、私がアリシアさんに伝えたのは“自分の気持ちを伝えて話し合ったほうが良いですよ”という事だ。
誰でもできる当たり前で簡単な方法。
解決するかどうかはわからないけれど、まずは一歩前進するために選ぶ一般的な選択。
しかし、アリシアさんは一足飛びで結論を求めてしまった。
さらに悪い事は扉を閉ざしてしまった事だ。
「しかし、アリシアさんが対話を拒否し、あなたに選択を委ねているのであればあなたが答えを出すしかありません」
考える材料すら渡されずに問題を提示されてしまったリバイス卿だったが、それでも必死に考えてエクサスさん、そして私へと辿り着いた。
その行動力が大きな手がかりを掴む切欠となったのだ。
流石は一流の冒険者と言えるのかもしれない。
自身を阻む壁を乗り越えるために形振り構わず行動し、手がかりを得たのだ。
「幸い……と言って良いのかはわかりませんがリバイス卿は私達から彼女の心情という大きな手がかりを得ました。後は、あなたの答えをアリシアさんに伝えるしか……無いのだと思います」
アリシアさんがどうしてあのような態度を取っていたのか。
彼女が何を思って家で帰りを待ち続けていたのか。
今、彼女が求めている言葉は一体何なのか。
それらをリバイス卿は理解したはずだ。
後はリバイス卿が考え、導き出した答えをアリシアさんがどう受け取るのか。
それは第三者である私の手を離れ、当事者だけが関わる事ができる話になるのだった。




