お出掛け-3
歩き出そうとしたリフィル先輩を思わず止めてしまう。
何故その様な事をしたかというと私が持っていた懸念が的中してしまう予感がしたからだ。
リフィル・ラインズ先輩。
先輩であり恩人でもあるので友人というのも少し恐れ多いのだが、リフィル先輩が友と呼んでくれるのであればとても嬉しい限りである。
第一印象としては少し怖い人なのかと思ったものだ。
というのもリフィル先輩は周囲の人間から魔女呼ばわりをされていたからだ。
はっきり言って女性に対して魔女というのは蔑称だろう。
だけど、それが決して悪意によって呼ばれている訳でない事は接してみてすぐに理解する事ができた。
どちらかと言えば敬称。
悩み事を華麗に解決して行った事でついた渾名。
図書室の魔女などと呼ばれているのは本人としては思う所もあるようだが、決して悪口では無いのだ。
そんな先輩は一見すれば普通の女生徒だった。
少し高めの身長、細身の体、美しい黒髪、理知的な眼光。
物静かな立ち振舞は確かに同年代の子よりも大人びていると言える。
そして、少し普通ではない所もある。
一体何が普通ではないのか?
それは物事の考え方だ。
効率重視で現実的で何よりも理屈屋なのだ。
それは決して悪い事ではないかもしれないが普通の女子とは到底言えなかった。
だから、急激に私は心配になった。
こんな考えが頭をよぎったのだ。
『本当に目的の物だけ買って解散しようとするんじゃないか』
そんなまさかとは思うだろう。
憎からず思っているはずの男性と一緒に街に繰り出すとなれば普通であれば少しでもその時間を長く楽しもうと考える。
その男性が意中の人では無くとも、そこに後輩も一緒であれば何かしら寄り道をしようとするだろう。
最短距離を走って終わりなんていうのは買い物ではなく買い出しだ。
私が頭の片隅で「まさかね……」と考えていた事が起ころうとしていたのを理解してしまった。
「レイラーニさん?どうしました?」
リフィル先輩が首を傾げて私に問いかける。
はっきり言って可愛い。
本当に不思議に思ってしまった事を単純に尋ねているだけのリフィル先輩の顔はいつもよりも少女性が強く出ていた。
「そ……その……最初に雑貨屋へ?」
「ペンを買うなら雑貨屋では?」
何故当然の事を聞くのだろう?と不思議そうなリフィル先輩。
そして、それを見て私は疑念を強めていく。
この先輩は目的の物を買ったら家に戻って本を読もうとしているのではないかという恐ろしい発想。
何の疑問もなく「物を買うために外出したのだから、買ったら終わり」と考えているように思えてならない。
「あ~……えっと……少しお腹空いてませんか?あちらに私も良く行く喫茶店があるのです。もしよろしければ少し早めの昼食としませんか?」
「昼食ですか?流石に少し早すぎる気もしますが……」
私の言葉にリフィル先輩は怪訝な顔をしている。
それはそうだ。
まだ私達は合流したばかりであり、家を出る少し前に朝食も食べている。
当然だがお腹など空いていない。
だが、ここで時間を稼がなければ今日の買い物が終了してしまうという思いは今では確信に変わっていた。
間違いない。
この人はペンを買ったが最後、足早に去っていく。
そうなっては私のもう一人の恩人であるエクサス先輩があまりにも可哀想な事となってしまう。
ここでその惨劇を食い止めれるのは私だけだ。
「ね、ねぇ?イルドもお腹空いてない?」
「ん~?いや、流石にまだ腹はへってぇ!……ます。はい、減ってます!」
先輩から見えないようにイルドの足を踏む。
私の気配から同意しなければ不味い事を悟ったイルドにより昼食行きに一票が入る。
なんとしてもここで流れを変えなければならなかったわけだが、これで何とかなる目処が立つ。
リフィル先輩は数字が好きだ。
あやふやな物ではなく、明確になっている物を好むのは今までの付き合いでわかっている。
そんな先輩は多数決で過半数を取った私の意見を無下にはできないはずだ。
「それにですね、リフィル先輩とは親しくさせてもらってますけどエクサス先輩とはあまり話したことないじゃないですか。こういう機会って貴重かなと思いまして」
「最近はイルドから惚気話を聞かされているから知った気になっていたが、たしかにレイラーニ嬢とはほぼ初対面か」
更にエクサス先輩を抱き込む。
恐らくだが、彼は何か深い考えがあって同意してくれているのではない。
この貴公子はイルドと同系統。
パワーアップ版の脳筋という事が噂話やイルドから聞くエピソードでわかっているからだ。
だからこそ、私の少し不自然な話の展開にも素直だ。
これで三対一。
普通に考えれば朝食を取ったばかりの時間に更に昼食を取るという暴挙。
我が強い人間なら断固として拒否をしてもおかしくない不自然な提案。
しかし、積極的に否定する理由もなく周囲が賛成しているのであればリフィル先輩は付き合ってくれるはずだ。
「ふむ……では、そうするか。この二人には無理を言って付き合って貰ってるわけだしな。リフィルも良いか?」
「そうですね。少し早いですけど昼食にしましょうか。確かに貴重な機会かもしれませんしね」
リフィル先輩は何かしらを感じ取っているだろう。
だが、そこは呑み込み私の提案を飲んでくれた。
喫茶店についたらどうにかして二人で話をしなければならない。
買い物が目的ではあるが、遊びに出かけているという意味合いもある。
そういう認識を持ってもらわなければエクサス先輩が不憫でならないのだから。
◇
男性陣二人に対して「先に席を取っておいて欲しいと」伝え、その間にリフィル先輩を半ば無理やりに化粧室にと連れ込んだ私は懸念していた事を聞いてみた。
つまり、サクッと解散しようとしてませんか?という事だ。
それを聞かれた先輩は本当に不思議そうな顔をしていた。
「……買い物をしたら解散ではダメなのですか?」
額を伝わった冷や汗を拭う。
やはり私の直感は正しかった。
この先輩は合流から三十分くらいで目的を済ませ、全てを終わらそうとしていた。
「リフィル先輩……それはダメですよ」
「そうですか……早めに用事を済ませればあなた達も二人きりでのデートをできますし、良いかと思ったのですが」
「いや、確かにイルドとデートは嬉しいですけどそれは何時でもできます。それに、もしも私達がデートを始めたらエクサス先輩はどうなるのですか?」
確かにリフィル先輩が帰っても私とイルドはデートを継続する事ができる。
少し疎遠になっていた時期を埋めるように最近の私達はお互いに時間を合わせて一緒に過ごすようにしているので、今日も本来ならば二人でデートする予定でもあった。
だから、私達は問題が無い。
だが、エクサス先輩はどうなる。
恐らくは彼はリフィル先輩の事が気になっているのだろう。
そうでなければ今まで浮いた噂の全く無かった貴公子が女性を買い物に誘うだろうか?
いや、無い。
例えそれが元婚約者という複雑な立ち位置の人であってもだ。
「彼の目的は私にお礼の品を選ばせる事でしょう?それは達成できますよ?」
危なかった。
本当に危なかった。
このままリフィル先輩に主導をさせていてはいけないと私は悟る。
「ダメです!」
私は拳を握り力説する。
「良いですか。今日は買い物に来たのではありません。仲の良い友人と遊びに出掛けたのです。そう思ってください」
思ってくださいというか、普通はそう思うのだ。
「……そうなのですか」
「そうです。遊びに出掛けたのですから用事を済ませて解散ではいけないですよね」
「そうですね……」
リフィル先輩は私の言葉を反芻し納得してくれたようだった。
魔女と呼ばれるまでに論理的な思考をする先輩だが、何も融通が利かないという事ではない。
自分の知らない事柄があり、自分では理解できない現実があり、自分では解けない問いがある事を知っている。
だから、自分が不得手としている事柄については柔軟に受け入れてくれる。
今日の出来事も先輩にとっては苦手分野だったのだろう。
私の言う事を素直に受け入れてくれた。
「そうすると、食事をした後に買い物をして終わりというわけには行かない……という事でしょうか?」
「そうですね。それは良くないです。遊びに出かけているのですから。なので、食事をしながら次の予定をさり気なく決めましょう」
「さりげなく……それはむずかしいような……」
これははっきり言ってレアな表情だろう。
困惑している魔女を見た事ある人など一体学園に何人程度いるというのか。
不安からか微妙に片言になっている辺りが私の琴線に触れる。
(やばい……可愛すぎるわ)
可愛くないとか陰口を叩く輩も居るらしいが、そいつらはこの姿を見ても同じ事が言えるのかと。
「コホンっ……そうですね。ですからここは私がプランを立てますのでリフィル先輩は同意をしてくれれば良いかと」
「お世話になります……」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になっていますから」
律儀に頭を下げて礼を言うリフィル先輩に対して私も頭を下げる。
男二人が居ない間に行われた作戦会議はこうして終わりを迎えた。
結果としては今日の予定の早期終了を食い止めたという大戦果であった。




