何かを選ぶという事は-3
「私のつまらない話を聞いていただいてありがとうございます。エクサス様の言うように、吐き出した事で少しだけ楽になった気がします」
俯いていた顔を上げて気丈に私達に礼を言うアリシアさん。
その姿を見てしまっては私も何かしら力になれる事があれば良いと思ってしまう。
だが、そんな簡単な事でも無いのはわかっていた。
成功者である恋人。
しかし、その仕事は危険が付き物であり、いつ命を失ってもおかしくない。
アリシアさんは彼が冒険をしている間は無事を祈る事しかできない。
それがいつしか負担となり彼女の精神を蝕んでいった。
もしも、彼が未だ成功していないのであれば話は違っただろう。
きっと今も二人三脚で彼を応援し支援していたはずだ。
何故なら彼女はリバイス卿の事が嫌いになったわけでは無く、むしろ好きだからこそ頭を悩ませているからだ。
嫌いになった人間の命の心配をやつれるほどする訳が無いからだ。
だが、リバイス卿は間違いなく成功した。
危険から遠ざかる選択を取れるほどに名声を高めた。
だというのに未だに危険へと進んでいく事が問題なのだ。
「ふぅむ……リフィルは今の話を聞いてどう思った?悩みを解消できたりはしないか?」
「そんな簡単に解消なんてできませんよ……全くあなたは私を何だと……いえ、それは良いのです」
頭の中でアリシアさんの言葉を整理する。
私ができる事は何かあるだろうか?
少しでも彼女に纏わりつく不安を減らしてあげたいとは思う。
「そうですね……アリシアさんは彼に冒険を止めて欲しいのですか?」
恋人が危険に晒されている間、何もできずに待つ事に疲れてしまった。
そして、どれだけ成功しても落ち着こうとしないリバイス卿を応援する事に疲れてしまった。
その全てを解決するにはリバイス卿が冒険者を止めなければ解決しない。
例えばの話、リバイス卿と結婚をしたとしても彼が次の冒険に行くようであれば彼女の悩みは解決しないのだ。
彼女が求めているものは結婚する事ではなく、リバイス卿の命の心配をしなくて良い生活なのだから。
「……そうですね。私は彼に冒険を止めて欲しい。簡単に言えばそれだけの事なのかもしれません」
「それはリバイス卿にはお伝えしたのですか?」
「伝えていません……何度か伝えようとした事はありました。でも言えませんでした。彼が頑張っている事は知っているのです。夢を追う彼の事が好きだったのも間違いがなかったのです」
「ですが、限界が来たと」
「……はい。好きだけでは……もう待つ事ができなくなってしまったのかもしれません。嫌ですね。何も難しい事を考えずに彼の冒険を楽しみにしていた私、彼が失敗する事なんて無いと信じていた私はもう居なくなってしまいました……こんな女になるなんて思っていませんでした……」
彼女が無邪気に彼の夢を応援する時期は終わってしまったのかもしれない。
時間と共にあらゆる物は変わっていく。
誰だってそうだ。
いつまでも同じ考え、同じ行動を続ける事はできない。
それは成長と言っても良い。
だが、彼は未だ夢の中だ。
その足は冒険を求め想像もできない危険へと歩を進めるだろう。
そして、恐らくだが彼はそれを悪い事だとは思っていない。
勿論、その夢で成功しているのだから文句を言われる筋合いは無いのかもしれない。
彼がアリシアさんの事など何とも思っていないのであれば、それはそれで良いのだろう。
しかし、彼は恐らくはアリシアさんの事を愛しているのだろう。
そんな彼が今も自分の冒険をアリシアさんが応援してくれていると思いこんでしまっている事が問題だ。
「それとなく気づいて貰えないか試した事はあるのです。彼も私の態度が少し変わっている事は気づいてると思います。でも、危険な場所に行く事を止めてはくれません。今回のパーティーも次の冒険のための資金集めですから……」
認識の齟齬が関係のすれ違いに発展し、そして終わりを迎える。
それを防ぐために必要な事はやはり言葉なのだろう。
態度で示すというのは効果が薄い。
話し合いで解決できない事は当然あるが、話し合いをしない理由は無い。
気づいてくれるはずという希望的観測は何の足しにもならない。
「気づいて欲しいのであれば態度だけではなく直接言うしか無いのではないですか?」
「それは……」
アリシアさんが言葉に詰まる。
彼女もわかっているのだ。
直接言う事が一番良いのだと。
しかし、それができないままズルズルと来てしまっていた。
「確かに直接的に言うべきなのかもしれません。ですが……それを言ってしまうと彼との関係が拗れてしまいそうで怖いのです」
「……」
「何とか彼に気づいて欲しいのですが……難しいでしょうか……」
“もう冒険をしないで落ち着いて欲しい”
そう言葉にする事が最善なのだと彼女も理解はしている。
だが、それをする事はできない。
直接的にそれを言ってしまえば関係がどうなるかわからない。
だから消極的に態度で示す事しかしてこなかったのだ。
「態度だけで心情を察するのは難しいと思いますよ」
「でも……でもっ!本当に私の事が好きならわかってくれるはずだと思うのです……そう信じてしまうのはいけない事でしょうか?」
その言葉で私は察する事ができた。
彼女が今までリバイス卿に直接言わなかった理由はこれだと。
エクサスさんが顔を微かに顰めるのがわかる。
それは思い当たる節があったからだ。
以心伝心。
素晴らしい言葉。
だけど、そんなものはない。
それを私は、いや私達はわかっていた。
何故なら、それは婚約者同士だった頃の私とエクサスさんが早々に投げ捨てた概念だからだ。
愛し合っているのであれば何も言わずとも全てを察してくれるはずだという幻想。
お互いの全てを許容し愛し理解する理想の伴侶。
そんな者に為れそうにないと思ったからこそ、以前の私達は近づこうとしていなかったのだから。
「私は所作の端々に不満を表したのです。小さい事かもしれませんが違和感を覚えてくれていたはずなのです。ですが……彼は私の真意に気づいてくれません。私の事を見てくれているのであれば。私の事を愛しているのであればわかってくれるはずだと思ってしまうんです!」
私の考えと実体験から考えれば、はっきり言ってそんな事はないと断言できる。
だが、それを伝えて良いものか少しだけ逡巡する。
これが同年代の友人からの相談事であればもっとはっきりと伝えていただろうと自分でも思う。
しかし、相手は私よりも年上の妙齢の女性。
そう思えば私の答えもいつもよりも弱腰だ。
「態度で察して欲しいというのは相手への負担が大きすぎる……と私は思います」
私の口から出たのは少しだけ遠回しに表現した言葉だった。
エクサスさんが少しだけ驚いた顔で私を見る。
情けないと笑うならば笑って欲しい。
私は礼儀というものを知っているのだ。
誰に対してもズバズバと言う訳ではないのだ。
「やはり……そうなのでしょうか……」
「彼が察してくれないからこそアリシアさんはここまで思い悩んでしまったのでしょう?」
口に出す事が難しいという心情は理解ができるが、今までの様子を見るにアリシアさんの感情は決壊寸前だ。
理想を言えばリバイス卿が彼女の異変に気づいて自主的に冒険を止めて欲しいのだろう。
だけど、それが難しい事を彼女は痛感している。
別離という流れを止めるのであれば、まだ冷静になれる内に話し合うしか無いように思えた。
もしも、本当に許容限界が来てしまったのであれば、恐らくは話をできる精神状態では無くなっているだろう。
そのためには口にしたくない言葉を出すしかないとは思う。
「彼を変えたいのであれば態度だけではなく言葉で示すしかないのではないでしょうか。その結果がどうなるかは……私にはわかりませんが……」
客間の中を重苦しい雰囲気が支配する。
最近とみに思うが、男女関係というのは複雑怪奇だ。
理屈ではどう考えても最善手であろう行動であっても正解となるとは限らない。
アリシアさんがどういう結論を出すかはわからないが、恐らく彼女の限界は近い。
疲れを必死に隠そうとしている彼女の顔からそれが伺えた。
そうして私がエクサスさんに連れられてきた冒険者リバイス・テクスジェア主催の夜会はアリシアさんの話を聞いている内に終わりを迎えたのだった。




