何かを選ぶという事は-2
流石に会場では腰を据えて悩みを聞くなどはできないという事で私達はアリシアさんの自室へと招かれた。
パーティーが開かれているリバイス卿の屋敷は男爵家の持ち物としては格段に大きい。
これが成功した冒険者が手に入れる富の一つという事だ。
「少し散らかってしまっていてすみません。どうぞお座り下さい」
アリシアさんに促されて私とエクサスさんは椅子へと腰を落ち着ける。
散らかっていると言いつつ部屋は整理整頓されており大人の女性の部屋という感じだ。
落ち着いた装飾や調度品や本棚に並ぶ蔵書などから彼女の性格が伺える。
それはテーブルの上に置いてある書物からもだ。
「レイ・ターナー著の“時間というリスク”ですか。私も読みましたよ」
「リフィル様もこのような書を読まれるのですね。私は若い時はこのような硬い内容の本は全く読んでませんでした」
「これでも商家の子供ですので。少しでも家の力になれればと思いまして」
「単純に本の虫なだけだろう」
私の生態を簡単にバラしてしまうエクサスさんを軽く睨みつける。
私が読書が好きなのは間違いないし、特に拘りもなく何でも読むのは事実。
別にそれを言われても何も問題ないのですが何となくからかう気配を感じたからだ。
そんな私の視線を涼しげにエクサスさんは受け止める。
最近ではこんなやり取りも自然に行えるようになっていたのだった。
「仲が宜しいのですね」
「ハハハッ。色々あったのでどうにも彼女相手には遠慮が無くなってしまうのです」
私達の姿を見てアリシアさんが微笑む。
その視線はどこか遠くを見ているようだった。
そして一息入れると改めて私達に向き直る。
「この度は私の個人的な悩みを聞いてくださるという事で感謝の念しかありません。エクサス様が仰ったように誰かに吐き出さなければ私はもうどうしたらいいかわからなくなってしまっているのです」
「ふぅむ……アリシアさんがここまで追い詰められているとは……一体どうしたのですか」
「話を聞くだけでアリシア様の負担が減るのであれば良いのですが……」
居住まいを正し、こちらに頭を下げるアリシアさん。
彼女は成功した冒険者の恋人だ。
はっきり言って普通であれば羨むような立場だろう。
代われるならば代わりたいという女性は数多いはずだ。
「私とリバイスの関係は知っているかと思うのですが私達は恋人同士なのです。それこそ将来を誓い合った仲です。しかし、最近不安を感じずには居られないのです」
華やかな衣装とは正反対の表情をした彼女は少しずつ語っていく。
「元々、彼と知り合ったのは学生時代でして、その時は彼が冒険者になるなんていうのは思っていなかったものでした」
「学生時代からというと中々に長い付き合いなのですね」
「はい、いつの間にか……そうですね。いつの間にか長い付き合いになっていました」
彼女は弱々しく微笑む。
そこには昔を懐かしむ哀愁が滲んでいた。
「彼は男爵家の三男で私は商売で財を成した準男爵の娘。家柄としては彼のほうが上だけど家の力は私のほうが上というのが良くなかったのかもしれません。彼は自分の力で成り上がろうと考えました」
男爵家は貴族としてはあまり力を持っているわけではない。
領地を持つわけでもない形だけの貴族などと呼ばれる事もある。
それに対して準男爵は爵位を持ちながらも平民。
しかし、お金というわかりやすい力を持っている。
準男爵は誰でもとは言えないがお金があれば買える称号だ。
そして、それを買っているという事はそれだけの成功者である事を意味する。
商家に携わる者としてエンドォルの名は私も聞いた事はあった。
それくらいの力はある家と言う事だ。
「よく言ってました“俺が成功したら結婚しよう”と。冒険者になるのは危険があるのはわかってましたけど彼の気持ちも理解できました。だから、私は彼を応援する事に決めました」
冒険者になる人間というのは大体が食うに食えずに冒険者になるしか無かった者が多い。
野垂れ死ぬか、冒険者になって成功者となるかの賭けならば後者を選ぶのは当然。
だが、恵まれている出自の者が選ぶ職業では無かった。
命を懸けて挑むにしては成功率も低いのだ。
戦える体があって、安定した生活を望むのであれば軍属になるのが一番。
しかし、一山当てようと思えば軍は向いていない。
若くして成功者になるのであれば冒険者を選ぶというのもわからなくは無い選択だった。
「そして彼は冒険者として成功しました……リバイスの名は国中に響き渡り、業界では知らぬ者は居ないでしょう。私も最初は嬉しかった。でも、徐々に不安になっていったのです」
「不安ですか……」
「それは……所謂、浮気とか?」
英雄色を好むという言葉もある。
成功した男性が陰になり日向になり支えてくれた女性を捨て、別の女性に乗り換えるなんていう話はよく聞く。
世の中にはどうしようもない男が多数いるのだ。
「いえ。違います。彼は私以外の女性と親しくしているという事は無いと思います。私が気づいてないだけかもしれませんが」
「では、何が不安なのですか?」
エクサスさんが言うように私もわからなかった。
恋人が成功者になり、浮気などの気配も無い。
順風満帆。
何を悩む事があるのか見えてこない。
「考えてしまうのです。彼はいつまで冒険をするのでしょうか?と」
気丈にしながらも顔からは苦悩が見える。
いつまで冒険をするのか。
それが彼女を悩ませている原因なのだという。
「実家を説得して彼の支援をして、それは成功しました。彼には軍では発揮できない冒険者としての才能があったのだと思います。リバイス・テクスジェアと言えば今や業界では知らない者は居ない冒険者となりました」
「素晴らしいではないですか。他の誰にも真似できない偉業ですよ」
そう。
リバイス卿が立てた実績は偉業だ。
前人未到の地に足を踏み入れ、危険な大型魔獣を討伐し、貴重な素材を持ち帰る。
そのどれもが常人では成し遂げれない事であるのは間違いがない。
そして、それはアリシアさんも理解していた。
「はい。凄い事だとは思います。でも、私はもう耐えられないのです。彼が命を懸けて冒険をしている間、家で祈りながら待つという事にもう耐えられないのです」
広場での喧騒が微かに聞こえる。
彼が体験した武勇伝が会場の人間を沸かせているのだろう。
そのどれもが非日常であり、普通の人間からすれば御伽噺と言っても良いような大冒険だ。
「最初は私もドキドキしながらも彼の帰りを待ち、持ち帰ってくれる冒険譚に心を躍らせていました。ですが、彼が踏み込む地は徐々に危険になって行きました。霧中の森、死滅幽山、凍土渓谷。そのどれもが人が足を踏み入れるべきではない領域です。それらに彼は挑戦し、一定の成果を持ち帰りました」
その表情から読み取れる感情は疲労だ。
綺羅びやかで美しい見た目とは裏腹に彼女からは疲れ果てた老女のような雰囲気が漂っていた。
「彼が旅に出るたび、いえ次の目的地を決め動き出した時から私の胸は不安に支配されるのです。彼は帰ってこれるのか?次こそ命を落とすんじゃないか?と気が気ではないのです」
叫ぶように心情を吐露する。
手には力が入りすぎて白く握りしめられている。
傍から見れば成功者の恋人という羨む立場であるというがアリシアさんはその立場に苦しめられていた。
命を懸ける冒険者の恋人を待つという役割に。
「彼はもう冒険者として偉業を達成したはずなのです。無理をして更に危険な場所に足を踏み入れずとも良いだけの立場になったはずなのです。だというのに、彼は今も次の冒険を求めています。私の事など顧みる事なく、無事を祈る私の事など目に入らないかのように」
今日の夜会の主目的は彼が討伐した魔獣のお披露目だ。
だが、それはお披露目をして終わりではない。
討伐の証を示し、自分の武勇伝を語り、冒険で手に入れた成果を誇り、そして次の遠征のスポンサーを作るためのパーティーなのだ。
そう、次の冒険のための準備がこの夜会の目的。
元々、カリニオン家の子息であるエクサスさんが親交があったのもスポンサー集めの一環で出会ったのが最初なのだろう。
未知の冒険というのはそれだけで金を生む事ができるのだ。
「見てくださいこの屋敷を。彼に集まる称賛を。私には成功者の証であるように見えます。でも、彼は私と結婚しようとはしません。落ち着いた生活を望んでくれません。また危険な冒険に出ようとするのです」
男爵家の三男が持つにしては広大すぎる屋敷。
並べられた豪華な食事。
居並ぶ上流階級の人間を差し置いて中心で称賛を浴びる彼。
それは間違いなく成功者の姿。
「成功したら結婚しよう。その言葉を信じて応援して待ち続けました。でも、これだけ名声を高めても財産が膨れ上がっても彼にとっては成功ではないのでしょうか?もう……私は疲れてしまったのです」
言葉の通りぐったりとしてしまったアリシアさんの姿からは待つ事に疲れ果てた心労が嫌でも見て取れた。
俯き、項垂れる姿には力がない。
待つだけなら簡単だという人は居るだろう。
だが、無事を祈るだけしかできない事に徐々に疲弊していく辛さも余人には想像ができない。
当然、私ではそんな事は想像ができない辛さであるのだろう。




