少女は夜会に毒を盛る-4
「あぁ~少し良いだろうか?」
そう言いながら俺は騒ぎの中心へと足を踏み入れる。
一斉に視線が俺に集まる。
気持ちよく口汚い言葉を歌い上げていた男が怪訝そうな顔をしてこちらを見やる。
それはそうだ。
この茶番劇に口を挟む人間など居ないはずだったのだから。
頭の中の出席人物を総ざらいしても俺の名前が出てこないのだろう。
当然だ。
俺とリフィルの二人はこの男の招待客ではない。
少女が婚約者という立場を利用して捩じ込んだ飛び入り参加なのだから。
「なんだね君は?私達に何か言いたい事でも?」
「あぁすまない。あまり商会のパーティーなどには顔を出す事はないのだが平民のパーティーとはこういう物なのかな?」
「なんだ貴様は……失礼だぞ!」
威圧的に大声を出す男。
こいつからすれば予想外だ。
この場において自分が最大の権力者。
だというのにこのような不躾な事を言ってくる者が居るとは思わなかったのだろう。
だが、違う。
ここにはお前よりも権力を持つ人間が紛れ込んでいるのだ。
そして俺は自己紹介をする。
「自己紹介がまだだったな。俺はエクサス・カリニオンと言う」
俺の家名はこの国に住む人間であれば貴族社会に顔を出していなくとも知っている大貴族だ。
その俺が目の前で涙ぐむ娘と同じ学園に通っている事は少し考えれば想像が付く。
上流階級の人間の多くはその学園に通うのだから。
「何故そのようなお方がっ!」
「確かに……私、学園でお見かけした事ありますわ」
「正装されてるから最初はわからなかったけど確かにそうだわ」
周囲には同じ学園の生徒が幾人も居たので俺の存在を認知してくれた。
有名になって良いと思った事などあまりなかったがこの時は俺の知名度が一つの武器になったのだ。
俺の存在を認識した男は冷や汗を少しだけかきながらも平静を装う。
「あぁ……申し訳ありません。少し興奮してしまっていたようです。して、私どもに何か?」
俺が出てきた事で計画に多少の歪みが出た事を認識したのだろう。
しかし、それは多少ではない事を今から思い知らせる。
この場に俺とリフィルがいた事がお前の敗因だと思い知らせてやるのだ。
「先程から、この娘に対して色々と言っているようだが、それは本当の事なのか気になってしまってな?恥ずかしい話だが私も以前に婚約者とは袂を分かっていてね。世の中には酷い女性がいるものだなと」
俺は努めて優しく問いかけた。
婚約者と別れた事があるという話に目の前の男が少しだけ表情を緩める。
その話は学園では有名な話であり、周囲から「あぁ~聞いた事ある」という声が囁かれていた。
事実だから仕方が無いのだが少しだけ不満だ。
俺は確かに婚約を解消したが、このような事はしなかった。
そう言ってやりたい気持ちをぐっと堪える。
今やるべきはそんな事ではないからだ。
リフィルの指令が脳裏に蘇る。
“今までの言葉が真実だという言質をとって下さい”
俺はこの場に進み出る前にリフィルから演劇の台本を授けられている。
あいつらが行っていたのは酷く悪趣味な茶番劇だったが、これから俺が行うのは魔女謹製の茶番劇。
俺は腐っても大貴族だ。
権謀術数渦巻く社交界での経験はそれなりにある。
流れを作る方向を指示してくれれば後は俺がアドリブで組み立てる事くらいはできる。
「そうなのです!この女はあどけない容貌を武器に裏では考えられないような悪行ばかりを行っていたのです!男を誑かす悪女ですよ!」
「そんなっ!そんな事私は……っ!」
「えぇい煩い!お前がした事は全てわかっていると言っている!これだけ証人が居るのだぞ!」
一喝された少女が身を竦める。
男は今も自分が優位に立っていると思っている。
予想外の闖入者があったが、どうやら影響は少ないと思っているのだろう。
むしろ、大貴族が味方になってくれれば更に追い込めると思っているのかもしれないな。
残念だがお前が書いた筋書きはここまでだ。
ここからは配役が代わる。
主役だった男が敵に。
敵だった少女がヒロインに代わるのだ。
「で、どうなのだ?それは真実なのか?」
「当然です!女というのは本当に油断なりません。私もこの外見に騙されかけましたよ。あなた様の婚約者とやらも相当な腹黒の碌でもない女だったのでしょう。お察しいたします」
本気でこの男をぶん殴りたくなったが視界の端に映るリフィルの姿が俺を冷静に戻す。
彼女はこんな男に何を言われようと気にしないだろう。
「そうかそうか。他の者達も口にした事に嘘偽りは無いな?」
にこやかな表情で周囲に問いかける。
その言葉に少しだけ緊張したような空気が流れた。
俺の乱入によるアドリブを強制されてしまった者達は早く結末に着地して欲しいと思っているはずだ。
そして、それが思わぬ方向に進む予感を感じたのかもしれない。
申し訳ないが少しだけ付き合ってもらう。
だが、安心して欲しい。
お前達の出番は少ないから問題ないだろう。
ここから先は魔女の掌の上。
お前たちが把握しているつまらない筋書きは存在しない。
「では、その証拠を出していただきたい」
そう言って俺は笑顔のまま男へと手を差し出した。
◇
「証拠……?」
「そう証拠だ。こんな公衆の面前で婦女子を罵倒しているのだ。証拠の一つや二つあるのだろう?」
その言葉に固まる男。
衆人環視の中で少女を貶めているのだから、それ相応の証拠があるのだろうと再度男へと催促する。
しかし、男は動けない。
当然だ。
奴が並べ立てた物は全て嘘。
証拠などあるはずがない事はわかっている。
もしかしたら、挙げ連ねていた罪状の中に一つくらいは真実が含まれている可能性もある。
しかし、この男が糾弾する起点に選んだ証言については嘘だという事が確定している。
この数日間についてはあの娘はリフィルの家に寝泊まりしてずっと作業をしていた事実を俺は知っているからだ。
それだけわかれば男の筋書きは崩れ去る。
「何度も言うようにこの者達が見たのです!この女がっ」
「それは証拠ではなくて“証言”だろう。そんな物はなんとでもなる」
俺は周囲を見渡す。
そこには大多数の観客。
他人事だと安全地帯から見守っている者達が居る。
少しだけ手伝ってもらう事としよう。
「そこの君」
「は、はい?俺ですか?」
「そう、そこの君だ。君が連れている横の女性は恋人かな?」
「は……はい。そうですけど……」
魔女が主催の劇は参加型だ。
俺が指名したのは少しだけ無理をして正装をしている男の子。
まだ幼さが残る容姿からして恐らくは俺と同じ学園に在籍している人間、後輩だろう。
あの男が悪評を広めるために招待されていた悪意のない第三者。
彼の横にはこれまた少しだけ背伸びをしたドレスを来ている女の子が居る。
腕を絡めて寄り添う姿から関係性が連想しやすくとても助かった。
「そうか。先日見かけた時と違う女性を連れてきているようだが、こちらが恋人というわけだ」
「なっ!なにを突然!」
「ちょっと!どういう事!?」
突然の俺の暴露に慌てふためく男の子といきり立つ女の子。
今まで他人事だと遠巻きに騒動を見ていたであろう二人へと周囲の視線が移る。
「なんて事を言うんですか!?いくら偉い貴族でも……こんな嘘を吐くなんて!」
「いやいや、俺は確かに見たよ。君はとても美しく大人びた女性と仲睦まじく歩いていた。羨ましいと思ったからよく覚えている」
「大人びた……ちょっと……ほんと酷い……どういう事なの!?」
「嘘だ!でっちあげだ!」
男の子は急に襲ってきた理不尽な疑惑に大声で否定をする事しかできない。
その姿は哀れになるほど必死で、だからこそ真実を言われて焦っているようにも見える。
本当に申し訳ない。
後で誠心誠意の謝罪はしよう。
「そうだ!証拠だ!証拠はあるんですか!突然こんな事言って!」
「無い。何も無い。俺の“証言”だけだ」
俺と男子のやり取りに何人かが気づく。
これは今まで目の前で行われていた事の再現だ。
一方的な証言だけで糾弾されるという図。
演者を変えただけでやっている事は同じだ。
「さぁ、この場合。“浮気がある”と言いはる俺と“浮気は無い”と言う君。証拠を出すべきはどちらだろうか?」
「それは……」
「俺は君がどんな証拠を出して来ても反論しよう。考えられないような可能性を持ち出して否定しよう。そうすると浮気をしていない事を証明はできない。そう思わないか?」
“無い”という事を証明しようとした場合、ありとあらゆる可能性を潰さなければならない。
はっきり言ってそれは不可能だ。
「だから、こういう場合に証明する責任があるのは“ある”とした側。俺が証拠を出す必要がある。そうだろ」
「そっそうです!わかっているなら証拠を出してください!」
「いや、すまない。完全な嘘だ。だから証拠など無いんだ。本当に申し訳ない」
“無い”事を証明するのはほぼ不可能であり、魔女曰く悪魔の証明と言うらしい。
対立する二者が居る場合、証明責任があるのは事実が“無い”と主張する側では無い。
その事実が“ある”とする者にこそ、その責任がある。
これが魔女からの二つ目の指令。
“誰でも良いので外野を巻き込んで下さい。そして証言はどうとでもなるという事と証拠を用意する必要があるのは誰かを明確にして下さい”
巻き込んだ二人に頭を下げて謝罪をする。
急に素直に嘘を認めた俺に感情が追いつかないのか目の前の男の子も女の子も口をあけてポカーンとしている。
「さて、俺は証拠が用意できなかった。嘘だから当然だ。だが、そちらに居並ぶ方たちはそうではないだろう?こんな場所で大々的に個人を貶めたんだ。そんな物は無い……では通用しない」
俺の目が細まる。
にやけ面だった男の顔が引き攣るのがわかる。
お膳立てはこれで終わりだ。
周囲の人間は俺の三文芝居で認識したはずだ。
一方的に証言だけで事を押し進めようという異常さを。
「さぁ。早く出してくれ。俺の後輩を糾弾した理由となる確固とした証拠を。あるのだろう?」
「いえ……急にそんな事言われても……」
「あるのか?ないのか?出せるのか!?出せないのか!?」
先程まで無理矢理に穏やかな表情を作っていたがその必要はもう無い。
笑顔を引っ込める。
威圧感が増すように声量を大きくして怒鳴りつける。
抑えていた怒りを噴出させる。
貴族に相応しい尊大な態度。
この場において誰が強者かを強調するための怒声。
更に近くのテーブルに拳を叩きつけて威嚇する。
あまり良い行いではないがここではそれが役に立つ。
この男の企みは自身が一番強い立場という事が前提だ。
普通に考えればあのような異常な光景を止める者が必ず出る。
だから、誰かが口を挟んできたとしても「黙れ!」の一言で下がらせる事ができなければ茶番劇がすぐ終わってしまう。
主導権を握っていなければ不測の事態が起きた時に「話は終わりだ!」と打ち切る事もできない。
だが、俺にそれらは通用しない。
何故なら俺は間違いなくこの場で一番の権力者だからだ。
「後ろのお前たちもだ!証拠も無しに婦女子を貶めるなど許されんぞ!先程の証言についても後日、私の方で詳細な調査をさせてもらう。本当かどうかは調べればわかる事だからな。そうだな、ウチの諜報担当達の調査課題にしよう。報奨も出せば本気で取り組むだろう」
「そんなっ!」
「嘘を吐いていなければそれで良いだけだ。本当なのだろう?全て……な」
取り巻き達から声にならない悲鳴があがる。
彼等の中には不本意ながら参加していた者もいただろう。
力関係が明確で協力せざるを得ない。
だが、更に上位者からの力が加わればその前提は崩れる。
このまま協力をすれば大貴族である俺を敵にするという事なのだから。
先程までと打って変わって静まり返る場。
そして、最後の一撃が放たれる。
「そもそもですね。ここ一週間は彼女は私の家に泊まっていましたから男性となんて会えませんよ」
人垣の最後方から凛とした声が響く。
静寂に包まれていた場に放たれる真実の一言。
そこには俺に台本を授けたリフィルが居た。
主演が俺だったとしたら監督演出助演はリフィルだ。
リフィルは俺と同様に自己紹介をする。
彼女の家も俺と同等以上の家柄。
ラインズ商会と言えば国内のあらゆる商売を牛耳ると言っても過言ではない大商会だ。
俺達は本来ならばこの場に居るはずもない人物。
主催の男の配役表には確実に載っていなかったイレギュラーだ。
「私もあの方たちと同じく“証言”だけです。私も嘘を吐いているかもしれません。どちらを信じるかは皆様次第です。でも、私は真実を言っているので発言を撤回する事は致しません」
「そちらの面々も本当の事を言っているのだろう?だが、もしも、もしもだが。嘘を吐いたという者が居れば早く名乗り出た方が良いぞ。誰でも一度くらいは間違いをする。それを許すくらいの度量は俺にもあるからな」
そして、少なくとも嘘が一つ紛れ込んでいる事を俺達は知っている。
その証言を支持していた奴等が嘘を吐いている事を知っている。
だから、最後の指令で全てが終わるのだ。
“取り巻き達に圧力をかけてください。そして逃げ道を作ってください”
そうすればどうなるか?
これから大打撃を負うであろう商会を敵とするか。
それとも国内屈指の大貴族の跡取りと大商会の娘を敵とするか。
二者択一。
「す……すみませんでした!うそ……嘘を……嘘を吐きました!脅されたんです!こう言えって脅されたんです!」
「お、俺もだ!俺も嘘を吐いた!強制されたんです!本当です!そうしないと……俺の家みたいな小さなところは……断れなかったんです……」
離反者が出て終わりだ。
元々、何かの信念があって協力していたわけではないのだから益ではなく害しかないのであれば離反する事に躊躇など無い。
「貴様らぁ!何を言っている!こんな……こんな男のっ……」
「こんな男?それは俺の事か?」
「うぐ……っ」
「言いたい事があれば言って良いぞ。さぁ!さぁ!こんな男に言いたい事があるのだろう!」
軽く凄めば言葉に詰まる。
この程度の姑息な男の胆力などたかが知れている。
普段、魔獣に対している俺からすれば狼狽する男を黙らせる事など造作もない。
その姿を見て次々と証言を翻す取り巻き達。
残されたのは青白いを通り越して紫色のような顔色になっている主催の男。
みっともなく喚き散らす男に周囲から侮蔑の視線が注がれる。
怒りか絶望かわからないが小刻みに震える様は哀れだが同情はしない。
あの男を罪に問う事はできない。
だが、罪に問われなかったとしても何もダメージを負わないかと言えばそうではない。
今後、あの男から卑劣漢だというレッテルが剥がれる事はないだろう。
そのような者がトップに座る商会がどのような印象を持たれるかなど簡単に想像できてしまう。
「災難だったな。あんな男が婚約者など」
そしてもう一人の主役だった少女には同情の視線が集まる。
先程までは糾弾され断罪される悪女だった少女は今では救済されるヒロインとなっていた。
憔悴しきった顔の少女は地面にペタンと座り込んで居た。
「……いえ……ありがとうございます。急にあんな事言われて、私……私……」
泣き出す少女が俺の胸に飛び込んでいる。
肩を抱いてやれば想像以上に小さな身体だ。
元々、小柄な少女ではあったが怯えきっている今は更に小さく感じる。
俺は少女が落ち着くまで胸を貸してやる事しかできなかった。
涙が止まるように柔らかく頭を撫でてやる。
このような少女を陥れようとした男の策略を潰せた事に安堵する。
視線の隅にこちらを白い目で見ている気がする魔女の姿があった事だけが問題であったが。




