呑んで飲んでー
宿に戻ってくると、移送班も休んでいるところだった。担当者は客を部屋に入れてから来るとのことで、少し遅れるらしい。夕食を兼ねた、主だった者たちとの親睦会というところか。
それまで、休憩……。
ヴィーに揺り起こされた。休憩と言って、そのまま寝ていたようだ。どうやら夕食会の準備ができたらしく、起こされたらしい。
宿を借り上げて、立食形式の夕食会を開く。それも、貴族同士の堅苦しい会合ではないからこそ、ちょっと緊張する。そんなことを考えながら向かうと、宿の中にある、ちょっとしたホールに着いた。
「待たせたな。始めよう。飲めないものは仕方ないが、気にせず飲める諸君は飲んでくれ。今日は非公式の夕食会だ。無礼講とは言えないが、俺を襲うとかでなければ基本不問だ」
「わっかりましたー」
「かしこまりました」
「お久しぶりで……ございます、殿下……」
声をかけてきたのは、黒を基調とした落ち着いた服を着た、小柄なリス獣人だった。身長もカリスティアと同じぐらいの155センチほどで、ショートカット。
確か、この娘は幼年騎士学校で同期だった。話したことはあるが友人というほどでもない。
名前は……。確か……。
「久しぶり。騎士学校卒業以来だな。息災でなによりだ。俺は知っているが、今回の第五騎士団の連中に自己紹介をしてやってくれ」
「皆様……。はじめまして……。第九騎士団外商部所属の工作補佐官、ルミナ・ジャミラです……。現場……出ます」
えーっと、それだけ……?思い出した。無表情のまま、こちらをガン見してくる。お人形さんみたいで可愛らしいと言えば可愛らしいのだが、困った。
まさか、明日の仕事を任せる相手がこいつだったとはな。まぁ、詳しい話は明日だ。
「じゃぁ護衛班のあーしから!第五騎士団副団長のラクトーシャ・ファティマっす。で、隣は即応班で同じ副団長をしているナイリアシナっすよ!よろしくお願いするっす。国外に出ると、工作担当官の方とも稀にお仕事することがあるっすから、今後とも覚えておいてほしいっす。
ちなみにっすけど、報奨で殿下とデート予定っすから、覚えておくよーに!鳴かせるっす!」
「私は即応班の隊長兼副団長、ナイリアシナ・ロシェフナだ。よろしく頼む。おい、殿下にご迷惑をかけてないだろうな。お前は仕事は手を抜かないが、テキトーなところがあるからな。
デートは私の仕事を終わらせてから行くんだな」
ラクトーシャの顔の腫れも青痣も、無事に治ったようで良かった。あれぇ、予約が入ってる。その後も、他の団員たちが順番に挨拶していく。
そして最後はヴィーだ。今回は周りに根回しをして、彼女も参加できるよう非公式の夕食会にしたのだ。
「殿下付きの奴隷のアヴィエラと申します。参加させていただき恐縮です。本来この場にいる資格はございませんが、特別に許可をいただきありがとうございます」
「ん……。わか……った。私も……」
ルミナから、またこちらを凝視される。表情が読めない。てか、何か期待されてる?
「食事の時に仕事の話もなんだ。今日は非公式。それも経費だ。気にせず大いに食べて呑んでくれ。明日に残らないようにな」
そう言って、皆でワイワイと呑んで食べていく。
ちらりと周りの話を聞く限り、「ここの官憲ども、あたしらを舐め腐った奴でー」、「どこどこの娼館の、あの男娼がー」、「あの公園でデートしてー」など、仕事とは関係のない話も飛び交っている。
これなら、本当に非公式の親睦会という感じだ。そんな中、ちんまくご飯を食べているルミナに話しかける。
「それにしては、まさかここの担当がルミナとはな。そもそも、どうして第九に?」
「卒業前……スカウト……された。殿下こそ……。多く客……連れて……くる……思わなかった……。快適な……箱と……飲み物で……待たせた」
ん……?今、箱って言ったか?隠語で隠れ家とかのことだよな……。
まぁ、明日分かるから、今は忘れよう。
「そうか。ルミナとは思わなかったが……。よく分からなんだが、あの人が許可を出したなら、そうなのであろう。客は成り行きでな」
「そう……。頑張ったら……ご褒美ある……聞いた。ご褒美……」
「あ、あぁ。限度はあるが、報奨とは別に個人的なものでな」
「頑張る……。個人的……ご褒美」
やられ過ぎると枯れてしまうので、程々にしてほしいと思いつつ、食事を楽しむ。そういえば、ラクトーシャと話せていなかった。というか、話をしようと近づくと、すっと逃げられている気がする。
この機会は逃さない。
「あー、すまないが、ラクトーシャを少し借りてもいいか?話したいことがあるのでな」
「「えぇ、どうぞどうぞ。埋めてもらって構いません」」
「えっ、あ、あーしとですか……。そのぉ、何か罰っすか……?」
おどおどとしたラクトーシャを連れ立って、壁際へ移動する。
普通は女性がこうやって壁に寄せてきて、密談とか二人きりの会話を楽しむんだがなぁ。
「別に取って食いやしないさ。被捕食者は俺だから安心してくれ」
「そ、そっそうすか……?これから酷いことされたりとか……?」
「してほしいならするが?想像の倍ぐらいひどくするぞ?」
「勘弁してくらさーい」
泣きが入りそうだ。弱ったこの人は面白い。だが、罰を与えるつもりはない。
「この前は言えなかったが、賊の件は本当にすまなかった」
「え……?」
「憎まれ役を買ってくれた上に、傷まで負わせたからな。ヴィーも俺に超甘いと自覚して、俺も一歩が踏み出せた」
「い、いやいや。あーしのは仕事っすから……」
「それでもだ。ありがとうな」
「……」
ラクトーシャが固まる。
なんだ。
こういう真面目な話は苦手なのか?
ぽかーんとした顔に手を添えて、癖っ毛のある髪をよける。壊れ物を触るように、慈しむように撫でる。
「ひゃ、ひゃぁあーー!で、殿下なっ、なにするんですかっ?!」
「武官とは言え、国の顔だ。綺麗な方がいい。
それに俺個人としても、青あざ顔ではなく、こっちの方がかっこいいから好きだぞ」
「え、えぇ……?」
「というわけで、これは個人的な報奨だ」
「ほ、報奨……?」
「頭も撫でてやろう」
「ひゃぁぁぁぁぁ!?」
癖っ毛でふわふわな髪と頭を優しく撫でる。さらに顔が赤くなり、両手で顔を覆って、何を言っているのか分からなくなってきた。
周りからは、引いたような視線や羨望の眼差しが向けられている。気にしていたら追い打ちの意味がない。
トドメはどうしようか。
壁ドンか、顎クイか……。
真っ赤になった顔を覆う手を優しくよけて、顔に手を添えながら見つめる。
「ほら、今後も護衛よろしくな」
「ぁぅあぅぁぁぁぁぁっ……」
よし。十分だ。……と思ったのだが。
「ほらほら、お前たち。あんまりこっちばっかり見てると、さらにもっと可愛がるぞ。いいのか?これは個人的な報奨の一環だ。
そしてまだデートは未払いだ。分かるな?
ちなみに、このかわい……かっこいい状態を皆に言いふらしてくれてもいいぞっ」
「もうやめてぇ、みないでぇぇぇ。拷問っすよぉぉぉ」
なにやら、蚊の鳴くような小さな声が聞こえる。そして逃げるように部屋の隅へ行き、一人でヤケ酒を飲みだす。
さ、途中だった夕食を食べよっと。
周りから、「手を引かれてデートしたい」、「男女逆転も有り」、「襲われたい」とか……何か聞こえる。
聞かない聞かない。
しばらくして、ようやく宴会も落ち着いてきたところで、ナイリアシナから声をかけられる。
「殿下、我が隊のムードメーカーをあまりイジメないでやってくださいよ。
あぁ見えて経験がないチェリーちゃんなんですよ。さっさと男でも買って卒業してこいと言っているんですが、チェリーちゃんらしく『初めては特別』とか言って、ビビって買えてないんです」
「おおっと。仇討ちではなく、追い打ちで男性経験をバラしていくスタイルか。身内に売られるとは……。可哀想にな……。
可哀想だから、もっと可愛がるべきか?」
「ちなみにですが、明日以降もこのネタでいじりますし、皇都で留守番している者たちにも、つい零して知れ渡る予定です。
見てください、あの借りてきた子猫のような状態を。可愛らしいったらありゃしません。
いつもなら、どら猫のように動き回ってるでしょうに。歳若いから余計に可愛らしいです」
あ、この人、真面目に涼しい顔をしてノリノリだ。そして何気に、聞こえるように言ってないか、貴女?
彼女、死んじゃうよ?すでに目のハイライトを消しながら、ワインをラッパ飲みしてるよ?
「彼女、あんなに呑んで大丈夫か?まだ飲めないから分からんが、ペース早くない?」
「あぁ、大丈夫ですよ。我々は大多数が大酒飲みで、酒に呑まれません。パーティでは酒が出ますし、酒精が強いのも出ることがあります。飲み方を弁えているので大丈夫です。
ですが、弱ったところも見たいですね。ですよね?」
「つまりは、逆送り狼の真似をしろと?!だけど、楽しそうだからやるっ」
隅っこで酒瓶片手に呑んでいるラクトーシャのところへ行く。
もちろん、酒瓶とつまみを持って。
「おねーさんっ。一人で呑むなんてもったいないですよっ」
「ほら、一緒に呑むぞ。可愛いおつまみ付きだぞ」
「ぴぇぇぇえ。にゃんかきちゃぁあ」
二人して顔を見合わせる。
悪い顔をした二人の間に、『なにこの可愛い生物、いじりたい』という、堅い結束が生まれた。
「おとなり、しつれーしまーす。ほらー、おねーさん、飲ませてあげますよー」
「ほら、私の杯を受けなさい。先輩命令ですよ」
「ぴぃぃ……。こ、これ以上はちょっとっす……」
「ほら、そんなこと言える余裕があるなら、呑んで呑んでっ。それとも飲めないん?悲しっっ。おょよょ」
「ほら、男を泣かせるなんて淑女ではありませんよ!」
嘘泣きと悪い顔をしている二人がいる気がするが、気にしない。貴族をしていると、普通こんなことはできない。
楽しまなければ。何やら逃げようとしているので、右隣に座り、逃げられないようにする。
そして正面にはナイリアシナ。
「だりぇかぁぁ!美男子と悪魔から逃げられないっすょぉぉ!みんなぁ、結束してあーしを見捨てないでぇぇぇ!」
無視されるとは無情な。皆してニヤニヤしている。
「ほら、酒のつまみもあるよ!あーんっ」
上目遣いをしながら、おつまみをあーんとする。
「羨ましいので、それは私が貰います!」
横から掻っ攫われた。何やらラクトーシャが目を回しながらあわあわしているから、逃さないように、その左手を握る。
「じゃあ、もう一回あーん。おねーさん、ほーら。
恋人同士なら口で渡すらしいですが、それは勘弁しましょう。食べるまで手を離しませんよ?」
「あぅぅぅ、じゃ、じゃあ……。あ、あーん」
酔いなのか、照れなのか知らないけど、顔が真っ赤になっている。
と思っていると、ナイリアシナに前から抱きしめられる。何気に自分も楽しんでいるな?
「あー、よっちゃったー。ついつい可愛い二人を抱きしめてしまうー」
むぎゅうーっと二人とも抱きしめられる。お隣さんがぶるぶる震えてるけど、大丈夫か?
爆発しないかな。ここは俺も横から寄って、ぎゅっとしてやるか。
「おっとー、きついからおねーさんの方にいってしまうー」
「あわゎゎゎゎゎ。横がやわぃよぉぉ、いい匂いだよぉぉ、かわぃぃよぉ。ちぇんごくだよぉぉ」
なにやら語彙がおかしくなってるから、そろそろ離してやるか。
「はーい、おねーさん、そろそろサービスタイムしゅーりょーでーす」
「あぁっ……。はなれちゃ……」
物悲しそうな顔をしている。だが、これ以上やると、ご褒美デートのハードルが上がる。このデレッデレの顔と醜態を皆が見ている。
後で弄られると分かっていないのか。酒と色は恐い。学んだ。
そうして、他の者ともおしゃべりをして、食べて、笑って。
立場を忘れることができた。楽しい。
明日から仕事を頑張らなければ。
おや羊ちゃんの様子が・・・。あんなに上になって鳴かせる言うてたのに、逆に食われかけてるではないかのう・・・。




