運命はその手の中に-6
「なんというか……凄い勢いでしたね。走らないように注意をする暇もありませんでした」
図書室を全速力で出ていったアズさんの背中を見送ると改めて今のやり取りを思い出す。
コイントスで決めようとした時は頭を抱えそうになったが、そうではなかった。
彼女は自分の中の想いを確認できたのだろう。
その表情は彼が言うように輝いていて、同性の私からしてもとても魅力的な顔だった。
「ふははっ!中々に良い方法だろう」
「そうですね。このような促し方があるとは思いませんでした」
冷静に考えれば誰にでもわかる理屈ではなく、誰が考えてもわからない感情を自覚させる。
こんな決め方があるとは私には想像もできなかったし、私には絶対にできない方法だ。
「決断に迷ったならばコインを投げろ。運命を神に委ねるのではない。コインが宙を舞うその刹那にこそ自身の望みと向き合えるからだ」
表が出るかわからない。
裏が出るかわからない。
だからこそ、どちらが出て欲しいかを願ってしまう。
完全な運任せだからこそ、天秤の傾いて欲しい側に気持ちが乗る。
どちらの秤に心を乗せるか、それこそが本心であり望み。
「自分が本当に望んで選んだのであればどんな結果でも受け入れられるものだ」
彼がずっと押さえていた手を開いて甲に乗っていたコインを見せる。
コインは裏側だった。
だけど、そんな事は何ひとつも意味を持っていない。
「神に委ねた決断なんてものに価値はない。そんな物で納得する人間は居ない。どんな決断であれ自分で選んだからこそ価値があり、結果に納得できるのだ」
コインを弄びながら彼が言う。
どんな場合でも自分の直感を信じて決断してきた彼らしい言葉だ。
成功しても失敗しても後悔だけはしない。
それが自分が選んだ道なのであればというところだろうか。
「含蓄のある言葉ですね。こう言ってはなんですがあなたらしく無いです」
「それは当然だ!俺の言葉では無いからな!」
「そうなのですか?」
「うむ。昔な、子供の頃に悩んだ時に国王様から頂いた言葉なのだ」
この豪放磊落を絵に書いた彼でも子供のころには迷う事もあったという。
それは当然の事ではあるが少しだけ意外であった。
なんというか、幼少の頃から勢いのまま突き進んでいたようなイメージがあるからだ。
「あなたでも迷う事があるのですね」
「お前は俺を何だと思っているんだ……迷う事など当然あるに決まっている」
「ちなみに、その時はどのような事で迷ったのですか?」
私の問に彼は懐かしそうに目を細める。
その目はどこか遠くを見ているようでありながら、目の前の私を見ているようでもある。
そして、微かに笑いながら彼は答えた。
「ある女の子を遊びに誘うかどうか迷ったのだ。その娘はいつも家の中で本ばかり読んでいてな、笑ったりした顔を全く見た事が無かった。だから、俺は外で一緒に遊んで、彼女を笑わせてやりたいと思ったのだ」
「それって……」
「とても迷った。全然話をした事も無かったしな。迷惑かもしれないなとも思った。頭を抱えて悩んでいたらフラっと国王様が現われてコインを投げるように言われたのだ。そして投げた結果わかったのは俺は“その女の子と仲良くなりたい”と思っているという事だった。だから外に連れ出して……メチャクチャ怒られた!」
胸を張りながら怒られたと言い切る彼の姿に笑いがこみ上げてしまう。
それは幼少時の想い出。
私と彼のファーストコンタクト。
大人しかった私を無理矢理に外の遊びに連れ出し、お気に入りのドレスを泥だらけにした悪ガキとの記憶。
今となっては笑いながら話せる子供のころの大事件だ。
「ふふっ、それでは後悔したのではないですか?コインのせいで怒られたと」
「それはないぞ。仲良くなれなくて残念だったとは思った。俺とは色々と違うんだなと知った。だが、“仲良くなりたい”という気持ちは本当だったのだ。だから、その決断に後悔はなかった。まぁあまりにも怒られすぎてもう近づかないでおこうとは思ったがな!」
後悔など無いと自信に漲る彼の姿がとても眩しく映る。
無愛想な女の子を笑わせたい、仲良くなりたい。
他愛の無い願いを私は無下にしてしまったのかと少しだけ罪悪感を持ってしまう。
その時、私はと言えばそんな気持ちに気づかずにそれはそれは彼を非難した記憶があったからだ。
自分の事ながら全く可愛くない子供であった。
今もそんなに可愛くない性格だとは自覚しているが。
そんな最悪と言って良い出会いの私達が紆余曲折を経てこうしているのだから何がどうなるかわからないものだ。
「答えがあればお前は正解を導くだろう。だが、答えが無いのであれば流石に無理だ。そして、彼女の悩みに答えは無かった。決断できるかどうか。そしてその決断に納得できるかどうか。それが問題なのだから」
「私が正解を導けるかはさておき、概ねおっしゃる通りです。私では彼女に決断を促せませんでした。やはり、人の心はどうしようもなく難しいものですね」
私は物事を理屈で考える。
感情という要素は基本的に思考する上ではノイズでしか無いのだから、それを排除するように務める。
今回の悩みも普通に考えれば告白を受け入れるのが良い選択だと考えるだろう。
そんな事はきっと彼女もわかっていた。
わかっていても心の中にノイズが走る。
損得も合理性も何もかもを捻じ伏せるノイズ。
一度それに絡め取られてしまえば動けない。
理不尽だと思っても不条理だと思っても身動きなんて取れはしない。
「私ではあの娘を笑顔にはできませんでした。助けられてしまいましたね」
恋愛に理屈は通用しない。
そうなれば私の考え方では辿り着けない場所が確かにあるのだ。
私は決断するための情報を揃える事はできたとしても、それによって“納得できる決断を促す事”は私にはできなかった。
「どうだ?たまには俺も役に立つだろう?」
いつもは相談を解決する立場であった私であるが、今回は完全にお株を奪われてしまった。
得意げに、そして自信満々に言う彼の姿がいつもよりも眩しく映る。
そんな風に想ってしまった戸惑いを隠すように彼に思いついた事を聞いてみた。
「ところで私と婚約解消をする時にはコインは投げたのですか?」
私達二人のターニングポイントとなった婚約解消。
その時も悩んだのかと尋ねてみた。
そして、彼は答えるのだ。
「投げなかったな。あの時は全く迷わなかったぞ。そして、それは正解だった。そうだろう?」
「その心は?」
「幼き日の願い事が叶ったからな」
珍しく戯けながら彼が言う。
その言葉に私も微笑みながら深く同意してしまう。
あの時から私と彼の関係は変わった。
数多の運命の中でも最大限に良好な関係になる選択。
貴公子の選択は不思議と間違える事は無いという学園で流れている噂がある。
今の関係は噂の正しさを身を以て証明してしまっていた。
長い遠回りだったのだろうが、それでも私達は笑い合えているのだから。
「迷ったらコインを投げろ」は海外ドラマの名言らしいですね
凄い格好良い言葉だと思いました
評価、ブックマーク、いいねをしてくれた方、そして読んでくれた方ありがとうございます。
まとまった量を書けたら投稿する感じなので不定期更新になると思います。
もしも、楽しかったなと思ってもらえたのであれば気長に待っていただけると嬉しいです。




