家屋演習と修正
陛下から勅命が下り、早くも三日が経った。
その間に、早馬を走らせ、会談を申し入れる親書を持たせた特使も派遣した。屋内・家屋演習も順調に進んでいると聞いているが、銀行での演習はうまくいっていないらしい。
話を聞くと、やはり『銀行強盗扱い』されているようだ。人質を取っても突入され、最悪の場合、人質の犠牲も許容して強盗犯を皆殺しにするという結果になっていた。
演習とはいえ、これでは困る。今回必要なのは、単に銀行へ押し入り、金を奪って逃げる強盗ではない。官憲の目を引きつけ、時間を稼ぎ、その間に別の作戦を進めるための陽動だ。最初から犯人を殲滅するつもりで動かれるなら、こちらの目的とは根本的に噛み合わない。
皇都の銀行の頭取に銀行強盗への対策を尋ねたところ、『時間を稼ぎ、官憲による包囲を待つ。犯人たちを刺激せず、疲れさせ、最後は突入して殲滅するのがセオリー』とのことだった。夜間は銀行を閉めた後も、警備員が侵入を警戒して巡回や警邏を行うらしい。
『一番嫌なことは?』と聞いてみれば、『馬鹿で無鉄砲にやって来て、包囲された後に情緒不安定になる強盗犯が嫌だ』と答えられた。
『何ですか、うちに強盗でも来る気ですか?来るなら軍隊を用意した方が早いですが、赤字になること間違いなしです』と窘められる。
国内ではやらんわ。やるのは国外だわ。……いや、国外であっても、軍隊を動かせば面倒になるのは同じだ。だからこそ、少人数で騒ぎを起こし、官憲の目を引きつける必要がある。相手の警備体制を知ることはできたが、肝心の演習がこの調子では先が思いやられる。
観戦武官は、まだ第七騎士団のバシリイしかいない。作戦を練り直すために陽動作戦会議を開いたのだが、放火するだの、通り魔をするだの、人攫いをするだの、農村を焼き討ちにするだの、魔石テロを起こすだの、別の場所で強盗を働くだの、盗賊を使うだの、街道を封鎖するだの、脅迫するだの……。
過激なことを次々と口にする者がいて、困ったものだ。いや、目立つことだけを考えるなら、どれも一定の効果はあるのかもしれない。だが、目立てば何でもいいという話ではない。騒ぎが大きくなりすぎれば、こちらの手に負えなくなる。陽動のために別の問題をいくつも作ってしまっては、本末転倒だ。
だが、重要なのは時間を稼ぎ、長時間にわたって人々の目をそこに釘付けにすることだ。注意をそらすだけでは足りない。特に、火を使う案は却下だ。
確かに持続性は高いし、一人でもいくらでも火をつけられる。だが、火は手に負えない。風向き次第では、火が壁伝いに広がり、街全体が蒸し焼きになる。そうなれば、こんがりサックリと包み焼きにされた俺たちの完成だ。
冗談めかして考えてはいるが、笑い事ではない。火を放った人間が意図した範囲だけを燃やせるとは限らない。陽動を長引かせるどころか、制御できない災害を引き起こせば、こちらが動く前に計画そのものが崩れる。
同じ理由で、魔石テロも却下する。会議は踊る、されど進まず。仕方がないので休憩を挟み、半日後に再開することにした。その間に模擬家屋を見に行こうとすると、横からバシリイが声を上げた。
「わたくしも行きますわ!」
どうやら、同行する気満々のようだ。仕方がないので同行を許可し、静かにするよう言い含める。
倉庫内に作られた銀行の模擬施設では、八名が演習を行っていた。上から様子を見られるようになっている。
想定される官憲の突入経路や入口、室内の暗さなど、すべて実際の状況に合わせてある。人質役はマネキンだ。演習の様子を眺めながら、実際に官憲がどのように動くのかを考える。建物の構造や突入経路が再現されているのは助かるが、それだけでは足りない。こちらが何をしようと、相手がどう対応するかによって結果は変わる。今の演習では、その部分が十分に検討されていないように思えた。
会議室に戻り、演習隊隊長、ヴィー、バシリイと話をした。
「時間を稼げば稼ぐほど突入される危険性が高まり、人員が外に出るには死体袋に入るしかなくなる」
という結論に至った。言葉にしてみると、ますます厄介な話だった。時間を稼ぐことと、捕まらずに逃げること。どちらも必要なのに、片方を追求すればもう片方が難しくなる。単純に持ちこたえるだけでは、最後には全員が袋小路に追い込まれる。
それ以降、隊長は口を閉ざし、こちらを観察するような目を向けてきた。……何だ、その目は。
ただ意見を述べただけなのだが、隊長はそれ以上何も言わず、こちらの出方をうかがっている。俺が何を考えているのか、あるいは、どこまで問題を把握しているのかを見極めようとしているのだろうか。
いずれにせよ、今は考え込んでいる場合ではない。まずは、絶対に譲れない条件を整理する必要がある。
「こちらの絶対目標を確認していこう。一つ、時間を稼いで注目を浴びる。二つ、証拠を残さない。副次的な目標として、領主の裏金を頂く」
「そうですわね。やはり、一番目と二番目は相反しますわ。それこそ、注目を浴びるなら、男娼のストリップショーでもやらせた方がよいのでは?」
「そうですね。根本的な部分で相反していますので、厳しいです」
悩ましいよな。注目を集めるには、派手な騒ぎを起こすのが手っ取り早い。だが、派手に動けば動くほど、現場に残るものも増えていく。証拠を残さず、しかも長時間にわたって人々の関心を引きつける。どちらか一方だけなら手段はあるが、両立させるとなると途端に難しくなる。
だが、誰もが注目して関心を持ち、目が離せなくなるようなものでなければ、暗殺して撤収することができない。
時間を稼ぐこと自体が目的ではない。その時間を使って、別の場所で必要な仕事を終え、こちらも無事に撤収しなければならない。銀行に人員を張りつけるだけで終わるわけにはいかないのだ。
バシリイから提言が行われる。
「前提を変えず、女として申し上げるなら、男性を傷つけることには賛成できませんわ。また、第七騎士団の副官として申し上げるなら、突入した際に、誰か傷つけてはまずい相手がいれば、官憲も突入を躊躇いますわっ。」
「例えば誰ですか?ギルドのお偉いさん程度なら、代わりはいくらでもいますし、やりたがる者もいますよ」
「我が国の外交官を同行させて、『視察をしたい』と言わせるか?了承すると思うか?」
「思いませんわ。聞く前から拒否します」
「思いません」
バシリイもヴィーも仲良くダメ出ししてくるね。
まあ、当然といえば当然か。こちらが思いつく程度の案なら、相手にも不自然さが伝わる。そもそも、外交官を連れて銀行強盗に入るなど、無理がありすぎる。
「突飛な形で乗り込ませるしかありませんわ。突入して他国の外交官の一員を傷つける事態が起きたら、我が国からも他国から信用を失いますわ」
「その場合、犯人たちはどうするのです?『参りました、降参しまーす』なんてことはできないですよ?ええ、誰かさんのように」
「アヴィエラ、あなた、変わって言うようになったわね。騎士学校では喋らず、私との武芸試合でも手を抜いて互角を演じていたくせに。
降参して捕まったら、縛り首か斬首になる前に証拠隠滅ですわね」
学生時代からの知り合いで、ヴィーが関わりで争った事もある。
バシリイの言うとおり、捕まるとまずいのが正規の人員であるなら、非正規の工作員を使い、最悪の場合でもこちらの関与がばれないようにする。
正規の人員を使えば、捕まった時点で国とのつながりを疑われる。だからといって、非正規の人員なら何をしてもいいわけではない。必要なのは、捕まらないこと。そして、仮に何かが起きても、こちらへつながる証拠を残さないことだ。
「じゃあ、トンネルを掘って、突入前に逃げ出すのはいかがでしょうか?」
「ちなみに、『穴掘り大隊』のバシリイ、何か意見は?」
第七騎士団には、『穴掘り大隊』という別名がある。東方を担当しているが、平原が多く見通しが良いため、野戦に向いている。
だが、防衛するとなると話は別だ。塹壕と馬防柵を幾重にも張り巡らせる。そうすれば騎馬突撃を防げる。後方の大きな塹壕から弓を射かけ、歩兵が突撃してきたら、塹壕から弩と魔石銃で守る。それでも勝てるとは限らない。
勝つためには、敵の脆弱な部分を発見し、そこから騎馬と歩兵を突入させて敵を分断し、各個撃破する戦法を多用するのだ。
騎士も兵士も、誰であろうと穴を掘って塹壕を作る。そのため『穴掘り大隊』と呼ばれている。場合によっては、塹壕からトンネルや坑道を掘る作戦を行うこともある。
「土質が分からないですが、街があるということは掘れなくはないですわ。だけど、人と物は何とかなっても、時間が足りませんわ。昼夜を問わず、隣の家屋の地下から掘るとしても一か月は必要ですし、住人を始末するにしても、発覚したらアウトですわね。やる価値はありますが」
「そうか。だが、不確定要素が大きい。それでも手配をしてみよう。不確定要素を減らし、兵士が死なないようにしたいが……。別に、突入で他国の住人が何人死のうが知ったことではない。だが、うちの兵士は別だ」
「殿下は相変わらず兵士に甘いですわね。それが良いところでもあり、悪いところでもありますが」
「本当にそうです」
「そのくせ、他国の民はどうでもいいなんて、貴族の鑑ですわね」
「我々の君主様ですから」
君たち、仲が悪いんじゃないの?二人して俺をいじめに来るな……。
……いや、冗談はさておき、兵士を死なせたくないのは本心だ。兵士たちは国の金で装備を整え、国のために働いている。騎士が自分の金で装備を整え、従騎士を揃えるのとは事情が違う。兵士を抱えるには金がかかるし、失えば、その分だけ戦力も失われる。
だが、金の問題だけではない。こちらの作戦に従わせる以上、可能な限り生きて帰らせたい。危険を承知で送り出すにしても、最初から死ぬことを前提にした計画にはしたくなかった。
「兵士を逃がすにあたって、不確定要素を潰していきたい。捕まらずに街から逃げ出す。それが条件だ」
「無理ですわ」
「厳しすぎます」
「即答するなよ……。確かに、透明になるとか、壁をすり抜けるとかしなければ無理だろうな」
二人が即座に否定するのも無理はない。官憲が街を包囲し、建物に突入する状況で、全員が捕まらずに逃げる方法など簡単に見つかるはずがない。
それでも、諦めるわけにはいかない。逃げ道を用意せずに人員を送り込めば、最後には捕まるか、殺されるかの二択になる。少なくとも、そうなる可能性を減らす手段は探しておきたい。
こういうときは武人以外の人間に聞きたいが、ちょうどいい相手がいない。幼馴染のカリスティアが真っ先に思い浮かぶが、神殿の長が話をかき乱しに来る光景も目に浮かぶ。
カリスティアなら、武人とは違う視点から何かを思いつくかもしれない。だが、相談した結果、神殿の長まで話に加わることになれば、議論が別の方向へ飛んでいく可能性がある。今は、相談相手を増やすこと自体が目的ではない。必要なのは、現状を打開する具体的な手段だ。
「透明になったり、壁をすり抜けたりするのではなく、街の住人に擬態するのでは駄目ですか?」
「どういうことだ?」
「どういうことですの?」
そこから、俺がいたずらっ子で、外に出ることを好んでいたという話になった。侍従長やメイド長の目を盗み、後宮から脱走していた方法を説明する羽目になった。当時、護衛は後ろから隠れてついてきていたが、恥ずかしいったらありゃしない。
バシリイからは「そんな可愛らしい子供だったんですのね!」と褒めちぎられた。……今は昔話をするために集まっているわけではないのだが。とはいえ、相手が何を言いたいのかは分かってきた。身分を隠し、周囲に溶け込み、警戒されずに移動する。後宮から抜け出すために使った方法が、官憲の目を欺く手段にもなり得るということだ。
そこから、相手は恐ろしい侍従長や近衛騎士ではなく官憲なのだから、当時の方法を応用して騙せるのではないか、という話になった。
そういうことなら、作戦の説明と非正規の人員の手配を頼みに、大叔母のもとへ行くか。こうして、現在の演習は終了し、人員を領主に向けることになった。
演習を上から見ていたが、室内での弩や短剣の使い方は独特だった。そこで、近くにいた隊長から大叔母上に伝令を出すことにした。あの人は、探すのが面倒なくらい館にいない。伝言を頼むと、伝言ゲームが始まり、話が届くまでに時間がかかるのだ。
だから、ヴィーや近侍ではなく、隊長に命じる。彼女は俺を監視する人間であり、大叔母上へ直接連絡できる経路を持っているはずだからだ。
少し待つと、逆に「ここに来るから、しばらく待つように」と伝言が届いた。
紅茶や茶菓子で時間を潰していると、思いのほか早くノックの音がした。入室の許可を出すと、ヴィーとバシリイが立ち上がり、跪いて待つ。
「はぁーい、呼ばれちゃったー!……っと、あら、ヴィー以外にもいると聞いていたけれど、確かバシリイ・イグナティね」
「はっ。このような場所で拝謁させていただき、感謝いたします。つきましては、第七騎士団副団長を拝命しておりますバシリイ、この場に同席することをお許しいただけないでしょうか」
「ええ、問題ないわ。あなたの話は聞いていましたよ。優秀で若くして騎士団の副官に任じられ、小競り合いも何のその、という評判ね」
「こ、光栄であります。かような木端者を知っていただけているとは、感激でございます」
「それは、ただ耳が広いということでは?さすが、歳の功か?」
「で、殿下、それは……」
「殿下……」
ああ、やばい。笑顔で睨んでおられる。
余計なことを言った自覚はある。大叔母上をからかうのは、いつものことだ。だが、今の笑顔を見る限り、あとで何かしらのお返しがあるのは間違いないだろう。
まあ、あとでグリグリされる覚悟はしておこう。いつものことだ。話を進めよう。
「隊長に伝令を頼んでから、来られるまで早かったですね。お休みだったので……?」
「いーえー。領主の方の仕上がりを確認していたのよ。あれなら、公爵家は無理でも、地方の伯爵家くらいならさくっとやれちゃうわ。お望みどおり十二名で、強襲から偽装、救出、脱出まで完璧よ。あとは人質に偽装させれば、商人に紛れて逃げられるわ」
「そこまで恐ろしいことを、さらっと言わないでくださいよ」
全員の顔が引きつっているぞ。
大叔母上にとっては、すでに実行可能な手順として整理されているのだろう。こちらが慎重に条件を洗い出している間に、向こうは別の作戦を十二名で成立させている。その手際のよさは頼もしいが、同時に、どこまで実行できるのかを考えると少し怖くもある。
領主の方は、何とか無事に片がつきそうだ。だが、それも陽動作戦がうまくいき、敵の目を釘付けにできている場合に限る。
つまり、領主の方の準備が整っていても、陽動が失敗すれば意味がない。別々の作戦として考えるのではなく、双方が成立して初めて目的を達成できる。こちらの仕事も、まだ終わってはいない。
そのためにも、話をつけなければならない。
「それで、閣下。お願いしたいことがありまして」
「なーにー?あとで覚えておきなさいよー?銀行強盗の件で行き詰まった?」
「覚えませぬっ、忘れてしまいますとも。なっ、ヴィー?銀行強盗の演習で行き詰まったので、やり方を変えてみようかと。人員に渡りをつけていただきたいです」
「えっ!?ええと、はいっ」
「それで、どういう作戦にするのかしら?今のままでは、時間を稼いでも捕まってしまうものね。それで、何人必要なの?」
「四名か五名といったところですね。作戦の目的である『時間を稼ぐ』ことは変わりませんが、やり方を変えます。下の模擬家屋で説明しましょう。現場を見ていただいた方が分かりやすいですし、領主の銀行は中が広いので」
「いいわよ。ヴィーはともかく、バシリイに聞かせても大丈夫なの?」
「閣下!お言葉ですが、私は国に誓いを立てた身です。口外は絶対にいたしません。騎士としての誇りにかけて、秘密を守りますわ!」
「ほら、問題ないな?では、参りましょう」
大叔母上が確認するのも当然だ。これから話すのは、陽動の内容だけではない。人員の動きや、捕まらずに逃げるための手段にも関わる。聞かせる相手は慎重に選ぶ必要がある。
バシリイが誓いを立てていることは分かっている。だからこそ、ここで疑い続けるよりも、彼女を信頼して話を進める方がいい。ヴィーに先導させ、現場と必要な物を説明していく。そこで助言をもらいながら、作戦を組み立てていった。
大叔母上の助言を受け、ようやく作戦の形が見えてきた。最初から完璧な案があったわけではない。問題点を洗い出し、実際の施設を確認し、条件を一つずつ整理したからこそ、実行できる方法に近づいたのだ。これならば兵士は死なず、証拠も残らない。
少なくとも、今の段階ではそう考えられる。想定外の事態が起きる可能性まで消せるわけではない。それでも、何も考えずに突入を待つよりは、ずっとましなはずだ。
死体が出たとしても、最悪、国の関与を疑われることはあっても、直接関与したことまではばれないはずだ。
あぁミロがまた遠くに離れてしまうの・・・。




