何かを選ぶという事は-5
リバイス・テクスジェアは冒険者である。
もっと言えば数々の困難に打ち勝った実力派の冒険者だ。
偉大と言っても良い。
自分で言うのは憚られるがこれは事実なのだから仕方がない。
前人未到の地へと挑戦し、未知の領域の情報を持ち帰る。
誰も足を踏み入れていない地にこそ価値ある宝や資源が眠っているからだ。
「う~ん!やっぱりお偉いさんを相手にするのは苦手だなぁ」
それは討伐した魔獣の足を公開したパーティーが終わってすぐの事だった。
夜会は大盛況に終わり、招待した客達も満足して帰路についた。
途中途中で話をさせてもらった貴族の方々には次の冒険の支援についても軽く語り、中々の好感触を得ている。
勿論、今現在も支援をしてくれている家々は居るわけで、その支援だけでも次の冒険をする事はできるだろう。
だけど支援者は多ければ多い方が良いのだ。
金が集まればそれだけ準備を万全にできるし人も集めれる。
何よりも投資した金額が大きいほど、成功した時に戻ってくる物も大きくなるのだから。
「あぁ疲れたなぁ。アリシアも疲れてないかい?」
俺は部屋の奥のソファーに座るアリシアへと声をかける。
パーティーの主催者の恋人という立場はそれはそれで気苦労が耐えない。
俺も彼女もだが身分的には決して高くない。
冒険者の主催のパーティーになんて普通に考えればそこまで高貴な身分の方が来るような物ではない。
だけど、俺はこれでも一流の冒険者だ。
その一因によりこのパーティーには思っている以上に高位の貴族や著名人が足を運んでくれていた。
そんな上流階級の相手をしなければならないのだから精神的な疲弊は俺の比ではないはずだ。
俺は多少の粗相があっても“冒険者だから仕方ない”と捉えてくれるが、アリシアに関してはそうはいかない。
一挙手一投足を見られていると言っても過言ではないはずだ。
俺としてはよくやってくれていると思っているのだが。
「今日のパーティーも大成功だった!聞いてくれよ。クランベリー家が来てくれてたんだが俺の冒険を是非支援したいと言ってくれたんだ。これは凄い事だよ!カリニオンに続いてクランベリーも支援者になってくれるなんて、そんな冒険者は俺くらいだろうね!」
「…………」
あのパーティー会場の中央で語っていた時の勢いが残っていたのか仰々しく手を広げて彼女へと語りかけてしまう。
でも、それくらい大きな事なんだ、誇っても良いはずだ。
元々、カリニオン家が支援者というだけでも冒険者としては破格だ。
国に影響を及ぼす力は貴族の中でも屈指の大貴族がたかが冒険者を認めてくれているという事なのだから。
まぁ、カリニオンは俺の冒険を支援したいというよりは持ち帰る成果を国に献上するようにしたいという意味合いが強い。
今回の魔獣を国の研究機関に引き渡したのもカリニオン家からの働きかけによる物が多い。
そういう事だ。
「今後はもっと遠くへ足を伸ばせるかもしれない!クランベリーは外交関係の雄だからね!融通がかなり利くようになるぞ!」
「…………」
内政のカリニオン、外交のクランベリー。
数ある大貴族の中でも特に名のある貴族と言っても良い家柄だ。
丁度、この国では名が売れて足場が固まってきていたので遠方へ顔が利くクランベリーの支援が得られるのは大きい。
今後は国外の難所へと目を向ける事もできそうと思えば俺の興奮が冷める事はなかった。
「国もあの魔獣の体に相当な価値を付けてくれたよ。少し安いかなって思うところはあるけど、その分余計な手間が無いから仕方ないね」
希少な魔獣の体は好事家が高く買ってくれたり、武具の素材になるようであれば商会が買い取ってくれたりもする。
勿論、国に売りつける事もできる。
しかし、それを自分でやろうとすれば交渉にはとても多くの事を考えなければならない。
未知の魔獣の体なのだから、何か危険な要素があるのかもしれない。
価値を見極められず買い叩かれる可能性もある。
偽物だとイチャモンを付けられる事だってあるかもしれない。
そういう煩わしい事をしている時間は俺にはなかった。
俺は次の冒険の準備を進めなければならないのだから。
だから、カリニオン家を通じて一定の成果を国が買い取る契約を持ちかけられた時に俺は飛びついた。
国は法外な値段を吹っかけられる事が無くなり、俺は多少は安くなるが手間が省ける。
両者ともに旨味のある話だった。
「そういえばエクサス君が会場に来ていたよ。お父上と一緒に挨拶に来てくれたんだ。久しぶりにもっとゆっくりと話をしたかったんだけどね」
「…………」
エクサス君というのはカリニオン家のご子息であり、次期当主だ。
そういう肩書を除いたとしてもとても好感の持てる青年で、俺の冒険譚を目を輝かせて聞いてくれる良い友人だと俺は思っていた。
今日は珍しく女性同伴で会場に足を運んでくれており、そちらの女性の話も聞きたいと思ったがいつの間にか二人とも姿が見えなくなっていたのだ。
「……アリシア?どうかしたのかい?今日はもう休むかい?」
一息を吐いた俺は静かに座るアリシアへと目を向ける。
俺が語る言葉に何一つ反応をせず微動だにしないアリシア。
それに違和感を覚えてはいたが、それでも俺は特に気にしていなかった。
何故なら、まさしく順風満帆な俺達に問題など無いと思っていたから。
冒険は成功し、それを支援してくれたアリシアの実家の業績も上がっている。
支援者は増え、次の遠征の準備も問題が無いだろう。
何一つトラブルなど無い。
アリシアの思い詰めた顔を見るまではそう思っていた。
「あなたはどこへ行きたいの?」
急な問いかけだった。
どこへ行きたいのか。
俺は前人未到の領域に幾つも足を踏み入れていた。
国内でも有数の危険地帯へ赴き、一定の成果を持ち帰っていた。
次へどこへ行きたいのかと問われればやはり国外だろうか。
「そうだなぁ~国内は制覇した!ってわけじゃないけど折角クランベリーと繋がりができたんだし、隣国の方へ足を伸ばすとか良いかもしれないな」
俺の言葉に彼女の顔が歪む。
苦々しく憎々しく。
いつも慈愛に満ち明るかった俺の太陽とも言えるアリシア。
そんな彼女の俺の知らない顔だ。
「どれだけ冒険をしたいの?」
冷たく、圧しかかるような声
振り返れば最初の問いもそうだったのだろう。
俺が気づいていなかっただけだ。
声を荒らげているわけではない。
ヒステリックに叫んでいるわけではない。
そこには何の感情が含まれているか全くわからない静かな問いかけ。
パーティーの余韻が急激に冷めて行くのがわかった。
「……どれだけって……それは……」
体から熱が失われていく。
彼女の視線が俺の体温を奪っていくのだ。
俺は答えに窮した。
どれだけ冒険がしたい?
その意味がわからなかった。
冒険は俺の仕事だ。
パン屋がパンを焼くように、大工が家を建てるように、俺は冒険をするのが仕事だ。
だから、どれだけしたいのかと問われても咄嗟に答える事ができなかった。
「心配してくれているのかな?大丈夫!安心してくれアリシア!今回の遠征もそうだったけど次回はもっと安全になるさ!支援者も増えて準備に使える資金は潤沢だ!今回見つかったプランの不備も幾つかあるんだけど、それらを潰せば危険度はグッと減るはずなんだ!」
彼女が俺を心配してくれているのはわかる。
命の危険がある仕事だからとお守りを幾つも渡してくれたりしてるし。
だから、俺もそれに答えるように安全管理は気をつかっていた。
勿論、ゼロにはならないけどそれは軍に入ったって同じ事だろう。
戦いを生業にする以上は危険は付き物なのだから。
そんな俺の考えが見透かされているのか彼女の表情が晴れる事はなかった。
「…………今日はもう休むわ……お願い。一人にしてくれないかしら」
彼女が小さく囁くような声でそう言った。
小さい女性の力。
だが決して抗う事ができない力で俺は部屋を追い出された。
バタンと音がして扉が閉められる。
そして、その扉が開かれる事は無かった。
夜が明け、メイドから手渡されたアリシアからの手紙。
そこに書いてあったのは関係を見直したいという一文。
そして、最後に一つの問いが書かれていた。
それは昨夜に問われた事と全く同じ言葉。
『あなたはどれだけ冒険がしたいの?』
その問いにどう答えれば良いのか。
正解を導き出さなければアリシアが離れてしまう。
それだけを俺は理解する事ができたのだった。




