運命はその手の中に-2
「俺と付き合って下さい」
アズ・クロッカスには幼い頃から一緒に育った男の子が居る。
歳は私よりも2つ下。
背だってまだ私よりも低い。
前よりは確かに少しだけ男らしくなった顔や雰囲気はあるけど、私にとっては誰よりも大切な弟みたいな存在。
暮らしている家自体はお隣さんだけど、家族と言い切っても良いくらいに同じ時間を過ごした男の子。
そんな男の子が真剣な顔をして私を真っ直ぐに見つめてそう言った。
その日も私達は二人で帰り道を歩いていた。
太陽が沈み、街を橙色に染める短い時間。
昨日までと何も変わらない他愛の無い日常の一幕になる事をあの子は許してくれなかった。
「えっと……買い物かな?なになに?女の子へのプレゼントとか?姉さんの意見が必要なのかな~?」
何時になく真面目なその表情に私は戸惑うばかりだ。
口から出た言葉も上っ面を滑っていく。
自分でもそういう「付き合う」では無いという事は雰囲気からして感じ取る事はできていたから。
それでも私は巫山戯ながらそう言うしかなかった。
だけど、そんな言葉で逃げられる訳もなかった。
あの子は覚悟を決めていた顔をしていたのだから。
「アズ姉さん。好きです。ずっと前から女性として好きでした。俺と幼馴染ではなく男女として付き合って欲しいです」
いつも私の事を少しだけ呆れた表情でフォローをしてくれる優秀で可愛い弟分の顔はそこには無かった。
今まで見た事も無い顔で私にとてつも無い決断を迫る男の子。
その顔は真剣で正直格好良かったけど私は狼狽える事しかできない。
だって、私は今までそんな事は考えた事がなかったのだ。
「えっと……えっと……その……だだだんじょとしてって……そのここここ恋人的な?的な?」
同級生たちが憧れの先輩の事を話したり、新しく出来た恋人について惚気けたり、そんな場面は何度もあった。
そういう時、私は笑いながら頭の奥底で思っていたのだ。
私にはまだまだ遠い世界の出来事だなぁと。
憧れが無いわけじゃないけど、そういうのが来るのはもっと先なのかなって漠然と思っていた。
まだまだガサツな私にはきっと恋なんて早いんだって、もっと素敵な大人になったら自然と恋人ができるんだって勝手に思いこんでいた。
「姉さん、落ち着いて。大丈夫。姉さんがパニックになる事くらい俺はわかってるよ」
「ぱぱぱぱにっくって何よ!?」
「それだよ、わかるでしょ?」
「そうだよ!パニックだよ!」
私に人生最大級の混乱をもたらした弟分は憎らしいほどに冷静だ。
そりゃそっちは爆弾を投げつけた方だから冷静なんでしょうけど、投げつけられた方は冷静でなんていられない。
「落ち着いて。そして考えて欲しいんだ。今ここで答えを貰おうなんて思ってない。ゆっくり考えて……そして答えを出して欲しいんだ」
私の手を握り、深呼吸を促し、落ち着かせた後に可愛かった弟が言った言葉は私から逃げるという選択を取り上げた。
私を落ち着かせるためにと握ってくれたあの子の手は微かに震えていたのだから。
◇
日が明ければ学園での授業がある。
いつもならばお隣に済んでいるあの子と一緒に学園に向かうけど今日はそんな事はできなかった。
どんな日だって迎えに行っていた私のルーチンは脆くも崩れ去ったわけだ。
でも、それは仕方がない。
だって私は告白を受けてからずっと頭の中は混乱状態だ。
いくら考えても出ない答え。
そんな状態で“答えを出して欲しい”と言ったあの子の前に出るなんてできなかった。
私は確実に寝不足の状態で学園に赴き、いつも以上に回っていない頭でいつも以上に理解できない授業を受けた。
そして、休み時間には昨夜と同じようにただただ頭を抱える事となる。
「アズ~ど~したの?あんたがそんな暗い?顔してるなんて珍しいじゃん」
「グレースぅぅぅぅ……助けてよぉ……もうわかんないんだよぉ……」
そんな私を心配して声をかけてくれたのはクラスでも仲の良い友人のグレースだ。
自分一人では限界が来ていた。
いくら考えてもわからないのだ。
どうするのが正解なのか?
弟分だと思っていて、今まで男として意識をしていなかった幼馴染の告白を受け入れるべきなのかどうか。
私のあまり出来の良くない頭ではわからなかった。
グレースは放課後にはよく図書室で読書をしたりして色々な本を読んでいる。
成績も優秀で私では出せない答えを出してくるかもしれない。
だから、恥ずかしながら昨日の詳細を話して相談に乗ってもらった。
「ねぇ、どうすれば良いかな?私はどうすれば良いのかな?」
「いや、私だって彼氏なんて居た事ないのにそんなのわからんわ!」
救難要請を出した情けない私の話をグレースは真剣に聞いてくれた。
途中までは恋愛話と知ってウキウキワクワクしながら聞いていたというのに徐々に表情が沈み始め、最後には何故か私は怒られていた。
「でも、私に話をしたのは正解ねっ!何故なら……私には頼りになる先輩が居るんだから!」
そして彼女は放課後に私を連れてある場所へ連れて行った。
そこには人の悩みを解決してくれる魔女が居るのだとグレースは面白そうに語るのだった。
◇
「リフィル先輩。少し良いですか?相談したい事がありまして……」
グレースに手を引かれてやってきた図書室。
私にははっきり言って馴染みが無い場所だ。
基本的に外で運動する事が好きなので自分からこんなに本が大量にある所に来る事なんて無い。
本を読むのは授業の時に開く教科書だけで十分だと思っている口だ。
静けさに支配された図書室の窓際には神秘的な女性が優雅に本を開いていた。
艶のある長い黒髪。
憂いを感じる表情。
制服を着ているからには同じ学生なのだろう事がわかる。
私が優雅に思った動作すら、恐らくは彼女にとっては普通の所作だ。
ただ、私がそう感じてしまうほどに彼女はこの光景に馴染んでいた。
はっきり言っていつも騒がしくしている私と近い年齢だとは思えない雰囲気だ。
伏し目がちにしながら手元にある本に視線を走らせていた女性がグレースの言葉に反応し読んでいた本に上品な栞を挟んで閉じる。
そうして私達に向き直った女性が口を開く。
「こんにちはグレースさん。どうかしましたか?」
「ほんっとに申し訳ないんですけど、この娘の悩みを聞いてあげて欲しくてですね」
すまなそうにしながらも砕けた口調で話しかけるグレース。
その態度からは中々に親しい間柄なのがわかる。
グレースが言っていた頼りになる先輩というのがこの人という事なのだろう。
その女性が私に身体を向けて丁寧に自己紹介をしてくれた。
「こんにちは。私はリフィル・ラインズと言います。グレースさんの先輩となりますね」
「あっ……その……ご丁寧に……私はアズ・クロッカスと言いまして、グレースとは友達でして、はい、その……」
どうにも私が普段関わり合う事がないような理知的な雰囲気に呑まれてしまう。
リフィルと名乗った先輩からはどうにも私を絶賛悩みの渦に叩き込んだ弟分と同じ雰囲気を感じてしまっていた。
つまり、物事をしっかりと考えれる人だと。
自他ともに認める感覚派な私は少し気後れしてしまっても仕方がないだろう。
「緊張する必要はありませんよ。グレースさんのお友達なのでしょう」
「はい!グレースとはそれはそれは仲良くさせてもらってまして!いつも宿題を写させてもらったりしてます!」
「ふふふっ、仲が良いんですね。それでどうしました?」
リフィル先輩が私に話を促してくる。
しかし、私はどうして良いものかと迷ってしまう。
ここにグレースが連れてきたという事はこの人に相談をしろという事なのはわかる。
傍目にも頭が良さそうだ。
頭の悪い私では出せない答えを授けてくれるのかもしれない。
だが、あまりにもプライベートな内容であるため、それが少しだけ躊躇われた。
その気配を感じ取ったグレースが私に声をかけた。
「ほら、噂で聞いた事あるでしょ?色々な人の悩み相談乗ってくれる人が居るって。この前もランチの時に話題になったじゃない」
「あぁ~……図書室の魔女?」
「そう!この人がその魔女なのよ!」
そう言いながら何故か胸を張るグレースを見て額を押さえるリフィル先輩。
「その呼び名をあまり広めないように……全く……いつからこんな事になってしまったのやら」
「まぁまぁそう言わずに相談に乗ってあげて下さいよぉ~。私じゃどうにもならなそうなんです。リフィル先輩だけが頼りなんですよ」
「ふぅ……変な渾名がついてたりはしますがそれは忘れてください。とは言え私が力になれる事であれば相談に乗る事はできます。いかが致しますか?」
そう問いかけるリフィル先輩に私は頷いた。
もう私を助けてくれるなら誰でも良かった。
この難問に答えを出してくれるならば魔女に身を委ねても構わない。
それに、この魔女は何というか信用できるなって思った。
こう……頼られるのが嫌いじゃないんだなという人の良さを感じてしまったから。
「あ~っとですね……その……いわゆる恋愛の悩みでして……その……そういうの受け付けてます?」
上目遣いに私は尋ねる。
私が聞いた噂では図書室の魔女は様々な悩みを解決してくれるのだと言う。
有名な学園の貴公子の悩みを幾つも華麗に解決しただとか、婚約者との仲で悩んでいた男子に天啓を授けたとか、罠に落ちそうになった天才デザイナーを救ったとか。
学園の噂とかには疎い私にすら届くくらいの武勇伝を幾つも持っていた。
その魔女に相談する内容が私にとっては大事件だが、他から見たら他愛の無い恋愛相談だ。
婚約だどうだとか陰謀だなんだとか、そういうのも何も無い。
仲の良い男の子から告白をされたが付き合うかどうか悩んでしまうというありふれた内容である。
話の規模があまりにも小さく恥ずかしくなる。
そして、その言葉に目の前のリフィル先輩も少しだけ難しい顔をする。
「言いづらいですけど、私に恋愛相談をしてもどうにもならないかもしれません。こう言っては何ですが、私も恋愛関係には疎いので」
「そう言わずに!いつも通り先輩の意見を言ってくれるだけで良いですから!」
やはり通常の相談内容から遠いのか難色を示したリフィル先輩に対してグレースが食い下がる。
グレースとリフィル先輩はそれなりに親しい間柄のようだ。
ある程度、得手不得手だってわかっているだろう。
恐らくは恋愛関係の相談が苦手としている事もわかっていたのだろう。
だが、それを考えてもグレースは私をここに連れてきた。
それは、先輩に話を聞いてくれれば解決の糸口が見える可能性があると考えたからだろう。
「外部から見た意見で気づける事も確かにありますが……アズさんもそれで良いんですか?」
「はい!お願いします!もうどうしたら良いかわからないんです」
他人から見ればありふれた恋愛相談。
でも、私にとっては人生の一大事である人生相談が始まるのであった。




