縫いぐるみのお手入れ
昨日は呑ませて、食わせた。主に誰とは言わないが、よく可愛がった。朝食をとり、今日のブリーフィングをする前に、準備をしておこう。
昨日、ラクトーシャを可愛がっている時に見た犬耳を思い出す。『私でなくて良かった、助かったー。こっちに来ませんように!』そんなことを言いたげな犬耳だった。
それを見て、決めたのだ。
「じゃあブリーフィングをする前に、大叔母様にも釘を刺された件の罰を与える。まずは準備を頼む」
「かしこまりました。いかような罰でも謹んでお受けいたします」
俺の前じゃ、やっぱり『何でも』と言わざるを得ないだろうけど。何でもと言われたからには、やる。
「会議室の椅子を一脚、片付けておいて?あ、ヴィーの場所の分ね?」
「??かしこまりました。私は参加しないということでしょうか」
「いや?ヴィーも参加。罰はその後するから、終わったら呼びに来て」
「かしこまりました。準備してまいります」
そう言って、頭に疑問符を浮かべながら出ていく。その間に、特製ブラシを用意して隠し持つ。このブラシは特注で、豚毛と馬毛を混ぜ、反応を確認しながら作らせたものだ。今回の罰は、皆の前で膝の上に乗せて可愛がることだ。普通の罰では耐えてしまうし、面白くない。
少し待つと、準備ができたことと、皆様お揃いですと呼ばれた。罰は、おもしろおかしく、羞恥にまみれた姿を晒してくれよう!
「分かった、今行く」
会議室に入る。
「待たせたな。すまないが、ブリーフィングを始める前にちょっとだけ待ってろ。ちょうど今から、ヴィーの罰を執行する。ほら、ヴィー。お前は俺の膝の上だ」
「え?!はっ、はい?!」
「そう来ましたか」
「いい……な」
「昨日の件も流れないっすかね」
「「「ないない。忘れない」」」
「ほら、皆に待ってもらってるのだ。早く」
「ぅぅぅ……」
おずおずと膝の先にちょこんと座ろうとするので、横向きに座らせる。そのうえで、よしよしと頭を撫でる。ポニーテールにした髪と犬耳が、ふるふるしている。
なにやら顔が真っ赤になっているけど、気にしない。
「それでは、アヴィエラが行動不能のため、代わりに私が司会を務めさせていただきます」
ナイリアシナに司会進行を任せる。
「殿下の膝の上にあるのは縫いぐるみということで、気にせず進めます。殿下も構いすぎて鳴かせないでくださいね。
お静かにですよ?
羊も鳴くと、昨日と同じように殿下と構いに行きますからね。では、本日の行動を確認していきます。まずはルミナ殿から。お願いします」
どこからか、小さな悲鳴が聞こえる。もっとすれば良かったか。
「商会の地下……客いる……箱と水詰め中……。今日は……三人ひとまとめ……離さず……話させる。目的……心折ること。殿下……お手伝い。夜は……官吏……最後の晩餐。そこで殿下……手を下す。給仕……もしも……護衛。本日……屋内……メイン。商会……工作担当官……と第五いる」
言葉数は少なく、的確な説明だ。ただ、具体的な説明がほとんどない。現場で説明されるってことか。左手でヴィーの頭を撫で、右手で尻尾を撫でる。さらに手ぐしを入れていく。
周りに見られて強張った尻尾も気持ちいいが、俯いた顔が見えないのもまた気になる。まだまだ尻尾のブラッシングが残っている。
鳴くなよ。
「では、移動について。基本は商会馬車での行動、二台編成で行きます。徒歩・騎馬での移動はなしです。この街には貴族や有力商会の別荘・邸宅が多く、貴族の当主様・ご家族がいらっしゃるので、馬車で移動されることもあり、目立ちません。
商会では外の警邏はできませんが、大通りから少し外れているため道路の見通しは良く、路上から尾行・監視をする側が目立つので、商会側から発見しやすいです。
商会内は工作補佐官・担当官が常に監視監督を行っているので、第五は補助要員として動きます。人が必要な時や客人を移動させる時などは、適宜動くように。
夜の給仕は四名の予定で、具体的な人員は夜に決める。ドア前に二名、立哨を立たせる。終わるまで開けないし、誰も入れる予定はない。
それと、演習班が街にちらほらいるが、演習のために散らばっているだけで、脅威が確認されたわけではないので気にするな」
「そうか。本日なにかこちらが気を付けることはあるか?」
「いえ、特には。一応、馬車を降りる際は暑いかと思いますが、フードを被っていただき、顔を見られないようにお願いします。搬入口は奥まっておりますが、万が一がありますので。
その、大丈夫ですか?縫いぐるみが小刻みに震えておりますが……」
「分かった。指示に従おう。膝の上は気にするな。これから尻尾をこのブラシで梳いたりするからな。
ちなみに、今夜の主導はルミナか?それともゴンドフィナか?」
膝の上で小刻みに震えていた縫いぐるみが止まる。すがるような目でこちらを見てくるが、勿論ダメだと小さく伝える。
「ゴンドフィナ……用意。選ぶの……殿下しだい。内容……聞いて。多分……キツく……ない」
懐に隠していたブラシを取り出し、尻尾のブラッシングをしていく。他の、尻尾がもふもふな獣人女性たちに聞いた話だと、何というか、言葉にはできない気持ちよさがあるらしい。上手な人にされるといいし、合うブラシだと天国だとか。
ブラッシングをされるヴィーを見る限り、間違いではない。
「そうか、分かった。時が来たら聞いてみようかね。今回の商会での報告書は、皇都行きでいいんだよな?」
「内容……同じ……二部。皇都と……ゴンドフィナから……団長閣下……へ上げる。殿下……報告書……内容クソ……私……手伝う」
「確かに、殿下の報告書を見せてもらったことがありますが、その……面倒がると文才ないんですよね」
「あーしの方がまだましっす。めんどくさがらずに書くっすよ」
膝の上のヴィーを左手でがっちり掴み、右手のブラシを優しく動かす。そのたびに、「あぅう……」、「あひゅん……」、「んんっ……」と、声を押し殺しても漏れ聞こえてくる。
かわいいなぁ。
報告書面倒なんだもん。いいじゃん。端的で分かりやすくて。誰か代筆してくれないかなー。それか、口頭で言ったことを上手くまとめてくれて、最後に俺が印を押して封蝋をするだけ、というところまでやってくれるとか。
「そうか、手伝ってもらえるか?頼んだ」
「ん……。分かった……任せて。一緒……ヤタッ。縫いぐるみ……すごく……真っ赤……ダメ?」
「行動開始は、商会馬車が来てからです。私は演習班に戻りますが、他に何かありますか?」
「じぇんかぁー……」
尻尾をブラッシングして、毛並みも、触り心地も、ふわふわ具合も良くなった。やっぱり触り心地がいいなー。他の尻尾は触ったこともないけど、最高だ。
何か膝の上の縫いぐるみが言っているが、気にせずブラッシングをする。
「いいもの……見た。情報……お礼……ならない……けど……老害……喚いて……若い命……軽んじて……る。これ……以上……言えない……察して」
おや?情報のお漏らしだが、そこまで重大ではない。……いや。そこまで重大ではないように見えて、ここから察せられる情報は大きい。情報は逐次もらっていたが、帝国の騎士団が動いたという話は聞いていない。周りを見る。知らないようだ。
これはつまり、帝国に老害がいないわけではないが、数が少ない。そして軍権を持つのは陛下だけ。私兵や傭兵もいなくはないが、数は少ない。となると、権力を持った老害が若者を動員する。つまり戦争。エテリアル王国が動きだして、農民を集め始めたか。
うちの国と違って専業兵士ではなく農民の徴兵だから、時間がかかるんだよね。兵と糧食が集まりきるのは、秋の収穫後ぐらいかな。
「あー、そうっすか。小競り合いからは離れているとはいえ、ここに殿下がいるってことは知られてはまずいっすね。強引に集めて侵攻しに来るっす」
「そうだな。情報封鎖の状況を見直す。殿下が滞在されているのを第五・第九以外で知っているのは、この街の領主代官と官憲のトップのみ。これ以上知られると封鎖ができなくなる。注意しよう」
綺麗にブラッシングして毛並みが整った尻尾を、乱暴にわしゃわしゃとする。おっと。綺麗にし直さなければ。身だしなみはしっかりしなきゃね。マッサージもしてやろうか。再度、ゆっくりと、丁寧に、丁寧にブラッシングをしていく。
「んんっ……。乱暴された後、優しくされる……。き、きもちぃぃ。み、みないで……」
「それじゃあ、俺が出歩く時はガッツリ変装。政務室周辺に近づかないでおこうかね。いるか分からないが、ネズミに見られる確率が上がりそうだ」
「ほら、縫いぐるみなんだから、しーー」
「出歩くなとは言い辛いですが、できれば馬車での移動をお願いしたいところですね。出歩くならば変装は必須です」
「そーっす。確率は少ない方が楽っす。この街、結構広いっすので、ネズミとしては潜伏しやすいっす。第九のほーで把握してないっすか?」
「国境街……でもない……ここ……重要地……ない……把握……ない。事故……ない。ドヤ街……いつも……網張ってる」
つまり地方都市で、軍事的にも商業的にも重要地ではなく、情報漏洩もないから内部の刈り込みをしていない。安宿街の方は網を張って見張っていると。
「まぁ、そーっすよね。内地で情報を取って、国境を越えて帰って、計画してーってやってる間に変わってしまうっすもんね。だから隣町で小規模な人さらいができたっすけど」
「人……把握……していた。動けなかった。これから……」
と、じーっとこちらを見られる。この膝の上で真っ赤になってぷるぷるしている可愛い縫いぐるみはあげないぞっ。
「なんだ?この縫いぐるみはあげないぞ?俺専用のもふもふだ。それに、『やられたら必ずやり返せ』は、どこの誰だろうと倍にしてやり返す」
「今回……は……お手伝い。でも……やるから……には……徹底的に」
「そうですね。やるからには、ちゃんと学んでもらいませんと」
「でないと、昨日のあーしのやられっぷりが笑えないっす」
「「昨日のおかわり?」」
「「やる?」」
「んひぃ!け、結構っす!清く正しいデートを望むっす!!」
膝の上の縫いぐるみは、もう喋れないぐらいで、犬耳はピクピクさせ、顔は真っ赤なままだ。昨日のことと今日の状態を併せて考えたか。合わせ技もありだな。
今度お仕置きすることがあれば、やろうか。
ぴんっと立った耳元で、「今度は昨日みたいにするね」と囁く。
「ひんっ」
小さな声で何か鳴いている。
「じゃ、じゃあ馬車が来るまでに準備するっすよ!」
ラクトーシャが逃げるように立ち上がる。
「殿下、ラクトーシャはこちらの手伝いをさせますので、お借りします」
「おぅ、構わんよ。ラクトーシャには今度また報奨の一環で可愛がってやるさ。楽しみにな」
「ひぃっ!」
昨日のことを思い出して真っ赤になったラクトーシャと、膝の上のヴィーを可愛がるのをやめる。
さて。今日の仕事をしに行きますか。
ヴィーの尻尾ってふっさふさで触ると気持ちいのよぉ!




