「一日目」四時間目:日陰に居た先生
その後の、若さとの会話はいささか彼女には苦痛に有った。
大池正子はふと、俯いてしまった。長谷川に何か言おうとしたが、言葉が出なかった。それは、小出にしろ想定外、と言う状況だったかもしれない。長谷川も気づいた、のか。少し場の空気、その温度が下がる感じ。慌てて、というか…長谷川が問い返した。
「…だって、あれでしょ?あのこう、夏には幕張とかに集まる、ああいう」
前は見つつ、うっかりしたら正子は泣いていたかもしれない。見かねて?と言うか、小出が少し、苦笑気味に擁護した。
「流石にそこまではしてないよ、しょーこにしろ、その時以降はやってないしね」
実際には、多少の嘘はある。コミックマーケット、に参加する程の事は無いにしろ、中小のイベントに彼らは顔を出した事はあるのだ。そして、もちろん芳しい結果、と言うのは得られないまま…彼らは、そう言う場からは疎遠になった。
「どんなの創ったんです?」
小林が、少し興味を持って聞いてきて。それで、正子は少し気を取り直し、彼らに当時の、簡単な話を説明はした。
テーブルトークRPG。共有するルールを前に、一人がマスター、環境を仕切る神的立場となり、他がプレイヤーとなって、物語を遊ぶ?と言う形式の会話遊びは、ネットでのチャットによる環境が形成された結果、「ログ」を残せるようになった。だから、だろうか。約10年ほど前、当時そのTRPGチャットシステム「ACT《アクティブ・クリエイト・トークの略》」を構築したメンバーらによって行われたと言う、一つのプレイと、そのリプレイが雑誌に掲載された事をきっかけに、市場は一気に膨らんだが、…やがて実は”それ”が創作でしか無かった、と言う結果を持って、当時は一気に下火に成った。実際には、プレイヤーらのサイコロ運で状況はマスターの期待や想定を超えて変化してしまうのだ。「これでは話に成らない」と言うプレイに成る事も多々あり、それでも当時、正子にしろ「上手いマスターなら上手く仕切れるのだ」それを、少し妄信していた所は有った。そして、彼女自身がマスターを務めた、彼女自身が創案したシナリオに寄るそのセッションでは、それは奇跡と言って良い、感動的でさえある展開に成ったのだった。一つの実証に高揚した彼女は、そのログを元に、そのリプレイ動画を試行錯誤しつつ作り上げたのだ、が。
…その動画に対する世間の反応は、まるでリプレイが作り話だったと解った人々の反応の様に、ショッキングでさえ有るほどに、冷ややかだった。
「が、学生時代の事だから! 今は…うん」
「…今はまあ、たしなむ程度だよ、他に面白いモノいっぱいあるしね」
「どういうの、ですか?」
自身のタブーを隠そうとする正子と、同調する小出に対し、何故か不意に、小林怜奈が聞いて来た。意外に視線は真剣さがあり、少し正子はたじろいだ。彼女自身も気づいたのか、それで少し視線をそらしつつ、ふと呟いた。
「そんなに面白い事無いですよ、今は」
「…まあ、小説も今は、そんなにヒットしたって話は聞かないしね」
小出も苦笑する。イベント活動に積極的だったのは、むしろ舞の方だったが。彼女にしろ、自身の本が売れた?のは、最初の数回に過ぎなかった。一人、弁当箱をついばんでいた咲川が、疑問を呈した。
「れなちゃん、”魔討の剣”の新刊買うって言ってたじゃん」
「あー、あれね」
それは最近、話題の作品ではある。ただ、小出にしろ、”それ”が面白い?と言うそこに対しては疑問は多々あった。経験則だ、自分らは今の時代では異端である、だから、舞は正子とは異なり、話題の作品なら一応は目を通す事にはしていた、彼女なりの処世術ではあったが…しかし。小林怜奈はちらと小出に目を向けただけで、それ以降は黙ってしまった。
「美羽は買うの?」
「んー、お金ない」
長谷川の問いに苦笑しつつ、彼女は卵焼きをつまんで口に運んだ。
正子がその三人の様子に困惑していると、舞が苦笑し、目配せの様なしぐさをした。ともかく自分も、弁当として用意したサンドイッチを食べ終わった所だった。休憩時間は半分ほど過ぎていた、午後は一番で授業が入っていた、自分らはもう、次の用意をするべきだった。そろそろ自分らはお暇しようか、と考えていると、小林が不意に言った。
「今度見せてくださいね、その動画、今もネットには上がってるんですか?」
「あはは、ゴメンね、今はもう消しちゃった。まあ・・・また機会があったらね」
「さて、自分らはそろそろ行こうか」
「そうだね」
舞と同意しつつ、学生らと再会を約束しつつ別れ、彼らは職員室へと戻った。部屋の中では他の先生らが次の授業の用意をしていて、正直言うとまだ、名前を憶えているのは…小出くらいだった。小出の知人と言って良い、彼らの認識に対して、自分はどう対応すべきか。とは言え、次の授業もまあ、やる事は変わらないのだが。
ノストラダムスのネタを出すべきか否か、そこは少し悩んだ。
先生として問題なく、とは言え、学校とは、生徒らが居る場所だった。




