壊れたOLさんの恋心
一二三(神様)視点
「公用便で第九騎士団長様からお手紙が届いております」
そう言って、カリスティアが手紙を手渡してくれる。ん?あいつから?珍しい。
ペーパーナイフで封を切ると、無骨な封筒の中から可愛らしいピンクの便箋が出てきた。私への手紙なんて、高価な紙を使わず羊皮紙でいいのに。マメなやつじゃな。
内容は堅苦しい文面を除けば今度、郊外の神殿で二人きりの月見の会を開かないか、という誘いだった。確かに、あいつの役職を考えると、表立って皇都の神殿に出入りするのは周囲の目もあってやりにくいのだろう。
「どういった内容か、聞いてもいいでしょうか?無骨な封筒にしては可愛らしい便箋ですね。紙もお高いのでしょう?ラブレターでしょうか?」
「ラブレターというよりは、デートのお誘いじゃな」
「それはまあ、奇特な方で。私は拝謁したことがないので、どのような方か存じませんが」
「奇特っちゃ奇特ではあるな。獣人なのになぜか我の祝福がごくわずかに宿っておって、いつまでも老いず、若い姿のままじゃ。歳は内緒じゃがな。惚れた男のために、皇族を辞めて臣下に下るくらいじゃからの」
「ええっ!?祝福って、皇族の男児に継承されるのが絶対ではないんですか?ロマンチックな方なんですね」
さすがに驚いておるな。まあ、我も驚いた。気づくのがかなり遅かったくらいじゃ。こやつ、いつまでも老いぬなと思って確認したら、祝福が宿っておったのじゃ。
「そのはずなんじゃがなー。よく分からん。先代にも今代にも前例がないから、再現性もない。分からんものは仕方ないし、気にせんことにしておる。近親相姦は本能的に強く避けるから、そういう理由でもなかろうしな」
「そうなんですか。では、お返事を書いてください。それと、孤児院と神殿の会計処理も、さっさとやってくださいね」
やはり鬼のようなことを言うロリ巨乳じゃ。全国の孤児院と神殿の財務会計を確認しながら、不正がないか、足りないものがないかを調べていく。金に惑わされるやつは、いつの時代にもおるからな。
約束の日、我は郊外にある大きな神殿へと入った。ここは、神殿に併設された孤児院がない。皇都の孤児院で十分に賄えるため、わざわざ二つに分ける意味がないのだ。それに、子供がいない分、建物の造りも分かりやすいし子供がいたずらで奥まで入り込んでくることもない。
奥には、少し広めの庭園がある。池のほとりには、開放的な造りの月見堂が建っていた。
供回りはいつもどおりカリスティアだけじゃが、給仕をさせるつもりはない。酒やつまみはあらかじめ部屋に用意しておき、あとは自分たちで手酌をするつもりだ。
あいつも、連れてくるのは護衛だけだと聞いている。待っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。お約束の方がお見えになりました」
「入れ。カリスティア、お前は給仕をしなくていい。何かあれば呼び鈴で呼ぶから、休憩しておれ」
「かしこまりました。では、こちらで失礼いたします。ごゆるりとお過ごしください」
そう言って、カリスティアは離れていった。
「はぁーい!おひっさしぶりー!」
元気な声とともに、見た目は若々しい犬獣人が入ってくる。御年……いや、ババアがババアと言うのもおかしいので、やめておこう。
「久しぶりじゃなあ。と言っても、皇太子立身儀で会ったがな。それで、今日はなんじゃ?お主から誘ってくるなんて、珍しいこともあるもんじゃな。今年一年は何か?我の好きな柑橘が不作とかか!?」
「えー?それはそれで楽しそうじゃない!てか、私がこんなところに誘うのって、そんなに珍しい?」
「お主は惚れた男に釣り合うために皇族から強引に抜けるわ、裏の道に入るわで、好き勝手やっておるじゃろう。そんなお主が、わざわざ我を誘いに来るとはな」
「そーかしら?神様だって、よく『人生楽しめ!』って言ってるじゃない。それを実践しているだけよ?」
我が愛しのミロに手を貸していることには、少し腹が立っておる。現皇帝には手を出さなかったくせにな。
「そうかの?で、我が愛しのミロに手を貸したのも、その一環かえ?えぇ?」
「そーよー?我が家の血を入れる気も、くっつける気もないから大丈夫よ?」
飄々とそんなことを言っておるが、こやつは本当によく分からん。
祝福のことも、早い段階で気づいていながら、かなり長い間隠し通していた。何を考えているのか、いまひとつ読めんのじゃ。
「ふーーーん。そーかのー」
「まあまあ、そう言わずに。呑みましょう?お好きでしょう?」
そう言って、二人で酒を用意する。
あいつは手土産に柑橘の酒を持ってきていた。こちらからは、南方で造られる黒い酒を出す。
「では、我から注いでやろう。こういうときにぴったりの、異世界の詩があってな。『この盃を受けてくれ、どうぞなみなみ注がせておくれ』」
「ありがと!たぶんだけど、続きがあるんじゃない?」
「さすがじゃな!続きはな、『花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ』というやつじゃ。じゃが、それだけではないだろう?我もお主も老いにくい身じゃが、さよならを迎える前に、若い者が大きくなるよう育てるのも楽しかろう?」
孤児院を経営するようになってから、子供たちが成長していく姿が、いっそう愛おしくなった。
いつも、こちらに残された我を置いて、あの子たちは先に行ってしまう。やがて別れが来るのは寂しいが、それもまた大切な記憶じゃ。
「そうね。私からも注がせてもらうわ。そろそろ、私もさよならする時期が近いと思ってね。今すぐではないけれど、そう遠くない気がするのよ。確かに、神様の言葉どおり、人生は楽しいわ」
「そうかの。長い間、現役を続けてくれたことには感謝しかないの。旦那を見せに来てから、娘を、孫を連れてくるようになって……。早いもんじゃなあ」
しんみりとした話になったが、あいつの顔は朗らかだった。注がれた酒を口に含む。柑橘を長く漬け込んでいるからか、角が取れてまろやかで美味い。
「ええ、確かにそのとおりだわ。孫の成長もそうだけれど、若い子たちが大きくなっていく姿を見られるのはいいわね。神様、いえ、一二三様がいつも神殿にいらっしゃる理由が分かりました」
「おっと、珍しいの。わざわざ我の名を呼ぶとは。分かってしまったか。原石が磨かれ、宝石になっていくのを見るのもよかろう?」
「本当にそのとおりよ!娘なんて、まだ生意気だし。孫なんて、もっと生意気で……」
「うちのカリスティアもそうじゃぞ。ああ、お主を案内した、今の巫女な?あれも自分の恋心は自覚しておるのに、びびって行動に移せんのじゃよ……。乳はでかくても、ちんまくてかわいいのになあ」
そんな話をしながら、やれ生意気だ、奥手だ、びびりだと互いに言い合っていた。ところが、ふいにあいつが真剣な顔になって、こちらを見つめてきた。
「一二三様って、偽名ですよね?本当の名前があるはずですよね?」
「あー……。なんでそう思ったんじゃ?」
「一度だけ、教国に殺される前の異世界人に会ったことがあるのよ。その人も、結局は殺されちゃったんだけどね。そのときに話をしたら、私たちみたいに家名と個人名があるって言っていたの。『確かに、家名でもヒフミと読めるけれど、1、2、3という数字の読み方でもあります。それに、個人名もないんですか?神様であっても、元が人なら名前があるはずです』ってね」
「ちっ。それでか」
「でー、ほんとーはー?」
酔っているようにも見えるが、どこまで本気なのかは分からん。
「本当はな、分からんのじゃよ」
「え?冗談ですよね?笑えないですよー」
冗談でも何でもないんじゃがなあ。酒が入ったからなのか、こやつに話しているからなのか。閉じていた記憶が、勝手に引き出されてくる。
異世界に召喚されたとき、私を含めて三人いた。
王国は、私たちに召喚の目的を悟らせないようにしていた。屠畜される家畜を扱うように、甘い言葉で現実を覆い隠し、自分たちに都合のいいものだけを見せていたのだ。
「冗談でも何でもないんじゃよ。言いふらすなよ?思い出したくもないことじゃ。皇族なら、教育を受けたり資料を見たりすることもできるじゃろうが、一部は消えておる。知らぬこともあるだろう。なに、酒の夢じゃ。
帝国の前身が王国だったのは知っておろう。そこで我は、物として召喚された。そして人外の魔物となり、帝国を作ったんじゃ」
「ええっ?確か、人として召喚されたんじゃなかった?戦乱を嫌がって身を捧げ、王国の腐敗を正して帝国を樹立した、って。公式発表はそうなっているけどさ。
確かに、私たち皇族や高位貴族は王国の青い血を引く者どころか、下賤と言われるような生まれの者すらいるけれど……」
当時、この大陸は全土で戦乱に明け暮れ、世界そのものが壊れているようだった。私は人の言葉を信じ、騙されてしまった。
曰く王国はいわれなき理由で諸外国から攻め込まれている。郊外の村々では虐殺が起き、民族浄化が行われ、少年兵や肉盾として人々が攫われている。さらには、性奴隷として連れ去られる者も多い。そう聞かされ、実際に現場まで見せられた。後になって知ったことだが、そこで起きていたことの一部は、王国の領主自身が引き起こしていた。
年貢を納められないから。年貢をごまかしたから。価値がないから。そんな言葉をつけて、好き勝手に人々を扱っていたのだ。
「そうじゃ。名目上は、戦乱を終わらせるために召喚された。物としてな。今も異世界から落ちてくる者は魔力が多いじゃろう?それはなぜか、知っておるか?」
「確かに、私たちと比べても断然多いですね。ですが、教国が見敵必殺で、すぐに殺してしまいますから。詳しいことは、よく分からないのが現状です」
悩んでいるが、ぶっちゃけた話教国とは利用しあい、時に殴り合う関係だ。そんな事を思いながら説明を続ける。
「異世界から来るとき、魔力の膜とも言えるものに包まれる。それも理由の一つじゃ。だが、もう一つある。知識が多いからじゃよ。
こことは違い、異世界から落ちてくる者たちは、ある程度の年齢まで教育を受けておる。さまざまな情報を学び、受け入れることができる。食事も、住居も、衣服も、暮らす世界そのものも、こちらより恵まれておるからな。その差が魔力量の多さにつながっておるのじゃ」
私たち異世界人三人は、戦乱から王国を守るためだと説明され、隣国との境にある大きな砦へ連れていかれた。王国を守るために戦うのだと信じ、準備をしていた。
だが、出された食事を口にしたあと、私たちは意識を失った。気がついたら、魔法陣に磔にされていた。最初は何が起きているのか分からなかった。だが、一人目が人柱にされていることは、やがて理解できた。
知識を、記憶を、生命力を魔力へと変換され、絞り出されている。そうして得られた魔力が、貯蔵されているのだ。
それを理解するまで、さほど時間はかからなかった。一番は、先ず物の名前が分からなくなっていった。
やがて、自分が誰なのかも分からなくなった。友達のこと、家族のこと、大切な人たちのこと。自分がそれまで生きてきた証となる記憶が、次々と失われていった。最後には、ミイラのようになって死んでいった。
「まさかだけど、だから教国は見敵必殺なの?」
「それも理由の一つじゃな。一番は、世界を創りし女神が嫌いだからじゃが……。
喋れて、人を騙せて、人間と同じ大きさで動ける。その中身は皇都一つを消し飛ばせるほどの魔力を持ち、しかも再使用可能。そんなものを放置できると思うか?」
地球で言う、歩き回る核爆弾見たいなもんで再利用可能。それが放射能も出なければ、検出もされない、何処に行ってもバレない。
「そうね……。確かに、管理も悪用もできるし、厄介だわ。性格が気に入らないからって、魔法で都市を丸ごと消すことだってできるでしょうし。
だけど、待って。どんなに魔力が多くても、それだけじゃ一二三様の魔力量には合わないわ。それに、あなた、竜じゃない!」
生命から絞り出された魔力を使い、王国はさまざまなことをしていた。王都へ送電ならぬ送魔力を行い、他国の都市や軍隊、民を虐殺しておったのだ。
二番も、かなりの魔力を持っていた。だが、自分が何者なのか、少しずつ分からなくなっていった。そんな状態になってからは、この世を、王国を、貴族を、民を、すべて呪っていた。それでも、唯一残った若い私だけは生きてほしいと願いながら、呪詛を吐き続けていた。
感情が昂ぶれば昂ぶるほど、魔力がわずかに増える。その性質を利用するためだったのだろう。国王は誇らしげに語っていた。『お前たちは、最初から人ではなく、動物か物として異世界から捕まえた。お前たちの魔力のおかげで、この国は世界の覇権国家となるのだ』と。まるで、自分の功績を誇るかのように。
「まったく、賢いやつじゃな。一緒に召喚されたのは三人だったのじゃ。うち二人は、魔石代わりにされたがな。最後に残った私が、自分の記憶の一部を燃やし、二人分の魔力を吸い取ったのじゃ」
二番が亡くなる頃には、近隣諸外国の軍隊もほぼ壊滅していた。魔力の貯蔵も十分に蓄えられており、王国は栄華を極めたと言ってもいい。
だが、私は暗い地下牢の中で、残された怨念と恨みに押し潰されそうになっていた。気が狂いそうだった。いや、狂っていた。
私は、自分の記憶を燃やした。自分が誰だったのかを示す名前。家族や友達との思い出。幼い頃の記憶。自分という人間を形作っていた、個人的な記憶だ。それらを代償にして、貯蔵されていた魔力を逆流させ、自分の体を変えた。
知識まで、すべて消し去ったわけではない。地球で学んだ歴史や、この世界で得た知識は残っていた。だが、自分が何者だったのかを示す記憶は、失われていった。王国を、そして私たちの憎悪の上で安寧に暮らす者たちを、すべて燃やし尽くしたかった。
そのために、私は魔力を使って強引に自分を変えたのだ。その代償として、自分が誰なのかも分からず、煮えたぎるような憤怒に呑まれた魔物が生まれた。そして、王都を灰にした。
王都に住む貴族も、平民も、奴隷も。男も女も、子供も老人も、すべて殺して灰にした。
「魔石から魔力を体に取り込むのと、記憶の一部を燃やすのって、できるん……?聞いたことないけど」
「できるからやったんじゃよ。そして王国は滅び去ってしまいましたとさ。ちゃんちゃん」
文字どおり王都を滅ぼし、いくつかの街を滅ぼした。ただ焼き殺すのも、押し潰すのも、切り裂くのも、刺し殺すのも、氷漬けにするのも、やがて飽きた。だが、憎悪の炎は消えなかった。私は竜から人の姿へ変わることができるようになっていた。だからこそ、次は人の姿で、別のやり方を試そうと思った。
そんなとき、寒村を見つけた。住人たちに優しくしてから裏切り、皆殺しにしてやろう。そう考えた私は、貧しい旅人を装って村に入った。そこは寒村で、住人たちは毎日貧しい生活を送っていた。満足な食事すらろくに取れず、宿屋もなかった。それなのに、村人たちは私を歓迎してくれた。若い夫婦が、宿代わりに自分たちの家へ泊めてくれたのだ。
そこの小さな子供が、「足りないでしょう?」と言って、自分の粥から私に分けてくれた。夜には、秘蔵の酒と話を提供してくれた。水を出してくれ、服を貸してくれた。藁を精いっぱい柔らかく揉みほぐし、敷き詰めた布団まで用意してくれた。
その布団は、温かかった。その晩、私は訳も分からず泣いていた。すると、小さな子供が「寂しいの?悲しいの?」と尋ね、一緒に寝て、私が眠るまで抱きしめてくれた。明日こそ、こいつらを。
明日こそ……。
そう考えていたはずなのに、村の人々は毎日優しくしてくれた。その優しさに触れるたび、壊れた心が少しずつ戻っていった。
こやつはうーんと悩みながら疑問を浮かべながら聞いてくる。
「それを言われると、そうなんだけどさ。ちゃんちゃんじゃなくってー。一応、皇室の奥の方に隠してある歴史書には載っているけど、初代皇帝陛下が農奴の少年だったって、本当なの?」
「本当じゃよ。寒村の出身で、一日一食が当たり前。下手をすれば餓死するのが日常という場所じゃった。
そこで私が優しくされて、ころっと逝っちまってな。帝国をプレゼントしてしまったんよ」
最初のうちは、憤怒が収まらなかった。いつかこの村も、変わらず焼いて、潰して、刺し貫いて、轢き潰してやろう。ありとあらゆる憎悪を込めて、一人ずつ殺してしまおう。
そう思っていた。だが、次第に、こんなに優しい子を殺してよいのかと思うようになった。貧しい暮らしの中でも、他人である私に衣服を、ご飯を、住む場所を、そして愛情を与えてくれたのだ。心が壊れたヤンデレだった私は、考えを変えた。
憎悪の炎を抱えたまま、こんなクソみたいな王国を私の箱庭に変えてしまおう。そして、この子にプレゼントしてしまおう。
そう決めた。幸いなのか不幸なのか、異世界で身につけた歴史の知識は残っていた。この世界についての知識も残っていた。そして、心の奥底には、憎悪と憤怒の炎も消えずに残っていた。
「本当だったんだー。まあ、出生の秘密なんて、表には出せないものよね。皇族や高位貴族なら、なおさら」
「青い血なんて、簒奪と強奪、そして槍によって受け継がれてきたものじゃよ。……そんなことが聞きたいわけではないじゃろ?」
「じゃあ、誤魔化されていたけど、なんでヒフミ様は『1、2、3』なんて数字を名乗っているのよ?」
異世界では、OLになる前、第一次世界大戦とそれ以前の歴史を専攻する学生だったらしい。『らしい』というのも、記憶の一部を燃やしたためなのか、魔力の中に混じっていた一番か二番の記憶が入り込んだためなのか、はっきりしないからじゃ。
自分が誰だったのかという記憶は失われた。だが、知識は残っている。自分のものだった知識なのか、二人から流れ込んだ知識なのか、その境目が曖昧になってしまったのだ。
私は王国を潰しきり、箱庭をプレゼントするために、周囲の村々を吸収して勢力を大きくしていった。その中で、あの小さな子供を、形ばかりでも当主として据えた。
その背後には、暴力の権化たる私がついていた。次に手をつけたのは、街の貴族当主や、ナンバー2をはじめとする権力の中枢にいる者たちだった。
私は彼らを手当たり次第に殺した。権力者たちが次々と消え、軍閥が乱れに乱れた頃、瓦解した軍勢の兵士たちを引き入れ、勢力をさらに大きくしていった。その中には、後に初代の公爵や侯爵となる山賊や兵士たちもいた。暗殺を生業としていた者たちも、家業ごと取り込んだ。
こうして大きくなった集団には、そもそも上品な貴族位を持つ者などいなかった。だって、私が殺したからな。こちらに跪こうとしたやつは殺し、逃げようとしたやつはナンバー二に殺させた。そして、そいつも殺した。
全くこやつは、酒を飲ませても誤魔化されないのか。仕方がない、教えてやろう。
「それはな。一緒に召喚された一番と二番のことじゃよ。二人の記憶をたどっても、最後には彼ら人の名前さえ残っておらんかった。私も、自分が誰だったのかを示す記憶を燃やしてしまった。だから、彼らが確かにいたということを、名前という形で残せなかったのじゃ。いたことは分かる。だが、名前が分からぬから墓も作れん。
だから、我がその番号をもらい、彼らだけの墓守をしておるのじゃ。一番、二番、三番。合わせてヒフミじゃ。
下の名前がないのも、我が自分の記憶ごと焼いてしまい、元の自分が誰だったのか分からなくなったからじゃよ」
「だから皆には神様と呼ばせているし、普段から自分の名前を名乗らないのね」
「そうじゃよ。今の世は、ある程度安定しておる。やはり、見守ってやるくらいがちょうどいいんじゃ。
神という称号と神殿があり、人々が心の拠り所にする。それくらいがいい。こんな数字の魔物にすがるのではなくてな」
ふーんそうだったの、と酒をのんでいるがまだ何処か疑問に思っているようだ。
勢力がある程度大きくなったところで、帝国を作った。とはいえ、最初に整備したのは、灰となった旧王国の王都をきれいに再建しただけじゃ。人はまだ少なかった。派閥も生まれ始めたが、当初はかわいいものだった。
政治的な派閥というより、いつ私が皇帝を食ってしまうかだの、神様と百合するのだの、そんな妙な派閥ばかりだったからな。内部のまとまりは悪くなかった。ちょうど、あの小さかった子が二十歳になった頃。
我なりに病んだ願いから、祝福という名の契約を結ばせ、契った。そうして睦事をするようになったとき、さすがに相手を神と呼ぶのもおかしいだろうという話になった。あの子と二人で考えた結果、先に魔力へと変えられた彼らから名を頂戴し、一二三と名乗ることにしたのじゃ。
実は、もう一つ理由がある。これは内緒だ。サイコロ遊びのチンチロに、一二三という役がある。最弱で、最悪。出したら賭け金の倍を払わなければならないという、負け役じゃ。
その頃はまだ、王国の再興を夢見る残党や貴族どもがしぶとく生き残り、街や村に潜んでおった。だから、住民たちには飴と鞭を与え続けた。
残党を匿う者を密告させ、密告した者には飴を与える。残党を匿った者には鞭を与える。ゲリラを殲滅するための手法じゃ。まずは飴を基本に住民たちを懐柔していったが、時間はかかった。
それでも、現地の住民と残党を切り離しながら包囲していった。街を、村を、一つずつ掌握した。山に潜んだ者たちには山狩りを行い、必要とあらば、どこまでも追い詰めた。
そうして、すべてを掌握していった。同時進行で、他国の都市に生き残っていた人々を選別し、帝国へ迎え入れた。そうして、産めや増やせやと人口を増やし、私の箱庭の形を作っていった。
優しい笑顔で、朗らかに自然に見つめられる。
「そうかしら?優しい魔物の神様が見守って、墓守までしてくれるからこそ、帝国で死にたいと思うのよ。
それに、魔物から人に戻ったんじゃない。魔物が全国の孤児院を運営したり、世のために口を出したりするものかしら?私たちと変わらない人間で、寂しがり屋なんじゃない。私にだって、こうして話してくれるし。
これって、まさかあれー?知ってしまってはまずいことを、覚悟ー!ってやつー?」
「お主の言うとおりじゃ。寂しいのは当たり前じゃろう!魔物から、また人に戻ってしまったんじゃ。人として生きるなら、温もりが欲しくなるんじゃよ。だから側仕えに巫女を置くんじゃ!悪いかのー!?
なんじゃ?まずいことを知ってしまったか!では、酒で忘れぬかー!」
それからは二人してたっぷりと酒を飲んでいると、この女も我の初恋の相手の血筋だと思えるほど優しさがあった。
あの小さな子供がくれた温かい粥は、具などなくとも美味かった。そして、優しかった。たとえ、その後に何百万、いや、数え切れないほどの人々を殺したとしても。たとえ、あの子の心を、願いを、私が歪めてしまったとしても。
私たち三人の『生きたい』という願いを、叶えてしまいたかったのだ。
それから世代交代があり、国内は平定されていった。他国からちょっかいを出されたときには報復もしたが、私は極力、政治には関わらなかった。
服飾や生活環境には口を出した。だが、政治に口を出すつもりは、今も昔もあまりない。
ただ、人として、異世界人として、神として、どうしても許せないことはある。風呂がないとか、糞尿を道に捨てるとか。臭いんじゃよ。それだけは許せん。綺麗一番。
この後は、孫が結婚したのはいいが、婿を絞りすぎてしまうとか、孤児院の子供たちが喧嘩してなあ、とか。
そんなくだらない話をしながら、酒もつまみも進んでいった。この娘もそうじゃが、優しいやつらが多くて幸せだ。
やっぱり私は、寂しいのが嫌なのだ。
大昔にもらった小さな優しさに、ころっとやられてしまったヤンデレで、今もなお、壊れた心に残った恋を引きずっておる。
昔の思い出を、この世界の来た時のことを思い出してしまったが、カリスティアやミロ、他の者と関わり合うのが何時迄も続いて欲しいものじゃ。




