あなたの言葉に心はあるか-5
「おい!良いのかこれで!あいつら話を聞いてもらった感謝もせずに……っ!」
二人が図書室を出て行くまで何か言いたそうにしていたエクサスさんが声を荒らげる。
彼としては自分が連れてきた二人が私に礼儀のなっていない態度で出ていったのだから文句を言いたいのだろう。
だが、これは私が誘導した結果なのだから問題は無いのだ。
「良いのですよ。これが恐らくはベターな決着でしょう。仲直りもできたようですしね」
私の言葉の意味を彼が咀嚼する。
そうして理解した事は先程の流れは私が意図的に行った事だという事実。
「つまり、さっきのは芝居だったという事か?」
「芝居……というか、まぁそうですね。必要な事だったと言うべきでしょうか」
今までの流れからして彼が説明を求めている事がわかる。
何故そうしたか。
彼は私の考え方を理解したいと思っている事は最近の付き合いでわかっていたからだ。
テーブルゲームの感想戦みたいな物だろうか。
「私が考えたこの問題の決着の仕方は三つありました。一つ目は二人が喧嘩別れする。これはまぁ無しですよね」
「それはそうだな。そうならないために相談に来たのだから」
「では、あとの二つが何かわかりますか?」
「別れる、仲直りする、殴り合うじゃないですか」
エクサスさんとイルドさんが頭を抱えて唸る。
イルドさんは私が思っていたよりも脳筋なのかもしれない。
婚約者の方は苦労しそうだ。
「う~む……仲直りする……で一つだが、あと一つあるのだろう?」
「半分正解です」
残りの半分は“どのようにして”という話。
「二つ目は“セラムさんが許して仲直りする”。三つ目は“ベルーナさんが許して仲直りする”です」
「それは……同じでは無いのか?」
「結果は同じですが辿る道が違うのです。そして私は二つ目の可能性に関しては限りなく低いと判断しました」
「何故だ?セラムのほうが多少は冷静であったように見えたが」
「セラムさんが許すためにはベルーナさんが謝らなければならないからです。しかし、喧嘩の原因は何かと考えれば、それはセラムさんの迂闊な行動のせいです。これは動かせない事実。喧嘩をした後の態度は褒められた物ではありませんが、そもそもの原因だけに目を向ければベルーナさんには謝る理由が無いのです」
仲違いの原因を作り出したのはセラムさんだ。
それは彼自身も理解していた。
どれだけ理由を捏ねくり回したとしてもそもそも彼が他の女子と仲良く買い物をして贈り物をしなければ喧嘩にはならなかった。
理不尽だとは思うが、それが原因なのは間違いが無いのだから。
「そうなると和解のためには三つ目の着地点を目指す必要があります。しかし、それもまた難しい。何故ならベルーナさんは“心からの謝罪”を要求していたからです」
先程、私が彼女を糾弾したのはこれが理由だ。
和解の条件に感情を入れる人は信用ができないと私は考えている。
いつどのようにでも引っくり返せるからだ。
「彼女にも言いましたが“心からの謝罪”というのは和解の条件にするにはあやふやすぎるのです。言葉に心が籠もっているかどうかなど誰にも判断ができないのですから」
「ふぅむ……そうなってしまうのか。よく聞くセリフだとは思うのだが」
「あくまで私の考えではありますが大きく間違ってはいないと思っています」
受け取り手次第で変わる物など条件にするべきではない。
「ベルーナさんは、はっきり言って和解条件の決め方がなってません。こういう場合の条件は相手を許すための物ではなく“許さなければならない”ラインを決める物であり、感情なんていう確認不能な要素は含めるべきではありませんからね」
本当に仲直りをしたいのであれば明確な条件を決めるべきなのだ。
こういう条件をクリアしたから仲直りができる。
厳しい条件を満たしたから許すことができる。
いや、許さなければならない。
そうしなければいつまでも怒りがぶり返した時に非難するための武器になり得てしまうからだ。
「うぅむ……それはそうかもしれんが……」
「こえぇ……絶対喧嘩したくねぇ……」
大の男二人が唸る。
特にイルドさんの言葉は心外だ。
後から覆される可能性ではなく明確な条件を設定するほうが優しいだろうに。
怖いとはどういう事なのだ。
どうも彼は私に対して変なイメージを持っている気がします。
「とにかく。私は意固地になってしまっている彼女の条件を鵜呑みしていては和解は果てしなく遠いと思いました。であれば彼女の条件をクリアするのではなく和解条件自体を変えさせる……というより無条件で許すように誘導する事が手早いと結論付けました。その方法としてセラムさんとベルーナさんの関係性を変えるしか無いとなったのです」
二人が首を傾げ頭には疑問符が浮かんでいるのがわかる。
あのセラムさんとベルーナさんは最初から最後まで恋人という関係性だと思っているのだろう。
それは確かにそうだ。
だが、この問題の事だけを考えれば違う答えとなる。
「そもそもですが、セラムさんは当初から何度もベルーナさんに謝ったと言います。それこそ心からの謝罪を何度もしたのでしょう。ですが彼女が受け入れなかったのは何故だと思いますか?」
「それは……謝り方が悪かったとか……それこそ心が届かなかったとか?」
「違います」
私は断言する。
言葉に心が籠もっていないかどうかなどと言うことは誰にも判断ができないのだから理由にはならない。
話はもっと単純なのだ。
「セラムさんが“敵”だったからです」
何故謝罪を受け入れなかったのか。
状況を説明し、非を認め、謝罪を繰り返していたのに何故その言葉を信用できなかったのか。
それは敵の言葉だからだ。
「敵が何を言っても信用できないでしょう。どれだけ心が籠もっていようと何を言っても騙そうとして陥れようとしてると感じてしまいます。どのような行動も裏があると取ってしまいます。だから、彼女は許さなかったし疑い続けた」
何を言おうが敵の言葉は信用できない。
だから、彼等の立場を変えなければいけなかった。
「ですが、最後に彼女はセラムさんの言葉を受け入れました。ここまで言えばわかりますよね?」
彼等の立場を変える方法を考え、私は実行した。
「つまり、お前が“敵”になった。それに対抗するためにセラムを“味方”にしたからか」
「そういう事です。私は意識的に彼女を追い詰めました。彼女の至らない部分を上げて糾弾し、彼女の心が狭いせいで話が拗れていると言葉をぶつけました。そうして私は彼女の“敵”となったのです」
私が敵となったのであればセラムさんはどうだろうか?
何もしなければ敵のままだ。
だが、攻められている彼女を助けようと声を上げたとすれば話は違う。
それは危機を救おうとしてくれる“味方”だ
「彼はルールを破ってでも泣きそうになった彼女の事を庇いました。それは紛れもない“味方”の行動です。セラムさんはあの時、彼女の味方になったのです。そうなれば同じ言葉であっても彼女が受け取る印象は今までとは違います。味方の言葉ならば信じられるからです」
「だから最後の謝罪は受け入れる事ができた。内容は関係なく、立場が変わったから……」
「はぁ~聞けば納得ですけど、よくもまぁ……」
「結束を高めるためには共通の外敵を作るのが一番手っ取り早いという話でもあります。今回は仕方がないので私がその役をやったという事ですね」
誰か一人が嫌われれば丸く収まる。
ベストではなくベターだが、一番単純で早い解決方法だろう。
「しかし……それではお前は嫌われたままではないか」
「彼等とは特に接点はありませんし、以前もあなたと婚約していた関係で陰口は叩かれてましたからね。あまり変わらないですよ。引き受けてしまったからには解決してあげたかったですしね」
「それはならんっ!俺が……俺が認められん!」
「そうですか?」
鼻息も荒くエクサスさんが声を荒げる。
彼としては自分が連れてきた相談者のせいで私のイメージが悪くなる事を許せなかったのだろう。
責任感が強い人ですから仕方がありません。
「そのように自分を犠牲にしないでくれ……そんな事をさせては……俺は自分の事を許せなくなってしまう。そもそもお前は俺が連れてきたから相談に乗ってくれたというのに……」
「犠牲というのも大袈裟な話ですが……確かに無報酬でする事では無かったかもしれませんね」
どうにも話が大きくなっているようだが、彼の顔は苦しそうに歪んでいた。
そこまで言ってくれるのであれば私としても拒否する理由は特に無い。
私だって好き好んで泥を被りたいとは思っていないのだ。
今回はそれが一番の近道であり、他の方法の難易度が高かったからにすぎない。
「お願いだ。約束してくれ。このような解決方法はもう選ばないと……」
「まぁ……その……はい。できる限り……はい……その……わかりました……約束しますので少し離れて下さい」
彼が私に詰め寄り懇願する。
大きな体が私に覆いかぶさるように迫るのは恐怖を感じてもおかしくないが、その顔が泣きそうに歪んでいるとなれば話は別だ。
そこまで真剣に言われては私も頷くしか無いわけだ。
「あいつらが落ち着いたらこの話をしても良いだろう?仲直りした後であればネタバラシをしても問題ないはずだ。お前が嫌われる理由など何一つも無い」
「それは……まぁそうですが……はい、そうですね。そこはお任せします」
「おぅ!任せおけ!」
胸を叩いて約束する彼。
そこまで気にしてはいなかったが誤解を解いてくれるというのであればそれに越したことはない。
「……あと、俺はお前の味方だからな。安心しろ」
「誰もあなたが敵などとは思っていませんよ」
「そうか。それなら良いのだ」
興奮していた彼が落ち着きを取り戻して席に座る。
なんとも微妙な雰囲気が場に残ってしまった。
相談事は無事に解決されたというのに残ったのは何とも言えない後味だ。
彼もそれは感じ取っているようで事さらに明るい声で一つの提案をしてきた。
「いつも世話になってるのに何も報酬が無いというのは確かに良くなかった……そうだ!礼をするから何か買い物に行かないか?恥ずかしい話だが俺も女性の好きな物はよくわからんのだ!どんな物でもプレゼントするのでお前が好きな物を自由に選んで欲しい!」
笑顔でそう言う彼の厚意を無下にする事もできない。
簡単な事柄なら特に何も思わないが、今回の相談に関しては少々骨が折れたのも事実。
二人で買い物というのには少々思う事はあるが、相手に選ばせたほうが失敗が無いのは間違いがない。
彼は私の好みのど真ん中の栞を贈ってくれたりとセンスははっきり言って良いと思うのだが、何度も大正解の贈り物ができるとは限らないからだ。
だから、快くその提案を受けようと私は思い、戯けながら彼に答える。
「毎回、私にお礼をしていては大変になってしまいますよ。あなたの周りには私の想像以上に悩み事を抱えている人が多いようですから」
「いや、そのな、まぁ皆が何かしらを抱えているのだ、悩める若人は多いということだな。うむ、そういう事だ。はははっ!礼に関しては遠慮をするな!」
豪快に笑うエクサスさんだが、どうにも何かを誤魔化しているように感じた。
特に変哲のない答えだったというのに、なんというか歯切れが悪かったように思う。
いつも自信満々な彼のその姿は珍しく何とも違和感を感じた。
私は彼の目をじっと見つめた。
彼の一挙手一投足に注視をする。
そうすれば違和感は膨れ上がっていくばかりだ。
何故、目を逸らすのか。
何をそんなにソワソワしているのか。
これは何か隠しているとしか思えない。
特に直感が鋭くない私でもそう感じるほどだ。
この場に私達二人しか居なければこの謎を解くのは難しかっただろうが、この場には私へと協力してくれるであろう人が居た。
「イルドさん。何か知っていれば教えていただいてよろしいですか?」
私は傍らに佇んでいたイルドさんへと情報提供を求める。
「イルドっ!」
制止の声がかかるもそんな物は無駄だ。
彼は私に借りがある。
そして、その借りは菓子折りによって相殺されたかのように思える。
しかし、その場で何度も何度も強調されていた事があった。
彼は婚約者の女性から言い聞かされていたのだ。
『菓子折り一つで恩を返したなんて思わないように』
未遂とは言え手酷い裏切りを許してくれた婚約者さんの言いつけは彼にとってこの大地よりも重い。
つまり、その言葉が生きている限り、イルドさんは私の要求には素直に応じるのだ。
例え尊敬する先輩の敵になろうとも、この瞬間は彼は私の味方、魔女の使い魔となるのだ。
「あぁ~そういえば~エクサス先輩は魔女に会う口実を作るために悩んでる人を探しているという噂があったりなかったり俺がそう感じていたりとか~そもそもお礼に買い物ってデートに誘いたいだけじゃないかとか思ったり~」
「イルドォォ!」
溜息を吐く。
よくもまぁ何人も連れてくると思えば、まさかわざわざ探していたとは思わなかった。
確かに私は頼られるのは嫌いではないが、それでも流石に頻度を落としてもらわなければ困ってしまう。
お礼をすると言ったのであれば彼は毎回何かしらを用意してくれるのだろうから、彼の負担も大きくなっていくだろう。
何よりも私に会う口実なんて物を作る必要など無いのだから。
私は用事などなかったとしても顔を出して良いのだと彼に伝える。
それを聞いた彼の後ろにはブンブンと激しく尻尾を振る大きな犬の幻視が重なるのであった。
心がこもった言葉なんてどうやって見分けるんだろうねと思って書いた話でした




