運命はその手の中に-4
「リフィルいるか?まぁ特に何も無いんだが暇だから来てしまったぞ」
私が図書室の机に突っ伏し次々に想像する悪夢の中で唸っていた時、凛とした声がかけられた。
私達の目の前に大きな歩幅で歩みを進めて来たのは女生徒から誰が人気があるとか、そういう話題に疎い私でも知っている有名人。
この学園一の貴公子と言って良いエクサス・カリニオン先輩だった。
自身に満ち溢れ、全男子からの羨望と全女子から好意を一身に集めていると噂される偉丈夫。
その彼が親しげにリフィル先輩へと声をかけていた。
「エクサスさん。申し訳ありませんが今は少しプライベートな内容の相談に乗っていまして」
「おぉ!それはすまなかった。特に用事があったわけでもないからな、残念だが日を改めよう」
エクサス先輩は踵を返して図書室を出ていこうとする。
その姿から本当に図書室に用事などなく、単純にリフィル先輩に会いに来ただけという事が見て取れた。
図書室の魔女は貴公子の悩みを幾つも解決しているという噂は私も知っている。
その中で親密な関係になったのだろうか。
貴公子と魔女のカップル……どちらも大人びていて素敵だ。
それに引き換え私は何も決断する事ができずに唸るだけの小娘。
何がどうなったらこうまで差が出てしまうのか。
一層落ち込みそうになった時に横に居たグレースが図書室を出ていこうとする貴公子へと待ったをかける。
「あぁちょっとまった先輩!ここはエクサス先輩にも話を聞いてもらいたいです!男性の意見も伺いたいです!アズもいいよね!?」
「えっっと……うん……そういえば男性の意見って聞いてなかった……ですから。はい、もしよければ」
その言葉に目を輝かせ凄い勢いでエクサス先輩が私達の元へと戻ってくる。
図書室の入り口から私達の元へと一直線。
学園の貴公子に失礼かもしれないが、どことなく大型犬を連想させるようなその仕草。
彼を思う女生徒が見れば黄色い悲鳴が上がってもおかしくない。
だが、その貴公子に冷たい一瞥をくれたかと思うとリフィル先輩が彼を静かに叱る。
「図書室では走らないように」
「おぉ……すまなかった……」
一瞬で反省した彼だがリフィル先輩へ目配せをしてアイコンタクトで許しを得たのか、すぐに復活をして私へと向き直る。
「俺の意見などあまり参考にはならんかもしれんが、必要とあれば相談に乗ろう。まぁ魔女が相談に乗った上で言える事など俺には無いようにも思うがな」
「いえ、確かに男性の意見というのは必要かもしれません。それに私が言える事は全て言い終えてしまいましたので」
「ふぅむ、お前の言葉で解決していないというのか……であれば、尚更俺には荷が重いかもしれんが」
ドカっと私達の正面の椅子へと腰を降ろしたエクサス先輩。
彼に対して私は先程までリフィル先輩にしていた相談の内容を再度説明をした。
目の前に置かれたメモに書かれたメリットとデメリットの文字。
それらについて私が思う事。
決断ができない理由。
それらをエクサス先輩へとぶつけていった。
腕を組み、ウンウンと唸りながら私の言葉を受け止める貴公子。
そうして全てを聞き終えたエクサス先輩が口を開く。
「つまりだ。付き合ったほうが良いのか断ったほうが良いのか決めきれないと」
「はい。そうなんです。付き合ったほうが良いのはわかってるんです。でも、それで失敗する事を考えると今の関係を維持したほうが良い気もしますし、でも、それでも後悔するときが来そうな気もしますし……決断できない情けない私を笑ってください……」
「誰も笑いなんてしませんよ。リスクを忌避するのは当然です。こういう問題で完全な正解はありませんから」
リフィル先輩が私を庇ってくれる。
どちらを選んでもリスクはある。
付き合えば万が一にでも破局した時に後戻りが不可能になってしまう。
断れば関係が進展しない代わりに決定的な破局が訪れる事も無い。
だけど、その事を後悔する日が来る可能性も当然ある。
そんな事はわかっている。
頭があまり良くない自分だってわかっているんだ。
でも決断できない。
受け入れたならば、訪れるであろう幸せな光に目が暗み、二度と戻れぬ穴底へと落ちる気がしてならない。
断ったならば、しがみついた温かな関係性がいつしか腐り果て異臭を放つ未来が待つような気がしてならない。
どれが正解かわからない。
どれが間違いかわからない。
私はどうしたいのかもうわからないのだ。
「それならば良い方法がある!」
解法が全くわからない難問に思えていたこの悩みに対してエクサス先輩は胸を張って自信ありげに言った。
この先輩は常人では判断不可能な場面でも最適な手段を取る事があると聞いた事があった。
本人曰く、直感に従っているだけなのだそうだが、それが後から見直すと最適解なのだという。
私の悩みに対してもその直感が働いてくれたのかもしれないと私には自然に喜色が浮かんだ。
「ほんとですか!?」
私の声のトーンが上がる。
図書室の魔女と名高いリフィル先輩ですら解決できなかった私の悩み。
そもそも答えがあるのか怪しいこの悩みを解決する良い方法があるのだという。
「任せておけ」
そうして、周囲の誰もが訝しげにエクサス先輩を見る中で先輩は一枚のコインを取り出した。
「そうだな。表なら付き合う。裏なら断る。そうしようか」
皆が呆気に取られる。
私も一瞬何を言っているのか理解できなかった。
表が出れば付き合う?
裏が出れば断る?
それはつまり運任せという事?
「待って下さい……それはつまり……」
「ん?コイントスだ。どちらか決めれない時はやはりこれだろう」
エクサス先輩が自分の親指の爪の上にコインを載せる。
銀色に輝く硬貨。
その1枚に全てを委ねろとこの先輩は言うのか?
「王の顔が表で、違うほうが裏だ。さっきも言ったが表ならば付き合う、裏なら断る」
「ちょっとまって!待ってください!そんな事で!」
「待たん!魔女に答えが出せないならばいくら考えてもどうしよう無いだろう!さぁ行くぞ!」
ピンっとエクサス先輩がコインを弾いた。
硬貨が高速回転しながら宙を舞う。
思ったよりも高く舞い上がった硬貨に皆の視線が集中する。
当然、私は他の人よりもそのコインに熱視線を注いでしまう。
(表が出れば私はあの子と付き合う!裏が出れば付き合えない!こんな事で決めて良いの!?)
唐突に始まった運命のコイントス。
周囲の時間の流れが遅くなったように感じた。
こんな事に従う義務は私には無い。
それでもエクサス先輩の有無を言わさぬ迫力が。
自分では何一つ決める事ができない現状が私を追い詰める。
頂点に達したコインが重力に引っ張られて下に落ちてくる。
回転の速度が落ちる事などあるわけもなく、私の運命が変わらず目まぐるしく廻っている。
既に人の手を離れたそれに介入する術は誰も持っていない。
(裏が出れば断っちゃう!表が出れば受け入れる!どっちが出るの!?)
コインが落ちてくる。
何故、急にこんな簡単なギャンブルのような方法で自分の運命を決めなければいけないのか。
この選択は私が今まで生きてきた中で一番重要な選択なのは間違いが無いというのに。
(表が出れば恋人になる!裏が出れば恋人にはなれない!)
脳裏にあの子との想い出が浮かぶ。
楽しかった事、嬉しかった事。
悲しかった事などありはしない。
笑顔も涙も全てがあの子との大切な想い出。
私はあの子の事が大好きだから当然だ。
だけど、大好きだからこそこの関係性を変えたくないとも思った。
失いたくないのだ。
幼馴染という今からでは作る事ができない関係性を。
それがこんなコインの表裏で決められてしまうのか。
パシッという乾いた音が図書室に響いた。
それはエクサス先輩が硬貨を手の甲でキャッチした音だった。
私の運命が決まった瞬間だった。




