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何かを選ぶという事は-1

 冒険者という人間が居る。

 危険な魔獣を排除したり手に入れるのが難しい素材を調達する事により報酬を受け取る。

 中には国からの依頼を受けて人が踏み入れない領域の調査を請け負ったりもする。

 国を守る軍には所属はせず、あくまで個人の利益のために力を振るう生き方を選んだ者。

 自分の命を担保に綱渡りをするように富と名声を目指すその在り方には危険が付き物であった。

 だが、成功をすれば全てを独り占めできる。

 一攫千金。

 それこそが冒険者になるものが後を絶たない理由の一つだ。

 そして、ここにも成功者が居た。


「さぁ!御覧ください!此度の遠征で討伐した魔獣の一部です!」


 そう言いながら会場の中心に置いてあったテーブルのベールを剥がす。

 そこにあったのは大人が三人分はあろうかという大きさの魔獣の足。

 巨大な爪、硬い鱗。

 周囲の客から感嘆の声が上がる。


 魔獣の体はあらゆる物の素材になり得る可能性を秘めており、人が踏み込めない場所に住んでいる手強い魔獣の場合は貴重かつ有用な場合が多い。

 今、パーティー会場に屍を晒している魔獣もそういった魔獣の体であった。


「苦労しました……それはとても厳しい戦いでした。しかし、我々はなんとか魔獣を打倒したのです!この前足はその一部!体の大部分は研究用に持っていかれてしまいましたし、この前足も今日のパーティーが終われば国の機関へと引き渡す予定です」


 魔獣の体は素材となるだけではない。

 未知の領域に生息するそれは貴重な研究対象だ。

 冒険者が持ち帰った魔獣の体を分析、解析し少しずつ未知の領域を解き明かす。

 そうやって人は住める領域を広げてきたのだ。


 普段、荒事からは遠い世界を生きる者たちが興味深そうに覗き込む。

 会場に居るのは貴族や有力な商人などであり、凶悪な魔獣と対峙した事がある者など一体何人居る事か。

 この魔獣を仕留めるために費やした苦労なんて物を想像できる人間はここには居ないのかもしれない。

 大仰に振る舞う男は自分が見世物の一部である事を自覚しているだろう。

 それでも道化のように声を上げ手柄である魔獣の遺体の一部をひけらかす。


「さぁさぁ!どうぞ近くによってご覧になってください!流石に足だけになってしまえば動き出してしまう事はありませんから!」


 周囲の人達が興味深そうに中央へと引き寄せられていく。

 今日のメインイベントとなった魔獣を見るために。

 これは必要な事であるのだろう。

 それでも私はあまり興味を持つ事ができなかった。


 そういう意味では私とあの男の人は同じだ。

 必要とされたからここに居るだけ。

 必要な事なのでやっているだけ。


「つまらんか?」


 そう問いかけてくるのは私を今回のパーティーに呼んだ張本人であるエクサスさん。

 彼がパーティーのパートナーに困っているというので引き受けたわけだ。

 以前、私も頼んだ事がある体の良い偽装パートナー。

 同じ様な事で私が頼んだ事がある手前、断るというのは難しいし、断る理由も……まぁ無いだろう。

 そういう事、それだけだ。


「つまらない訳ではないですけど……あまり女性に受けは良くないかもしれませんね」

「そうか?興奮気味に最前列に行っている御婦人も見受けられるが」


 大きな魔獣の前足。

 それは死した今でもある程度の迫力を備えていた。

 この大きさで前足一本なのだ、実際に動いていた時などそれは恐ろしいものだっただろう。

 その想像を糧に興奮するか、恐怖するか。

 違いはあれど興味は引けているのかもしれない。

 私としては単純に興味が無いとしか言えない心情なわけだが。


「人それぞれ趣味嗜好は違いますからね。ただ、私以外にもあまり良い反応をしていない女性もいらっしゃるようですよ」


 冷めた目で見ているのは私だけではなかった。

 会場の隅に青いドレスを来た女性がつまらなそうにグラスを傾けている。

 今日の一大イベントと言える魔獣のお披露目。

 それを目の当たりにしても眉一つ動かさず、その視線は中央にいる男の人を見つめていた。


「ん……あれはアリシアさんか?」

「お知り合いですか?」


 元々このパーティーはエクサスさんに誘われて出席したわけで、お知り合いが居てもおかしくはない。


「あぁ、この会の主催であるリバイス卿の恋人だな。カリニオン家は彼の後援をしているから俺は個人的にも知っているのだ」

「恋人の晴れ舞台だというのにあまり楽しそうには見えませんね」


 普通に考えれば自分の恋人が皆から注目を浴び称賛されていれば嬉しいだろうに彼女からそういう気配は感じ取れない。

 冷めている。

 どのような感情があるのかわからない表情でただただ会場を見ているだけ。

 そんな事を考えて彼女を見ていると目が合ってしまった。

 あちらも自分が見られている事、そして私の隣に居るのが旧知の仲だという事を認識したのかこちらに歩み寄ってくる。


「エクサス・カリニオン様。お久しぶりでございます。この度はこのような夜会に足を運んでいただきありがとうございます」

「アリシアさん、こちらこそお久しぶりです。此度もリバイス卿は大物を仕留めたようですね」

「……そうですね……ところで、お隣の女性をご紹介していただいてもよろしいですか?」


 エクサスさんと挨拶を交わした彼女が私へと水を向ける。

 その間の態度を見ていてもやはり彼氏の活躍を喜んでいる様子は見て取れなかった。


「はじめまして。私はアリシア・エンドォルと言います」

「こちらこそはじめまして。リフィル・ラインズと申します。本日はエクサス様にお誘いして頂きましてこの場に同席させていただいております」

「ラインズ……というと、エクサス様がご婚約されている?」


 その言葉に二人で苦笑いをしてしまう。

 私達が婚約を解消してそれなりの時間が経った。

 新しい関係は心地よく、彼とは当初とは違った形で親しくさせてもらっている。

 その事は学園の生徒であれば、もうほとんどが知っている事だ。

 しかし、普段は関わりが無い人達までその話を知っているかというと当然違う。

 カリニオン家とラインズ家の子供たちが婚約している事は知っているが、その後の動向までは知らない。

 そんな反応が少し久しぶりだった。


「恥ずかしながらこのリフィルとは婚約を解消しまして」


 エクサスさんが頭を掻きながら恥ずかしそうに言う。

 婚約解消なんて普通に考えれば醜態であり、あまり人に話したくないような出来事だ。

 だが、私達に特にそういう感覚は無い。

 あの出来事がプラスに働いている事もあると実感しているからだ。


「解消?婚約を……それなのにパーティーに同伴されているなんて……その……」


 私達の関係を何と言葉にして良いのかわからず困惑するアリシアさん。

 それはそうだろう。

 私も今の関係を明確に言語化しようとすると困ってしまう。


「はい。今では友人として付き合わさせて貰っております。今回も出不精な私を心配して誘ってくれたのですよ」


 実際は虫除けだろうけどこう言っておく。

 家柄的にも悪い虫が寄ってくる可能性は高い上に、彼はどうにも無防備だ。

 しっかりとした相手が定まるまではこれからも虫除けが必要な場面があるかもしれない。

 目の前の女性は恋人が居るようなので問題はないだろうが、ただ立っているだけで誘われる女性も居るのがエクサスさんだ。

 魅力があるのも困った事なのである。 

 そんな事を思っていた矢先、エクサスさんがアリシアさんに尋ねる。


「それはそうとアリシアさん。何か悩み事があるのですか?」

「……何故でしょうか?」

「いえ、真ん中で開かれている催し物にも反応せず、その……なんというか沈んだ顔をしておられましたので……」

「……ダメですね。顔に出てしまってましたか……本当に……ダメですね」


 エクサスさんは意外と気が利くのだ。

 特に困ってる人などを見れば、それを心配してしまう。

 そこまで親しくしていない人間であってもだ。

 それは美点ではあるが、女性が寄ってくる原因でもあるのだろうと思わざるをえない。


「もしよろしければ話してみませんか?いや、私に言ってもどうにもならないとは思うのですが、このリフィルは相談に乗るのが上手なのです」

「エクサスさん。無責任な話は困りますよ」

「まぁそう言うなリフィル。話を誰かにするだけでも変わるものがあると言うだろう」

「それはそうですが、だからと言って今知り合ったばかりの妙齢の女性の相談事など私の手には余りますよ」


 唐突にアリシアさんの悩みを聞こうとするエクサスさんを制止する。

 学園の中の小さなゴタゴタならば私のアドバイスでどうにかなる事もあったが、流石に外に飛び出してまで相談役をやるのは荷が重い。

 そう思っているというのに当のアリシアさんの眼に光が灯るのがわかってしまった。


「もし……もしよろしければお話を聞いてもらえませんか?私も……誰かに聞いて欲しかったんです」


 彼女の言葉からは苦悩が滲み出ていた。

 それを感じ取ってしまったからには私は逃げ出す事はできないのであった。

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