第3話 -強者は崩れ落ちて-
バンッ――
「っ!?ぐあっ!!!!」
まるでスローモーションだった。
あくまで強者だった目の前の男が、ゆっくりその場に崩れ落ちていく。
「なっ!なんだ!!」
もう1人の男も狼狽える。
「弱い者いじめは楽しいか?」
私の後ろから聞こえる声。
ただ私は、地べたで腕を抑えて縮こまる男から目が離せずにいた。
「シエル!!!」
私の名を呼ぶ声にようやく動き出す。
振り向くと、ロイド局長の姿。
「ロ、イド局、長?」
そしてその隣には、見るからに位が高いであろう男性が銃を片手に立っている。
その隣にも、剣を構えた男性が2人。
局長が私に駆け寄り、私の前に座り込む。
「シエル!大丈夫か!?」
「え?えぇ、なんとか…。」
「っ!!シエル!髪がっ」
ロイド局長が私の髪を撫でる。
「逃げるために、必死で――。」
「……、どっちがその選択をさせた?」
「え?」
「まぁ、どちらでもいいか…。」
ロイド局長は、私の髪から手を離すとゆらりと立ち上がり銃を持った彼に近づく。
「…貸せ」
「は?」
「貸せ」
「いや、無理だろ。お前、こいつらのこと殺す気だろ。」
「なら、セラフお前の剣でいい寄越せ」
「え!?いやいやいやいや!駄目だって!目が怖いって!ロイドさん!」
「ロイドさん、ここからは我々がしっかり制裁するのでお任せいただけませんか。」
慌ててロイド局長の動きを止めにかかるその人たち。
「ロイド局長、私は大丈夫です。髪も、きっとすぐに伸びます。
その方々も、裁いてくれるとおっしゃっていますし」
ロイド局長が、こちらに視線を向ける。
「いや、だってシエル。
君いつも綺麗な髪をしていただろ、手入れが行届いているからきっと大切にしているのだろうなと思っていたんだが。」
「そう、ですね…。
父は生前、母の髪は『まるで、宝石のように美しかった』と話していました。
そして、私の髪も母に似てとても美しいと褒めてくれました。
私にとって、母を感じられるものの一つだったんです。
ま、でも、命を失うくらいなら髪を失った方がまだね、よかったから」
無意識に毛先へ手が伸びた。
いつもならそこにあるはずの髪に、指が触れない。
その事実に、胸の奥が痛くなった。
「やはり、殺すか」
短くそう呟くのは、ロイド局長。
ではなく、銃を持った彼。
…あれ?
この方、どこかで。
「お!おやめ下さい!アレル陛下!」
――アレル、陛下?
「アレル陛下?!」
思わず大きな声が出てしまう。
「お、お嬢さんも少し落ち着いたか?」
ロイド局長がセシルと呼んでいた方が、ニカっと笑ってこちらを見ながら声をかける。
「ご紹介が遅れました。こちらは、ルヴァール王国
第二王子、アレル・ルヴァール陛下です。」
もう1人、ロイド局長とアレル陛下を必死に止めていた方が紹介する。
「第二、王子…。」
「まるで第二王子の行動をしておりませんので、気付かれなくても無理はありません。」
「は?どういう意味だ、ノル」
「そのままの意味ですが?
従者よりも先に前線に出てしまわれ、挙げ句の果てにはご自身で命まで取ろうとなさる。
そのような方がまさか、第二王子陛下だと誰が思いましょう。」
目の前で繰り広げられる現実味を感じない光景に思わず、目をぱちぱちさせてしまう。
「王宮に用事があると伝えていただろ?
実は、アレル陛下に直接渡す重要な手紙があってな。行くのが面倒で先延ばしにしていたら
呼び出されたんだ。」
ロイド局長が、私の様子を見て少し口元を緩めながら説明してくれる。
「当たり前だろ、俺宛だったからまだよかったが父上や兄上宛だったらより急を要していたかもしれないんだぞ」
「お前宛なのを確認したから先延ばしにしていたんだ。」
露骨に嫌そうな顔をするアレル陛下。
「シエル、君も俺の家系が代々紡ぎ人を行ってきたなのは知っているね?」
「はい」
「その関係で、王族の方々と古くから関わりを持っていてね。
アレル陛下と俺は幼い頃からの、まぁ、腐れ縁というか悪友というか」
「やめろ、お前に陛下呼びされると虫唾が走る。」
「…まぁ、こんなもんだ。」
「なる、ほど?」
この事態を呑み込めていない私は、相変わらずぽかんとしている。
その様子に、ロイド局長が少し笑う。
「んで、そっちでアレルのお世話をしているのが、アレルの側近。ノル・シャーベル」
「申し遅れました。ノル・シャーベルと申します。以後、お見知りおきを。」
「あ、えっと。ルシエル・ブルーと申します。」
慌てて私も名乗る。
「次は俺な!セラフ・リチャード。俺も、アレルの側近を務めている!
よろしくな!お嬢さん!」
「は、はい。よろしくお願いいたします。」
ロイド局長ってそんなに位が高いというか、なんか、そういう人だったんだ。
そんなことを思って、まじまじとロイド局長を見る。
その視線に気付いたのか、こちらを見て少し怪訝そうな表情をする。
「シエル、君、失礼なことを考えているだろ?」
「そ!そんなことはありません!」
「おい、こいつらどうする?」
セラフさんが、私を襲った2人に近づく。
「ん?だから、殺すって」
ロイド局長が当たり前のように答える。
「だからね?ロイドさん、それはさせないってば」
「んじゃあ、お前らに任せるよ。シエルもそれでいいかい?」
「え?はい、私はどうでも。あ、でも」
私は、その2人組に近寄る。
「あなた方が言っていた私を売り飛ばすってどこにですか?」
「え?」「は?」
「国内ですか?国外ですか?」
「そんなことお前に関係ないだろ!!」
「売られかけた身からすると、関係ないとは思えないのですが…。
幼い頃に、私の知り合いもあなたたちのような方々に捕まり売られていきました。
そのような方々は、どこに連れていかれるのか。
知りたかったのですが。」
淡々と話す私に、男たちは眉間にしわを寄せ始める。
「お前が想像するよりももっと、地獄みたいな場所だよ!」
片方の男が言い捨てる。
「…そうですか。」
「てか、君そんなことまで、言われていたのかい?」
「え?」
見ると、ロイド局長がまるで表情を無くしてこちらを見ていた。
「はい、顔を言いから高く売れるって。
その前に味見してからにしようといわれたので、逃げました。」
「…ほう。」
ロイド局長が男たちの近くに向かいまじまじとその顔を見る。
何か耳元で呟いているが聞こえない。
しかし、男たちの顔色は見る見る真っ青になっていく。
「もういいだろ、ロイド。詳しくはこちらで聞く。連れていけ。」
アレル陛下が、いつの間にか集まっていた部下の人たちにその男たちを連れて行かせた。
――ふぅ。
ガクッ――。
「わっ」
気が抜けたのか、私は両足から力が抜けた。
倒れかけた私は、地面に打ち付けられる痛みを覚悟した。
トサッ――。
体に感じるのは、痛みではなくほのかな温かみ。
思わず閉じた目を開く。
目の前には、アレル陛下の姿。
「あ、大変申し訳ございません。お手を煩わせてしまいまして。」
そのまま体を抱き上げられる。
「へ!?ちょっ!」
「ん?なんだ?」
「いや!自分で歩けます!」
「歩く前に、立てていなかったが?」
「大丈夫です!!」
「確証はないだろ」
「ないですけど!!!重いですし!陛下にご迷惑はおかけできません!」
「日々鍛錬をしている。君一人くらい、重いのうちに入らないが?むしろ軽すぎるだろ君。もっと食事をとった方がいい。
それにどちらかといえば、迷惑をかけられた側だろ?」
「いや!しかし!」
「ん?」
本当にわかっていないのか?!この人!
「こんな時に天然を発揮しないでいただきたいのですが?」
後ろからノルさんの声が聞こえた。
「天然?なんのことだ?」
「はいはい、お嬢さんはこっちで回収するぞー」
フワッ――
「うわっ」
次に抱えられたのは、セラフさんの腕。
「ちょ!セラフさん?!」
「王宮まで我々は馬車で帰ることになる、疲れると思うが少し頑張ってくれ!」
そういうとそのまま、セラフさんの馬車に乗せられる。
「きょ、局長…。」
「んー?悪いな俺の馬車は、もう一人乗せられるようにしてこなかったからセラフに世話になれ。」
いや、そういうことじゃないんだけど。
しかし、出発してみれば程よく揺れて背中に感じるセラフさんの熱も相まって睡魔に襲われる。
疲労と安心感とともに、意識を手放した。




