あなたの言葉に心はあるか-2
木漏れ日が差す優雅な午後。
今日の授業も終わり、皆が思い思いに動き出すそんな時間。
私はいつも通り、図書室の定位置で本を手繰る。
今日読んでいるのは所謂戦史だ。
人が相争うのは悲しい事だがそれは必要な事でもある。
私が住んでいるこの国も近年は平和と言って問題ないが、歴史を遡れば近隣諸国との戦争は当然行われていた。
そうなってしまった背景、その時代ならではの理由、現代とは違う価値観。
それらを知るためにはこういった書物が有用であった。
とはいえ、何も大層な事を考えてこの本を選んだのではない。
私は本であれば特にジャンルの好みはあまり無いので何でも読むのだ。
静かな図書館にページを捲る音が微かに響く。
図書館では走らず騒がない。
そう。
これこそがこの場所の本来の姿。
そう思っていた矢先に静寂は破られてしまったわけですが。
「エクサス先輩!図書室で何するんですか!?こんなとこに用ないですよ!」
「そうよね。あんた脳筋すぎるから本なんて読まないもんね。いや読めないって言ったほうが良いのかしら?」
「はぁ?その言葉そっくりそのまま返してやろうか!言っておくがファッション雑誌は本じゃねぇからな!」
「あぁ、やだやだやだやだ。図書室ではお静かにって子供の頃に言われなかったわけ?大きな声出して恥っずかしいわ~」
「お前ら、マジでここからは静かにしろ。悪い事は言わないからマジで静かにしろ。先輩にブチギレられるぞ」
ドタドタと図書室に入ってきたのは男女が四人。
その中に最近あまりにもよく見かける姿と以前に何度か見た姿と見た事のない姿があった。
先頭を歩くのはエクサス・カリニオンさん。
私の元婚約者にして最近は何故か私に悩みを相談しにくる事が多い男性だ。
その後ろに続くのは以前にあまりにも頭の悪い婚約破棄計画を立てた事があるイルド・ワシンさんだ。
あの後、婚約者の女性には全てを打ち明け、許してもらえたらしい。
全部白状するあたり、悪い人では無いんだろうなと思った。
二人で菓子折りを持ってお礼に来た時は婚約者さんのあまりの懐の深さに私も感激してしまったものだ。
彼女が手綱を緩めず尻に敷き続ければきっと二人は大丈夫だろう。
そして、現在進行系で騒ぎながら私のほうに向かってくる男女二人は初めて見る顔だった。
「エクサスさん」
その一言で全てを察してくれたのかエクサスさんが後ろを振り向き騒がしい男女に一瞥をくれる。
そして静かだが地獄まで響きそうな小さな声で呟く。
「静かにしろ。二度は言わん」
ほら見た事かと言わんばかりの表情でイルドさんが二人を呆れながら見ていた。
エクサスさんに直接声をかけられた二人は先程までの騒がしさを一瞬で引っ込め背筋まで伸びている。
こういう人を従わせるオーラを出させたら本当にこの人は凄いなと思わされる。
どうも私の前では大型犬のようなオーラを纏っている事が多いのだが。
「この人は俺がよく相談に乗ってもらっている女性でな。お前らには“図書室の魔女”と言ったほうがわかりやすいか?」
「魔女っ……!最近よく噂に聞く……っ!」
「私も聞いた事あります……なんかティピカも魔女に助けてもらったとか噂で聞いたし」
いつから私を表す言葉となってしまった“図書室の魔女”。
魔女呼ばわりは甚だ不本意ではあるのだが、何故かすでに定着してしまっているようでどうにもならない。
私は確かに落ち着いた、悪く言えば地味な服装の事が多いし、髪も黒いし長いし、明るいか暗いかと言われれば暗い性格だし、魔女っぽいなと自分でも思ったことはある。
もしかしたら、エクサスさんの婚約者だった頃の名残で未だに少し陰口を言われ続けているのかもしれない。
「俺も以前に悩みを解決してもらったんだ。魔女に相談しとけば間違いはねぇよ」
「あまり無責任な風評を広めないようにお願いします。そもそもイルドさんの場合はあなたが間違いだらけだっただけです」
「うっ……その節はすみませんでした」
私に感謝してくれるのは嬉しいが、それを元に変な噂を広められるのは困るのだ。
私に解決できるような事などたかが知れている。
それは自分自身が良く知っているのだから。
「こほんっ。あぁ……すまないなリフィル。少しお前の力が借りたいのだ。相談に乗ってくれないだろうか」
「はぁ……今日の相談は後ろのお二人についてですか?」
咳払いを一つして私に改めて向き直った彼が恒例になり始めたお願いをしてくる。
相談に乗るのは嫌いではない。
私にできる事ならば協力してあげようとは思う。
しかし、毎度毎度よくまぁ相談者を見つけてくるなとは思ってしまう。
「私ができる事ならば協力するのは吝かではないありませんが、解決するかはわかりませんよ」
「それで良いのだ。いつもすまんな!本当に感謝しているぞ!こいつらの話を聞いてやってくれ!」
先程、後ろの二人を軽く諌めた時に発したオーラとは全く違うオーラを彼が放つ。
ぱっと咲く笑顔も見る人が見れば魅力的だろう。
私からすると解決できるかもわからない相談事を投げられてそんなに笑顔になられても困ってしまうわけだが。
真面目な時とのギャップもこの人が多数の生徒から慕われる要因なのかもしれない。
少し前はこんな姿は全く知らなかったわけだけど。
「とりあえずお座り下さい。あと、くれぐれも図書室では静かにお願いしますね」
私は不承不承と頷く眼の前の男女に着席を進めた。
エクサスさんとイルドさんは立ったままで話を聞くようだ。
途中まで読んでいた戦史の本へと栞を挟む。
このお気に入りの栞の出番が増えるのは良い事なのか悪い事なのか。
今読んでいた本も中々に面白い内容であり、続きが気になる内容だった。
この相談がすぐ終わり、本の続きを早く読めるようになる事を祈りながら私は彼等の話を聞き始めるのだった。
◇
「まず簡単な自己紹介をしましょうか。私はリフィル・ラインズと言います。不本意ながら魔女呼ばわりされていますが、普通の女生徒です。私にできる事はあなた達の話を聞いて第三者である私の率直な意見を伝える事だけです。よろしいですか」
これは前提条件だ。
魔女と呼ばれていても私ができる事はこれに尽きる。
魔法の力で全てを解決などできはしない。
それは念頭に置いてもらわなければ困る。
「ええっと……お願いします。俺はセラムって言います。隣に居るベルーナのその……彼氏です」
「私はベルーナ。セラムの彼女。そして浮気された可哀想な女の子」
エクサスさんが連れてきたという事は後輩なのだろう。
自己紹介を信じるのであれば彼等は恋人同士であるようだ。
それにしては険悪な空気を隠そうともしていないが。
彼氏だというセラムさんはまだ理性があるようだがベルーナさんは既に喧嘩腰だ。
これは中々に骨が折れそうだと推測する。
「これから相談するって言ってんのに嘘つくんじゃねぇよ!浮気なんてしてねぇって言ってんだろ!」
「はぁ?嘘ついてなんてないんですけどぉ!客観的事実ってやつ?難しい言葉はわからないかしら?」
「お前なんでそんな煽ってくんの?喧嘩売ってる?」
「これだからガサツな男は嫌よね。暴力をチラつかせれば黙ると思ってんの?やってやろうかしら?近接組手の成績はあんたと私、そんなに違わないの忘れてんじゃないの?」
自己紹介をしただけというのに再度、罵り合いが始まる二人に溜息を吐いてしまう。
お互いに噛みつきそうな顔で睨み合い威嚇し合う。
彼等はここに相談をしに来たという事を理解していないのだろうか?
いや、違うか。
理解をしていても感情が制御できないのだ。
それほどまでにお互いに熱を持ってしまっている。
この状態では話を聞くだけでも一苦労になってしまう。
「エクサスさん」
私は横にいる彼へと声をかける。
そうすると、彼が手をパンっと鳴らし無言で二人を睨む。
それだけで目の前の二人は口を閉じて黙ってくれた。
このすぐに罵詈雑言が飛び交ってしまう場に彼等の完全な上位者であるエクサスさんが居る事は救いだ。
そもそも連れてきたのは彼なのだから居て当たり前だという話ではあるが。
彼の存在が当事者である二人の熱を一時的ではあるがリセットしてくれたので、この間に話を少しでも前に進めよう。
「ふぅ……このままではロクに話も聞けません……なので、ルールを決めようと思います」
「ルール?」
「そうです。忘れないようにメモに書きましょうか」
私は懐からメモ帳とペンを取り出す。
そこにこの話し合いの場で絶対に守るべきルールを書き出していく。
「まず一つ目。もしもルールを破った場合、その時点で話し合いは終了です。ルールを破ったほうが悪いと結論が出たと見なしてあなた達には図書室を出て行ってもらいます」
エクサスさんの頼みだから聞いているが、本来は何の関わり合いもないカップルの仲裁をする必要など無いのだ。
ただ罵り合いたいのであれば別の場所でやれば良いだけ。
そもそも恋愛関係は私にとって未知の領域である。
恋愛なんてろくにしてない私にできるのは事実を一つずつ並べて行き、普通に考えればこうなりますという事を明確にするだけ。
理屈で考えれば問題はこれです、解決法はこれでどうですか?と提案する。
私の話を聞く気がないなら意味は何一つ無い。
「いいですね?」
「はい……」
「わかりました……」
どうにも納得が言っていないのは伝わってくるが、渋々ながら二人が了承する。
まぁ私のバックには彼等が逆らえないであろうエクサスさんが居るわけで頷くしか無いのだろう。
だが、これでやっと話を進めていけると言うものだ。
「二つ目のルールです。お二人から自由に発言する権利を奪います。それは何故かわかりますね?自由だと話し合いにならないからです」
こんな事をルールで定めなければいけない時点でお互いが理性的ではないという事を自覚して欲しいものである。
「私が順番に話を聞きます。セラムさんに話を聞いている時は発言できるのはセラムさんだけです。内容に不服があっても侮辱があっても何があってもベルーナさんが口を挟む事は許しません。それはベルーナさんに話を聞いている場合のセラムさんも同じ事です。わかりましたか」
「……何を言ってもですか?」
「何を言ってもです。順番に話を聞くのですから反論があればその時に聞きます。相手の話を遮る事を禁じます。良いですね」
自由に口を開けば一歩進んで二歩下がるどころの話ではない。
そもそも一歩目すら踏み出せなくなるのは先程の情景から簡単に理解できる。
そうならないために必要なのは相手の話を止めない事だ。
「三つ目のルールです。私の質問に対してははっきりとした事実で答えて下さい。想像や予想は止めて下さい。あと、個人的な感情は極力省いていただけると助かります」
対立を解決するための要素は色々とある。
勿論、感情も一つのキーとなりえるのは私も理解している。
しかし、それは私に相談する上では必要が無い物でもある。
眼の前の二人が頷く。
これでようやく話を前に進める事ができる準備が整った。
そう、準備ができただけなのだ。
まだ一歩も進んでいないのだ。
思わず溜息が漏れてしまう。
既にかなり疲れ始めているが、ここからが本番なのであった。




