あなたの言葉に心はあるか-1
一日の授業が終わり、各人がそれぞれに動き出す時間。
遊ぶために走り出す者が居れば、自己を高めるために勉学に勤しむ者も居る。
そして、鍛錬のためにと集まりそれぞれに切磋琢磨する者達も居る。
校庭には格闘術や剣術を磨くために毎日残って修練を人々が居た。
学年が違う者達も集まり思い思いに切磋琢磨していく。
そうして体を鍛え、技術を学び、国を守る礎となる。
通常であればそこには熱気に満ちながらも規律があり、誰もがストイックに訓練に励む。
しかし、その日はいつもとは違ったのだった。
「だから何度も言ってるだろう!それはお前へのプレゼントを買うためで!サプライズするために隠してなきゃいけなくて!あの娘には相談に乗ってもらったお礼を渡しただけだって!」
「へぇ~そうなんだぁサプライズのために私以外の娘と仲良さそうにアクセサリー買いにデートですか?大体、相談する必要あるのかさえ疑わしいんですけどー。だって前から私はティピカの新作欲しいって言ってたんだし」
校庭の端で言葉をぶつけ合うのはいつもなら仲良く訓練をしている二人。
この学園の生徒であるセラムとベルーナのだった。
彼等は恋人同士であり、常ならば訓練をしているのかイチャついているのかわからないような者達だ。
それでも成績は決して悪くないのだから何も言えないわけだが。
だというのに、今日の二人はとても険悪な空気を撒き散らしていた。
触れるもの全てを傷つけるような剣呑な雰囲気が校庭の一角に形成されている。
上げる声も最初は冷静であったが徐々に大きくなり、今では怒声と言って良いだろう。
「そんなの一々覚えてられねぇよ!」
「そんなの?そうよねぇその程度よね、私の事なんて。可愛い可愛い浮気相手がいるもんねぇ!」
「浮気なんてしてねぇって言ってんだろ!大体サプライズが欲しいって言ってたのはお前だろ!」
「サプライズ浮気とはこれはこれは驚きましたなぁ!」
売り言葉に買い言葉とはまさにこの事だった。
元々はこんなヒートアップして言い争いをしているわけではなかった。
しかし、何かが原因で火が付いてしまったのだろう。
それは既に消す事ができない大火となり彼等を怒りの炎に包んでしまっていた。
そもそもの原因は昨日の休日にベルーナが見てしまった光景だった。
彼氏であるはずのセラムが女の子と仲良さそうにアクセサリーを買う姿を見てしまったのだ。
ベルーナは頭が真っ白になりその場で問い詰める事ができなかったのがそもそもの問題だったのかもしれない。
次の日に問いただそうとした時には彼女の中の感情は制御が利かなくなっていた。
セラムはすぐに謝ってくれたが、それを彼女は信用できなくなっていた。
口だけで謝罪をして二股をかけようとしているのでは?
もしくは私を捨てて新しい女に乗り換えようとしているのでは?
そんな疑念が頭から離れなかった。
そうなれば口から出てくる言葉は自然と棘のある物となっていく。
今となっては棘とは呼べず、刃物になり始めていたわけだが。
「だからしてねぇって!」
「信じられないって言ってるの!」
言い争っているのは校庭の端ではあるが周囲の人間が彼等に注目をする。
それは当然だ。
白昼堂々の痴話喧嘩。
誰であろうと見てしまうだろう。
それが普段は仲の良い恋人同士であれば尚更だ。
多くの人は心配をしてくれているのだろうし、中には面白がっている人もいるかもしれない。
冷静になればこんなところで喧嘩をしている事が恥ずかしくなるだろうが二人は既に冷静ではなかった。
お互いに罵り合う罵声は更に大きくなり、どちらが先に手を出すかというような時、彼等を諫めるために歩を進める者が来た。
「お前らちょっと落ち着け!」
場に怒声が響き渡る。
それは熱暴走していた二人の身が竦み、一瞬だけでも勢いが止まるほどの威圧感が含まれる大きな声。
威厳があり、有無を言わさぬ迫力があり先輩の声。
学園で知らぬものは居ない貴公子。
エクサス・カリニオンであった。
「いつも胸焼けするくらい仲が良かったお前らがどうした事だ」
「だってエクサス先輩!こいつが俺の話ぜんっぜん聞いてくれなくて!」
「何よ!私が悪いっていうの!?エクサス先輩!騙されちゃダメです!悪いのは浮気をしたこいつなんです!」
二人は仲裁に入ってくれたエクサスに詰め寄った。
なんとかして貴公子を味方につけようとしたのだ。
はっきり言ってしまえば、エクサスが味方に付いたほうが喧嘩に勝つであろう事は間違いがない。
エクサスは公明正大であり正義の人として知られていた。
その人が味方に付くという事は悪いのがどちらかはっきりする事だからだ。
「えぇい落ち着かんか!こういう時は第三者から話を聞くべきだと俺は教えられた。イルド!説明できるか?」
二人の喧嘩を見守っていた群衆の中に居たのは彼等の親しい友人でもあるイルド・ワシンだった。
最近は婚約者とのすれ違いが解消された事によりハッピーオーラを周囲へと振りまき続けているイルド。
エクサスが胸焼けがどうこう言っていたが、はっきり言って胸焼け度合いなら今のイルドのほうが上だろうと周囲は思っていた。
「俺が見る限りでは、セラムが浮気をしたとベルーナが疑って、それに対して弁明するも徐々にヒートアップって感じですね」
「それで、どちらが悪いのだ?」
「それは俺にはわかりません。エクサス先輩だって俺の脳筋具合知ってるじゃないですか」
「うむ。それはそうだな」
イルドははっきり言って脳筋だ。
だから、そんな者に聞いたとしても答えは出るわけがない。
そうなれば始まるのは先程の続きだ。
「ぜぇぇぇぇったい!セラムが悪いです!先輩も知ってますよね!私はセラムの彼女ですよ!ですよね!知ってますよね!」
「知ってるぞ。お前たちが四六時中ベタベタとイチャ付くから何度注意したかわからんからな」
「そうです!それなのにこいつ……別の女の子とデートしてたんですよ!これって酷くないですか!?」
その言葉にエクサスがセラムへと視線を向ける。
「それは本当なのか?」
「違います!デートなんてしてません!確かに買い物には付き合ってもらったすけど、それはそもそもベルーナへのプレゼントを買いに行ってたんですし!」
「へぇ~楽しそうだったけどね~私と居る時よりも~恋人と居る時よりも~ただ付き合ってもらった女の子とのほうが~。あぁ、付き合うってそういう意味?」
口調もさる事ながらその表情も既に臨戦態勢だ。
文句があるならかかってこいとベルーナの全身が言っていた。
そうなればセラムも黙ってはいられない。
「なんでそうなんだよ!お前こそ彼氏の言う事信じられねぇとか浮気してんじゃねぇだろうな!」
「はぁ?なんでそうなるわけ?意味わかんないんですけど!」
最初は謝罪の言葉も発していたセラムの顔も徐々に険しくなり、ついにはベルーナを罵り始めた。
これはベルーナとしては許せるはずもない言葉だ。
そもそも悪いのは浮気を疑われるような事をしたセラムなのだから。
そうして、お互いの感情が爆発していく。
後にはペンペン草も残らない。
そうなる前に再度の仲裁が入る。
「えぇい!一度黙れ!」
再度一喝される二人。
エクサスに窘められれば一度はブレーキがかかる。
それだけ彼は生徒たちの間でも大きな存在なのだ。
しかし、言葉を発せなくなっても二人は視線や態度で不満をこれでもかと表していた。
その二人の姿を見たエクサスは何かを思いついたような顔をして手を打つ。
そして、隣に居たイルドへと同意を求めるのだ。
「これはもう……あいつに相談するしか無いな!そう思わんかイルド!」
「ちょっと思ったんですけど、エクサス先輩……人の悩みにかこつけて魔女に会いに行く口実にしてません?」
イルドの言葉にいつも自信満々なエクサスの額を一筋の汗が流れるのを周囲の皆は見逃さないのであった。




