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少女は夜会に毒を盛る-5

 騒動が明けて数日。

 ここは学園の図書室。

 あの時のパーティーについての感謝と謝罪をしに私の後輩であるティピカが訪れていました。

 

「先輩方、本当にあの時はありがとうございました!無事にあの腐れ男との縁も切れました!」

「おぉ!それは良かったな!俺も慣れない芝居をした甲斐があったというものだ!」


 ティピカの言葉に対して豪快に笑うエクサスさん。

 彼にはあのパーティーでは矢面に立ってもらいました。

 ああいう場ではどれだけ正しい事を言っても理屈が通らない事があるので先ずは彼に場を整えてもらう必要あったためです。

 混沌とした場ではそれだけ声の大きさと人数という物は強いのです。

 しかし、彼にはそんなのを物ともしない人を惹きつけ従わせるオーラがあります。

 貴族としての貫禄をこれでもかと魅せつけた姿はこの人のファンが見れば感涙物の活躍だったでしょう。

 まぁ、私から見てもそれなりに良かったとは思います。


「特にエクサスせんぱいはぁ……格好良かったですぅ!流石は学園一の貴公子って感じでしたぁ!」

「そうか?俺は彼女に言われたままにやっただけだったからなぁ」

「そんな事ないですよぉ~もぉ~謙遜するところもぉ~素敵ですぅ!」


 後輩とじゃれ付く彼への視線が冷たくなる。

 彼がどんな女性にデレデレしようと関係が無いのだが目の前で下手な芝居を見せられればため息も出るという物だ。


「はぁ……そこまでにしておきなさい」

「ほえ?」

「あまり彼を(からか)わないように。善意で助けてくれた者に対するならば真摯になるべきです。あなたの意図に乗らないという状況も彼次第ではあったのですよ」


 私の言葉に反応して少女が彼から離れて居住まいを正す。

 眼の前にいる人物が放つ気配がガラッと変わる。

 先程までの甘ったるい雰囲気を撒き散らす人懐こい後輩の姿はそこにはない。

 急に雰囲気が変わった少女に彼は戸惑っているようだ。

 同一人物である事が信じられないほどに纏っている気配を変えた後輩が私達に向き直る。


「この度は私を危機から救っていただき誠にありがとうございます。このご恩はいずれ何らかの形でお返し致します。流石は私の尊敬するリフィル先輩でございます。“図書室の魔女”の異名はまさしくでございました」

「な、なんだ……?」

「そして、私のような者の為に身体を張っていただいたエクサス様にも厚く御礼を申し上げます。縁も薄く、あなたに利をもたらす者ではない私の為に行動してくださった。その行いに私は救われました。本当にありがとうございます」


 片足を引き、 両手で制服のスカートの裾を軽く持ち上げて背筋を伸ばしたまま感謝を述べる。

 淑女の礼儀正しい挨拶だ。

 先程までの騒がしい少女の姿はそこには無い。

 豹変した後輩に彼はついてこれないが、これもまた本当の姿。

 女は色々な顔を持つ。

 この娘は少し極端かもしれないが。


「……どういう事なのだ?」

「ふふっ……何もわからず踊ったのと、わかった上で踊って頂いたのでは結果は同じであれ違いはあるという事です。勿論、先程までの感謝も決して嘘ではありませんが」


 いつの間にか目の間に居る後輩の姿は少女ではなく女性となっていた。

 姿形は同じでも発する雰囲気が全ての印象を塗り替えていく。

 

「もう大丈夫そうですか?」

「はい。あちらの責任で婚約を破棄できましたし賠償金も当初の契約よりも多目に頂くことができました。ブランドにも傷一つつきませんでした。むしろ前よりも評判が良くなりそうですし」


 ティピカが妖艶に微笑む。

 無邪気に振る舞っていた先程とは別種の魅力が撒き散らされる。

 蠱惑的で危うい香り。

 その姿からは人を虜にする何かがむせかえるほどに溢れ出ていた。


「私も元々婚約を破棄したいと思ってはいたのです。しかし、私の家に力が無かった頃に結んだ不平等な契約のためにこちら側に不徳があった場合の罰則条項があまりに重かった。なので私から破棄を言い出すという事は現実的ではありませんでした。そもそもスキャンダラスな内容は私のイメージにもそぐわないですし困っていたのです」


 明らかに不平等に結ばされた契約。

 だが、それがどれだけ理不尽な物であっても結んでしまっているならば従わざるを得ない。


「あちらとしては精神的にも身体的にも色々な物が溜まっていったのでしょう。私がいつの間にか有名デザイナーになりあの男の影響力を上回りそうになったのが一番の原因でしょうが」

「支配するはずだった少女に上に立たれるのは我慢がならないという訳ですか。自分で見出した存在だというのに馬鹿な話です」

「私の全てが想像以上に気に入らなかったのでしょう。だから、あちらも婚約を破棄したいと考えていた。そうなれば後はどちらが先に言い出すか、もしくはどちらが先に落ち度を作るかの我慢比べです」


 その言葉に黙って後輩の言葉を聞いていた彼が首を傾げながら疑問を呈する。


「どちらも結婚したくないなら話し合えば良かったのではないか?」


 婚約の解消自体は双方とも合意するはずだった。

 だが、あの男には婚約を円満に解消する気が無かった。

 責任を相手に擦り付けるにはどうすれば良いか。

 賠償を請求する権利をどうすれば得ることができるか。

 新しい恋人に対してアピールするポイントに使えるのではないか。

 自分のすべての欲を満たそうと男は考えた。

 

 そして、その考えは目の前の少女も変わらない。

 円満に解消をしないのであれば相手にできる限りの損害を与えつつ自分の被害を極力減らす。

 できる事ならば利益を得られれば最高だ。

 相手が殴ってくるのであればどうにかして殴り返す方法は無いのかと考えていた。

 単純な話、二人はお互いの頭の中では既に交戦状態だったのだ。


「ふふふっそうですね。円満解消ですか。そうなれば良かったのですが世の男性方はあなた様のように高潔ではないのです。勿論、世の女性方もリフィル先輩のように理性的ではありませんが」


 女の私でもドキリとするような視線を幼く見える少女が向けてくる。

 今の流し目など色気がありすぎて私には真似できそうにない仕草だ。

 この娘はよく私が大人っぽくて羨ましいと口にするが、どう考えても私よりも女の武器を熟知しているように思えた。


「私は欲という点では特に問題なく生活をしておりましたがあの人は違ったようですね。近づいてきた女に誑かされたのかどうかはわかりませんが男としての欲が我慢できなくなった。恋愛としての物なのかそれともそれ以外の物なのかはわかりませんが。どちらにせよ、私との関係を切らないまま欲を満たせばそれは不貞です」


 クスクスと笑いながら語る姿に愛らしい後輩の面影はない。

 隣に居る彼は静かに言葉を聞いているが、その顔は少し引きつっているように見える。

 あまり女性に免疫が無い彼からすれば後輩のこのような姿は予想外だったのだろう。

 無邪気に見えた彼女の姿は一面でしかないのだから。


「できれば賠償金は払いたくない。責任を押し付けたい。だから、何か問題を起こして欲しい。でも何も起きない。その内に考えたのでしょう。問題を起こさないなら捏造すれば良いと。ふふっ……子供みたいですね。全く可愛くはありませんが」


 幼さを感じさせる容貌からは不釣り合いな言葉が彼女の口から紡がれる。 

 男を手玉に取る女というあの男の評価は当たらずとも遠からずだったと言う事だ。


「ただ、こうまで上手く行ったのはお二方のおかげです。あの場でお二人が私に救いの手を伸ばしてくれる事こそが私の勝利条件。お二人の善意に私は甘えさせていただきました。本当にありがとうございます」


 彼女は再度、静かに深々と頭を下げる。

 だから、私はこの娘を嫌いにはなれないのだ。


「そう思うなら最初からそういう態度を取りなさい。まったく……」


 彼女が努力をして悩んで苦しんで自身のブランドを確立した事を私は知っている。

 癖のある性格だが場が明るくなるし何だかんだで一線を間違える事はない事も知っている。

 どんな時でも神出鬼没に図書室に現れて何も気にせずに私に資料を請求する姿は好ましい物だった。

 そんな娘だから多少の失礼を皆が許してしまう。

 私もこの娘に甘くなってしまう一人だ。

 だから、不当に貶められようとしていた事を防げたというのは本当に喜ばしい事。


「ごめんなさーい!でもでもぉ私だって恋したいしぃ~先輩がこんな良い男を放流したのが悪いとおもいまーす!」


 舌を出しながら甘えるように軽口を叩く。

 そんな姿さえも魅力的なのだから質が悪いのです。

 


 そうしてティピカは私達に礼を言って去っていた。

 残されたのは日常が戻ってきた事に満足している私と理解が追いついていない彼。


「あの娘が色々とわかった上で行動していた事は何となく理解したが……説明してくれるか?」


 あの夜に自信満々に立ち回っていた姿が魔獣の王だとすれば、訳がわからずしょんぼりしている今の彼の姿は子犬のよう。

 少しだけ可愛く感じてしまう。


「そうですね……まずあの娘はあのパーティーで糾弾される事を予測していました」

「なんだと……?しかし、そんな事を予想していたらパーティーに行かないんじゃないのか?」

「いえ、彼女に選択肢はありません。正式な婚約者から招待されているパーティーです。一度断ったとしてもどこかで参加する必要が出てきます。あの男はティピカが参加した時に計画を実行すれば良いだけですからね。罠があるとわかっていても行くしかない時が来るわけです」


 あの時、男が語った内容は全てが嘘だ。

 取り巻き達の証言も合わせて完全なでっち上げなのだから、仕掛けるのはいつでも問題が無い。

 彼女がパーティーに参加した時にあの茶番劇を始めれば良いだけ。

 そして、それを避け続ける事はできない。

 だが、それが有利に働く点もある。


「逆に言えば罠が発動するタイミングはあの娘が選べたという事です。出席者を確認し、明らかに違和感を感じたならば罠が仕掛けられてる可能性が高い。後はその場に出向けば何かが起こるというわけです」

「なるほど……」

「あの男の目的は婚約の破棄ではありません。それは確定事項だからです。特に何が無くとも、いつかは賠償を支払ってでも婚約破棄をするつもりだったと考えられます。では何が目的だったか?責任を押し付けるという要素はあったでしょうが第一目標は彼女のブランドに傷をつける事のはずです。その場合、一番単純な方法はありもしないゴシップを広める事でしょう」


 違和感のある出席者。

 男に近づいている商売敵の女性。

 効果的にブランドに傷をつける方法。

 将来的な敵を潰しつつ自分に有利な条件で婚約を破棄する方法とは何か?

 一石二鳥を狙ったであろう企て。

 それらを考えて情報を少し集めれば対策も練れる。


「頭の良い娘です。内容もある程度は想像がついたのでしょう。その対抗策として白羽の矢が立ったのが私達です」

「あの騒動を収めるために呼ばれた……という事か?」

「私達はあの娘が仕込んだ毒だったのですよ。何も起きなくても問題は無いし、もしも何かが起きたのであれば正義感の強いあなたは黙っていられないでしょう?私も目の前であのような事が行われれば動きます。あれで可愛い後輩ですから」


 しかし、この毒がどの程度の威力になるかは男の出方次第だったはず。

 展開次第では男を軽く諌めて終わりなんていう事もあったかもしれない。

 だが、あの男は全力であの娘を潰しにかかった。

 そうなれば毒の威力はその分増す。

 この毒は込められた悪意を倍にして返す物だったのだから。


「自分よりも高位の者が居ない事があの男のプランの前提なのは不自然な出席者を見ればすぐにわかります。その場合、あの娘が招く人物だけが隙となる」


 私たちはあのパーティーに正式に招待されたわけではない。

 あの娘が主催者の婚約者という立場を利用して無理に捩じ込んだ参加者。

 大貴族の後継者と大商会の娘という猛毒。

 その毒に男は気づかなかった。


「ティピカが学園の友人を連れてきたという事は男の耳にも当然入っていたはずです。だというのに私達の素性を確認せずに計画を実行した。恐らくは遥かに歳下の成り上がりの小娘に自分以上の権力者との伝手は無いはずだと侮った。全ての事柄であの娘の事を軽んじていた。それがあの男の敗因です」


 後は会場で起こった通りだ。

 そもそもが破綻している虚偽を並べ立てただけの男を捻じ伏せる事は彼の大貴族としての身分があれば問題は無い。

 それがスムーズに行くように軽く私が補佐すれば結果は火を見るより明らか。

 出来上がったのは婚約者を悪者に仕立て上げた碌でもない男とその男に騙されかけた可憐な少女。

 会場に居た多数の第三者はどのようにこれを話すだろうか?

 世間はどちらの味方をするだろうか?

 考えるまでもない。


「結果はあの娘の一人勝ちという訳です」

「あんな少女がそんな事を考えていたというのか……いや、考えていたのだろうな。先程の様子を見る限りでは。説明されなければそんな事を考えていたなぞ全くわからんかったぞ……」


 何も知らないようなあどけない態度から一転、妖艶な大人の顔になった彼女の姿を思い出しているのでしょう。

 女だけではありません。

 人間は色々な顔を用意しているのです。

 それは悪い事ではなく普通の事。

 少女だから、清楚に見えるから、貴族だから、平民だから。

 そんな事は多面性を否定する材料にはならないのです。


「ふぅ……全く心配になってしまいますよ。本当に大丈夫ですか?変な女性に騙されたりしてませんか?」

「それは大丈夫だ!毎回、お前に相談しているからな!」


 その返答に肩を落とす。

 それで良いのか貴公子よと。

 もしかして、私という婚約者が居たから女性に対する警戒心が育たなかった?

 婚約者が居るからと警戒する以前にシャットアウトしていたようですから。

 彼がこうなってしまっているのは私の責任も多少はあるのでしょうか?


「しかし怖いな……女性不信になってもおかしくないぞ……」


 しみじみと呟く彼に苦笑してしまう。

 ティピカが出したギャップに身震いする姿に保護欲が湧いてしまった。


「前にも言ったでしょう。女は狐だと」


 彼の中の女性像は少し理想的にすぎる。

 それが見ていて危なっかしい。

 関わりが深くなればなるほど目が離せなくなってしまう気がしてなりません。

 頼られるのは嫌ではありませんが、少し困ってしまいます。

 ですが、今は良いとしましょう。

 胸に渦巻く感情が一体何かという証明をする必要が無い限りは問題にはなりませんから。

婚約破棄を告げる事を公衆の面前で行う不自然では無い理由とは、というのがスタートだった話。

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