教国でのお話
?視点 教国・教会
蝋燭の灯る円卓を、五人の老若男女が囲み、粛々と話を進めていた。
特筆すべきは、その場にいる全員が普人族であること。そして、全員が金のかかった法衣をまとった神官であることだ。室内にいる給仕やメイドも全員が普人族であり、獣人は一人もいない。
やがて、若い女性が口を開いた。
「それで、怨敵の帝国が動き出したようだな」
「王国の教会からの報告によれば、そのようであるな。これで領主派閥に食い込ませた甲斐も、傘下の商会に武器を流させてきた甲斐もあったというものだ」
「じゃが、かなりの額を使っておる。これで取り込めなかったら、金がもったいないであろう」
「そのときは、各地の教会から喜捨を集めればよい」
ここにいるのは、女神教の最高指導者である枢機卿たちだ。金にがめついからか、権力を好むからか。それは定かではないが、彼らがこの場に集まっている理由は、信仰のためだけではなかった。
彼らが話し合っているのは、いかにして帝国を攻撃へと向かわせるか、ということだった。
失敗すれば、誰かに責任を押しつけて蹴落とせばいい。成功すれば、自分の功績にすればいい。彼らはそんなことを考えていた。
小さな国でありながら、普人族を至上とする特殊な共同体が生き残っている理由は、ただ一つ。女神教の総本山が置かれているからだ。
女神教は、歴史上最も古い宗教である。普人族を至上とする教義を掲げているにもかかわらず、国教に据えている国もあれば、住民が信者となっている国もある。
そのような国に武力侵攻を仕掛ければ、教会が住民を扇動して一揆を起こさせる恐れがある。さらに、武力侵攻を行った国に対し、周辺国がこぞって領土を切り取ろうとするのは間違いない。
そのため、教国はある種の聖域として扱われている。もっとも、周辺国にとっては、金を奪っていく頭痛の種でもあった。
「今回の責任者は誰にするんだ?」
「本日不在の二人のどちらかでよかろう」
「しかり、しかり。いないということは、棄権ということだ」
教会の教えを利用して権力争いに明け暮れる者たちがいる。そのような光景は、いつの世も変わらない。
その結果、誰かの死体が積み上がろうと、彼らは気にしない。安全な場所から他人を操り、自分たちは決して報いを受けないと信じて疑わないのだから。
女神教のクソ共じゃ、帝国の教会はいい子なんじゃが、教会は金、金、男じゃあ。




