第2話 -手書きの絵葉書-
「シエル、ちょっといい?」
いつも通りに仕事をしていると、ロイド局長に呼ばれた。
「街外れに住んでいるセンおばあさん知っているね?」
「はい、毎週手書きの絵葉書をお孫さんに送っている方でしたよね?」
「そう、その人が先々週から手紙を出していないんだよ。」
「なるほど?」
「思い過ごしならいいんだけど、心配だから見に行って来てくれないか?
俺はこれから、王宮に呼ばれていてね。申し訳ないんだけど頼めるかい?」
「わかりました。では、個々の手紙を送り出したら行ってきますね。」
「ありがとう。」
ロイド局長は、いつも周りからしたらお節介だといわれるほどに誰かの異変を気にしてくれる。
現に私も、自分で気付いていなかった体調不良を見抜かれたことがある。
私は彼のそんな優しい性格をとても好いている。
本当に尊敬できる人だ。
自分の分の手紙を送り出し終え、私は早速センおばあさんの家に向かうことにした。
―――――――――
センおばあさんの家は本当にウエンティスの外れにある。
隣の街、水魔法の加護を受ける『アクアティア』との境にセンおばさんは住んでいる。
なんでも、センおばあさんのお父さんはアクアティアの方らしい。
私が小さい頃センおばあさんの使える水魔法を見せてもらった記憶がある。
ウエンティスでの公共の乗り物、風車に揺られ気付けば風景は街並みから畑が広がる風景に代わっている。
この辺りは、アクアティアからの影響をも強く、澄んだ水に恵まれている。
そのおかげか、ここで育つ野菜はどれもとても美味しい。
「センおばあさーん?」
おばあさんの家に着くなり私は、ドアの前で呼びかける。
しかし返事はない。
ドアに手をかけると鍵が開いている。
「おばあさーん?シエルですー!入りますねー?」
一歩、家の中に足を踏み入れる。
家の中を見渡すと、沢山の家族の写真たち。
センおばあさんの旦那さんは数年前に寿命を全うした。
それから1人で住んでいるセンおばあさんは、孫たちの成長が1番の楽しみなんだと数か月前に野菜の収穫を手伝わせて貰ったときに言っていた。
「センおばさん?」
呼び掛ける言葉は家の中に消えるだけ。
家族写真の飾られている棚の上に綺麗に入れられた手紙を見つけた。
おそらくお孫さんたちからの返事だろう。
あまり良しとされていない手段ではあるが、もしセンおばあさんの身に何かあったら大変だ。
そう言い聞かせて、私はその手紙に手をかざす。
『レター・コネクト』
手紙がうっすらと光り出す。
紡ぎ人には、紡ぎ人しか扱えない特殊魔法がある。
手紙に残された差出人の魔力を辿り、瞬時に差出人に手紙を送ることができる魔法だ。
その手紙を介して直接音声でやり取りすることも可能だ。
遠く離れた差出人とでも、一時的ではあるが会話をすることが出来る。
ただ、この魔法の存在はあまり多くの人に知られてはいない。
私的に利用され争いの原因になった過去があるからだそう。
そのため、緊急時を除いて人前での使用は控えるよう言われている。
淡い光を放った手紙は、一気に天に上り一瞬で消えていった。
少しして私の耳に微かに人の気配が聞こえる。
「あの、突然すみません。私は、ルシエル・ブルーと申します。
ウエンティスで、紡ぎ人の生業にしているものです。」
〈あ、えっと、はい。〉
聞こえてきたのは、私と同じくらいの女性の声。
「センおばあさんが毎週お孫さんに向けて絵手紙を送っていたと思うのですが、ここ数週間それがなく風書局局長 ロイド・ハーヴェルの命によりセンおばあさんのご自宅を訪ねておりました。
姿がお見受け出来ず、しかし家のドアの鍵が開いていたので心配になり、このような手段を取らせていただきました。」
〈あ!そうだったんですね!ありがとうございます!
おばあちゃんは今、私たちと家族旅行に来ていまして〉
「え?」
〈ちょっと!おばあちゃん?〉
〈なんだい?〉
〈ルシエル・ブルーさんって方知ってる?〉
〈シエル?もちろん知っているさ、紡ぎ人のお嬢さんだよ〉
聞き馴染みのある声が聞こえた。
手紙の向こうで、お孫さんがセンおばあさんに事情を説明している。
話を聞く限り家の鍵をかけ忘れて出てしまったらしい。
〈シエル?〉
「あ、センおばあさん?よかったー!何事も無くて」
〈うんうん、ごめんねぇ心配かけてしまって〉
「ううん、大丈夫だよ!とりあえず、お家の鍵は魔法で簡易的に閉めておくね。」
〈何から何までごめんねぇ〉
「大丈夫!大丈夫!じゃあ、また遊びに来るね!」
〈はーい、待ってるねー〉
ひとまず安心。
魔法が切れた途端にしんと音が無くなる。
「戻ってロイド局長に報告しないと。
…あ、でも王宮に行くって言っていたな。帰る頃には戻っているかしら。」
ぶつぶつと呟きながら玄関のドアを開ける。
簡易的な施錠魔法を施しセンおばあさんの家を後にしようとしたとき背後から足音が聞こえてきた。
振り返る。
「あらぁ?珍しいなぁ、ここにこんな若い娘がいるなんて!」
「ここら辺には萎れた爺や婆しかいないと思ったんだが?ここは、老いぼれ婆の家だろ?」
乱暴な言葉遣い、腰には武器をぶら下げ体格も大柄。
いくら平和なルヴァール王国と言えど、盗賊など悪事を働く者がいないわけではない。
貧富の差がないかと言われれば、決してそうとも言い切れない。
実際私も幼い頃は貧しい生活を送っていた時もあった。
彼らのような人がいるのも知ってはいた。
ただ――実際に自分がその標的になるのは、これが初めてだった。
「おーい、ねぇちゃん?ビビッて声も出せないか?」
「っ、ここに何の用ですか」
自分の声が思っているより震える。
「ここの家の婆さー一目見りゃにいい暮らししてるってわかるだろ?だからちょっと、施しを貰おうと思っただけだよぉ」
「たまぁにこの辺に来ると、他の家の年寄りたちもお恵みをくれるんだよ!
都会の方で暮らす子供や孫が大切なら誰にも言うなっていうと、まんまと誰も何も言わなくてな!!」
「こんな楽な商売はないわな!」
「がはははは!」
彼らから紡がれる言葉に怒りがこみ上げる。
足の震えが止まったわけでも、恐怖無くなったわけでもない。
ただ、私の中にこんなに怒りという感情があったのだと気付かされた。
「っ、最低ですね。」
私の口から放たれた言葉。
「んあ?」
「ははっ、なんつった?」
最悪だ、こんなの逆上させるだけなのに。
頭ではわかっている。それでも抑えられない。
沸々とこみ上げる得体の知れない心も頭も熱くなる感覚。
経験したことのないほどの怒りの感情。
――私は、今までこれほどまでに感情の起伏を覚えたことがあっただろうか。
そんな場違いなことを感じた。
「最低だと言ったんです!そんな風に、人の心を人質に取るようにして奪い取っていくなんて獣でもしない!!あなたたちは、獣以下だわ!恥を知りなさい!!」
辺りに私の声が響き渡る。
途端に、男たちの目にいら立ちや怒りが現れる。
「あぁ!?お前死にてえみてぇだな!!女だからって調子こきやがって!
俺は女も子供も関係ねぇ!気に食わねぇ奴は容赦しねぇ!!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。
…嬢ちゃんよ、今どんな状況かわかっているか?」
ガッ―
「痛っ」
近付いてきた片方の男に結んでいる髪を捕まれ顔を上げられる。
目の前にそいつの顔。
――――怖い
こんなに怒りの覚えたこともなかったが、こんなに怒りをぶつけられた経験もない。
しかも、明らかに自身が不利な状況だ。
大柄な男2人に女の私が勝てるわけもない。
こいつらがどんな魔法が使えるかもわからない。
「ほう、よく見りゃこの女、顔はいいぞ。売り飛ばせば良い値が付くだろう」
「そりゃいいや!売る前に、俺らで味見してやろうぜ!!」
2人の会話に目の前が真っ暗になる。
しかし意外にも私は冷静だった。
ふと、髪を掴む男の腰にあるナイフに気が付いた。
私は考えるより先にそのナイフに手を伸ばす。
有難いことにそのナイフは、料理以外で刃物を触ったことのない私でも扱えるくらいに小さいものだった。
「は?」
男が反応するころには、ナイフを持つ私の手は自身の頭部に伸びる。
ザッ――
頭を引いていた力が抜け、自由が利く。
切り落とされた髪は、男の手の中に残り一瞬の隙が生まれた。
私はその隙に震える足を精一杯に動かし、逃げた。
「おい!!!!」
「このくそ女!!!!」
男たちの罵声が聞こえ、大きな足音も聞こえてくる。
この辺の土地勘も無ければ、周囲に人の気配もない。
追いつかれるのも時間の問題だろう。
でも、私はまだ死にたくない。
必死にここまで生きてきたんだ。
こんな馬鹿みたいなことで死んでたまるか。
ふざけるな!
ガッ――
――えっ。
轍に足を取られ、その場に勢いよく転がる体。
慌てて振り返ると、手に剣を握りしめニヤニヤと近付いてくる男たち。
「顔さえ傷つけなければなんでもいい!」
「そうだなぁ!調子こいてるガキはとりあえず、足の腱を切ってやろう自由に動けなくしてやろうぜ!」
――もう終わりだと、悟った。
本当に、あとほんの少しでいいから、私に力があれば。未来は変わったのかな。
バンッ――
「っ!?ぐあッ!!!!」
この世を諦めた瞬間。
剣を振り下ろしかけていた男がその場に倒れた。




