最終話
耳をつんざく悲鳴。
神様、これは罰ですか?
帝を想えなかった私への。物の化を愛しいと思った私への。責務と言う言葉を投げだした私への!
「物の化! 物の化!」
恐ろしくて目を閉じれない。泣き叫ぶことしか出来ない。
「陰陽師殿! 早くその物の化を退治してくだされ! このままでは本当に一の姫が狂ってしまう!」
違う! 私は、操られてなどいない。これは、私の意思!
「一の姫!」
暴れて、暴れて。十二単のうちの何枚かが脱げて、転んでしまう。
「物の化!」
痛みに顔を顰めながら、届く距離でもないのに、手を伸ばす。物の化は、笑っていた。手が届かない。言葉も届かない。それなのに、笑っている。物の化の口が、大丈夫ですよ、と。そう動いて……喰われた。
「いや」
喰らいつかれた喉元から鮮血が。
「やめて」
物の化が、消えていく。
「爆!」
陰陽師の言葉と共に弾ける物の化。それは、どこまでも色鮮やかに。物の化が姿を弾けて消すと同時に、ぱんっと、幾千もの桜の花弁が舞った。
「物の…化?」
ひらり、ふわり。薄紅色の花弁は、風に弄ばれることなく、一枚一枚が意思を持つかのように、私を包み込んでいく。
「これは?」
視界が、桜の花弁一色に染まる。どうやら、従者達との隔たりとなっているようだけれど。
「えっと……立花」
「はい、お呼びですか?」
「生きて、いたの。さ、流石物の化、しぶといのね」
ふわりと後ろから、甘い声がかけられる。私は、振り向けない。
「そうです。私はしぶといんです」
背後から抱き締められて、涙の後をそっと拭われる。
「死んでしまったのかと思ったわ」
「申し訳ありません。牛車から飛び降りてしまう程に、下々の人間達に顔を晒してしまう程に、私は……千雪姫に愛おしまれているのですね」
「はしたない。穴があったら入りたいわ」
くつくつと笑う物の化は、本当に嬉しそうで、まあいいか、と思えてしまう。あんなに頑張ったのに。
帝の元へと決まってから、桜の木を余所へと移させ、清明様の元へ移った。何も言わずに離れるのは、卑怯者のすることだと思う。でも、また会ってしまっては、決心がきっと鈍ってしまうから。左大臣家の娘である事実は変わらない。逃げても、連れ戻される。都一の清明様のお札を燃やせる程度には強いのだろうけれど、敵わないだろうな、とも思った。
「私は千雪姫を怒らせてばかりですね。いつもならば謝罪をしていたのでしょうが……こればかりはどうしようもない。姫君のお考えは理解しているつもりです。私の身を案じて下さったのでしょう。ですが、千雪姫。姫は、私がお嫌いではないのでしょう?」
「意地の悪い物の化ね」
「桜の化身ですって。ああ、そうだ。もっと怒らせてしまう前に、謝罪しておかねば。北の方の件は置いておいて、とりあえず攫います」
「え?」
「千雪姫に会えなくなってからの一ヶ月間、廃れた屋敷をいろんな方々に手伝って頂いて、千雪姫が暮らせるように整えました」
手伝って下さったのは物の化ばかりで、勝手がわからずにすごく大変だったんですよ、と笑う物の化は、笑っているはずなのに少し……怖い。なんというか、有無を言わせない強さに、そのまま抱き上げられても動けない。
「大丈夫ですよ。姫君の代わりは沢山いる」
「怒っているのね」
「別に、怒ってなどいませんよ。事実を述べたまでです。まだ、三人の姫が下にいらっしゃるでしょう?今回の入内の代えはいくらでもいる。ですが、千雪姫を欲する私にとって、貴方の代わりはいないのです」
「でも」
「ふふ、大丈夫です。形ばかりの捜索が行われるだけで、私を調伏して姫君を取り返そうとする者はいませんよ」
「何故、そんなこと」
「一体、都にいくつの桜の木があるとお思いで?それを一本ずつ斬り倒して行くのですか?」
「それは……大変そうね」
「でしょう?それよりも、代えを用意する方がよほど楽でしょう。何より、今日の姫君の警護にあの狐の子が来ていない時点で、彼は捜索に参加しないでしょう。貴方を一番に必要としているのは帝じゃない。私です」
桜の花弁が舞い落ちて、喧騒が戻ってくる。
「立花」
無意識のうちに名を呼んで、しがみ付いて。呆れてしまう。こんなにも私の心は決まっていたのに、責務を建前に逃げようとした自分が恥ずかしい。
「私、立花よりも先に儚くなるわよ」
「大丈夫です。一年中、千雪姫の為だけに咲いて、それでもって一緒に儚くなってあげます」
「しわくちゃの老婆になるわよ」
「ふふ。私は容姿を気にいたわけではないですし、なんなら、一緒にこの姿をしわくちゃな老夫に変えてあげますよ」
「それは……素敵ね」
陰陽師が放った術を立花は軽くかわして、笑う。
「でしょう?ですから、一緒に素敵な老夫婦になりましょうね」
おしまい
中学生の頃に書いたお話。日に焼けたルーズリーフをずっとしまっておくのはなんとなく悲しくて、こちらへ投稿してみました。少しでも、読者の方の時間潰しにでもなっていれば、幸せです。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。