リスちゃんと狼ちゃんとでーと
昨日は尋問をしているうちに一日が終わってしまった。一応、裏取りはできたが、嘘をついている可能性も否定できない。それでも、ひとまず決着はついた。飴を与えるところを周囲に見せつけたかと思えば、ほかの奴には鞭を与えるように、麻酔も酒も使わずに指を切り落とし、止血する。そんなことを一日かけて行った。
やり方は簡単だ。腕と指を固定し、斧で指を一本ずつバッサリと切り落とす。その後は切り口を圧迫して止血するだけだ。このままでは、傷口から感染症を起こす危険もあるし、止血が不十分なら失血死する可能性もある。さらに、もっとひどい目に遭って死ぬこともあり得る。そうした危険を強く覚えさせるのが目的らしい。まだ生かされたいのなら、さっさと正直に話して、少しでもましな扱いを受けるほうが得だと刷り込むのだろう。尋問には思った以上に手間取った。それに、濃い血の匂いを嗅ぎつけたヴィーが、心配そうに周囲をうろうろしている。今までは気にならなかったのに、今日はそんなヴィーの様子まで気になってしまう。
心が荒んでいるのが何となく分かってしまい、自分が嫌になる。
明日はヴィーたちと街に出るのだ。さっさと寝てしまおう。翌朝、目覚めは最悪だった。よく覚えていないが、悪い夢でも見たのか、寝汗がひどい。水と布で体を拭き、さっぱりする。朝食もあまり喉を通らなかった。
こんな顔で二人に付き合うわけにはいかん。しゃきっとしなければ。
「それでは、本日のブリーフィングを始めさせていただきます。本日、殿下はルミナ様、私アヴィエラとともに、非公式で街に出る予定です。それに当たりまして、護衛班、演習班、第九、何か注意事項はありますでしょうか?」
「護衛からは特にはないっすね。裏通りとかドヤ街の方に入らなけりゃ、あとは大丈夫っす。経路計画も見ましたが、問題ねーっす。けっ」
「演習も昨日終わり、本日から振り返りと卓上演習に切り替えています。実力差がよく分かったらしく、従順なものに変わりました。なので、街の官憲の数は通常に戻っています」
「第九……特に……ない。関所……怪しい……動き……ない……報告」
「かしこまりました。では、この後、変装が完了次第、行動を開始するということでよろしいでしょうか?重ねて申し上げますが、この外出は非公式です。行動記録には残しません。問題ないでしょうか?」
「あぁ、俺は問題ない」
「問題ないっす。演習班に行くっす」
「問題ない。私もこの後すぐ出るからな」
「楽しみ……。アヴィエラ……後……話……ある……顔……貸す」
なんだろう。昨日の夜、予定のすり合わせはヴィーとルミナが行い、経路計画も護衛班が打ち合わせをしたはずだ。気になるが、任せておこう。
皇族だからといって、自分で着替えられないわけではない。パーティー用の礼服が一人では着脱しにくい造りになっているのは、他人を介さなければ簡単には脱げないようにし、童貞性を守るためだ。ユニコーンに刺されないようにするためでもある。
だから、普通の洋服ぐらい自分で着られる。
部屋で待っていると、ヴィーとルミナが迎えに来た。ヴィーはいつものポニーテールに、凛々しい黒いYシャツとパンツスタイル。よく似合っている。
「格好かわいいね」
そう褒めると、ヴィーは照れたように頬を染めた。
隣を見ると、ルミナは白いセーラーワンピースに水色の薄手のカーディガンを羽織っている。可愛らしさと可憐さがあって、こちらもよく似合っていた。
「ルミナは可愛らしい格好だ、よく似合っている。」
二人とも、それぞれ違った魅力がある。そうしていると、二人から照れながらお礼を言われ、街へ行こうと誘われた。
本当は、どこかで待ち合わせをして、「待ちましたー?!」と走り寄ってくる演出をやりたかったのだが、護衛の都合で却下されてしまった。
宿を出ると、二人にぎゅっと手を握られた。
驚いていると、ヴィーは頬をうっすらと赤く染め、ルミナは表情を変えずにいる。
「ミケ君……護衛」
「ご、護衛のため」
「そ、そうか。行こうかね」
「二人……考えた。今日……一杯……楽しんで。こっち……色々……回る……予定。ミケ君……手……治って……良かった……気持ち……いい」
そう言って、二人から手を引かれる。襲撃のときに切られた手もきれいに治ったが、今は二人ににぎにぎされている。
最初に連れて行かれたのは、街の中央から少し外れた広場だった。ここでは恋人たちが待ち合わせをしたり、催し物が行われたり、大道芸人が芸を披露したりしている。それを目当てに出店も並び、クレープや焼いた肉など、いろいろなものが売られていた。
タレが焦げる匂い、小麦粉が焼ける匂い、甘い香り。街の暮らしを感じさせる、心地よい匂いが漂っている。
「私……ここ……赴任以来……好き……よく来る……殿下……一緒……見れて……嬉しい」
「そうなのか?イメージでは、ゆったりしたカフェとかにいる気がしたが」
「そうですね。勝手なイメージですが、そんな感じです」
「私……仕事……陰で動く……だけど……皆の生活……守れてる……実感」
ああ、そうか。普通の軍人なら、自分たちが人々の生活を守っていることを実感する機会も多いだろう。だが、第九は表に出ないからな……。
「私……アレ……食べたい……ミケ君……アヴィエラ……食べよ?」
表情は変わらなかったが、早口で話題を変えてきた。指さす方を見ると、屋台でクレープを目の前で焼いて売っているようだ。
「いいですが……。毒見役はどういたしましょう?護衛の中から選びます?」
「いつも……通り……アヴィエラ……でいい……?今日……デート……装う」
「なっ?!ルミナさん!みけさーーーんもいいでしょうか?」
「あぁ、問題ないよ。ルミナさんもいいなら、いいよ」
慌てるヴィーを見るのも楽しそうだ。俺はフルーツたっぷりのものを頼んだ。ヴィーはプレーンにシナモン、ルミナは柑橘をメインにしたものを注文している。
そうしていると、店のお兄さんから「お姉さんたち、お似合いでラブラブだねー」と、おまけをしてもらった。
ヴィーは恥ずかしそうに、ルミナは嬉しそうにしている。
手際よく焼き上げられたクレープが三つ、渡された。
「じゃ、じゃあ失礼します」
「私も……毒見」
あれ、ルミナも毒見をするんだな。
「どうだ?美味しいか?」
「ええ、美味しいです。やはり大きな街だけあって、物がいいです」
「美味」
ヴィーは美味しさを口にし、ルミナは表情を緩めている。少し待ってから、俺も食べた。確かに皇都のものと変わらないくらい美味しいし、フルーツも瑞々しい。
「ミケ君……私……食べる?恋人……らしく」
ヴィーが驚いて、何も言えなくなっている。言葉が足りないから、俺自身を食べたいと言っているようにも聞こえるが、クレープのことだよな。……そうだよな?
「ルナさんから少しもらおうか。失礼して」
柑橘は時期外れだが、砂糖漬けにしたのか、甘くて美味しい。
ルミナも少し嬉しそうだ。そんな顔を見ると、こっちまでちょっと恥ずかしくなる。
「な、ななにしてるんですか?!」
やっと固まった状態から戻ったな。
「恋人。アヴィエラ……いる?一口……どう?あーん」
ヴィーは差し出されたクレープを、おずおずと食べている。だが、この場の主導権を奪われたな。
「ミケ君……欲しい」
この娘、わざとかな……。三人で一口もらったり、あーんをしたりして、恋人らしく過ごした。
その後は、以前もヴィーと行った目抜き通りと市場を通り、職人問屋街に入る。店では注文を受けて作るアクセサリーや高価な品を主に扱い、屋台では安価と呼べるかは分からないが、手頃なアクセサリーが売られていた。二人から手を引かれながら、ふと屋台の商品をよく見てみる。
指輪もネックレスも、地金は銀だが、石の部分はガラス玉だった。これを男に贈るのか?と思っていると、店主から声をかけられた。
「おー!そこのお姉さんたち、こんな可愛い旦那様とデートかい?どうだ?気に入ったものがあれば買っていってくれよ!」
「い、いえ、ちょっとこれではアクセサリーの方が負けてしまいますし……。アクセサリーの出来は良いですが、石の部分、これガラスですよね……?」
「そう……私達の……旦那様……似合わない。土台……出来は……いい……なんで?」
二人して酷評しているが、それを聞いて店主が怒ることはなかった。逆に、笑いながら説明してくれる。
「あははっ。やっぱり、いいとこのお姉さんたちか!作り手の俺としても、出来が良いと言われるのは嬉しいもんだ。
ここら辺の屋台は皆そうだがな。指輪もネックレスも、石の部分はわざとガラス玉にしているんだよ。地金は銀で作っているから素材は良いが、宝石を入れるとどうしたって高くなってしまうだろ?
だから、ガラス玉のまま使ってもいいし、ガラス玉の部分を、買ってきた好きな宝石に入れ替えるってのもありだ。これが庶民の買い方で、俺も売りやすい。もしうちで宝石を入れるなら手数料が入るから、二度美味いんだ。
高価な細工やミスリルなんかを使うものなら、後ろの俺の店でやるしな。オーダーでやったほうが出来も良いし」
なるほど。確かに宝石はピンキリで、くず石とはいえ値が張るものだ。平民なら、手軽に買うというわけにもいかないのだろう。
そう納得して二人を見ると、二人も同じような反応をしていた。
「そうか。店主、教えてくれてありがとう。礼代わりに情報を買いたい。商品を買うことはできないが、ここいらで恋人同士に人気の喫茶店など知らないだろうか?」
店主は俺たちを見て、少し悩んでいる。
確かに俺たちは平民が着るような服を着ているが、顔立ちや手を見れば貴族のようにきれいなのだ。下手な店を紹介していいものか、迷っているのだろう。
「そうだな。若い子に人気かっていうと微妙だが、俺のお気に入りの店でもいいか?焼きたての厚切りトーストに、出身の村で名産品というわけじゃないが、うまい蜂蜜に工夫を加えたものを出してくれる店が、この通りの端っこの方にあるぞ。塩気と花の甘さ、香りが合わさって、たまらなく美味しいんだ。
それに、ここいらではあまり飲まれない、故郷の濃い豆茶があってな。たまに無性に飲みたくなるんだ」
北方出身者の多くは、濃い味と辛いもの、そして酒が大好きで、中央より南側は暑いと言う。味が薄い、ここの豆茶は靴下汁だと豪語するような連中だ。
紅茶に酒を入れるのか、酒に紅茶を入れるのか分からないような土地柄で、魔国の影響か、喧嘩っ早いところもある。
「大変うまそうだな……。故郷の濃い豆茶が好きということは、北方の出身か。珍しいな。南下すると夏が暑くて辛いと聞いたが、大丈夫なのか?」
「そうだな。確かに暑いが、彫金をするとどうしたって炉の熱の方が暑いから慣れた。それに俺の嫁さんたちが南方出身でな……。俺は中央より北を希望したんだが、寒いのは辛いと言われ、人数に押し切られて折衷案でここになった」
数と嫁の力関係は仕方ない。
「そ、そうか。色々な話を聞かせてくれてありがとうな。これは手間賃と情報代だ」
銀貨を数枚渡す。店主は銀貨の多さに少し驚いていたが、俺の顔を見るとすぐに納得したようだった。
いいところの坊ちゃんだが、女性側が窘めない。つまり、男性の方がいいところの人間なのだろう。そんなところだろうか。
「おう、ありがとうな。そちらのお嬢様たちと、ぜひ仲良くな。ここから見ていても、お似合いさんだよ」
それから予定から少し外れたが、紹介された喫茶店で休憩することにした。豆を炒る香ばしい匂いと、淹れたての豆茶の香りが漂う店だ。
テーブル席を用意してもらい、俺たちは護衛班に囲まれるように座った。そこでウェイトレスに、先ほど教えられたトーストと豆茶、それに護衛たちには各自好きなものを出すよう注文した。
しばらく待つと、温められた鉄皿に、きつね色に焼かれたトーストが載せられて運ばれてきた。たっぷりの蜂蜜とバターが染み込んでいる。バターの匂いだけでなく、花の良い香りもする。それに、そっと添えられた豆茶の香り。
こうやって街に出ないと知れないこともある。
「アヴィエラ……食べ……させて。若い……恋人風」
「えっ?!わ、わかりました。し、失礼をして」
たっぷりの蜂蜜が乗ったトーストを切り分け、ヴィーがルミナに食べさせている。
そうしていると、蜂蜜がヴィーの指に垂れた。手拭きを渡そうとした瞬間、ルミナがヴィーの手を取り、蜂蜜の垂れた指をはむっと舐めた。
ヴィーは慌てふためいている。
「ルミナさ、さささん!だ、た、だ、ダメです。み、み、み、見られてしまいます!み、みみみけさーーーんも見てないで止めて下さい!!」
「んんっ……。バター……塩気……蜂蜜……塩?……加えて……花の香り……非常……美味。ミケ君……どうぞ」
慌てふためくヴィーをよそに、一口分に切られたトーストを差し出される。
「では、失礼して」
確かに、程よいサクサク感と蜂蜜の甘さに塩気が加わって、非常に美味しい。濃いめの豆茶で甘さがすっきりと流れる。これは確かに、無性に食べたくなる気持ちも分かる。
あわあわしているヴィーにもあげよう。
「ほら、ヴィーも食べよう」
「えっと、えっと、その……失礼して。んっ」
周りから見られたら、仲睦まじいハーレムカップルに見えるだろう。実際、そう自分でも錯覚を覚えるぐらいだ。ルミナがどう思っているのかは分からないが、街の日常を垣間見ることができて楽しめた。
ルミナも陰では、人が聞いたら眉をひそめるようなことを容赦なくしている。それでも、街の広場に行くことを好んでいる。
ルミナが広場を好む理由も、ほんの少し分かった気がした。
心のトゲも、ほんの少し丸くなったようだ。
だが、このトゲを抱えさせる原因となったものだけは、絶対に許してはならない。
あいつの最期の涙に、そう誓ったのだ。
一日かけて街を楽しんだ。夜も特に何事もなく過ぎた。食後に紅茶を楽しみながら一日を振り返る。楽しかった。
仲良くしておるようじゃのぉ。我なんて監禁中なのに・・・。




