狼ちゃんと羊ちゃん
アヴィエラ視点
裏取りができたかどうかは分からない。詳細を共有するのは夜になってからだったし、明日は三人のうち一人を裏切らせるらしい。
それができなくても、昨日から寝かさずにいたことで意識は混濁している。情報を吐いた者には、その褒美として美味い食事を与えるらしい。
どうやって情報を取ってくるのかを知ることも大切だと、私にも教えられた。そうして宿に戻ってくる頃には夕方で、日も落ちかけていた。夕食にはまだ時間があるので、殿下にお願いをする。
「殿下……。お願いしたいことがございまして……」
「ん?ヴィーからとは珍しいな?なんだ?」
「ルミナ様と街へお出かけしたく思いまして。先ほどそのような話をしており、殿下もご一緒にいかがかと、ぜひにと」
「ん?いいんじゃないか?って俺もか?そりゃあ同性同士の方が気が楽ってもんじゃないか?」
「いえ、殿下一人をここに置いて行くのも、私一人楽しむのも心苦しいので、ご一緒にと思いまして。それに、このままですと私からデートに誘ったようになってしまいます」
何やら心苦しい言い訳じみた答えに、殿下はこちらの意図を汲んだのか、苦笑いをしている。
「仕方がない。その珍しい誘いに乗らせていただこうかね。護衛班に俺を連れて街に出るって話を付けるのはヴィーの役目だよ?多分、『あーしだって行きたいのに?!』ってゴネるどっかの誰かがいるからね。頑張って説き伏せるんだよ」
そっちが残っていた。
どこかの羊獣人を激情に駆られ、ボコボコにして以来、まともに口を利いていない。彼女は正しいと分かっている。分かっているが、どこか許せないのだ。その『どこか』が、殿下を傷つけたことなのだとも分かっている。
気が乗らない……。だが、護衛班の隊長だ。やらなければ。しばらくして、戻ってこられたラクトーシャ様に面会を申し込む。すぐに了承されたので部屋へ向かうが、緊張する。
「ラクトーシャ様、失礼します。殿下とのことについてご相談が……っと、失礼しました。ナイリアシナ様とご歓談中でしたら、また後で参りますが……」
「アヴィエラとの話で別に聞かれて不味い話でもないっすよね?それならいいっすよね?」
「あぁ、問題ない。逆にどんな話をするか興味ある。こちらこそ、いてもいいか?」
ナイリアシナ様は紅茶を飲まれており、興味深そうにしていらっしゃる。そのため、自分の中の緊張が高まる。
「こちらのつまらないお話にお付き合いいただくことになり、申し訳ありません」
「それで、殿下の話ってことっすが、なんすかー?夜の報告会については聞いてるっすよー?」
軽い感じで聞いてくるが、こちらの心は軽くはならない。
「第九のルミナ様と殿下と私で街に出ようという話になりまして、その護衛についてご相談させて……」
「ダメっす」
切るように即答されて、隣のナイリアシナは小さく笑っている。ラクトーシャの表情は真剣そのものだ。
「えっと……現在、脅威は確認されていないと聞き及んでおりましたが……。申し訳ありません」
「ダメったらダメっす」
「……」
困った。ラクトーシャ様の隣に座っているナイリアシナ様をちらりと見るが、真面目な顔をして自ら紅茶を入れている。
「私が入れます」
「構わない」
断られてしまった。
「ラクトーシャ様、その……ご理由をお伺いしてもよろしいでしょうか……?」
「ダメだからっすよ。街に三人でお出かけなんてダメっす」
理由を教えてくれない……。ならば、別の方法を試す。
「でしたら、私が護衛を務めるというのはいかがでしょうか?」
「ダメっす」
やはりダメ。これは私が言っているからダメなのだろうか……。そう思っていると、笑いを堪えているナイリアシナ様から助け舟が出される。
「ほら、そんなに理由を教えないでイジメてやるなよ。お前の新人の頃もいた年増のお局様になっちまってるぞ?」
「あー、それを言われると困るっすけど、あーしを差し置いて三人でも二人でも街にお出かけなんてダメっす!」
「ごめんねー。この娘、殿下から滅茶苦茶に弄られて恥ずかしい上に、報奨でもない限り殿下を誘えない中で、三人で街に出るなんて羨ましくって仕方ないのよ」
「あぁぁ!!聞こえないっすよ!聞こえないっす!ダメったらダメーッスよ!!」
子供か……。
「街に出るからといって、デートというわけではないのですが……」
「あーしの中では、お友達と一緒にお買い物デートか、ハーレムデートっすよー!」
ませた子供のチェリー……。ここまで聞いて、ようやく少し見えてきた。護衛の問題ではない。私が嫌われているわけでもない。殿下と街へ出ること、そのものが羨ましいのだ。ならば、もう少し踏み込んでみる。
「でしたら、私が護衛を務め、ラクトーシャ様が殿下とご一緒するというのはいかがでしょうか?」
「ダメっす」
「それはダメだな」
「……」
助け舟を出してくれたと思ったら、石を投げ込まれる。
「ルミナ殿はお前と親交を深めたいから誘っており、尚且つ殿下の気晴らしも兼ねているのであろう?それを壊すなど、お前が壊すなんてダメだ。ほら、このチェリーを頑張って説得するんだ」
「そーっす。ルミナの思惑を潰すなんてとんでもっすよ!」
「……」
「そこー!自分で反対して潰してるんじゃね?って空気出さないっすよー」
ナイリアシナ様の言葉を考える。『チェリー』という部分と、『説得してみろ』。説得できる糸口があるということだ。でなければ、こんなことを言う人ではない。
ならば、まずは何を望んでいるのかを確定させる。
「ラクトーシャ様は、どのようなものをご希望なのでしょうか?ご希望の内容次第では、お手伝いさせていただくことが可能かと愚考します」
「あーしは殿下と二人でデートすることが一番の希望って言ってるっすよー!そんで最後は、おでこかほっぺにちゅーでお別れっす!」
「これだからチェリーで純情女は……」
それは手助けの範疇を越えている。それこそ殿下からの報奨でないとできない。この人は過大な要求をして、私が飲めるギリギリのところを要求してきている。だけど、今出せるものがない。それでも要求してくるということは、本当に何かを望んでいる。
考える。分かった上で、見当外れの方向へ投げてみる。
「でしたら、癖っ毛が大変と見受けられますので、私が殿下の朝支度を終えた後、お手伝いをさせていただくとはどうでしょうか?ヘアアレンジして殿下の反応を見て、応用できますが……?」
「いらねーっす。そもそも、あーしには従騎士がいるっすよ?この癖っ毛でも十分っぽいので結構っ」
反応を見る限り、私個人に対するものではない。やはり攻める方向性は殿下関係。デートが羨ましいとのことだから、そちら関係。だったら確定させるために、大暴投する。
「失礼致しました。では、私を殴り倒してマウントを取るなり、サンドバッグにしていただくのもいいので、殺されるのは少々まずいですが、気が晴れるまでこの奴隷の身をいたぶってください」
そう言い、ぎゅっと目を瞑る。
「あァ?要らないわ。何?私があなたにやられたからって、根に持ってるって思ってるの?舐めてんの?」
軽い感じの口調が消えた。
「確かにマウントを取られたけど、持ち主からは謝罪と感謝を貰ってるわ。それを今更やり返すなど、ちんけな事をしてみなさい。私が矮小な人間になってしまいます」
声が低い。
「役職付きの者を舐めた罰では殺しもしないけど、その可愛らしい耳でも斬り飛ばしてしまいましょうか?」
不味い。大暴投しすぎた。目を瞑っているので見えないが、剣を取る音と、椅子から立ち上がる音が聞こえてくる。
「いかようなことも受け入れる覚悟です。どうぞ、お見苦しいかと思いますが……」
そう思って覚悟をしていると、声をかけられる。
「ちっっ。要らないわ。目を開けなさい」
目を開けると同時に、すぱーん、と強く平手で顔を叩かれる。顔がじんじんする。
「あなたは皇族付きの奴隷よ。公式でも非公式でも、みすぼらしいと主も困るわ。捨てられたくなきゃ大切にして、体を張るのは主だけにしなさい」
叩いた手を振りながら、ラクトーシャ様は続ける。
「それと、私を体を張って試したわね?見合うだけの価値はあったかしら」
「試したこと、申し訳ありません。ですが、殿下の周りに集まる方々は、皆様優しいと実感して感謝しております」
「見かけだけかも知れないっすよ?損得勘定かもっすよ?」
少し言葉と表情が柔らかくなってきた。正念場だ。
「殴ることもできましたし、顔でないなら腹を殴ったり蹴ったりすることもできました。殿下には事後報告で問題ありません。顔も今日くらいは赤いでしょうが、残りません。それに、私に忠告を下さいました。優しさの証左でしょう」
「ふふっ、お前の読み負けだな」
ナイリアシナ様が笑う。
「その娘、斬られる覚悟をしていたし、痛めつけられてでも許可を貰おうとしてるわ」
「ちっ、これだから英才教育奴隷は苦手っす。だけど、それと三人デートは別っす!許可出さねーっすよ!!」
合っていたようだ。やはり、私への恨みではない。ラクトーシャ様が欲しいのは、殿下との時間だ。どうしよう。
切りたくないカードだけど、切らざるをえないか。
「今回の街のお出かけが羨ましい。だけど、私と代わるのは駄目、ということですよね?」
「そーっす」
「でしたら、お望み通りとはいきませんが、別日で私とはいかがでしょうか?」
「はぁ?なんであーしがアヴィエラと行かなきゃならないんっすか?」
「殿下も参加なさいます」
「……殿下も?」
食いついた。私は続ける。
「名目は、私がラクトーシャ様に失礼をしたので、その罰として私がラクトーシャ様をご案内させていただく。殿下には、そのお目付け役をお願いするというのはどうでしょうか?」
ラクトーシャが少し考える。
「殿下によるお目付け役であれば、報奨とは別です。私は案内役、ラクトーシャ様は殿下と街へ出る。いかがでしょうか?」
「出来るっすか?殿下が別の罰でって言ったらどうするんすか?」
「説き伏せます。ラクトーシャ様のご希望に沿った形になるように……」
ここでダメなら打つ手がない。しばらく沈黙が続いた。
やがて、ナイリアシナ様が口を開く。
「ここいらで手打ちにしときな。これ以上アヴィエラを詰めたところで出てこないし、経験不足だ。お前も分かってるだろう?」
ラクトーシャ様は黙っている。
「羨ましいからってイジメ過ぎはよくないぞ?ちゃんとお前の要求も分かっているじゃないか。アヴィエラの気が変わって、また可愛がるように進言したらどうする」
「うぅー……あれは良かったっすけど……」
しばらく唸った後、ラクトーシャ様は顔を上げた。
「わーった!それで手を打つっす!出来なければ街に出るのは無しっすよ!!」
考えられる範囲に収まって、ひとまず良かった。そう思っていると、釘を刺される。
「チェリーちゃんの執念を甘く見るんじゃないぞ?いいな。お前か、このチェリーちゃんなら、私はチェリーを応援するからな」
「肝に銘じております。チェリー様の純情を弄びはしません。怖いので」
「チェリーチェリー言うんじゃないっす!あーしは純情で、初めてはロマンチックにやりたいだけっす!そこら辺で捨てられるよーなもんじゃねーーっすよ!!」
ふがーっとキレられるが、それでもどこか気安い感じだ。これで第一歩はできた。次は、殿下を説得しなきゃ……。
「では、私は殿下を説得しに行って参ります。必ずチェリー様のご期待に沿ってみせます」
「いつか覚えてろっすよー!」
部屋を出る。第一歩はできた。次は主様を説得しなきゃ。部屋に戻り、ラクトーシャ様に対して無礼なことをしたこと。その挽回として、私が街を案内すること。そして、そのお目付け役を殿下にお願いすること。
その三つをなんとか説得した。私への罰は、また尻尾を梳かれた上に、ミニスカートのフリフリメイド服。それも、なぜか露出の多いものを着せられた。超恥ずかしい。
今日はこのままらしい。私は痴女ではない。恥ずかしいので部屋に籠もりたいが、許されないらしい。
これが……日常、なのだろうか。
おやおや、無口無表情なルミナとデートする事になったら、ラクトーシャまでか豪華じゃのう。




