最期の晩餐
商会の外は、日が沈む少し前の空だった。
外で少しリラックスして、新鮮な空気を吸おうと思ったが、そのまま馬車に詰め込まれ、宿へ連れ帰られる。ここで誰かに見られるわけにはいかず、外の空気は宿の屋上で吸えとのことだった。
まだゴンドフィナと客は来ていなかったため、宿の部屋でルミナと一緒に報告書を書くことになった。ヴィーにはお茶を淹れてもらっている。
「で、何書こう。真面目に、色々と詰め込んで詰めて爪詰めました、と書いたらまた怒られるよな」
「幼年騎士学校時代……も、そう……誰にも……フランク……。公人、私人……良し悪し……別……。手……抜く所……抜く……内容……たまに……下手くそ……です。誰か……秘書……いれない……?」
何か、ディスられてる。秘書かー。
本当はヴィーを充てたいんだけど、貴族の対応もあるので、面倒な案件で難癖をつけてくる貴族も考えられるのだ。
『この私に奴隷を対応させるなど、私のことを舐めているのか?!』と難癖をつけてからのマウントを取られかねない。
そんな奴には、皇族奴隷だ、主たる俺に文句があるのか、と言ってやるが。あとは、ヴィーと仲良くできるかどうかが重要だ。
「欲しいんだけどな。ヴィーと一緒に仕事ができるような人がいれば欲しい。城では公職に就いているから引き抜けないし、一度やったことがあるが、身分差を気にされてギスギスしてしまってな……」
「やっぱり……アヴィエラに……甘い。そんなの……命令……して……終わり?」
「それがなぁ。どことは言わないが、伯爵家からの紹介で入れた人間がいてな。身分差を気にしないよう命令したんだが、余計に拗れた。耐えられなくなって、俺は神殿に逃げ込んだ。あそこには身分なんてない。神のもとで皆平等だ」
懐かしくも胃が痛い思い出だ。
貴族社会に生き、身分が上なら命令して当たり前という常識人だったが、俺が欲しいのは、常識に囚われない優秀な人間だ。
「そう……なの。私……神殿……お参り……だけ……。奥……行ったこと……ない。下書き……できた……確認」
「えっ?早っ?!確認する」
内容を確認していく。丁寧に今日の出来事が書かれている。俺なんて喋っている間に二行も書けていないのに。そう思って読んでいくと、ヴィーからお茶の用意ができたことと、ゴンドフィナが来たことを告げられる。
部屋に通して、少し待ってもらう。ちょうどいい。清書したら、そのまま渡して確認してもらおう。そうして報告書が書き上がり、ゴンドフィナへ渡すことができた。なんと楽なのだろうかと、感動さえ覚える。
「確かに確認し、受け取りました。もう一通は公用便で送れば大丈夫でしょう。それで今晩の晩餐ですが、これは官吏からの願いになりますが、お受けいただくということで、お間違いないでしょうか?」
これでは、嫌だとは断れない。皇族が約束をしたからには守らねば。
「分かった。どうしたらいい?」
「晩餐の準備は我々がしてあり、毒見役も変わらずです。殿下にしていただくのは毒薬を選ぶことと、晩餐を食べて見届けていただくだけです。その後の処理はお気になさらず」
毒薬を俺が選ぶ……?俺の意思で手を下し、その結果をこの目で確認しろということか。粛々と準備が進む中、ゴンドフィナからさらに提言があった。
「私は護衛上の理由と、殿下の精神面を考えて拒否したのですが、官吏が最後に宿から出なくていいから殿下と話をしたり、ゲームをしたりして、晩餐まで暇を潰して欲しいとのことです。いかがなさいますか?」
これには悩む。やることをやったからには、望んだ穏やかな死を与えるそれはいい。だが、これ以外は現場責任者の俺が決めなきゃならないのか。
「そうか。この場にいるものの意見を聞いてもいいか?」
「ええ、構いません。最終的な判断を下すのは殿下です。私としては、殿下に情が湧いてしまい、後々きつくなるのではないかと危惧いたします」
「殿下……やりたいよう……やる……良い。私……最期……穏やかに……したい」
「殿下に情が湧いてしまい、後からきついと私も賛同します。極刑に値することをしたのに、穏やかな死を賜るだけでも良いのではと思いますが、個人的に言えば、最期を穏やかにしたいと言う気持ちも分かります」
反対一、賛成二。おや、ヴィーが俺第一ではなく、個人の意見を言うなんて珍しい。
どうしたものか。ここで尻込みした場合、臆病者というレッテルが名前の横に貼り付く。やる場合、情が湧いて、多分忘れられなくなる。
名前に臆病者って書かれて舐められるのは性に合わない。
「死にゆく者の願いだ。報奨の一環と考えてやるか。どこにいる?部屋の給仕はヴィーでいいな」
「割り当てた部屋で待たせています。よろしいのですね」
「ああ」
了承し、準備とテーブルゲームなどを持たせて部屋へ向かう。ここで何を言われるのか。恨み言か。死にたくないという訴えか。
それとも、もっと別の何かか。覚悟はしているが、怖いものだ。ヴィーが扉を開けてくれる。
中に入ると、彼女は部屋の窓辺に立って外を見ていた。こちらが入ってきたことに気づき、何とも言えない顔をしている。俺はソファーに座り、彼女は目の前の椅子に座る。
「失礼します。ご要望のあった、話し相手になってほしいという件について、お伝えに来ました。ご用意ができましたので、晩餐までごゆるりとお過ごしください。私はここで給仕をしておりますので、何かありましたらご用命ください」
「ご苦労。要望通り来た。何から話すか。自己紹介はいるか?」
「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございます。自己紹介は結構です。貴方様も、これから死ぬ者のことを覚えたくはないでしょう?墓石にも、貴方の記憶にも、何も刻まなくて大丈夫です」
彼女は少し考えるようにしてから、続けた。
「そうですね。酒などはいかがですか?」
「すまないな、未成年なんだ。まだ飲めない。注ぐぞ?蒸留酒でいいな。グラスを出してやれ。俺には茶をくれ」
おや、随分とドライな人だったか。それとも、こちらに気を遣わせたか。紅茶とグラス、それに酒瓶が運ばれてくる。
蒸留酒なので、香りが立つように注ぐ。
「では、何に乾杯する?」
「そうですね。私の最期への旅路と、貴方の長い旅路に祝福を。多分ですけど貴方様、侯爵様以上の上位貴族で、予想としては皇族の方、といったところではないですか?」
ヴィーの雰囲気が、ちょっと警戒に変わったのが分かる。俺も驚きだ。会ったのは一度だけ。それも、あの地下牢だけだ。
「じゃあ、それで。最期の旅路と来世に祝福あれ。ちなみに、なんでそう思った?理由を聞いてもいいか?」
「そうですね。時間はあったので考えてみました。警戒しないでもいいですよ?やったからには受け入れるし、抵抗しても酷い目に遭いそうですし」
彼女は酒を一口飲む。
「理由でしたね。まず、ここまでさっさと私が死んでいないのが一番の証左ですね。あとは、気がついたら部下と箱に詰められて、その後地下牢だなんて、普通の貴族じゃ無理です。一応、私も知らない人が来て怪しい時には、即逃げられるように警戒はしてたんですよ?」
そして、少しだけ笑った。
「手際なんてもんじゃないです。絵本の魔法ですね。それこそ私は移住の二世で、神様?とやらに会ったこともないし、偶像だと思っているので、絵本の魔法としか思えません」
おー。ちゃんと考えているのね。抵抗しないでくれるのはありがたいが、神様、存在を否定されてますが。存在してくれてないと、帝国が存在してないんだよね。笑えない。
「そうか。拉致の下手人に、手際が良かったと伝えておきましょう。まぁ、その下手人がその偶像なんですがねー。流石、二世とはいえ、地方の官吏になられただけはある」
「あははっ、そら逃げられないわけだっ。そして、褒めて頂いてなんですが、ダメな男に騙されて酒に逃げて、男を買う金に困ってしまったんっすよ」
「……そうなのか」
「そうなんすよ。人生って、何があるか分からないですねぇ」
そんな話をだらだらとしながら、テーブルゲームをしていると、ヴィーが俺の側へ来た。
「殿下。給仕から相談事項があると呼ばれております」
「分かった。少し中座する」
部屋を出ると、待っていた給仕から相談内容を聞かされる。毒の種類だった。
提示されたのは、呼吸困難になって苦しんで死ぬ毒、全身から血が吹き出すような毒、眠った後に苦しまず心臓が止まる毒、喉が焼けるように痛みながら吐血して死ぬ毒など、いろいろあるらしい。
どれも、死に方を選ぶというには、あまりにも酷い。これまで話していたことで、情が湧いているのは否定しない。だが、惨たらしく殺すのは主義ではない。
「食後の甘めのデザートワインに入れてくれ。味が分からないようにして、眠るように死なせてやれ」
「承知しました」
それだけを告げ、再び部屋へ戻る。すると、彼女はこちらを見るなり、少しだけ笑った。
「それでー、私をどう殺すか決まりました?」
「あぁ、決まった」
「短剣で一突きですか?それとも首吊り?毒で苦しみながら?」
「お前の最期は、デザートワインだよ。眠りながら死なせてやるさ」
「そうですか。お優しいことで。ご慈悲をいただき、感謝感激です」
そう言って、彼女はグラスを置く。
「まだまだ貴方とお話したいことはあるけど、私も最期の仕事と参りましょうか」
あぁ。彼女の方が先に覚悟が決まっていたか。その覚悟を汚すことをするなど、男としても責任者としても許されない。
そうして、後宮で出されていたような料理に舌鼓を打ちながら、作法からは外れるが談笑する。堅苦しい雰囲気の中で食べる最後の晩餐では辛かろうと思ったのだ。
料理にはどこか懐かしさがあった。聞いてみれば、この地方と東側の国の地方料理も混ざっているらしい。
「へぇ。帝都とはまた違うんだな」
「そうですね。地方料理って、案外面白いんですよ。私も仕事柄、色々なところへ行きましたけど、食事だけは楽しみでした」
「じゃあ、最後の晩餐としては悪くないか」
「ええ。十分すぎるくらいです」
そう言って笑う。デザートが終わり、最後にワインが出された。
「それで……。最期の最期で、やっぱり意地悪してもいいですか?可愛らしい方には悪いのですが……」
「なんだ?飲めないから飲ませてほしい、は流石にダメだぞ?」
「あっ、そっちもありだったか……。いえ、ワインを飲み干したあと、私をベッドまで運んでいただいてもいいでしょうか……?」
「?ちょっと待ってな」
周りの給仕を見る。
食器など、武器になりそうなものは何もないとのことだ。
「いいぞ?差し支えなければ理由は?」
「その……お恥ずかしながら、飲み過ぎたからか、腰に力が入らず、みっともないところを見せたくないと言いましょうか」
あぁ。かなり酒を飲んでいたものな。一瓶まるごととはいかないが、かなりの量で潰れないか心配だった。
だが、そんなこともなくケロッとしていたから気づかなかった。しばらく最後の時間を話して過ごしていると、やがて話題が途切れる。
静寂が満ちる。
「では、貴方の肩を借りることになり申し訳ありませんが、運んでいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。隣の部屋にベッドを用意してある。俺が運んでやるから安心しろ」
そう言って、はしたないがテーブルの端に腰掛ける。彼女はワイングラスを傾ける。
「いい匂いです。流石、皇族様の用意されるお酒です。味わわせて頂きます」
そう言い、一飲みで毒酒を飲み干す。
「んんっ。美味しい。ごちそうさまでした」
「失礼するぞ。すぐ効くわけではないと思うが、椅子と一緒に後ろにずれてくれるか?」
「?かしこまりました」
椅子と一緒にずれた彼女の足と腰に手を回す。そして。
「よっ」
お姫様抱っこをする。
「えっ、えぇ!?」
彼女も、周りの給仕も驚いている。情が湧いていたのだ。これくらいは俺が勝手にやっていることだ。肩を貸されると思っていたようだが、いい意味で裏切れたようだ。
「お、重くありませんか!?お、女が男にやるものでは……」
「気にするな。最期のいい思い出だろう?眠るまで一緒にいてやるからな。死んだ後、お前を追うやつらに自慢できるぞ」
「ありがとうございます。うれしくて……」
そう言って、静かに涙を流していた。そんな彼女をベッドに連れていき、横たえる。
ベッドの隣には椅子が用意されていた。よく分かっていることで。俺が座った後、ヴィーと給仕たちには出ていってもらい、二人きりになる。
「お前が眠るまで手を握るが、何か他にあるか?」
「そうですね……段々と眠くなってきました。貴方様の手は温かいです……」
彼女は目を閉じかけながら、小さく息を吐く。
「郷里には父と母がいますが……適当な理由で……死んだとお伝えください」
「お前は罪人としてではなく、事故で死んだと伝えるよ。安心しろ。お前の罪は、お前自身で全て精算されたよ。約束する」
「そう……ですか」
彼女の目元に、また涙が浮かぶ。
「親より……早く逝くだけでなく……罪人として……家族まで罪人にしてしまう親不孝者でなくてよかった」
座りながら彼女の顔を見る。少し涙がこぼれている。ハンカチで拭いてやる。それでも、涙は溢れ続けていた。
「もう、目が……開かないです」
掠れた声だった。
「お耳を……借りても……?やっぱり……ごめ……」
そう言って、涙の痕が残る彼女の顔へ耳を寄せる。
すると、小さな、小さな声で呟いた。
「ごめんなさい……やっぱり優しい貴方様に、私を覚えて欲しいです。私――と言います。ありが……とう」
そう言って、手を握り返してくる。しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
ぎゅっと握り返されたかと思うと、段々と力が抜けていく。
すーすーという寝息も、次第に弱々しくなる。ピクンと指が動いたかと思うと、手からは完全に力が抜けた。顔を見る。閉じられた瞳から涙がこぼれ落ちる。
それと同時に、息遣いも聞こえなくなった。表情は穏やかで、満足したかのような顔をしている。眠っているようにしか見えない。だが、息遣いは聞こえない。
しばらくそのまま待った。手を握る。もう、握り返すことはない。頸動脈に触れる。脈が指に触れることもなかった。ハンカチでこぼれた涙を拭いてやる。
その場を離れる前に、静かに声をかける。
「お前にこんなことをさせた奴は、必ず後を追わせるからな」
もう一度、彼女の顔を見る。
「良い旅路をな――。じゃあな」
そう言って、その場を離れる。隣の部屋で片付けをしていた給仕に、彼女を丁重に葬るよう伝えた。
そして、俺は暗い気持ちの中ヴィーと自室へ戻った。
これで、ベーシックな一通りの暗い事はしたの。気持ちの折り合いはどうつけるかのう?




