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昨日、神殿へ伝令を出したところ、『いつでも構わないが、なるべく早く来い』とのことだった。そこで、今日訪ねることにした。
馬車に乗り、ヴィーと神殿へ向かう。それほど長い間離れていたわけではないのに、会うのが久しぶりのような気がしてしまう。
そんなことをヴィーと話しているうちに、神殿の裏手へと到着した。礼拝に来たわけではないので、裏口から入るほうが都合がいい。こちらにも受付代わりの職員がいるため、手続きに困ることもない。
中に入ると、懐かしい顔のカリスティアが待っていてくれた。淡い紅色のズボンに、白地に紫の線が入ったチュニックという、以前と変わらない服装だ。
彼女に案内され、廊下を進む。特に言葉を交わすわけではないが、懐かしい光景だった。小柄なカリスティアとヴィーが並んで先を歩き、俺を案内してくれる。こうして三人で歩くのも、本当に久しぶりだ。
やがて、神様の執務室にたどり着いた。カリスティアが扉を開けてくれたのだが、目に飛び込んできた光景は、どうにもおかしかった。
誰とは言わないが、座り心地のよさそうな椅子に、黒く長い髪を腰まで伸ばした人物が座っている。白地に金の刺繍が入ったワンピースを着ているが、その腰の辺りは鎖で何重にも縛られていた。
腕はある程度自由に動かせるらしい。ただし、椅子から離れたり、拘束を解いたりすることはできないようになっている。
その人物は、首から一枚の板を掲げていた。『私は仕事をサボりました。片付けるまで解きません。ご飯はいりません』達筆で、そんな反省文が書かれている。
またやらかしたのか、この人。
「ただいま戻りました、ダメ紙様。お客様をお連れしましたので、さっさと仕事を片付けてくださいね、紙様。殿下はどうぞこちらにお掛けください。ヴィーちゃんも久しぶりね。あなたも一緒に座って待っていて。今、紅茶をお出しするけれど、紅茶でいいですよね?」
……今、神様の呼び方が「紙」になっていた気がするんだが。気のせいかな。
「久しぶりだ、ティア。ありがとう。お前が淹れてくれる紅茶には、ヴィーの淹れる紅茶とはまた違ったおいしさがあるんだ。お願いするよ」
「ありがとうございます。ティア、私もお手伝いさせていただいても……?」
「ミロ君は相変わらず口がうまいんだから。ヴィーも今日はお客様だから、座って待っていてね」
そう言って、カリスティアは嬉しそうに紅茶を淹れ始めた。ほどなくして、部屋にいい香りが立ち上る。……あれ?神様はさっきから喋らない?
そう思って視線を向けると、神様の口にはタオルで猿轡がされていた。どうやら、手は机に届く程度には動かせるものの、猿轡を自分で外すことはできないらしい。神様は、こちらに向かって「むーむー」と何かを訴えている。
無情なものだ。まあ、喋れないなら放置しても問題ないか。
そんなことを考えていると、カリスティアが紅茶とクッキーを出してくれた。
「紅茶は、孤児院出身の子が持ってきてくれたものなの。柑橘の皮と薔薇が入っているのよ。クッキーは私のお手製。紙様も太鼓判を押すほどの出来なの」
大きな声で「むーむー」と訴えている。たぶん、「我にも寄越せ」と言っているのだろう。
「香りも味も一級品だ。美味いな、ティアが入れてくれたから美味い。」
「美味しいです」
「そうですか。お二人に褒めていただけて嬉しいです」
「んんー!んっ、んんんっー!」
「紙様、うるさいですよ?早く仕事を終わらせてください。サボった分に、私の分まで合わせてあるんですから」
「いいのか……?」
「良いのでしょうか?」
「んんんー!」
神様の様子を見る限り、どう考えても「よくない」と訴えているようにしか見えない。だが、ここは都合よく解釈しておこう。
「神様も良いとおっしゃっているし、三人で楽しもうかね」
「んっ、んんー!んんんんんー!」
神様は椅子をがちゃがちゃと揺らしている。本気で嫌なら、あの程度の鎖くらい簡単に引きちぎれるだろう。そうしないのは、本人もこの状況をどこか楽しんでいるからではないかと、俺は勝手に解釈することにした。
「もう……。なんですか、うるさいですね。せっかくミロ君とヴィーちゃんがいるんだから、ちゃんと仕事をしてくださいよ」
そう言って、ようやくカリスティアが神様の猿轡を外した。いつもながら、神様の尊厳はどこへ行ったのだろう。
「ぷはぁ!こ、この小娘め!我を何だと心得るか!……あ、ミロにヴィー、久しぶりじゃな!」
「普人族です。ア・ナ・タ様は、仕事をサボる紙様です」
「同感です」
「えっと……。仕事をサボるのは、よくないかと」
「にゃあぁぁ……。皆が冷たいよ……。ミロよ、胸に飛び込ませておくれでないか?それが駄目なら、せめてこちらに……」
「駄目ですよー?今日はお仕事をする日ですよね?女が男に何と言うんでしたっけ。ああ、こう言うんでしたね。『今日は寝かさないぞっ』」
「ひぃぃん!」
神様は、嘘泣きだろうが、いかにも悲しそうな声を上げた。しっかり尻に敷いているようで何よりだ。
代々、巫女はいつでも辞めていいし、結婚するのも自由だ。ただし、神様に対して必要なときにはきちんと意見し、強く出られることが絶対条件らしい。
神様を甘やかすだけでは務まらない。普段は望みを聞いてやり、時には存分に甘えさせる。だが、やるべきことを放り出したときには、容赦なく叱り、きちんとやらせる。その両方ができる者こそ、巫女に向いているのだろう。
「はいはい。泣くまで駄々をこねて。仕方ないですね。紅茶を持っていってあげますから」
そう言って、カリスティアは神様のそばに紅茶を運んでやった。
「ヴィー、あれを真似するなよ?真似したら、俺も泣いてどこかに引きこもるからな。いいな、絶対に真似するなよ?」
「大丈夫です。殿下はちゃんとお仕事なさいますので」
「カリスティアの手が塞がるだろう。クッキーも少し持っていってやろうか。ヴィーも手伝ってくれ」
そう言って、俺も神様を甘やかしに行くことにした。
「うぅぅ、皆ツンデレなんじゃあ……」
「ところで、ティア。この書類の山はどうしたんだ?いつもはこんなに溜まっていないだろうし、神殿や孤児院で何か問題が起きたとも聞いていないぞ?」
「ああ、それはですね。こちらにおわす紙様が、三日ほど前に私に何も告げず、ふらっと出かけたきり帰ってこなかったんです。ようやく戻ってきたのが昨日で、その間に溜まった仕事なんですよ。一応、神殿と孤児院の長ですから、決裁が必要な書類もあるんです。ですから、さっさと終わらせてくださいね」
「そ、それは誤解じゃあ!我はちゃんと出かけると言ったぞ!その……帰りが遅くなるとは言わなかったがな……」
ああ、理解した。自分が仕事を放置したツケが回ってきただけか。俺もヴィーも、何も言えずに顔を見合わせた。
「じゃあ、紙様。私は買い物に出かけようと思います。あの、ミロ君とヴィーちゃんも、一緒についてきてもらっていい……でしょうか?」
「いいけど、この書類の山はいいのか?」
「いいんですよ。お二人と出かけるのも久しぶりですから」
「やった。ありがとうございますっ。大丈夫です。私の分まで紙様が仕事をしてくださらないと、紙様のご飯が抜きになるだけなので」
カリスティアは嬉しそうに微笑むと、俺の片手を両手で握り、ぴょこぴょこと跳ねた。
「じゃあ、ちょっと支度をしてきますね。こちらでお待ちくださいっ」
そう言うと、すごい勢いで部屋を出ていってしまった。
「全く、騒々しいのぉ……。久しぶりじゃな、ミロとヴィー。元気にしておったかえ?」
「ええ、二人とも元気にしていますよ」
「それは何よりじゃあ。見ての通り、我はいま仕事を片付けるまでここから動けん。カリスティアのことを頼んだぞ。ヴィーも、我の膝の上に乗ってくれてもええんじゃぞ?」
「えっ?嫌ですっ。恐れ多いので結構でございまする。ええ。あまり変なことを言うと、ティアに言いつけますよ!」
……すごく変な言葉遣いだ。尻尾を触られるのを警戒したのか、ヴィーは自分の尻尾を隠すように身を引いている。
「そうです。ヴィーのふさふさな尻尾は俺専用です。紙様とはいえ、そうホイホイ渡すわけにはいきませんよ」
「残念じゃあ……。では、ミロ。お主でもええんじゃが……」
「これから先約があるので無理です。おねだりすることがあったら、付き合ってあげるかもしれません。ですから、まずは仕事をしてください」
「うぅ、いけずじゃあ……。そういえば聞いたぞ。面白い作戦を立てたそうじゃな。じゃが、大丈夫かのう。銀行を襲撃するにしても、金は重いぞ?」
本当に耳が早い。話したのは昨日だし、防諜のために城の奥深くで、人数を絞って行った会議だった。それなのに、もう知っている。
「お耳が早いことで。全部を奪うわけではないので、大丈夫だと思いますが……」
「ふふっ、ヴィーも詰めが甘いのぉ。自分で金を持ち歩かんし、銀行にも預けぬから、分からんのも仕方ないか。では、ヒントをやろう。お主が襲撃するのは、領主が作った商業ギルドの、街のためだけにある金庫じゃ。そこに何が預けられているか、考えてみるんじゃな。街へ行くカリスティアにも聞いてみるとよい。面白い話が聞けるであろう。あれも我の巫女ぞ」
何やらドヤ顔をして胸を張っているが、腰を椅子に縛られているので不格好だ。
「神様、お言葉ですが、カリスティアの買い物中に、我々の事情へ首を突っ込ませるのは野暮というものでは?それでなくとも、神様のお世話もたくさんあるでしょうに」
「なんじゃあ、ヴィー。お主、言うようになったのぉ!じゃが、そこは本人が決めることじゃ。多分じゃが、ミロの役に立てると分かれば、喜ぶのではないか?」
「神様、うるさいです!それ以上しゃべったら、今日のご飯どころか、今週のご飯も抜きにしますよ!!」
本当かと思っていると、勢いよく扉が開いた。
話を聞いていたのか、カリスティアが少し顔を赤くして立っている。黒いショートヘアを整え、街娘らしく、半袖の白いフリルブラウスに、赤い花の刺繍があしらわれた紺色のミドル丈スカートを合わせていた。
先ほどのチュニック姿から、買い物に出るために着替えてきたらしい。可愛らしい装いだ。
「あぁ、それは勘弁してほしいところなので、黙るのじゃ」
「ティアらしく、可愛らしくまとめてきたな。ヴィーは今日は格好いい従者風で、ティアは可愛らしい感じか。対比になっていていいじゃないか」
「もう、ミロ君ったら褒めすぎです」
「殿下、褒めていただきありがとうございます」
「天然なのが恐いのぉ……」
「じゃあ、私は出かけますので。紙様、今日のご飯はありませんが、お仕事を頑張ってくださいませ。では、ミロ君……いえ、今日はいつものようにミケ君と呼びましょうか。ヴィーちゃんもいい?」
「ああ、それでいいぞ。今日は手伝いだけで済まんな」
「ええ、それでお願いします」
「い、いえ。こちらこそ、私の街での買い物に付き合っていただき、ありがとうございます。じゃあ神様、行ってきますっ」
「では、神様。失礼します。カリスティアと出かけてきます」
「失礼いたします。ティアのこと、お借りします」
「ああ、行ってらっしゃい。楽しんでくるのじゃぞ」
そう言って執務室を出るとき、ちらりと神様を見た。神様は、嬉しそうな顔で微笑んでいるように見えた。
……いや、扉が閉まる隙間から見えただけだ。気のせいだったのだろうか。
酷いのじゃー!かむばーっく!




