第59回 世界平和とまっぷたつの象
戦争犯罪。
ふしぎなことばだ。
そして、ものすごく重いことばでもある。
ぼくらはたいてい戦争をおろかしいこととして学ぶ。戦争は政治の失敗と、むかしの政治を研究する学者さんもいっていた。歴史は政治と戦争のつみかさねだ。そんな戦争にもルールがある。つかっちゃいけない兵器をつかったり、ふつうのひとをむやみに巻きこんだりしたらいけない。
でも、戦争犯罪っていうことばがちゃんとできたのは、第二次世界大戦以降なんだって。それまではぜんぶひっくるめて、戦争だったんだ。
ちからこそすべての論理はとってもこわい。
ちからこそすべては魅力的すぎる。
秩序から解きはなたれて、つよいちからを振りかざしたら、その魔術的な魅力にとりつかれてしまうひともなかにはいる。
アイノース航空隊は、終末戦争のときには世界最強だといわれていた。もちろん、総合力でいえば航空隊なんか目でもないくらいつよい国はたくさんあった。日本だって、本気を出せばぜったいに勝てる。でも、どこの国も、終末戦争のときに本気を出せなかった。出さなかった、のかもしれない。
世界最強の軍隊でも、もっとずっとぐーんと強かった魔王の前ではなすすべがなかった。どんなにつよくてもアイノース航空隊は世界のおわりをいちばん間近に感じていたことだろう。
ああ、どうせ人類の歴史はこの戦争でぜんぶなかったことになるんだ。
ぼくも実際にそんなことをいっているひとにあったことがある。戦ってもたたかっても、魔王はあたらしい魔物を異世界から呼び込む。絶望っていうくすりはかなり強力だ。あっという間にこころのブレーキをバカにしてしまう。
魔王には勝てないけれど、俺たちはこんなにつよいちからをもっている。なんでもできる。なんでもやっていい。そう思っちゃったひとがいたっておかしくない。
それでもやってはいけない。
そうでしょう?
※ ※ ※
アイノース航空隊のスキャンダルが今週の週刊現世界に掲載される。それはマスコミや出版界では確度の高いニュースとして出まわっていた。ニュースソースが思わずどこかで漏らしてしまったのか。そう思っていた。
「現世界編集部が漏らしているのよ」
ナナミさんはいらだちを隠すこともやめ、はしばしに怒りをにじませていた。
「現世界のほんとうのねらいはこっち。モンスターの不正売買ももちろん大ネタだったけれど、むしろこの航空隊のスキャンダルの前に、アイノースへの不満をあおりたてるためのお膳だてみたいなものよ。くそっ! こっちは上を下への大さわぎ。復興対策本部は機能停止状態。あたしにはどうしようもない」
「なんでいまの段階で現世界はそんなことをしたんでしょう?」
「衆人環視の状況をつくりたかったんでしょう。現世界のにぎるばくだんのスイッチははっきりいって全世界的にもやばいタネよ。あれを破裂させられたら、かつての盟主国家にとって目の上のたんこぶだったアイノースを完ぺきに沈黙させられる。アイノースにとってはなんとしてでも口を封じたいと思うわ」
なんとしてでも。
そのことばにぼくはぞっとした。
全世界に数十万人の社員をかかえる巨大企業帝国だ。航空隊だけでも数万人を数える。そんな巨象のあしもとに一撃をくらわせられたとしても、週刊現世界の存在なんて、アリでしかない。ぷちっともいわず、音もなくつぶされてしまう。
だったら、つぶされるそのようすを公開させる。そのための先手だ。巨象はアリをつぶそうとやっきになっていただろう。しかし、もう、足踏みすらもできない。一歩でもまちがってアリをつぶしてしまえば、巨象は死にいたる病におかされることになる。
市場の反応は敏感だった。モンスター不正売買疑惑ではびくともしなかったアイノースの株価はぴたりと成長曲線を平らかにした。状況をしらない投資家たちはなにか不穏なようすをするどくかぎとり、しばらくのもみ合いのあと、時間の経過とともに、その曲線を右下へとおしやっていった。
その動きは、あけみさんの出版社の週刊誌にも影響をあたえた。毎週木曜日の発売がほとんどの週刊誌にとって、月曜夜から火曜朝にかけてもたらされたこの巨大なネタを飲み込むにはあまりに時間がたりなすぎた。しかし、これを逃すと、金曜日の現世界発売から1週間弱の時間をあけることになる。
「真壁先生のネタはもちろん載る」
あけみさんは外から電話をかけているらしい。ざわざわと雑踏のおとが聞こえてくる。うん、とぼくは返事をした。そうだろう。さし止めることはむりだとわかっていた。
「それでも編集部には大ダメージや。アイノース航空隊のスキャンダルは扱いを下げざるを得ないけれど、確実に世間の注目はそっちに流れる。現世界は先週土曜には情報を流していたらしいんやけど、うちはあんたのニュースに目がくらんでいた。新聞は明日火曜の朝刊で取り上げる。たぶん、水曜、木曜に発売される週刊誌も追う。うちらは完全に出遅れた。あの記者は必死に原稿をあげたけれど、正直魂が抜けているよ」
まるで悪魔に抜き去られたかのように。
目に見えない悪魔は、真壁先生から魂をぬきとった。そうしてこんどは悪魔と取引をした記者の魂をすっかりとうばっていった。あの記者はきっとぼくらにカメラを向けたときから狂気にむしばまれていたのだろう。撮れ、撮れ、撮れ。うばえ、うばえ、うばえ。そんなことばに突きうごかされて、意識もなく、まるでたべる本能のように。
「生ける屍だ」
「なんやて?」
「ううん、なんでもない。それでも第一報を他社にうばわれても現世界は問題ないのかな」
「そこや。どこのマスコミもやっきになっているのは、現世界がかかえるニュースソースをさがすこと。こんなどでかいネタをちらみさせながら、あいつらはほんとうの手のうちをさらしてない。もちろん、アイノース航空隊へのうわさは少なくない。でも、かんじんの証拠がなかった。各社も差はあれど、きっと同じ論調にせざるをえない」
ニュースにとって、なによりもだいじなのはうら取りだ。それなのに、現世界のかじ取りにしたがうようにマスコミ各社は船をこぎ、現世界のかなでる狂想曲にへたくそなダンスを踊ってみせている。
現世界の長浜編集長による、魔術というよりも奇術だ。
おおいにだまされて、あぜんとする世界をみて、長浜編集長はスポットライトに照らされるように、満面の笑顔をみせることだろう。
こよいのお楽しみはこれからでございます。
つづいては、世にもまれな巨大な象をまっぷたつにしてごらんにいれましょう。
はたして、象は無事に生きのこるのか?
タネも仕掛けもございません。
生きるか死ぬかは、ごろうじろ、あなたがたの眼前でございます。




