運命はその手の中に-3
「私には2つ歳下の弟のような感じの幼馴染が居まして。なんていうかいつも一緒に居て、一緒に遊んで、一緒に勉強してって感じなんです。それでですね。特にな~んも考えずに一緒に居るのが自然だったんですけど……」
そう。
私を目下悩ませているのは私の弟分。
本当だったらこんなに私を悩ませたらオヤツ抜きの刑に処して、目の前で私特製のアップルパイをこれ見よがしに食べてやるくらいだ。
その私を悩ませる内容は言ってしまえば簡単だが、私はどうにも気恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
「つい先日ですね。こ、こ、こくはくされちゃいまして!もぉ~どうしよぉ~って今までそんな事言われた事なかったんでパニックになっちゃったんです!」
茜さす街の中で今まで見た事もないくらいに真剣なあの子の顔。
控え目に言って格好良かった。
その時の情景を思い出すと体中が熱を持ってしまう。
私の少ない理性を吹き飛ばし、頭が沸騰してしまい何も考えられなくなる。
これが物語なら二人は新しい関係へと発展し恋仲になってハッピーエンドで終わりだ。
おめでとう。
終幕。
完結。
次回の作品にご期待下さい。
そんな幸せな物語。
だけど、その熱は長くは続かない。
すぐに私の頭は熱を失ってしまうのだ。
「最初はその……嬉しい!って思ったんです。でも、少し考えたら嬉しいだけじゃないなって……」
「どうしてですか?」
私とあの子の関係は幼馴染だ。
はっきり言って仲は良い。
本当の姉弟にだって負けてないくらい一緒に過ごしてきた。
好きなものも嫌いなものもお互いに理解している。
そして仲がいいだけじゃない。
喧嘩だってした。
あの子は頭が良くて私には難しい事を考えている時がある。
だから、お互いに話が噛み合わなくて喧嘩になった事だって何度もある。
その度に私たちは二人で謝って、許し合って、また仲の良い姉弟に戻った。
どれだけぶつかり合ったって私たちは仲直りができる自信がある。
だけど、それは幼馴染としてじゃないの?
そう考えてしまうのだ。
「もしも、喧嘩とかして別れちゃったりしたら……もう今みたいな関係に戻るのって無理なんじゃないかなって……男女の関係って難しいって……」
「なるほど……」
リフィル先輩は私の言葉を聞いて深く頷く。
静かに私の意見を聞いてくれる姿に安心を覚えて考えていることが自然と口から漏れ出ていく。
「私って……なんていうか自分でもわかってるんですけど、ちょっと子供っぽいかなって所があって、周りで彼氏彼女になってるクラスメイトとか見てちょっと羨ましいなって思う事はあっても自分がそうなるのはまだ早いかなって思ってて、だからあの子に急に告白された時も返事ができなくて……」
口からとりとめなく出てくる言葉。
そこには私の自信の無さと考えの無さが見て取れる。
何も考えずに過ごしていたという現実を突きつけられてしまった。
「何となくですけど、あの子とはずっと幼馴染でずっと仲良く一緒に居るんだって思いこんでいて……そりゃ考えれば私に恋人ができるとか、あの子に恋人ができるとか想像できるはずなのに、そんな事を真面目に考えた事がなくて……その……わわわわたしたちが恋人同士になるとかも考えた事無くて」
「グレースさんから見てはどうでしたか?」
混乱の極みにある私を一旦横に置いてリフィル先輩は付き添い人となったグレースへと話を向ける。
グレースは私の事も、私の弟分の事も良く知っている。
その親友たるグレースから見て私はどうなのかとリフィル先輩が問う。
「私は付き合っちゃえば良いかなって単純に思っちゃうんですよね」
「でも!でも!もしも喧嘩しちゃったら……」
「そうですね。男女の仲は一度拗れると難しいとは良く聞きますから不安になるのもわかります」
「そうですよね!」
「私もそれ以上の事は何もアドバイスできなくてですね。そういう訳でリフィル先輩の知恵でどうにかならんかと思った次第でして」
いつもなら恋愛話なんていうのはお茶をしながら騒がしく語るテーマだというのに机を囲む私達三人が纏う空気は重苦しい。
それは私とあの子の関係性のせいだ。
一度の失敗が致命的となり、取り戻せない関係となった場合に失う物が大きすぎる。
私とあの子はすでに家族と言って良い間柄なのだ。
一時の感情で家族が一人減るなんて考えれば容易く決断なんてできる訳がなかった。
「話はわかりました。しかし……これは私から言える事は本当に少ないです」
「そうですか……」
「賽は投げられてしまっています。無かった事にできないのですからあなたが決断するしかありません」
図書室の魔女と名高いリフィル先輩を以てしもて私の悩みを解決する事はできそうにないのだという。
「私ができるのは決断するための材料を整理する事くらいでしょうか。選択に伴うメリットとデメリット、リスクを客観的に伝える事くらいしかできません。それも冷静に考えれば一人でも気づける事だとは思いますが」
「メリットデメリット……聞かせてもらってもいいですか?なんていうか、もう冷静になんてなれそうにないので……」
私の言葉に頷いたリフィル先輩は懐からメモ帳を取り出した。
メモ帳に二つの項目を作り、そちらに次々と文字を書き込んでいく。
「わかりやすく文字にしましょう。言葉よりも明確になりますからね」
魔女がしたためる魔法のスクロールで全てが解決してくれれば良かったのにそうはいかない。
悲しいけど、これが現実なのよね。
「まず受け入れた時のメリットです。これは単純に恋人になれるという事ですね。あなたもその弟君の事を嫌いではないのでしょう?」
「はいっ!それは当然大好きです!自慢の弟分ですから!」
「では、一番大きいメリットはそれですね。というか、それしかありません。憎からず思っている相手と恋仲になるというのは一般的に考えて幸せな事でしょう。好きでもない相手と婚約を結ばされたりする子女も多いですからね」
私が告白を受け入れれば、私達の関係性は幼馴染から恋人へとクラスチェンジをする事となる。
それは普通に考えれば一歩踏み込んだ深い関係になるという事だ。
私も憧れた事がある大人な男女の関係を信頼する男の子と育む。
あの子の事を男として今まで意識をしてこなかったからピンとは来ないが、それは確かに幸せな光景だ。
「しかし、あなたが考えるようにデメリットもあります」
「うっ……」
「恋仲が上手く行くのであれば何の問題もありませんが、もしも上手く行かなかった場合に今までの幼馴染の関係に戻れるかというと難しいでしょう。近しい関係であればあるほど一度拗れてしまえば取り返しがつかなくなります。それこそ、毎日一緒に何かをするという関係性は遠のくでしょう」
これは私が危惧していた通りの言葉だった。
男女関係は深く根深い。
喧嘩をしてしまったとして、明日から幼馴染に戻りましょうと言って戻れる物では無い。
そうなれば今のように軽口を叩き合い、お互いの家を気安く行き来するような関係では無くなるという事だ。
私の隣にはいつもあの子が居たというのに、そこに大きな空白ができてしまう。
そんな事、私には耐えられない。
リフィル先輩はメモ用紙のメリットの項目の下に「恋人になれる」、デメリットの下に「関係性の断絶というリスク」という言葉を書いた。
「では、次は受け入れなかった場合のメリットとデメリット。これを考えてみましょう」
「受け入れなかった時にメリットなんてあるんですか?」
「消極的な物ですがあります。それはリスクの低減ですね」
リフィル先輩がメモ用紙に書いた言葉。
それは「関係性の維持」であった。
「確かに告白という賽は投げられてしまいましたので今まで通りというのは難しい。しかし、ここで断ればあなた達は幼馴染のままとなります」
「それは……そうです」
「幼馴染という関係性に罅は入ってしまいました。しかし、まだ罅です。それは時間や日常を積み重ねる事で修復ができる可能性もあります。決定的な断絶が起きるリスクを遠ざける事ができるという事ですね」
決定的な断絶という言葉に身が竦む。
そのリスクをできる限り遠ざけるのが断るという選択をするメリット。
何もなかったという事にはならなくてもこのぬるま湯のような幸せを守れる可能性はある。
「ですが、その選択にも当然デメリットがあります」
続いて先輩が書いた文字。
それは「立場の変化」です。
「この関係性の維持は一時的な物です。弟君の気持ちは既にわかってしまっています。そして、その気持を受け入れないという選択を取ったのであれば弟君のスタンスが変わってもおかしくありません」
「変わるって……どんなふうになるのでしょう?」
「今まで彼の中であなたの優先順位は一番高かったでしょう。幼馴染であり想い人でもある女性ですから何をするにしてもあなたの事を一番に考えていたと思います。しかし、弟くんが別の女性に想いを向け恋人ができたとしたらどうでしょうか?」
ビクンッと私の動悸が跳ね上がる。
あの子に恋人ができる。
それは私も今まで何度か想像した事があった情景だった。
想像の中の私は「姉さんにちゃんと紹介しなさいよ~」と言いながら肩を小突いたりしていたものだ。
はっきり言って軽い考えだ。
そんな風に言えるようならば今私はこんなに悩んでいない。
「例えば休日を彼と過ごそうとした時。あなたと恋人の予定がぶつかってしまったとしたら?今までは恐らくあなたが優先されていたでしょう。しかし、今後はそうでは無くなります。幼馴染と恋人であるならば恋人を取るのが普通でしょう」
「うぅぅ……それはそうです……」
「関係性を維持するという事はその場に留まるという事です。それは先に進んでいく彼から置いていかれるという話でもあります。勿論、あなたが別に恋人を作ればお互いに幼馴染として適切な関係で居られるでしょう。それも幸せではあると思います。しかし、彼との関係はそこから進展はしません」
デメリット欄に書かれた文字が私の頭を殴りつける。
いつか私達の関係に限界が来る。
立場を変えなければいけない時が来る。
まさしく、それは今訪れている状況のようにも思えた。
幼馴染というぬるま湯に浸かる事を許されなくなってしまった今のこの時こそが限界だったのかもしれないと思ってしまう。
「さて、ざっと纏めてみましたが……どうですか?」
「うぅぅぅ……どうすれば……どうすれば良いんでしょうか……」
文字にして目の前に並んだメリットとデメリット。
告白を受け入れハッピーエンドとバッドエンドの二者択一の勝負をするか。
告白を断る事でそのどちらでもない灰色のノーマルエンドを選択するか。
どちらを選んでもリスクが付き纏う。
確実に安全な道など用意はされていなかった。
「リフィル先輩はどちらが良いと思いますか……?」
「一般論でしか私は語れませんが、告白を受け入れるのが良いとは思いますよ。必ずしも喧嘩別れをするとは限らないでしょう。明確に数値にはできませんが今もお互いに想い合っているのであれば成功率は悪くないと思います」
「確かに私とあの子は仲良いです……メチャクチャ良いです……」
「では、付き合えば良いのではないですか?」
リフィル先輩の言葉に私の脳内では目まぐるしく働き始める。
既にオーバーヒート寸前の私の脳が描く未来は最初は薔薇色だというのに、それがある日突然に色褪せて行く。
怖い。
例え少ない可能性であったとしても、あの子との関係が絶たれてしまう未来が怖い。
「でもですね。やっぱりあの子は弟のようなもので、そういう目で見た事って無くて、急に好きだって言われて嬉しいですけど戸惑う気持ちも大きいし……」
そう考えてしまった私の口から出てくるのは根性無しかもしれないが否定の言葉だった。
関係を変えるという事実から逃げ出したい。
それが不可能な事はもうわかってはいるけど、それでも逃げたいと思ってしまう。
「では、お断りをするという事ですね」
断るという言葉が脳内を埋め尽くす。
それは幼馴染という関係を維持する代わりに二人で未来へ進むという選択を捨てるという事。
それこそ、私にもあの子にも相応しい恋人ができれば良いだろう。
でも、そんな未来はありえるの?
「でもですね。あの子以上の男の人なんて想像できないんです。なんていうか優しいし頭も良いし、私の事を理解してくれてます。そりゃ長く一緒に居ますから当然かもしれないですけど気心も知れてます。良い所も悪い所も知ってる私からしたらこれ以上の男性は居ないんじゃないかなとか思うんです」
私をあの子以上に想ってくれる男性なんて今後現れるのだろうか?
こんなガサツで子供っぽくて脳天気な私を好きだと言ってくれる人なんて出てくるのだろうか?
私の事を知り尽くしているというのに、私の事を好きだと言ってくれたあの子以上の男性?
そんな人はこの世に居るのかな?
そしてそれは逆の視点でも言える事。
どんな女の子なら私はあの子を託す事ができる?
どんな人なら私は認める事ができるのだろう?
そんな人はこの世に居るのかな?
そう考えれば断るなんて決断をする事ができない。
「では、付き合いますか?」
先程も聞いた気がする選択が再度突きつけられる。
優しい声音で問いかけてくれているリフィル先輩。
しかし、私にとってその言葉は凶器を突き付けられているように感じてしまう。
何故なら答えは出ていないからだ。
私は一歩も前に進めていない。
「でもですね。もしも、もしもですよ。何かのトラブルのせいで仲が悪くなってしまうと関係の修復ができないなんて耐えられません。幼馴染というよりも家族って言ったほうが良いくらいの仲なんです。離れるなんて……そんな事考えたくないんです」
決める事ができない。
どちらかを選ぼうとすれば、その決断に伴うリスクが鎌首をもたげて私の決心を容易く刈り取る。
そうして最初に戻ってしまう。
リフィル先輩が明記してくれたメモの文字が恐ろしい殺戮兵器のように見えてしまう。
相談する前からわかっていた事実を明確にしただけの文字。
それが私の心を雁字搦めに縛り付けてくる
「…………では、お断りしますか?」
「でもですね。もしもあの子が別の女の子と付き合ったりしたら私はどう思うのかなって考えたりもして、やっぱり受け入れられそうにないっていうか許せないっていうか……そんなの絶対後悔するに決まってるんじゃないかなって……」
私は頭を抱え涙が溢れてきてしまうのを堪える事しかできない。
悩み続ける私をリフィル先輩とグレースが見守っていてくれる。
彼女たちは私のこの情けない姿を笑うような事はしない。
リフィル先輩が羅列してくれた要素の全てを目の前にしても決断ができない私が情けない。
だけど決めれないんだ。
自分の心がわからないんだ。
どれだけ考えても私が抱えている問題に答えが出ない事には変わりなかった。




