狼ちゃんとロリ巨乳とデート
裏口から出ると、カリスティアがおずおずと俺の左手を引いた。
「ミケ君、行きましょう!ヴィーちゃんは右側から手を引いてくださいね。まずは中心地の広場へ行きましょう!」
「じゃ、じゃあ、ミケさ……ん、失礼します」
ヴィーも少し緊張した様子で、俺の右手を取った。
「いいのか?買い物で何を買うのか、聞いていなかった俺も悪いんだが……」
二人から、むぎゅっと腕を抱きしめられる。
左側のティアは、背丈の兼ね合いもあってか、俺の腕を抱えると手がお腹の辺りまで来る。暑くないだろうかと心配になるが、本人は嬉しそうだ。……嬉しそうに見えるのは、気のせいだよな。
「買い出しというより、市場の様子を確認するといったところですね。一応、神殿にも振り売りが来ますし、孤児院の出身者が品物を持ってきてくれることもあります。でも、街の暮らしは自分の目で確かめたいので」
「そうなんですね。私も、何をするのか聞かずにいて申し訳ありませんでした。でも、久しぶりに一緒に歩けて嬉しいです」
小さい頃から、この三人で一緒にいることが多かった。
神殿でもそうだったし、神様から無茶振りをされても、なんだかんだで頑張っていたな。そんなことを思い出しながら、俺たちはぶらぶらと街を歩いていった。
やがて、領都で見たものよりも大きな広場にたどり着く。ここではさまざまな催しが行われる。ベンチも多く設置されているし、東屋のような場所もあって日陰も多い。貴族や皇族が庶民向けの催し物を開くこともあるため、俺にとってもなじみ深い場所だった。
そして、なじみ深い場所はもう一つある。広場に隣接した、戦没者の慰霊碑がある場所だ。こちらはいつも静かで、清潔に保たれるよう丁寧に清掃されている。碑には戦死者の名前と階級、戦死した日が刻まれていた。管理は皇族が担い、祭事は神殿が執り行う。
兵士は職業柄、常に死と隣り合わせだ。戦場で遺体を回収できるとは限らない。回収できたとしても、故郷まで連れ帰ることが難しい場合もある。そうしたときには、遺品や遺髪を遺族に届け、葬儀については国が責任を持って支援する。そして、感謝と畏敬の念を込めて戦没者をここに祀り、遺族には給付を行う。
だからこそ、兵士たちは命を懸ける命令にも従ってくれるのだろう。もちろん、それだけが理由ではない。だが、国が兵士の死を忘れず、遺族を支える姿勢を示すことには意味がある。
極論すれば、戦没者の墓守は神様と父上、そして俺なのだ。最初は、慰霊碑をもっと静かな場所に置いたほうが、遺族も安心できるのではないかという意見が多かったらしい。
だが、沈んだ顔ばかりを見せるより、大勢の人々が楽しそうに暮らしている姿を見せたほうがよい。そんな考えから、にぎやかな広場と慰霊碑のある場所を隣り合わせにしたそうだ。
「いつ来ても賑やかですね」
「そうですね。ここにはいろいろな方が来られますが、悲しそうな顔ばかりが見られる場所ではありません。いいところだと思います」
「そうだな。老いも若きも、いろいろな人がいるが、楽しそうな顔ばかりだ。……まあ、夫に怒られている妻もいるようだが、あれは例外だな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。広場では大道芸も披露されている。いつ見ても、芸人たちの手先の器用さには驚かされる。そういえば、神様がカリスティアに金庫へ何を入れるのか聞いてみろと言っていた。
ちょうどいい機会だ。俺は、彼女に尋ねてみることにした。
「こんなところで聞くのも野暮だが、今、少し行き詰まっていてな。よければ相談に乗ってくれないか?」
「ええ、いいですよ。あの方の差し金でしょうし、何でも聞いてください!」
そう言って、カリスティアは前で腕を組み、胸を反らした。……結果として、余計に強調されてしまっている。
「そうだな。仮に、大きな金庫を持っていて、それを管理する人間がいるとする。そこには何を入れる?ヴィーも俺も、そういうものを持った経験がないから、よく分からないんだ」
「そうですね。大きな金庫ということは、例えば銀行のようなものでしょうか。それとも、貸金庫のようなものですか?」
「そうだ。あの方が面白がって話を振ってきたんだ。すまないな……銀行の貸金庫だな。」
「それなら大丈夫ですよ。帰ったらお仕置きしますから」
カリスティアは、笑顔でそう言い切った。
「私が所有していて、何でも預けられるとしたら、やっぱりお金でしょうか。あとは宝物ですかね」
「そうだよな……。ちなみに、宝物というのは?手元に置いておきたくないか?いつでも見たり、眺めたりしたいものじゃないのか?」
「宝物って、そういうものもありますけど、壊したくないものや、大切な思い出の品だったりもするんですよ。あとは……私の経験談ですが、以前、孤児院の会計士がくすねたお金を別のものに換えて、旦那さんの妹さんの旦那さん名義の貸金庫に隠していたことがありました。あれは発覚してから、くすねたお金の行き先を探すのに苦労しましたね」
なるほど。他人には価値が分からなくても、自分にとってはかけがえのないものをしまっておく場所。
あるいは、他人には見せられない、後ろ暗いものを隠しておく場所。ヴィーが声を出す。
「つまり、裏金を隠されていたということですか?」
「そうなんですよ!しかも、金貨のような貨幣ではなく、宝石に換えられていたので、余計に分かりにくくて。宝石は小さいわりに価値がありますから、隠しやすいんですよね」
「俺が言うのも何だが、権力と腐敗は表裏一体だからな。自浄作用が働いて発覚するというのは、いつの世も変わらない。そうか……腐敗と宝石か」
「?ミケ君、どうしました?私、何か変なことを言いました……?」
俺は返事をせず、考え込んだ。もし俺が地方の小領主で、家計と領地の財政を一緒くたにしていたとする。そこから金をくすね、誰にも気づかれないように隠すなら、どうするだろう。
金貨は重く、かさばる。大量に持ち運ぶのは難しい。高価な美術品や芸術品は管理が面倒なうえ、輸送にも気を使う。持ち出す際にも目立つだろう。
ならば、価値が高く、持ち運びやすいものがいい。やはり宝石だ。
値動きはあるものの、大きな街の宝石商なら現金化もできる。普段は自分が管理する金庫に保管しておき、悪事が露見しそうになったら、それを持って逃げればいい。商業ギルドの金庫に何が預けられているのか。金貨だけとは限らない。
これは、考える価値がありそうだ。
「み、ミケ君……?」
「ミケさん、放置は駄目ですよ……」
……どうやら、考え込んで二人を放置してしまったらしい。俺より背の低いカリスティアの頭を、正面から抱えるようにして、よしよしと撫でてやる。
昔から、こうすると大抵のことは許してもらえるのだ。
「だ、騙されませんよ!もっと要求します!!」
要求されたので、たっぷりと撫でてやる。右手でカリスティアの頭を撫でながら、左手でヴィーをちょいちょいと招いた。こちらへ来たヴィーの頭と耳も、左手で撫でる。
……さて、十分に撫でたし、屋台で何か買うか。
「ミケ君、何が食べたいですか?何でも言ってくれていいですよ。今日はヴィーちゃんもいますし」
「そうだな。あの丸い卵焼き……いや、あれはケーキの一種か?あれを買って、分けようか。ヴィーもいいよな?」
「ええ、問題ございません」
あれは何だろう。見たことがない。小麦粉が焼ける、いい匂いがする。だが、見慣れない食べ物だった。
「?ああ、あれですか。神様が『鈴焼』とやらを作ろうとして、失敗を繰り返した末に投げ出したものを、孤児院出身の子たちが改良したホットケーキの一種です。ここら辺で見かけるのは珍しいですね。ミケ君が知らないのも無理はありません。売っている人は南方にいることが多いそうですし、甘さや柔らかさを出すのに砂糖を使うので、中央ではどうしても値段が張ってしまうんです。
でも、そこまで高いわけではありませんし、ふわふわで素朴な味がしておいしいですよ。買いましょう!」
「美味しそうですね。ぜひ」
俺たちは列に並んだ。小麦粉と砂糖が混ざり合い、焼けるいい匂いが漂ってくる。
見ていると、横一列に丸い窪みが並んだ銅板に生地を流し込み、何も入れずに手際よくひっくり返して、丸く焼き上げていく。三人で「おおー」と感心しながら眺めていると、店のお兄さんが照れくさそうに笑った。
「そんなに熱心に見られると照れちゃうな。おまけで一人一個ずつ付けてあげるよ!」
思いがけず、おまけまでもらってしまった。俺たちは、テーブルの付いたベンチまで移動した。ヴィーが隣に座り、カリスティアが向かい側に腰を下ろす。
「じゃあ、まずはビナちゃんから。熱いから気をつけてね」
ヴィーはふうふうと息を吹きかけてから食べた。まだ湯気が立っている。
「んっ、ふわふわで美味しいです。ティアも食べてください。ミケさ……んは、ちょっと待ってくださいね」
「ふふっ、まだ慣れないんだね。ミケ君って呼ぶのに。堅いんだから」
「そ、そ、そんなことはないでしゅ」
……噛んだ。そう思っていると、カリスティアが食べ終わり、こちらに一つ差し出してきた。
「ミケさ……ん、どうぞ!」
言われるままに一つ食べてみる。確かに、柔らかいホットケーキの一種だ。素朴な味で美味しい。これなら、いくらでも食べられそうだ。
「美味しいな。こんなものを紹介してくれてありがとう。お返しだ。ほら、お一つどうぞ」
そう言ってカリスティアに一つ差し出すと、彼女はぱくっと食べた。
「これはビナにも、はいっ」
ヴィーにも食べさせてやる。そうして自分でも食べていると、カリスティアが「あーっ、私が食べさせるの!」と言い出した。
口の中のものを飲み込んでから、素直に食べさせてもらう。ここでも食べさせたり、食べさせてもらったりを繰り返していると、一つ気づいたことがあった。
美味しいのだが、口の中の水分を吸い取られる。
「ねえ、ミケ君……。喉、渇かない?」
その問いには、普通に「うん」と答えた。……だが、何か戸惑うような要素があっただろうか?
「レモンを使ったジュースを売っているから、買ってくるね。ビナちゃんはミケ君と待っていて!」
カリスティアは、すごい勢いで走っていった。そんなに喉が渇いていたのか。いや、俺が気づけなかったのが悪かったのかもしれない。
少し反省していると、カリスティアが戻ってきた。手には、木製のかなり大きなコップがある。そこからは、麦わらのストローが三本伸び、互いに絡まるように差し込まれていた。
……ん?あれは、カップルや恋人、夫婦向けの……。そう思って固まっていると、カリスティアが満面の笑みでコップを差し出した。
「ミケ君、ビナちゃん、はい、どうぞ!」
いや、ストローで飲むと三人の顔が近くならないか?それなら俺は後で……と断ろうとしたところ、カリスティアが捨てられた子犬のような悲しそうな顔でこちらを見てきた。
狼のヴィーに助けを求めたが、彼女は先に毒見を済ませ、知らんぷりをしている。逃げ場がない。
「じゃ、じゃあ、仕方ない。ビナの後に、皆で一緒に飲もうか」
そう言うと、カリスティアは大きな花が咲くような笑顔で「うんっ」と答えた。昔から、悲しそうな顔には弱い。そして、この笑顔には勝てない。
……ヴィーの尻尾と一緒だな。
「し、失礼して……」
「失礼しますっ」
「お、恐れながら、失礼いたします……」
二人の整った顔が目の前にあると思うと、緊張してしまう。カリスティアは童顔で、可愛らしく、ふわふわとした雰囲気だ。一方のヴィーは、きりっとした印象で、顔立ちの各部が整っていて格好いい。
そんな二人の顔を見ながらストローを吸っていると、二人の顔が赤くなっていくのが分かった。俺自身も、顔が熱くなっている。気まずさと恥ずかしさに耐えきれず、ようやくストローから口を離した。
誰も言葉を発せないでいる。俺は人をからかう側でいることが多い。こうして真正面からやられると、どうにも恥ずかしいものだ。
「じゃ、じゃあ、買い物の続きをしようか!」
カリスティアの声をきっかけに、俺たちは再び歩き出した。
三人とも顔が赤かったのは、気のせいではないはずだ。その後は市場を見て回り、カリスティアを神殿まで送り届けてから、馬車で帰路についた。
その晩神殿では、誰かがこう言っていたらしい。
「今日のデートは……よかったようじゃな。なんじゃあ、その顔は。頬が真っ赤で、耳まで赤いぞ。湯気でも出そうじゃな?」
その結果、神様は八つ当たりのように、手心なしの食事抜きを言い渡されたとか。
ご、ご飯がないっ!?




