運命はその手の中に-1
いつの間にか図書室の魔女などと呼ばれるようになっていた私の元には時折、悩み事を相談する者が来る事がある。
見ず知らずの人の頼みならば断るが、知己の友人や後輩から紹介されて頼られれば私も断る事は中々できない。
それが自分には不向きな内容の相談事であったとしてもだ。
「では、付き合えば良いのではないですか?」
私は目の前に居る少女の相談に答える。
しかし、短く切り揃えられた髪を微かに揺らし俯きながらに答える表情が晴れる事はない。
本来ならば活発であり、太陽のように輝くであろう笑顔は曇りきったままだ。
「でもですね。やっぱりあの子は弟のようなもので、そういう目で見た事って無くて、急に好きだって言われて嬉しいですけど戸惑う気持ちも大きいし……」
なるほど、と私は頷く。
私の言葉を聞いた彼女は納得が行かない様子だったわけだが理由を聞けば理解ができるものであった。
確かに近しい者との関係性を変えるというのはリスクがある。
安定している心地よい関係が壊れてしまう可能性があるのは間違いが無い。
婚約者では無くなった彼と良好な関係になれた私のような例もあるが、そうでは無い場合の方が多いだろう。
そもそも、あの頃の私と彼は安定もしていなければ全く親しくもない関係であったが。
とにかく、一度袂を分かってしまえば今よりも険悪になってしまうという事のほうが多いのは簡単に予測できる。
「では、お断りをするという事ですね」
私は彼女の考えを尊重し結論を出す。
ベストではなくベターな選択を取るというのは私としては理解ができる。
最大の利益を求めるという事はそれだけリスクを抱える事でもある。
そのリスクを誰もが許容できるとは限らない。
リスクを抑え、ある程度の範囲での利益を出す。
人によっては軟弱と思われることもあるが、それは決して間違いではないはずだ。
例えそれが賢くない選択に見えたとしても決めるのは彼女自身だからだ。
しかし、彼女は再度首を振る。
「でもですね。あの子以上の男の人なんて想像できないんです。なんていうか優しいし頭も良いし、私の事を理解してくれてます。そりゃ長く一緒に居ますから当然かもしれないですけど気心も知れてます。良い所も悪い所も知ってる私からしたらこれ以上の男性は居ないんじゃないかなとか思うんです」
なるほど、と私は頷く。
昔から一緒に居るからこそ良い所も悪い所も見えている。
知らない嫌な部分を後から見てしまうと人間関係に亀裂が入ってしまう。
だが、最初からその悪い点も織り込み済みならそうはならない。
そして、その悪い点を加味して考えても魅力的な男性に育っているのだと。
そんな事を言える間柄の男性から愛を囁かれるなんていうのは女性冥利に尽きるのではないだろうか。
私にはそうそう現れそうが無い。
羨ましい限りである。
「では、付き合いますか?」
最初に出した結論ではあった。
一度は否定された物ではあるが冷静になって考えれば最初の答えに戻るというのはままある事。
出した答えを頑なに変えないというのは失敗の原因となりうるのだから、考えた末に最初の答えに戻ってくるというのは悪くないのかもしれない。
しかし、彼女が首を縦にふる事は無かった。
「でもですね。もしも、もしもですよ。何かのトラブルのせいで仲が悪くなってしまうと仲直りができないなんて耐えられません。幼馴染というよりも家族って言ったほうが良いくらいの仲なんです。離れるなんて……そんな事考えたくないんです」
彼女の言う事はわかる。
恋愛は理屈では無いとはよく聞く話だ。
私にはあまり共感できないが時として人は不条理で理不尽な感情に支配される。
その原因の多くに恋愛だけではなく男女としてのあれこれが絡んでしまう。
良い所も悪い所も知っているから大丈夫だと思った。
思ったけど違った。
そうなる可能性は当然ある。
その危険性を考えれば安易に付き合うのは正解ではないというのもわかる。
だが、彼女は答えを出さなければならない。
決断をしなければいけない事も間違いがない。
「…………では、お断りしますか?」
「でもですね。もしもあの子が別の女の子と付き合ったりしたら私はどう思うのかなって考えたりもして、やっぱり受け入れられそうにないっていうか許せないっていうか……そんなの絶対後悔するに決まってるんじゃないかなって……」
眼の前の彼女の顔が苦しそうに歪む。
その目は潤み始めており、涙が溢れるのも時間の問題だ。
優柔不断と笑う事はできないだろう。
真剣に悩む彼女に答えを出してあげたいという気持ちはある。
しかし、この問に私が出せる答えがない事。
そして、答えを出せるのは目の前の彼女自身しか居ない事を私は理解していたのであった。




