第60回 世界平和とあたたかいごはんのできる間に
ノートには真壁先生のメモで1本のラインが色濃く引かれただけ。それが月曜の収穫だった。ノートに記された事項でかたが付いているものなんてない。まる1週間、混乱のさなかに押し込まれ、ながされて、そうしておぼれていた。
モンスター消失事件。
武里ケイコの事件。
謎の投函者。
武里哲郎教授と真壁先生と英雄教。
藤村の行方。
なんか他にも抜けていることがあるような気がするけれど、もう手一杯だ。ぜんぶを抱えようと、ふたつのてのひらをめいっぱいに広げているけれど、するりするりと指のあいだからたくさんのことがこぼれている。そんな感覚だった。
そして現世界による戦争犯罪の弾劾報道だ。あまりに問題が大きすぎて、いまではだれの手にも負えない。ばくだんが落ちてくるぞ、とみんなはバタバタと騒ぎ立てている。だけどだれも逃げない。はやく落ちてこい、みんなははやし立てた。ばくだんの威力をはやくみたいんだ。そんなこと、だれもいっていない。でも、まるでそういわんばかりだった。
ぼくはかぶりを振った。
だめだ、余計なことを考えすぎている。いま、じぶんにできることをやるだけだ。
ぼくはエリカもよく通うコンビニにくると、かばんからノートを取り出し、それをコピー機にかけた。コピーしたものにメモを書き込んで、画像データでナナミさんとメイに送っておこうと考えていた。いま、あのふたりに会うことはほとんどできない。それでも、なにかのヒントになればいい。
ついでに夕食も買うつもりだった。エリカはすっかり暑さにまいってしまって、コンビニのざるそばしか最近食べない。あれじゃあ、体を壊しちゃうけれど、ぼくも食べ物にこだわっているような時間がなかった。
惣菜をいくつか手にとってレジに行くと、店員さんがにっこりと笑った。
「おべんとうあたためますか?」
「あ、はい、お願いします」
はい、と店員さんはテキパキと電子レンジにお弁当をいれた。そのあと、くるりと向き直りにこやかに話しかけてきた。「佐倉さん、防犯カメラの映像は役にたちましたか?」
レジに立っていたのは、この前メイと防犯カメラの映像を借りに来たときに対応してくれたこのコンビニの店長さんだった。
「はい、おかげさまで。とても助かりました」
「いえいえ、でもこんなに役にたつなんてね。厄災前は街のあちこちに防犯カメラがあったのに、終戦からこっちはそれどころじゃないって感じで、すっかり減ってしまいました」
たしかに。ぼくのマンションにも形だけは防犯カメラが設置されている。街のなかもそうだ。防犯のためにあちらこちらにカメラが設置されて、どこでもレンズにおっかけられているような印象があった。
ところがあるときから、カメラはその機能をぴたりと止めた。
魔王がテレビを使ってプロパガンダを仕掛けてきたことから、世の中でみょうな噂がながれた。防犯カメラをつかって、魔王が世界中の動向を監視しているって。魔法だけじゃなくてハイテクも使うんじゃないかという憶測はあっというまにひろがって、みんなは防犯カメラのスイッチを切った。なかには壊して回るやつもいて、防犯カメラを魔王の手先と呼びだすひともいた。だから防犯カメラの復帰が遅れているのかもしれない。
「でも、驚いたんですよ。エリカちゃんから聞いていると思いますが、あの万引き犯」
「捕まったんですよね? で、保護施設に入れられたと聞きました」
「いえ、違うんですよ」
店長さんは店内をぐるりと見わたして、他にお客さんがいないことを確認すると、それでもちいさな声でぼそぼそといった。
「どうやらですね、その男の子、転生者だったらしいんですよ」
「え? 転生者?」
「そうなんですよ。わたしびっくりしちゃいましてね。だって、テレビでときどき取り上げられるぐらいで、実際にみたことなかったんですけど。ほら、最近もどこかの学校に転生者が現れたって話がありましたよね? たぶんそいつじゃないかって思うんですよ、うわさの年かっこうと近いですし」
それ、うちの学校だ。再開したその日に学校中を大さわぎにさせたあの転生者の男の子が万引きの犯人? あんまりのことでびっくりしていると、店長さんはわが意をえたりとばかりにうれしそうにつづけた。
「たぶん復興対策本部の取り調べから逃げ出したんですよ。で、おなかが空いてうちの店で万引きをはたらいたんです。いやあ、家内とも話ましたけど、こんなこともあるんだなっておどろきです。万引きの現行犯で捕まえなくてよかったね、ってしみじみ話をしていたんですよ。だって、魔法なんて使われたらことですしね」
正直、復興対策本部が取り調べ中に転生者を逃すとは考えられない。魔法をつかって、というのであればまだわかるけれど、そうなるとぼくに一報がはいるだろう。ただそんなことはこれまでなかった。
だからナナミさんの話を信じるのであれば、まったくの無害として認知され、正当な手続きのうえで釈放がされたのだろう。
でも、異世界からの転生者とはいっても、中学生ぐらいの子どもを捨ておくはずはないんだけど。
「それで、あとから聞いたんですが、なんだか転生者の地球での生活なんかをサポートする団体があるらしくて、その男の子はそこに引き取られていったみたいなんです」
「そんな団体があるんですね」
「佐倉さんも知りませんでしたか? あんまりおおやけの組織じゃないんですかね。たしか転生者のあつまりか互助会みたいなコミュニティらしいですよ」
「転生者のコミュニティ?」
ええ、とコンビニの店長さんは左上を確かめるように考えたあとに、こういった。
「たしか、異世界人との共存を考える会、とかいう組織だったと思います」
チン、と電子レンジの音が響いた。




