何かを選ぶという事は-4
あの夜会から数日後。
その日は休日であり、私は自分の部屋で読書をしていた。
私が読みたいと言っていた隣国の書物を父が取り寄せてくれたからだ。
どんな本かと言うと経済学者の論文をわかりやすく纏めたもので、楽しいかどうかと言うとまだ何とも言えない。
これでも商家の娘でなので経営とか経済とかの本は意識的に読むようにしているだけ。
正直、本であれば私は何であろうと読む。
学術書も読めば娯楽小説も読む。
その内容が私に実用的かとかそういうのは特に気にしない。
今読んでいる本も論文になるよう物なので実務的ではなくもっと大きな視点での話が多く、一商家がどうこうできる話の範疇を越えている内容だった。
しかし、それはそれで興味深いものです。
そんな風に思いながらまた1ページと本を捲る。
優雅な午後。
いつもこうであれば良いと思う穏やかな時間は唐突に破られる事となってしまいました。
「お嬢様。お客様がお見えになられております。客間の方へとお通し致しました」
我が家のメイドから告げられ客間に向かう。
特に来訪者の予定はなかったはずだが追い返さずに客間に通しているという事は知り合いなのだろう。
それはメイドの口元が微妙にニヤけており、意味ありげな視線を向けてくる姿からも推測できた。
「……私宛に来客ですか?特に予定はなかったはずですけど」
「ふふふ……いえいえ、色々と順調なようで何よりかなと」
「……イシス。来客というのはどなたですか?」
「エクサス様ですよ。も~時々お話は聞いてましたけど最近は特に親しくされているようで私も嬉しい限りですよ」
ラインズ家はあまり厳格な家ではなく働いてもらっているメイドも半分以上は家族のような状態だ。
中でもこのイシスは少しだけ私よりも歳上ですが。特に仲が良いので基本的に人前で無ければいつも気安い態度。
そんなイシスは私とエクサスさんの婚約解消で特に肩を落としていた一人である。
世間的に見ればエクサスさんは超優良物件であると何度も滾々と説明された物でした。
それを捨てるなどとんでもないと。
結局、私はイシスの言う事を聞かずに婚約解消をしたわけで、それはそれは非難された物です。
「この前はデートもしたりしてましたし~プレゼントも大切に扱ってますし~」
「デートではありません。他に友人も居ましたし。それに贈られた品は良い物なのですから大切にするのは当然です」
「可愛い~頑なに否定するお嬢様も可愛い~!」
婚約解消をしてしまった事により可愛げのない私の相手が現れるのかとても心配してくれていたイシス。
はっきり言って余計なお世話ではあるが、その心配は間違いないものなので何も言えなかったわけです。
しかし、最近は私とエクサスさんが新しい関係で良好な仲であるという事を知り、とても喜んでいた。
喜ぶのは良いのだが、何というかその喜び方が少しその……鬱陶しいです。
信頼できる家人しか雇わない少数精鋭が方針だと父は言っており、このイシスもとても頼りになる優秀なメイド。
この生暖かい視線さえ無ければ完璧と言って良いメイドだというのに。
そんな微妙に残念な気持ちを抱えながら私は客間へと足を運ぶのであった。
◇
「すまんなリフィル。休日に悪いとは思ったのだが俺も断りきれなくてな……」
客間ではエクサスさんが座って私が来るのを待っていた。
彼がラインズ家を私用で尋ねるというのは、はっきり言って珍しい事だった。
というか初めての事だ。
彼とは基本的に学園かパーティー会場以外で会う事はなかったわけで、例外は先日にレイラーニさん達と一緒に遊びに出かけた時くらいだろうか。
そして、そこに居たのはエクサスさんだけではなかった。
隣には大きな体を小さく畳み、項垂れるようにソファに沈み込んでいる男性が居た。
その顔には見覚えがあった。
以前に見かけたその顔はもっと自信満々であったのでまるで別人に見えてしまったがつい先日見た顔であったのだ。
「あぁ……リフィル・ラインズ嬢……すまないが話を……っ!いや、違う、あぁ挨拶……挨拶がまだだった」
「いえ、必要ありませんよ。リバイス卿」
立ち上がりあたふたしているのはリバイス・テクスジェア卿だった。
先日、エクサスさんに連れられて参加した夜会の主催者。
冒険者として数々の偉業を打ち立てた成功者。
そして、アリシアさんの恋人。
彼が以前とは全く違う姿で私を尋ねてきていた。
項垂れていた顔を上げた彼からは強い焦燥が感じられた。
何が理由かはわからないが焦っているのだ。
よく見れば着ている服も少しだけ乱れており、態度の端々からもそれが滲み出ている。
パーティー会場では綺麗に整えられていた髪や服装はまさしく偉大な冒険者という風格に満ちていた。
しかし、目の前に居る彼にはその面影は無い。
「落ち着いて下さい。とりあえずお座りになって下さい……イシス。お茶の用意をお願いします」
私は明らかに平常ではないリバイス卿をソファーへと座らせてイシスへお茶の準備を頼む。
何故、彼が私を尋ねてきたのか。
詳細はわからないが予測する事はできる。
アリシアさんが何かしらの行動を起こしたという事が。
◇
「あぁ……恥ずかしい所を晒してしまいました」
先程の醜態とも呼べない程度の狼狽えに対して謝罪をするリバイス卿。
彼は数多の有力貴族と接している。
普通では話ができないような身分の人へと挨拶をした事も何度もあるだろう。
そして、その中には私と同じくらいの歳であり、私なんかよりも身分が高い令嬢も居ただろう。
礼儀にうるさい人が居てもおかしくはないので、そういう人を思い浮かべているのかもしれない。
とは言え、私としては特に失礼をされたという感覚は無かった。
確かに初対面の令嬢にする態度としては良くないものだっただろうが、私はあまりそういう拘りは無い。
何かしら理由があって平静では無いという事がわかるなら尚更だ。
百戦錬磨の冒険者の心をこれだけ乱す原因に私は心当たりがあったのだから。
「いえ、アリシアさんが何かをしたのでしょう?大切な恋人によって心が乱される事を私は恥ずかしいとは思いません」
その言葉に少しだけ驚いた顔をするリバイス卿。
「何故、アリシアが何かしたと思うのですか?」
「私達の接点はそこにしかありませんので。それに……私が何か知っていると思ったからこそ尋ねて来られたのでしょう?」
私とリバイス卿はまともな面識が無い。
先日の夜会では私はエクサスさんの添え物だったわけで軽く挨拶をしただけであり、会話も数言程度なものだった。
そんな彼がわざわざ私を尋ねてくる。
しかも、大貴族であるエクサスさんを巻き込んでだ。
あの日のアリシアさんの様子と相談された内容を考えれば何かが起きたという事は簡単に想像がつく。
「……仰る通りです。私はエクサス君とリフィル嬢なら事情を知っているかもしれないと思いました。いえ、もう君達に尋ねる以外に思い当たる事が無いのです」
「今日の朝に突然尋ねてきた時はどうしたのかと思ったが、話を聞けば納得でな」
エクサスさんが納得する理由。
つまり、私の予測が当たっているという事だろう。
問題は一体彼女はどういう行動を起こしたのかだ。
「つい先日です。アリシアと喧嘩……喧嘩をしてしまったのです。ですが、喧嘩で収まれば良いのですが……彼女は部屋から出てこなくなり、私の話を聞く事もしてくれなくなってしまったのです」
私達に心情を吐露し、何かしらの行動に移らなければ現状が変わる事は無いとアリシアさんは理解をした。
そして、実行に移したのだろう。
効果はてきめんではあったのだろう。
リバイス卿の顔からは焦りが伝わってくる。
彼は無自覚であったすれ違いを認識したのだ。
そして、アリシアさんの言葉でここまで動揺するという事は、それだけ彼女の事を想っているという事でもある。
「話を聞かせて貰ってもいいですか?」
彼は頷き、現状に繋がる原因が起きた日の事を話し始めたのだった。




