お出掛け-2
今日は予定していた休日。
本来であれば私はイルドとデートをしていたであろう日。
だが、今日は違う。
今日の私には使命がある。
恩人に休日を楽しく過ごしてもらうという使命が。
そんな私とイルドはすでに待ち合わせ場所の近くに居るが、まだ出ていくような事はしない。
曲がり角に身を隠せば、そこからすぐに様子を確認できるベストポジション。
ここで二人の様子を少しの間見守るのだ。
話を聞く限りではこれは二人にとって初めてのお出掛けだ。
ファーストコンタクトは二人きりのほうが良いだろう。
先輩方二人が合流して少し談笑した後に私達が遅れて登場するという流れ。
やはり最初から脇役が居るのはあまり良くないだろうからね。
決してこれはやましい気持ちがあっての行いではないと言う事だけは何度でも心の中で宣言しておこう。
まだ早い時間の街中は騒音も少なく、ギリギリで会話も聞き取れる。
さて、二人がどんな会話をするのか。
わざわざ後輩を駆り出すくらいなのだから、そこまで軽快な会話は期待ができない。
だが、二人の関係は決して悪くはないはずだ。
もしかしたら、私達が居るのが邪魔に思えるくらいの親密な会話をする可能性も……それは無いか。
とにかく、二人のテンションによって今日の予定をどうするかも決まっていく……かもしれない。
待ち合わせの場所にはエクサス先輩が先に来た。
そこに立っているだけでも溢れ出る気品で周囲を気後れさせてしまう……ということはなく、言ってしまえば無難な服装でそこに居た。
流石の学園の貴公子も街で何の気は無しに立っていれば普通のイケメンだ。
イケメンである事は変わりないが。
少しだけキョロキョロと周りを見回した後は大人しく待つ事にしたのか腕を組んでそこに佇む。
それだけでも絵になるのだから卑怯だろう。
私にとってはイルドくらい可愛げがあるほうが好みですけど。
「おっ……来たぞ。リフィル先輩だ」
物陰から伺う事数分。
イルドが指したほうへと視線をやれば遠目に女性が近づいてくるのが見えた。
今日のもう一人の主役であるリフィル先輩だ。
そうして彼と彼女は挨拶を交わす。
「お待たせしてしまいました。少し遅れてしまいましたか?」
「そんなことはないぞ!俺も今来たところだ」
私達はすぐに出ていく事はせず、少し聞き耳を立てて見守る事にする。
決して野次馬根性では無い。
ほら、すぐに出ていくと不自然でしょうから仕方がないのです。
「……随分と自然な服装ですね。もっと派手なゴテゴテので来るかもしれないと心配していましたが杞憂だったようです」
「それは褒め言葉か?」
リフィル先輩が舐めるようにエクサス先輩の全身を見た後に感想を述べる。
彼の服装は街中にいる普通の青年。
貴族らしい服装などをしてくれば街中では悪目立ちしてしまうので少しだけ心配していけど、そういう事は無く街に溶け込む姿。
正直、私も凄いキラキラで来たらどうしようとか思った。
大貴族とは言え街に繰り出す事は当然あるので余計な心配だったのだろう。
「そちらも今までは制服かドレス姿しか見た事がなかったが、そういった服も似合っているではないか」
「お褒めの言葉ありがとうございます。まぁ服についてはメイドが選んでくれた物を着ているだけですけど」
先輩方に限った話ではないがあまり親交が無い貴族の生徒同士が顔を合わせる場所というのは基本的には学園、もしくはパーティー会場の事が多い。
そのため所謂、普段着というのはほとんど見た事がないというのも頷ける。
そしてそれは、今まではそこまで親しくなかったという証左でもある。
(あぁん!もっと具体的に褒めたほうが良いのに!ほら!可愛いじゃないですか!私ならいくらでも褒めれますよ!)
リフィル先輩の服装は普通の町娘のものではある。
茶色を基調としたロングワンピース。
上品さを残しつつ、動きやすさも兼ね備えている。
魔女と呼ばれるように暗色を好むリフィル先輩にしては明るめの服装だ。
「メイドが選んだのか、なるほどな。俺はてっきり以前にティピカ嬢から新作を贈られたと言っていたからそれを着てくるかと思っていたぞ」
「ご冗談を……あの娘がデザインしている服はもっとこう……可愛らしい人に向けられた物ですよ」
ティピカというのは学園の後輩でもある有名デザイナーだ。
何度かリフィル先輩を交えて話をさせてもらった事があるがとても可愛らしい少女だった。
そして、彼女がデザインした物は若い子には絶大な人気なのだ。
(ティピカさんデザインの服を来たリフィル先輩とか……それはそれで……良い!)
フリフリの可愛らしい格好も絶対に似合う。
そして、そんな服を着せられたら恥ずかしがるであろうリフィル先輩も素晴らしい。
いや、もしかしたら恥ずかしがらずに無表情で着ている可能性も……
何にせよそんな格好をしててもきっとギャップで可愛く見えたと思うけど。
私がそんな妄想を脳内に展開している間も二人は和やかに談笑をしていた。
こう見ると私達が間に入る必要は無いようにも思えるのだが、そう事は単純では無いのだろう。
「今更なんですが、お礼の品を買いに行くだけだというのにイルドさん達にも付き合わせてしまって良かったのでしょうか?」
「面倒な話だが俺とお前の二人で街を歩けば要らぬ詮索をする輩が出てもおかしくないだろう。そちらに少なくない迷惑をかけていると聞いているぞ」
「あなたは人気者ですからね。迷惑というほどの物ではありませんし、あなたに責任はありませんよ」
単純に二人きりだと間が持たないから私達を同行させたのだと思っていたが、どうやらエクサス先輩としては世間からの目を考えたという事もあったようだ。
たしかに学園の貴公子であるエクサス先輩には熱烈な支持者が居る。
支持者というか狙っている捕食者というか、そういうのが居るのだ。
迂闊な行動を取れば餌を与えるような物で、また煩く騒ぎ始める事は簡単に予想ができた。
(エクサス先輩は人気あるからなぁ、私の周りにも憧れてる子いるし……)
外見、家柄、人格、実力。
それらを兼ね備えていた彼は今までは手が出せない婚約という檻の中に居た。
しかし、その檻が突如として開放されてしまったのだ。
直後は浮足立つ人は多く、寄ってくる女生徒を散らす役目を担う事になったイルドが愚痴っていたのをよく覚えている。
なんでも、エクサス先輩との間を遮るように動くと「一族郎党を呪い殺し、当然だが今お前もこの場で殺す」という勢いで睨まれ罵詈雑言を浴びせられたと言う。
そんな事をする人間じゃこの先輩の心は射止められないだろうに恐ろしい事である。
そして、その矛先がリフィル先輩に向かう事もあるのだ。
二人が婚約を結んでいた当時はそういう輩がリフィル先輩に対して、やっかみからか陰口を叩かれたりしていたそうだ。
というか、陰口を言うくらいしかできる事がなかったのだろう。
よく知りもしない人からの陰口などこの先輩は意に介さないだろうので、本当に微々たる影響なのだろうけど今もそれは少し残っているのかもしれない。
「そういうお前も最近は噂になったりしているではないか」
「それは全部あなたのせいですよ。自覚して下さい。誰ですか最初に魔女とか言い始めた人は……まさかあなたでは無いでしょうね?」
「はははっ俺ではないぞ!それに良いではないか。皆も悪意で言ってるわけではないのだから」
「それでもうら若い婦女子が魔女と呼ばれるのはどうかと思います」
リフィル先輩は何時からか魔女という渾名がついていた。
まことしやかに囁かれる学園の噂。
この学園の図書室には魔女がいる。
魔女は悩める子羊の話を聞いてくれるが全てを解決する魔法を使うわけではない。
魔女がしてくれるのは見えていなかった、見たくなかった事実を見せる事。
その結果、救われるのか絶望するかはその人次第。
何十年後にはおとぎ話になっていそうな都市伝説。
その魔女本人にされる気持ちは私には想像ができないなと笑いそうになる。
「さて……イルドさん達はまだでしょうか?」
「おぉ……そうだな。もうそろそろ来るとは思うのだが」
話題が遅れている私達の動向に移った。
そろそろ限界だろう。
はっきり言って十分楽しんだし。
私はイルドを伴い曲がり角から急いできた風を装いながら彼等に合流した。
「うっす!遅れました!」
イルドが挨拶し、私もそれに続く。
「あぁ!遅れて申し訳ありません!」
少し大げさに、あまり不自然にはならないように。
決して今までタイミング測ってましたとバレないように。
そうして合流した私達に先輩二人が挨拶を返してくれる。
「ごきげんようレイラーニさん。今日はこちらの都合で振り回してしまう事になり申し訳ありません」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
「二人共、今日は俺の我儘に付き合ってもらってすまん!」
「何言ってるんですか先輩!先輩が困ってるなら助けになるなんて当然ですよ!」
エクサス先輩だけでなくリフィル先輩からも私達が同行するという申し出は歓迎されていた。
やはり特別な関係ではない男女で買い物をするというのにはリフィル先輩も抵抗があったのだろう。
その内容が例え普段のお礼の品を選びに行くだけの事だとしてもだ。
それにプラスして先程エクサス先輩が気にしていた要素もあるのだろう。
エクサス先輩は学園でも有名人であり人気者。
あらぬ疑いをかけられてトラブルになるのは避けたかったのだろう。
「イルド。街中では少し静かにね。騒がしくて本当にすみません」
「だって、先輩方と出かけるなんて楽しみじゃないか!」
「それは私もそうだけど……リフィル先輩にはお世話になりっぱなしだったわけだし」
これからの事を考えてテンションが上がり、自然と声が大きくなるイルド。
その気持はわかる。
私もこの二人の先輩と一緒に遊びに出かけるというのは楽しみだったのだから。
学園の中で親しくさせてもらうのと学園を出て親しくさせてもらうのではやはり違いがある。
ちょっとした優越感というか、有名人と一緒に遊ぶ気分というか。
そういうミーハーな心が躍ってしまうのだ。
だが、まだ人が少ない時間帯に大声を出せば注目を浴びてしまう。
それは本意ではないと嗜めたわけだが、イルドが落ち着く事はなかった。
そんな彼へとリフィル先輩が声をかける。
「イルドさん。街中では静かにして下さいね」
「すんません!静かにします!はい!静かにします!」
途端に背筋を伸ばすイルド。
イルドは何というかリフィル先輩に対して尊敬というより畏怖を感じている。
そのため、注意をされると凄い反応の仕方をするのだ。
まぁ何度かリフィル先輩の相談する姿を見た私としては納得する部分もある。
特に話を聞く限りではイルドの時は相当こっ酷くこき下ろされたらしく、その時の恐怖が残っているのだ。
とは言え、その姿はいただけない。
「こらっイルド!なんであなたはリフィル先輩に対してそうなるの!」
「ごめんて……でも、レイラーニもわかるだろ。魔女モードを思い出しちゃうんだよ……マジで怖いから……」
「なんですか魔女モードとは……そんなものはありませんよ。あるとすればそれは私の素です」
しばしの間、雑談に興じる。
少し拗ねているリフィル先輩も可愛らしい。
学園では見れない姿だ。
こういう姿をもっと見せれば、もっと人気が出るだろうに勿体ない。
そんな風に私は頭の片隅で思っていた。
「それでは行きましょう。少し行った所に目的の雑貨屋がありますので。エクサスさんには金属ペンをプレゼントしてもらおうと思います」
「おぉう。ペンか。確かにお前はよく使ってるしな」
「隣国の教授が発表した経済論を纏めた書物と迷ったのですが、そちらは先日に父が取り寄せてくれたので。それにやはり実用品が一番良いでしょう」
「確かに論文などよりはペンの方が贈り甲斐があるぞ」
「ふふっ……中々に面白いのですけどね。まだ読んでいる途中ですけど色々と勉強になりますよ」
リフィル先輩が先導して歩き出そうとする。
今日という一日は中々に良いスタートを切れたように思えた。
目的の雑貨屋へと行き、お礼の品を選んでエクサス先輩がそれをリフィル先輩へ送る。
だが、そこで私は嫌な予感がした。
「お待ち下さい」
皆を制止させてしまうほどの嫌な予感。
それは間違いではなかった事が直後に判明するのであった。




