第61回 世界平和とあなたのほかによるべもなくて
調べるのはかんたんだった。
ナナミさんとメイで「異世界生物との共存を考える会」についてコンピューター端末で検索をかけたとき、ナナミさんは、ちかい名前はある、っていっていた。それが「異世界人との共存を考える会」だった。
あまり世間で認知をされている団体じゃない。名前のとおり、異世界からの転生で地球にやってきたひとたちのコミュニティで、ものすごくまっとうな団体だった。
創立者は地球のひとだ。ある日友人からじぶんは転生者だと聞かされたことから会の設立をしたのだという。まだ魔王が現れる前の話だ。
もちろん、最初は半信半疑だったらしいけれど、話を聞けばきくほど、転生はほんとうだと確信していった。会を設立し、呼びかけをすると思いのほか反応があった。
会はすこしずつ大きくなったけれど、冷やかしもおおかった。いわれない誹謗中傷もあった。
だから大きくなるにつれて、会はだんだんとひっそりとした活動をつづけていた。
ある日、転生者のひとりが雑誌の編集者を連れてきた。
老年に達したひとで、なんだかあやしげな雰囲気をもっていたという。
このひとが、転生者の体験談を雑誌に連載してくれるらしい。そうすれば、きっと世間ももっとわたしたちのことを知ってくれる。
それが週刊現世界の長浜編集長だった。
父親のほうだけどね。
そう、現世界が抱えていた転生者のコミュニティというのは、この「異世界人との共存を考える会」だったんだ。
もちろん、転生者の存在がちゃんと認知されるのであれば、それに越したことはない。
連載はほそぼそと始まった。予想通り、ばかばかしい話だという意見ばかりだった。ファンタジー小説の読みすぎだという意見も寄せられた。それなのになぜ長浜編集長が連載をつづけさせたのかはわからない。でもそれが注目されたのは、前にも書いたとおり、魔王の転生がおきてからだった。
雑誌は飛ぶように売れた。
転生者の認知もいっきにひろがって、常識までになった。
ただ、それは、考える会が想定していた形ではまるでなかったけれど。
魔王の誕生以降、考える会は完全に沈黙した。転生特別対策本部こと、現・復興対策本部は会を徹底的にマークした。転生者のあつまりだもの、なにか良からぬことをしでかすのではないかって。
でも、考える会にあやしい動きはなかった。
事態を静観しているというと聞こえはいいけれど、いっさい機能していなかったともいえる。
彼らは表にでることを拒否していた。唯一の活動の表面は、現世界への情報提供だった。
だけれど、現世界はだんだんと様子を変えていった。会をもっと表にだそうとしていた。
いいかたは様々だけれど、説明をしたほうがいい、そのためにはちゃんと表にたったほうがいい、そう伝えていたのだろう。でも、そのことばの裏側がすけてみえていた。
父親がなくなり、長男がその編集を握るとともに、その様子は激しさをました。
考える会は現世界との付き合いを完全にとりやめた。戦争はますますの激化をみせていたし、それにともなって転生者に対する犯罪的行為もまた増えていった。
そんななか、考える会の代表者がとつぜんと姿を消した。
行方不明になったのだ。
中心的人物がいなくなった「異世界人との共存を考える会」は実質的に解散となった。
※ ※ ※
「そのはずよ」
ナナミさんは資料を片手に説明をしてくれた。復興対策本部はぶきみなほど静まり返っていた。というより、だれもいない。普段ならあわただしくはたらくひとたちがいるのに。「もう2年前も前の話よ、それ以降で活動している記録はないわ」
「それでも、コンビニの万引き事件の犯人を引き取ったのが、異世界人との共存を考える会だということです」
「たしかに気になることだけど。でも類似する名前があってもおかしくないわ。どんぴしゃりにかぶっても違和感ない」
「それでも、偶然とは思えないんです」
だんっ、とおもわず机をたたいてしまった。目の前のエリート捜査官はびくっと体を震わせた。ごめんなさい、とぼくはあやまった。驚かすつもりはまったくなかった。それでも、ナナミさんのとなりに置かれている青いバインダーの、その表紙にブロック体のようにきちょう面に記された「異世界人との共存を考える会」の文字が脈打つようにぼくには思えていた。
ナナミさんはかぶりを振った。
「ううん、だいじょぶ。でも、きみのいうとおりね、まるっきり偶然というにはあんまりに関連がつよい。それに、この会について、あたしもおかしなところがあるのに気づいたわ」
「おかしな点ですか?」
「ええ、この会の創立者の名前がないの」
「名前がない?」
「かなりの枚数で差し替えが見られたの。いくつかのページはなくなっている。前後関係からみると、ゼロから作ることができない資料だったみたいね」
だれかが資料に手を加えたんだ、この厳重な復興対策本部のなかで。しかも、解散している団体の資料を、だ。
「ぼくはこの会と、異世界生物との共存を考える会はなにか関連があるとおもいます。無関係とはおもえない。脅迫状とビラの投函者にはなにかの意図があるんです」
ナナミさんはじっとおし黙り、頭のなかをぐるぐるとかき回しているようだ。やがてふせがちだったかんばせを上げて、「わかったわ、うちの捜査員も増員する。謎の投函者を追いましょう」
※ ※ ※
ぼくが復興対策本部を出たのは、それから1時間ほどしたころだった。
もう、夜だ。激烈な暑さを街中に注ぎ込んでいた太陽に変わって、白い月があやしく街を見下ろしていた。
熱を十分にすって、いまははきだしているコンクリートの熱気はひとをいらだたせるには十分だった。それを冷たいひかりでさす月は、まるで、やさしくも、狂うことをすすめているようにもおもえる。
ぼくは不思議な気分のなかにあった。
重くのしかかるものと、新しいてがかりに浮き上がるような感覚が、足元の熱気に煮え立たされているような気分だ。だから、つめたく、あやしく狂気をいざなう月あかりにじぶんのからだをさらす欲求をおさえられなかった。
ぼくは歩く。不安定な街を歩きながら、あたまのなかに点在するいろいろなカケラやピースをひろいあつめて、またあの白いノートに落とし込むために。
ぼくは歩く。まだ街灯もじゅうぶんではないけれど、街に広がる幾多の生活のひかりのなかをゆっくりと。
そうしてぼくが、復興対策本部と駅のあいだにあるちいさな公園にさしかかったころだった。モバイル端末からの電子音が聞こえてきた。画面に映ったのは、メイのなまえだ。写真がないから、ひとがたの黒枠がその上にうかびあがっている。
「もしもし?」
応答がない。足を止め、もういちど誰何した。それでも相手はなにもいわない。
ディスプレイをながめる。メイの名前はしっかり表示されている。ぼくの知り合いに、ほかにメイという名前はいない。そしてぼくの知っているかぎり、いたずら電話をしてくる子じゃない。
もういちど問いかけた。もしもし、聞こえていますか? それでも通話のさきはなにも答えない。操作ミスだろうか。だったらいちど切って折り返せば、着信音でメイは気づく。いや、もしかしたら、メイはいま電話に応答のできない状態なのかもしれない。SOSのコールの可能性だってある。
ぼくは黙って耳をすませた。電子のおとの向こうに、かすかな音の中にヒントがある。
しかし聞こえたのは、怒号にまみれた声でもなく、わずかに聞こえる息づかいだった。
ふるえる息をもらさないように、ほそくかすかに呼吸する、それはおえつだった。
それがメイではいとわかったのはなぜなのか。
きっと直感なんだろう。それ以外には説明ができない。
「リンカ?」
ひゅっ、とするどく息をすう音が聞こえた。
ああ、そうだ。これはリンカだ。
むかしにいちどだけ、メイからの表示でおんなじように無言でかかってきたことがある。魔王と最後の決戦に挑む直前だった。なんどもなんども問いかけても答えない通話の先のあいてにいらだってぼくは応答を切った。切って、しばらくして、あれはリンカだったんじゃないかと確信めいた思いが、そう、あったんだ。
いま、この電子音の先にはリンカがいる。
彼女がなんでメイのモバイル端末から電話をしているのか、彼女がなんで泣いているのか、彼女がなんでぼくに電話をかけてきたのか…………やーめた。
1週間、ぼくはよけいなことを考えすぎだ。
よけいなことを詮索しすぎだ。
考えることも、詮索することも、意味がない。
リンカは泣いていて、ぼくは応答を受けた。
それだけのできごと。
それだけの、時間。




