リスちゃんも
ルミナ視点
前回の仕事は長いし、話すことが多くて疲れる。領都での仕事終わり!解放っ!と思ったら、『課題は不合格、追試だ!』とされてしまった。だから、皇都行きの駅馬車に乗っている……。
ため息をついているのは、私、小さなリス獣人のルミナ。私は、領都と皇都を結ぶ駅馬車の中で、人と関わりたくないから小さくなっていた。
上官からは、『もっと長文を話せ。単語を聞き取るのがだるいんだ』と言われるが、喋るのが苦手で、考えてから喋るから疲れるのだ。
人と関わることは嫌いではないけれど、小さい頃からあまり喋らなかったので、喋るのが下手だ。その代わり、相手の感情や表情を読むのは得意だった。
無口で単語しか喋らなかったら、こうなっただけだ。決して面倒だからではないはずだと、勝手に正当化している。
今回の仕事は、最初から面倒だ。大変に超遺憾ながら、超面倒だった。
私は工作補佐担当官で、現場に出る人間だ。正規・非正規を問わず軍事工作担当官たちと一緒に現場へ出て、時に命令を出し、報告書を書くのが仕事だった。
それなのに、学校で一緒だった殿下と仕事をしろと命令と課題が来た。課題に落ちたら、喋る仕事へ配置換えすると、脅迫付きで。
機械のように命令を出され、命令を実行し、結果を報告する。それが楽なのに、課題に合格するためには、感情を挟まなければならなくなってしまった。
課題は落ちて、追試だけど……。
軍事工作とは、国内外で暗殺・脅迫・間諜・情報収集を行うことだ。
非合法って言われそうだが、皇帝陛下が任じた者が許可を出せば、それでもう合法だ。人に言えない汚れ仕事をする騎士団が第九騎士団で、一応、公式には官憲の一種と発表している。
第九に所属するのは二種類の人間で、元々どこかの軍属で武芸ができ、軍人以外を殺すことに忌避がない人間か、自分と他人を騙せて感情を切り離せる人間しかいない。
それができないと、逆に金・男・酒に呑まれて消えてしまう。私は後者で、心に傷を負っても、原因となった記憶から距離を置き、時間が経って整理がつけば、自分を騙し、誑かし、飲み込める。
馬車の中では小さくなり、本を読んでいた。だって、人に関わると、喋る羽目になるから。皇都に着いたら、倉庫の模擬家屋演習の一班に配属された。
演習規模は大きいが、目的は単純明快で、静かに、気づかれないように対象を殺すこと。使うものは弩と短槍、短剣。制約がついたが、五名班が二つ、偽装・援護班が二名と、装備も豪華だ。
対象の人数は当日確定だが、三十名はいかないはずだ。班の面子も、知り合いだ。毎日毎日、演習を行っていると、今回の任務の上官から『皇都を出て、潜伏場所が決まった』と連絡と追加の指示があった。
上官と言っても、顔を合わせたことはあるが、本名も年齢も知らない人だ。その方がどちらにとってもいい。知らなければ、漏らすこともない。
追加で下された指示は、『最低一日、皇太子殿下に付き従うアヴィエラと仲良くすること』というものだった。
ざっくりした指示で、何がしたいのか読めない。前回だって、『アヴィエラの感情を昂らせろ』だった。
まして、私である理由が分からない。もっと話術が上手くて、表情の受けが良く、取り入るのが上手い奴はいくらだっている。
仕方ないので、第七のバシリイがいない日に、面会兼お出かけの約束を取り付けるようにお願いする。
面会を取り付けても、いきなり私が行って「お出かけしましょ」なんて言えない。
だけど、優しいミロシェフ様と会えて出かけられるなら嬉しい。
約束の日。昨日の夕方から、明日着る洋服を迷い続けてしまった。
時期は夏だから、涼しげな格好をすればいいし、相手はどうせ私のことを、どうとも思っていないか、冷血女だと思っているだろうに……。
だけど悩んでしまって、この前街で見かけた、オフショルダーまではいかないが、私の背丈でも似合う、肩が少し出る服と淡い色のパンツを選んだ。
時刻になったので屋敷に行くと、門衛のところにアヴィエラが待っていてくれた。これなら喋ることも少なくて済む。ありがたい。
「待って……ありがとう」
「いえ。使いが来ました時は驚きました。伝えるだけ伝えて、そのまま消えるんですから」
「普通……では?」
二人して「?」が浮かんでいた気がするが、気にせず案内してもらい、殿下と会う。相変わらず可愛らしい顔だ。
珍しい人で、女を怖がらないどころか、距離感がおかしいのは変わらない。騎士学校の時から、それは変わらずだった。
「殿下……ありがとう……ございます」
「問題ないさ。お前がここに来ると聞いたが、驚いた。それで、どうした?」
「私……近いうち……出る……別れ」
あぁぁぁ、喋るのが疲れるし、この可愛らしい顔を見ていると、伝えたいことが伝え辛いったらありゃしない。だけど、これで伝わってくれると楽。
「……?あぁ、仕事があって出るってことか。わざわざ伝えに来てくれたってところ?」
「殿下、それと、使いはお出かけするって言っておりました」
「そう……手配……した」
「そうか。準備はしたが、どこへ行くんだ?」
「馬車……水源……渓流……釣り堀……いく」
これなら、馬車で喋ることはあっても、釣り堀で喋らなくても問題はない。若者らしいことをするのもいいかと思い、手配した。
確かに、私は一人で街に出ることも、人混みも気にならない。だが、連れがいると別だ。
「釣り?したことはないな。楽しそうだ」
「管理……魚……捕る……楽しい」
三人で釣りの話をし、一応軍人だから、生存訓練で山籠もりをした経験もあるとか話して、馬車で二時間ぐらい揺られつつ向かう。
馬車でも少しながら話すが、疲れるけど、楽しい。殿下も、釣りを楽しんでくれると嬉しい。
馬車に揺られて釣り場に到着した。アヴィエラは、実は虫が苦手だと思う。
釣り餌の話をした時、かすかに嫌そうにしたのを見逃さなかったので、受付に疑似餌や魚卵も用意させる。
「ミケ君……虫……大丈夫?私……やる」
「ん?あぁ、釣り餌のことか。実は苦手でな。どこぞの狼も苦手だ」
「んんっ!で、できますとも!」
「私……やる……待って」
「すまないな、ありがとう。礼は何がいい?アヴィエラの尻尾はだめだぞ」
「また……付き……合って……だけ」
「分かった。それぐらいなら、お安い御用だ」
可愛らしい笑顔で、こちらを見てくれる。課題がなければ、関わることがない世界の人間と出かけられるのもいいものだ。
そうして餌を付け終わり、渡して釣り出すが、二人はやはり素人なので、魚は釣れない。
なので、まずはアヴィエラから手助けをしていく。美味しいものは、最後に取っておくに限る。
「ミケ君……アヴィエラ……下手……手を……出す」
「すまないな。手助けを頼む」
「お願いします」
「釣果……なし……ミケ君……ご飯、なし。私達……ご飯……抜き」
一応、受付には食材があるが、しょぼいものしかなく、私とかは気にしないけど、殿下に食べさせるにはいささか問題がある。なので、食材を確保しなければ、私とアヴィエラは抜く羽目になる。
だが、殿下に気を使わせてしまうので、それは避けなければ。
「それはまずいな。いざとなれば、ヴィーの尻尾で釣れないかな?」
「私……尻尾……釣れる……かも?」
「ミケさん、私で釣っても、ルミナ様しか釣れません!もっと厄介なのが釣れますよ!」
「アヴィエラ……様。厄介?誰……?」
流石に殿下の身辺調査は皇族だからしなかったが、アヴィエラは別だ。基本的にどこへ行くにも一緒で、行動を追えば、その周囲も見えるものだ。
だけど、アヴィエラが厄介と言うなら、思い当たるのは神様しかいない。神殿から出てくることは少なく、害を及ぼすことはなく、害を滅ぼす側だ。
「あっ、すみません。ルミナ、神殿の方ですよ。ミケさんと一緒であろうとなかろうと、私のことも構われるので……」
「アヴィエラ……尻尾……ふさふさ……釣られた。竿……こう……浮き……見て……沈んで……二、三秒……待って」
少しさわさわとしながら、アドバイスをする。
「ひゃっ、わ、分かりました」
「次……ミケ君」
殿下の釣り竿を持つ時に手を見る。やはり綺麗だけど、普通の貴族男性と違って、武器を握る少しゴツゴツした手だ。
その手で、私のことも撫でてくれないかな。そう思いながら、針に餌を付けていく。
だが、わざとかかりを甘くし、盗られやすく付ける。こうすれば、ミケ君と少しだけでも長く一緒にいられるかもしれないという期待だ。
「餌まで付けてもらって、すまないな。自分の釣りはいいのか?」
「問題……無い……釣れ……無いと……ご飯……無し……釣れない……楽しめ……ない」
「じゃあ、手取り足取り教えてもらおうか」
「厳しい……いい?」
「あぁ、問題ない。手を借りる」
釣り竿に手を添えるが、ちょっと緊張してしまう。それでも、自分のことは抑えられる。
そうして彼が無事に一匹目を釣り上げる頃には、アヴィエラが三匹釣り上げていた。
これは私が餌をわざと甘く付けたからだ。料理にするには、あと二匹は欲しい。
もうちょっと一緒にいたいが、恥ずかしいので離れると、殿下から声をかけられる。
「餌から、釣った後外すまで、やらせてしまってすまない。落ち葉がついている。取っても?」
「問題……ない」
またとない機会なので、頭を差し出す。軽く払われて、少し撫でられるので、じっと見てしまう。
困惑しているのでもっと撫でろと、頭を差し出すと、「分かった、分かった」と言わんばかりに撫でられて、嬉しくなる。
そうして、合計九匹釣れたので、切り上げて食べることにする。火を起こしておいたので、塩焼きやムニエル、包み蒸し焼きなどにしていく。
外で作る料理なのと、そこまで私は上手とは言えない。それに、高貴な男性に食べさせるのに、こんな料理で良いのか心配になってしまう。
「アヴィエラ……食べて……みて……味……保証……なし」
「では頂きます。自分で釣ったからには、美味しいに決まってます!」
はむっと塩焼きから食べていき、「脂がよく乗っていて、美味しいです!」
と、美味しそうに食べてくれる。
次はムニエルを、私から「あーん」としていく。
こんな私が作った料理が美味しいと言ってくれるか、凄く心配だ。
心配をするだけ無駄だったようで、「美味しいです」
と言ってくれる。
嘘でもおべっかでもない感じで、非常に嬉しくなる。
最後の包み蒸し焼きも、「美味しいです」
と言ってくれた。
「アヴィエラ……褒め……ありがとう……問題……無い?」
「えぇ、問題ありません。いつもと違った味で、美味しかったです!」
「殿下……是非……食べて」
「あぁ、じゃあ塩焼きから頂くとするか。
んんっ、脂が乗っていて、館じゃできない食べ方で良いな。内緒だぞ?」
「私……アヴィエラ……見てない」
「この美味しい料理のお礼に、ルミナに食べさせるから、近くに来てくれるか?」
「ん」
近くに行って、餌を強請る小鳥のように口を開けると、食べさせてくれた。可愛い男性から、食べさせてもらえるなど、素晴らしい体験だ。
思わず、「もっと」と強請ると、「仕方がない」と、くれる。
「どうだ?美味しいか?」
「非常……美味……アヴィエラ……お強請り……してる」
「そっ、そんなことはありません!」
「慌てて……。分かった、分かった。ほら、こっちおいで」
そう言うと、アヴィエラに食べさせている。それを見ていると、やっぱりこの二人は通じ合っているんだな、と思える。こんな仕事をして、コミュ障な私だと、そんな相手は万が一にも現れないと思えて嫌になる。
だけど、こんな料理でも美味しいと言ってくれるのだから、このひとときだけは幸せだ。
「ほら、ルミナも、もっと食べろ?強請っていいんだぞ」
「え……?いいの……?」
「何の問題がある?俺が良いと言うんだから、良いんだ。ほら、遠慮するな」
「じゃあ……」
そう言って食べさせてもらうが、自分で食べるより美味しく感じられて、幸せな気持ちが溢れて嬉しいと顔に出てしまっている。分かっているが、止められない。
いっぱい食べさせてもらい、後はデザートを作り、食べていると、声をかけられる。
「ルミナ、今日は美味しいものを、ありがとうな。お前もいつも無表情かと思ったが、意外と美味いものだったり、甘いものを食べると頬が緩んでいて、そっちのほうがいいぞ」
「そんな……こと……ない」
「そうか?なあ、アヴィエラ。いや、ルミナはどっちの方がいい?こう、頭を撫でられている時か、美味しい物を食べる顔か、いつもの無表情か」
「そうですね。やはり、頭を撫でてもらっている時の、蕩けた顔が一番良いと思いますよ」
と言いつつ、殿下は斜め向かいに座った私のことを、「よしよし」と撫でてくださる。
だから、表情が緩んでしまうのだ。
「び、アヴィエラ……う……裏切り……者……恥ず」
「と言っているので、アヴィエラ、お前も撫でて差し上げろ」
「うぇっ!?」
「ア、アヴィエラ!は、恥ずかしい!や、やめるっ」
「ほら、ルミナが待ってるんだ。早く撫でて差し上げろ?」
「わ、分かりました!し、失礼します」
二人して私の左右から頭を撫でてくる。
恥ずかしいどころではなく、声も出せなくなってしまう。気持ちいい……じゃない!
このままだと堕ちる!
「み、ミケ君!ア、アヴィエラ、や、やめっ!あぁ、撫でられるの気持ちいい……じゃなくって!」
「おー、ちゃんと喋ってる」
「喋ってます。止めます?」
「勿論っ、止めない!逃げられないように、手繋ぐ」
「んんっ、ミケ君のちょっと硬いけど柔らかい手と、アヴィエラの手、どっちも気持ちいい。手まで、幸せ……」
隣の殿下から手を掴まれ、逃げられないようにされて頭を撫でられるなど、初めてのことだ。
感情を隠すことができなくなってしまう。獣人の発情期も薄い私だが、性欲がないわけではない。
これ以上優しく甘やかされてしまうと、離れられなくなってしまう……。
「ルミナさん、ここは甘えてしまいましょう?ミケ君は、いたずら好きですので……」
「そうだ、アヴィエラの言う通り。俺は、いたずら好きで、甘やかすのが大好きだ」
「だ、だめ、はずかしい……。ラクトーシャの、きもち、わかった。あまやかし、すばらしぃ」
言葉がおかしくなるし、考えることができない。甘やかされて、ドロドロに堕とされるのも悪くないかもしれないなんて、頭のいかれたことを思ってしまう。
「そろそろ、やめるか」
「やめちゃうの……?最後だ。だ、抱きしめさせて……?」
「あぁ、頭、蕩けてる……」
アヴィエラが何やら言ってるが、目先の快楽には抗えない。
「したいの?」
「うん……したい……。ぎゅって、したい。ダメ……?」
頭のいかれたことを頼んでいることは、分かっている。だけど、これを逃したら、こんな機会はないかもしれない。
あっても、頼める気がしない。
「じゃあ、だめだな。アヴィエラ、離れてやれ」
「はい、かしこまりました」
「えぇっ……」
思わず悲しい声を出してしまう。すると殿下は、いきなり私を胸に抱きしめて、頭をぎゅってされ、背中をポンポンとされる。
手慣れてない?と疑問に思うが、それより殿下の甘い匂いと柔らかさに感情が溶けてしまう。抱きしめてほしいと頼んだのは私なのに、逆に殿下の方から抱きしめてくれるなんて……!
それから、どれくらい経ったのか。
三十秒なのか、三十分なのか分からない。
けれど、幸せな時間が過ぎたところで離され、
「今回はこれぐらいで、終わりね?」
と言われた。今回ってことは、次回も……?
ふわふわした気持ちで殿下を送り届け、皇都で使っている部屋に戻る。
幸せな気持ちと、彼に惹かれる心が、いつまでも残っていた。
おやおや、これはアヤツが手を回したのぉ・・・。そしてまた一人・・・。




